LOGINアフターパーティーの会場は、セーヌ川沿いの歴史的な邸宅だった。シャンデリアの煌めき、弦楽四重奏の優雅な調べ、シャンパンの泡がグラスで弾ける音。パリの社交界が集う、華やかで排他的な空間。
レオンはマリアンヌの隣に座り、完璧な笑顔で会話を続けた。彼女は楽しそうに笑い、頻繁にレオンの腕に触れてくる。
「ねえレオン、今度の週末、私の別荘に来ない? プロヴァンスよ。静かで素敵なところなの」
「素晴らしい提案だね。でも残念ながら、週末は東京で撮影があるんだ」
「あら、残念」
マリアンヌは少し不満げだったが、すぐに笑顔を取り戻した。
時計を見る。まだ十時だ。このペースだと、パーティーは深夜まで続くだろう。そして最後には、マリアンヌがホテルの部屋に誘ってくる。それを上手く断る理由を考えなければならない。
レオンは頭痛を感じ始めていた。
「すまない、少し空気を吸ってくる」
マリアンヌに断りを入れ、レオンはテラスに出た。夜風が冷たく頬を撫でる。セーヌ川の水面が月光を反射してきらめいていた。
携帯を取り出し、連絡先を眺める。誰かに電話をしたい衝動に駆られたが、話せる相手がいない。友人たちは皆、レオンの「完璧な人生」を羨んでいる。この苦しみを理解してくれる者など、誰もいない。
「つまらなそうな顔してますね、スター様」
背後から声がかかった。振り向くと、若い男が立っていた。二十代半ば、カジュアルなシャツとジーンズという、このパーティーには不釣り合いな格好。
「君は?」
「ただのカメラマンですよ。今日のショーを撮影してました。でも、こういうパーティーは性に合わなくて。あなたも同じでは?」
男は人懐っこく笑った。
「そんなことはない。楽しんでいるよ」
「嘘がお上手だ。さすがトップモデル」
男は煙草に火をつけ、煙を吐き出した。
「説教するつもりはないですけどね。ただ、無理して楽しむ必要なんてないんじゃないですか? たまには、本当の自分で過ごせる場所に行ってみたらどうです?」
「本当の自分……?」
「ええ。例えば」
男はポケットから小さなカードを取り出し、レオンに渡した。
「ここ。今夜、行ってみては? 完璧な仮面を外せる場所ですよ」
カードには、住所とシンプルなロゴだけが印刷されていた。店の名前はない。
「……これは?」
「秘密のラウンジです。招待制で、表には出てない。でも、あなたみたいな人にこそ必要な場所かもしれない」
男はそう言い残すと、パーティー会場に戻っていった。
レオンはカードを眺めた。怪しい。明らかに怪しい。
だが――本当の自分で過ごせる場所、という言葉が胸に引っかかった。
マリアンヌには適当な理由をつけて、早めに失礼することにした。「明日の撮影のために早く休みたい」と。彼女は残念そうだったが、レオンの仕事への姿勢を尊重してくれた。
タクシーに乗り込み、カードの住所を運転手に見せる。
「ああ、この辺りね。でも何もない地区だよ」
「構わない。行ってくれ」
三十分ほど車を走らせ、セーヌ川左岸の古い地区に到着した。確かに、店らしきものは見当たらない。
だが、薄暗い路地の奥に、小さな赤いランプが灯っているのが見えた。
レオンは車を降り、その光に向かって歩いた。
重厚な木製のドアの前に立つ。ノックをすると、小窓が開き、誰かの目がレオンを見た。
無言でカードを見せる。
カチャリ、という音とともにドアが開いた。
「ようこそ」
黒いスーツの男が、静かに迎え入れた。
階段を降りていく。地下だ。低い音楽が響いている。ジャズだろうか。いや、もっと退廃的で、どこか催眠的なリズム。
ドアを開けると、そこには別世界が広がっていた。
薄暗い照明。ベルベットのソファ。壁には抽象的なアートが飾られている。客は多くないが、それぞれが自由な雰囲気で過ごしていた。
ここには、パリの社交界のような堅苦しさがない。誰もがリラックスし、本当の自分でいられる空間。
レオンはバーカウンターに座り、ウイスキーを注文した。
「ストレート、ダブルで」
バーテンダーは黙って注いでくれた。琥珀色の液体が、グラスに満たされる。
一口飲む。強い酒が喉を焼き、身体の芯まで染み渡った。
ああ、これだ。
これが欲しかった。
完璧な笑顔も、気の利いた会話も、紳士的な振る舞いも、何もかも必要ない場所。
「一人で飲むには、もったいない夜ですね」
隣の席に、誰かが座った。
低く、どこか甘い響きを持つ声。
レオンは顔を上げた――そして、息を呑んだ。
そこにいたのは、驚くほど美しい「女性」だった。
長い黒髪が、肩から流れ落ちている。切れ長の瞳は東洋的で、どこかミステリアスな光を宿していた。高い鼻筋、薄い唇、白い肌。黒いシルクのドレスが、しなやかな身体のラインを強調している。
だが、何かが違う。
声が、少し低い。喉仏は見えないが、骨格が女性のそれよりも……。
「……君は?」
「通りすがりの客です。有名人を見かけたので、つい声をかけてしまいました」
その人物は、レオンを見上げた。琥珀色の瞳――いや、よく見れば金色に近い、不思議な色の瞳。
「俺を知っているのか?」
「ええ。レオン・ヴァルガス。パリのランウェイを歩く完璧な男。誰もが憧れる存在」
その言葉には、どこか皮肉めいた響きがあった。
「でも、今夜のあなたは違う。完璧な仮面を外している」
「……何が言いたい?」
「ただの観察です。私、人を見るのが好きなんです。特に、仮面の下の本当の顔を」
レオンは警戒しながらも、不思議と目が離せなかった。
この人物は、男なのか女なのか。
だが、そんなことはどうでもよく思えた。ただ、その存在が放つ妖艶な雰囲気に、レオンは引き込まれていた。
「一緒に、飲まないか?」
気づけば、そう口にしていた。
相手は微笑んだ。挑発的で、どこか危険な笑み。
「光栄です」
数時間後。
レオンは高級ホテルのスイートルームにいた。いつの間にかこうなったのか、記憶が曖昧だった。酒のせいか、それとも――。
「綺麗な部屋ですね」
黒髪の人物が、窓の外を眺めながら言った。パリの夜景が、ガラス越しに広がっている。
レオンは、ソファに座ったまま動けなかった。心臓が激しく鳴っている。
何をしているんだ、俺は。
だが、身体が熱い。
こんなの、初めてだ。
黒髪の人物が、ゆっくりとレオンに近づいてくる。シルクのドレスが、歩くたびに揺れた。
「緊張してるんですか?」
「……いや」
「嘘」
その人物は、レオンの前にしゃがみ込み、顔を覗き込んだ。
「あなた、本当は何も経験してないでしょう?」
「っ……」
図星を突かれ、レオンは言葉を失った。
「大丈夫。私が、優しく教えてあげます」
そう言って、黒髪の人物はレオンの唇に、自分の唇を重ねた。
電流が走った。
頭の中が真っ白になる。
身体が、熱い。
こんなに感じるなんて――。
レオンは思わず相手を抱き寄せた。もっと、もっと深く。
ベッドに倒れ込む。
黒髪の人物が、レオンの上に乗った。
「可愛い反応ですね、レオン」
その声が、甘く耳元で響く。
シャツのボタンが外される。肌が露わになる。
相手の指が、レオンの胸を撫でた。
「っ……」
声が漏れる。こんな声、初めて出した。
「ふふ、もっと聞かせてください。あなたの本当の声」
もう、何も考えられなかった。
身体が、初めて本当に生きていると実感していた。
この人は誰なのか。
男なのか、女なのか。
そんなことは、どうでもよかった。
ただ、この感覚を、この温もりを、もっと欲しかった。
朦朧とした意識の中、レオンは相手の身体に手を伸ばした――。
数日後の夜、レオンは渋谷の高級レストランにいた。 ガラス張りの個室からは、東京の夜景が一望できる。無数の光が煌めき、人々の喧騒が遠くから聞こえてくる。 テーブルの向かい側には、アレクシスが座っていた。 今夜のアレクシスは、パリの夜とは違う装いだった。黒いシャツとスラックス。シンプルだが洗練された男性の服装。髪は後ろで緩く束ねられ、中性的な顔立ちがより際立っている。 だが、その瞳には相変わらず危険な光が宿っていた。「久しぶりですね、兄さん」「……」 レオンは無言でワインを飲んだ。口の中に広がる渋みが、不快なほど強く感じられる。「そんなに警戒しないでください。ここは公共の場所ですよ。何もしませんから」「信用できるか」 レオンの言葉に、アレクシスは愉快そうに笑った。「冷たいですね。パリでは、あんなに甘く鳴いていたのに」「っ! ここで、そういう話をするな」 レオンは周囲を気にしたが、個室なので他の客の目は届かない。「大丈夫ですよ。誰も聞いてません」 アレクシスはワイングラスを傾けながら、レオンを見つめた。「それより、兄さん。あれから誰かと寝ました?」「……お前には関係ない」「やっぱり。顔に書いてあります」 アレクシスは満足げに微笑んだ。「また、欲求不満なんですね。女性とは相変わらず無理で、でも俺に連絡する勇気もなくて。可愛いですね」 レオンの拳がテーブルを叩いた。グラスが揺れ、中のワインが波打つ。「からかうのもいい加減にしろ」「からかってなんかいません。本心です」 アレクシスは立ち上がり、レオンの背後に回った。そして、耳元で囁く。「今夜、兄さんの部屋に行きます」「断る」「でも、本当は欲しいんでしょう? 俺に、触れられたい。抱かれたい。気持ちよくな
パリから東京へ。 レオンは逃げるように、次の仕事に向かった。 飛行機の中、ファーストクラスの快適なシートに身を沈めながらも、レオンの心は休まらなかった。 窓の外に広がる青空を眺めながら、あの夜のことを思い出す。 アレクシスの肌の温もり。甘い吐息。自分が上げた声。 すべてが鮮明に、そして生々しく記憶に刻まれている。「お飲み物はいかがですか?」 客室乗務員の声で、レオンは現実に引き戻された。「ウイスキーを。ストレートで」「かしこまりました」 グラスに注がれた琥珀色の液体を見つめながら、レオンは深いため息をついた。 東京では大きな撮影が待っている。日本の有名ファッション誌の表紙だ。三日間のスケジュールで、スタジオ撮影とロケーション撮影が予定されている。 仕事に集中しよう。 あの夜のことは忘れよう。 アレクシスのことも、自分の身体の反応も、すべて忘れて。 だが――。 携帯が震えた。メッセージだ。 差出人を見て、レオンは息を呑んだ。 アレクシスだった。『パリ、楽しかったです。また会える日を楽しみにしてますね、兄さん』 画面を消そうとしたが、手が震えて上手くいかない。 無視すればいい。返信しなければいい。 だが、レオンの指は勝手に動いていた。『二度と連絡してくるな』 送信ボタンを押してから、後悔した。 なぜ返信してしまったのか。無視すればよかったのに。 すぐに返信が来た。『冷たいですね。でも、兄さんの本心は違うって知ってますよ』 レオンは携帯の電源を切った。 もう、関わりたくない。 あれは一度きりの過ちだ。 そう自分に言い聞かせながら、レオンはウイスキーを煽った。 東京の撮影は順調だった。 プロ意識の高いスタッフたち、最新の機材、洗練され
レオン・ヴァルガスが初めてカメラの前に立ったのは、二十歳の時だった。 それまでの彼は、ただの大学生だった。アルゼンチンからフランスに留学し、経済学を学んでいた平凡な若者。 だが、平凡でいられたのは、ほんの短い期間だけだった。 ある日、パリの街を歩いていたレオンは、スカウトされた。「君、モデルに興味ない?」 声をかけてきたのは、大手モデル事務所のスカウトマンだった。「モデル? 俺が?」「ああ。君の顔立ちは完璧だ。身長も申し分ない。業界で絶対に成功する」 最初は断るつもりだった。 モデルなんて、自分には縁のない世界だと思っていた。 だが、スカウトマンは執拗に食い下がった。「一度だけでいい。事務所に来てくれないか?」 結局、レオンは好奇心に負けて事務所を訪れた。 そこで出会ったのが、後にレオンのマネージャーとなる佐藤だった。「君は、素晴らしい素材だ」 佐藤は、レオンの顔を様々な角度から眺めながら言った。「この顔立ち、この骨格、この雰囲気。すべてが完璧だ」「でも、俺にはモデルの経験なんて……」「教える。一から、すべて」 佐藤の熱意に押され、レオンはモデルの世界に足を踏み入れた。 最初の半年は地獄だった。 ウォーキングの練習。ポージングの訓練。表情の作り方。 すべてが新しく、すべてが難しかった。 だが、レオンには才能があった。 持って生まれた美貌に加え、努力を惜しまない姿勢。 半年後、レオンは小さなファッションショーでデビューした。 そして――成功した。 業界関係者たちは、レオンの登場に驚嘆した。「新しいスターの誕生だ」「完璧な男が現れた」 オファーが殺到した。 雑誌の撮影。ブランドの広告。ファッションショー。
目を覚ましたレオンを襲ったのは、激しい頭痛と吐き気だった。 頭が割れるように痛い。口の中は乾ききっていて、全身が重い。どれだけ飲んだのか。 ゆっくりと目を開けると、見知らぬ天井が視界に入った。白いシーツ、高級そうなカーテン、広々とした部屋。 ここは……ホテル? 記憶を手繰り寄せる。パーティー。テラス。カード。地下のラウンジ。そして――。 黒髪の人物。 レオンの心臓が跳ねた。 隣を見る。そこには、誰かが眠っていた。 黒い髪が枕に広がり、白いシーツに包まれた華奢な身体。整った横顔が、朝日に照らされている。 昨夜の記憶が、断片的に蘇ってくる。 熱いキス。絡み合う肌。初めて感じた昂揚。声を上げた自分。相手の温もり。 そして――。 レオンの顔が蒼白になった。 シーツがはだけた相手の身体を見て、確信した。 胸元のライン。肩の形。首筋から鎖骨にかけての骨格。 どれも、女性のものではない。「……嘘だろ」 震える手で、相手の肩に触れた。 その瞬間、黒髪の人物がゆっくりと目を開けた。 琥珀色の――いや、金色に近い瞳。 どこかで見たことがある。この瞳を、確かに知っている。 相手は微笑んだ。どこか悪戯っぽく、それでいて妖艶な笑み。「おはようございます、兄さん」 時が止まった。 兄さん、という言葉が、レオンの頭の中で何度も反響する。「……アレクシス?」「そうです。まさか、気づいてなかったんですか?」 アレクシス・ノワール。 レオンの母が三年前に再婚した相手の連れ子。義理の弟。 再婚式の時、一度だけ会った。その時も、アレクシスは女装していた。長い黒髪、中性的な顔立ち、どこか掴みどころのない雰囲気。挨拶を交わしただけで、それ以来ほとんど接触はなかった。 アレクシスはモデルとして活動していると聞いていた。だが、まさか――。「お前……なぜ、こんなことを」 レオンの声は震えていた。「なぜって?」 アレクシスは身を起こし、レオンの頬に指先を這わせた。「昨夜、兄さん、すごく感じてましたよね。声も出してたし、ちゃんと勃ってましたよ?」「っ!」 レオンは彼を突き飛ばし、シーツで自分の身体を隠した。顔が熱い。羞恥と怒りと混乱が渦巻いている。「これは……事故だ。俺は、お前が男だと知らなかった」「でも、事実は変わりません」
アフターパーティーの会場は、セーヌ川沿いの歴史的な邸宅だった。シャンデリアの煌めき、弦楽四重奏の優雅な調べ、シャンパンの泡がグラスで弾ける音。パリの社交界が集う、華やかで排他的な空間。 レオンはマリアンヌの隣に座り、完璧な笑顔で会話を続けた。彼女は楽しそうに笑い、頻繁にレオンの腕に触れてくる。「ねえレオン、今度の週末、私の別荘に来ない? プロヴァンスよ。静かで素敵なところなの」「素晴らしい提案だね。でも残念ながら、週末は東京で撮影があるんだ」「あら、残念」 マリアンヌは少し不満げだったが、すぐに笑顔を取り戻した。 時計を見る。まだ十時だ。このペースだと、パーティーは深夜まで続くだろう。そして最後には、マリアンヌがホテルの部屋に誘ってくる。それを上手く断る理由を考えなければならない。 レオンは頭痛を感じ始めていた。「すまない、少し空気を吸ってくる」 マリアンヌに断りを入れ、レオンはテラスに出た。夜風が冷たく頬を撫でる。セーヌ川の水面が月光を反射してきらめいていた。 携帯を取り出し、連絡先を眺める。誰かに電話をしたい衝動に駆られたが、話せる相手がいない。友人たちは皆、レオンの「完璧な人生」を羨んでいる。この苦しみを理解してくれる者など、誰もいない。「つまらなそうな顔してますね、スター様」 背後から声がかかった。振り向くと、若い男が立っていた。二十代半ば、カジュアルなシャツとジーンズという、このパーティーには不釣り合いな格好。「君は?」「ただのカメラマンですよ。今日のショーを撮影してました。でも、こういうパーティーは性に合わなくて。あなたも同じでは?」 男は人懐っこく笑った。「そんなことはない。楽しんでいるよ」「嘘がお上手だ。さすがトップモデル」 男は煙草に火をつけ、煙を吐き出した。「説教するつもりはないですけどね。ただ、無理して楽しむ必要なんてないんじゃないですか? たまには、本当の自分で過ごせる場所に行ってみたらどうです?」「本当の自分……?」「ええ。例えば」 男はポケットから小さなカードを取り出し、レオンに渡した。「ここ。今夜、行ってみては? 完璧な仮面を外せる場所ですよ」 カードには、住所とシンプルなロゴだけが印刷されていた。店の名前はない。「……これは?」「秘密のラウンジです。招待制で、表には出てない。でも
パリの夜は、いつも眩しすぎた。 ランウェイに降り注ぐスポットライト。何千というフラッシュの奔流。熱狂する観客たちの視線が、まるで無数の針のようにレオン・ヴァルガスの肌を刺す。 足を踏み出すたび、シルクのシャツが身体に纏わりつく。計算され尽くした歩幅。完璧な角度で顎を引き、遠くを見つめる眼差し。すべてが、何年もかけて磨き上げた技術の結晶だ。 ランウェイの最前列には、ヴォーグやエルの編集長たちが座っている。彼女たちの満足げな表情が、レオンの市場価値を物語っていた。二十八歳。モデルとしては決して若くないが、レオンには「完璧」という付加価値があった。 百八十八センチの長身。彫刻のように整った顔立ち。琥珀色がかった瞳。アルゼンチン人の父とフランス人の母から受け継いだエキゾチックな美貌は、どんなブランドの服をも引き立てる。 ショーが終わり、バックステージに戻ると、スタイリストやメイクアップアーティストたちが祝福の言葉を投げかけてきた。「レオン、完璧だったわ!」「さすがね。あなたがいるとショー全体が引き締まる」 レオンは完璧な営業スマイルで応じた。笑顔を作ることは、呼吸をするのと同じくらい自然になっていた。 控室のドアをノックする音。「入って」 扉が開き、深紅のドレスに身を包んだ女性が姿を現した。マリアンヌ・デュボワ。フランスを代表する女優で、今夜のアフターパーティーの主役の一人だ。「レオン、素晴らしかったわ。今夜のパーティー、私の隣に座って?」 彼女の微笑みには明確な誘いが含まれていた。豊満な胸元を強調したドレス、艶やかな唇、挑発的な視線。どんな男でも心を奪われるであろう完璧な美女。「ああ、もちろん。光栄だよ」 レオンは紳士的に応じ、彼女の手の甲に軽くキスをした。マリアンヌは満足げに微笑み、香水の残り香を残して去っていった。 ドアが閉まった瞬間、レオンの表情から笑顔が消え失せた。 鏡の前に座り、自分の顔を見つめる。完璧なメイク。完璧な髪型。完璧な……嘘。 また、だ。 またこの茶番が始まる。 レオンは誰にも言えない秘密を抱えていた。どれほど美しい女性と二人きりになろうとも、どれほど親密な雰囲気を作ろうとも、彼の身体は決して反応しないのだ。 最初は単なる疲労だと思った。ファッションウィークの過密スケジュールが原因だと。次にストレスを疑っ







