Masuk「……何を言っている!?」銀狐は強張った顔で彼を見つめた。「青丘の湿原だと?何の話か全く分からない!」「青丘の湿原でのあの夜、お前と一夜を共にしたこと、俺ははっきりと覚えているぞ」その言葉を聞いた銀狐は、まるで雷に打たれたかのように全身を硬直させ、呆然とした後、ガタガタと震え始めた。「あの夜、僕たちは何一つしていない。お前はあのクソ剣修じゃない。お前は一体誰だ!?」刑天岳はふと動きを止め、俯いてしばらく沈黙した後、肩を震わせて声を上げて笑い出した。その笑い声は次第に大きくなり、やがて堪えきれなくなったかのように天を仰いで大笑いしながら言った。「口は災いの元、というやつだな。まあいい、ここまで来たら、我もこれ以上取り繕うのは面倒だ」剣修と自身の十年越しの約束を語り、さらに江湖に出回る二人の「青丘の湿原の戦い」の噂を耳にしている。つまり、目の前にいる者は当時、必ずあの祠の中にいたはずだ。銀狐の頭の中で轟音が鳴り響き、青天の霹靂のように一つの名前が弾け飛んだ。「お前は、幻蛇か!?」銀狐は青ざめた顔で言った。「まさか、生きていたのか!?」「驚いたか?」刑天岳の皮を被った幻蛇は得意げに笑った。「お前たちは我の姿が消えたのを見て、灰も残らず消滅したと思っただろう。しかし、我が最後に残った魂を振り絞り、お前の愛する男の体を乗っ取って、十年間も生き延びていたとは知るまい」そう言うと、幻蛇は銀狐の腰を掴み、情け容赦なく奥へと突き上げた。銀狐は「ああっ」と悲鳴を上げ、指で床の地面に深い掻き傷を残した。「この十年間、我は名を隠し、屈辱に耐え忍んできた。すべては再び法力を奪い返すためだ」「だから魔物捕獲の令を下し、配下の弟子たちに善悪も問わず魔物を生け捕りにさせたのか。すべては……自分の魔力を補給するためだったと!?」銀狐は歯を食いしばりながら言った。「我の生贄になれたのだから、奴らにとっても本望だろう。だが、お前は違う。お前は刑天岳の眷属だ。我はお前まで生贄にするつもりはない。だが、この体の持ち主に代わって、たっぷり可愛がってやろう」目の前の者が決して剣修ではないと知り、銀狐の顔には次第に絶望の色が浮かび上がった。目いっぱいに溜まっていた涙はもう堪えきれずにポロポロとこぼれ落ち、激しい律動に伴って四方へ飛び散った。本性を隠さなくなった幻蛇は、そ
銀狐がさらに何か言おうとしたが、刑天岳は身を乗り出し、有無を言わさずその反論しようとする唇を塞いだ。刑天岳は片手を銀狐の後頭部に添え、逃げることを許さないかのように、彼をしっかりと腕の中に抱き込んだ。強引にその柔らかい唇と舌を蹂躙し、粘膜と唾液が絡み合う水音と、喉の奥から漏れる堪えきれない嗚咽が交じり合い、ガランとした石洞のなかに響き渡る。銀狐は乱暴なキスに腰や脚から力が抜け、目眩を覚えていると、刑天岳はすでに音もなくもう片方の手を伸ばし、銀狐の双丘を覆っていた。「……何をするんだ!?」銀狐はハッと我に返り、慌てふためいて刑天岳を突き飛ばそうとした。「もちろん、眷属としてすべきことをするまでだ」刑天岳の息遣いは次第に荒くなり、銀狐の衣の裾を引きはがし、その秘部へと手を伸ばした。耳元で囁く刑天岳の少し掠れた声、そして愛情に満ちているはずのキスなのに、なぜか銀狐は全身の産毛が逆立つような感覚に襲われた。まるで胸の上に巨石がのしかかっているかのように、息も絶え絶えになりそうだった。三百年の修行を積んだ妖狐でありながら、銀狐は過去に一度もこのような感覚を味わったことがなかった。それは一種の恐怖であり、生命が脅かされた時に生じる本能的な戦慄であった。恐ろしい考えがふと頭をよぎる。目の前にいるこの男は、本当に自分が知っている刑天岳なのだろうか?目の前の男の正体をはっきりと見極めようとした、その時――刑天岳は彼の髪を鷲掴みにし、体を反転させて石壁に押し付けた。直後、自身の袴が引きずり下ろされるのを感じた。背後にいる者が自分に何をしようとしているのかを悟り、銀狐は「離せ!」と大声で叫びながら、必死に抵抗し始めた。しかし、背後の者は一切の反抗を許さず、固く閉ざされた菊門に狙いを定め、腰を突き出して一気に進入してきた。激痛が体を貫いたその瞬間、銀狐はカッと目を見開き、目の前が真っ暗になると、張り詰めた糸が切れるように意識が途絶えた。---銀狐は痛みで目を覚ました。目を開けると、刑天岳が彼を見下ろしており、自身の真っ白な片脚が彼の肩に担ぎ上げられていた。秘部からは身を引き裂く痛みが伝わってくる。両脚の間を出入りする勃起した肉の楔には血の糸が絡みついていた。刑天岳は銀狐の太腿を抱え込み、無言のまま逞しい腰を振り、自身の凶器を深々と突き入れて
夜は更け、露は冷たく降りていた。明月は千切れ雲の背後に半ば身を隠し、揺れる木々の影を石段の上へ淡く落としている。練は赤衣の弟子の後に従い、幾度も折れ曲がる山道を登り続け、ようやく山頂の開けた場所へ辿り着いた。その地へ足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような圧迫感が全身を包む。練は直感に従って顔を上げた。朧な月光の中、巨大な石門が威圧的にそびえ立っている。門の左右には二本の石柱が据えられ、そこには移星の里が神獣として崇める白虎の紋様が刻まれていた。赤衣の弟子は一歩前へ進み出ると、石門へ向かって朗々と声を張り上げた。「当主、九尾銀狐をお連れしました」「……通せ」低く威厳に満ちた声が響いた直後、石門が轟音を立てて震え、ゆっくりと左右へ開いていく。その奥には、底知れぬ闇が広がっていた。練は内心、密かに舌を巻いた。刑天岳が何を企んでいるのかは分からない。だが、衆人環視の場では銀狐を受け取らず、わざわざ人目のないこの洞窟へ運ばせたということは、何か表に出せない思惑があるのだろう。しかし、今は考え込んでいる余裕はない。練は「失礼いたします」と恭しく一礼すると、竹籠を手に闇の中へ足を踏み入れた。数歩進むと視界は完全に閉ざされたが、その代わり、二人の足音だけが虚ろに反響しているのが聞こえる。どうやら内部は、想像以上に広大な空間らしい。「止まれ」不意に、冷徹な声が闇の奥から響いた。
月は冴え、星は疎らな夜――移星の里には煌々と灯がともり、歓待の杯が絶え間なく交わされていた。今宵は、討魔師一族の当主・刑天岳、四十五歳の生誕の日である。本堂は色鮮やかな提灯で飾り立てられ、高名な賓客たちで埋め尽くされていた。里全体が、秩序ある喧騒に包まれている。主座では、刑天岳が珠簾越しに酒案へ身を預け、賓客たちからの祝辞を受けながら、次々と献上される色とりどりの進物へ静かに目を通していた。十年前、刑天岳が突如として失踪し、里が内紛に陥り、一度は崩壊寸前まで追い込まれた――そんな過去など、今の繁栄ぶりからは誰ひとり想像もできないだろう。幸いにも、天は里を見捨てなかった。半年後、長く行方不明となっていた当主が突如帰還したのである。彼は苛烈な手腕で内乱を鎮め、たった一人で傾きかけた門派を立て直した。如今の移星の里の繁栄は、まさにその男あってこそ築かれたものだった。ゆえに、この十年という節目に盛大な寿宴を開き、当主の生誕を祝うことは、至極当然の成り行きであった。夜が更け、すべての賓客との面会を終えると、簾の向こうの男はわずかに疲れを見せ、左右へ軽く手を振って休息を命じた。彼が席を立とうとした、その時――。「当主、お待ちください!」澄み切った声が、本堂いっぱいに響き渡った。人々の視線が一斉にそちらへ向く。刑天岳もまた足を止め、ゆっくりと振り返った。衆目の中、本堂中央に立っていたのは、青い制服をまとった練だった。衣の裾を静かになびかせ、腰には玄鉄剣を佩いている。そしてその足元には、一つの竹籠。
皆川は伏し目がちにわずかに躊躇を見せた。その瞳の奥には、拭いきれない迷いの色が滲んでいる。「正直、最初は馬鹿げた話だと思っていました。でも、それ以外に納得できる理由が見当たらないんです」「それで、俺のところへ抗議に来た……というわけですか」「霧生先生」皆川は顔を上げ、真剣な眼差しで言った。「僕は、先生が以前してくださったことには感謝しています。先生がいなければ、僕は今も家に軟禁されたままだったでしょう。今日ここへ来たのも、責めるためじゃありません。ただ、青峰の身に何が起きたのかを知りたいんです」「どうしてですか」「どうして、とは?」皆川は虚を突かれたように言葉を失った。練はじっと彼を見つめる。わずかに吊り上がった口元から、白い煙が静かに漏れた。「どうして知りたいんです。知って、あなたはどうするつもりなんですか?」「それは……」皆川は二の句を継げなかった。練は落ち着き払った様子で口を開く。「今の青峰さんの生活は、ようやく軌道に乗り始めています。仕事に打ち込み、あなたも自由を手に入れた。青峰さんの突然の襲撃に怯える必要もなくなった。互いに干渉せず、それぞれの人生を歩む――それは、とても良いことじゃありませんか」皆川はしばらく呆然としたまま、虚ろな瞳で練を見つめていた。「霧生先生……僕に彼を忘れろ、赤の他人になれとおっしゃるんですか」練は肩をすくめた。「すみません。困らせるつもりはないんです。ただ、青峰さんは俺の患者だ。外部の人間に、むやみに患者のプライバシーを漏らすわけにはいきません」「僕が、外部の人間?」皆川の顔色が変わる。「青峰さんとは、もうお別れになったのでしょう?」「だからといって、彼との関係が完全に消えたわけじゃない」練は意味深に「ほう」と声を漏らした。「……つまり、皆川先生と青峰さんは、今でも恋人同士だということですか」皆川ははっと息を呑み、痛いところを突かれたように下唇を噛んだ。「霧生先生、長々と話をしておいて、結局それが狙いだったんですね」「誤解しないでください」練は至って真面目な顔で続けた。「青峰さんの身に何が起きたのかを知るには、催眠治療を受けるしかない――そう言いたいだけです」「催眠……治療?」「ええ。そうすれば、潜在意識を共有し、あなたを青峰さんの精神領域へ連れていくことができます
春のように暖かな深須から東雲へ戻った翌日、東雲には今冬初めての雪が降った。颯斗は、まるでジェットコースターのような急激な気温差を身をもって味わうことになった。正月が近づくにつれ、冷え込んでいくのは気温だけではない。街を行き交う人影も車の数もめっきり減り、慌ただしかった日常には、突然スロー再生のボタンが押されたかのような静けさが漂っていた。ようやく一息つけるかと思った矢先、練の診療所に一人の馴染み客が現れる。雪上がりの澄んだ陽光が差し込む午前。青峰は、風塵を巻き上げるような勢いで颯斗の前に現れた。「良いニュースと悪いニュースがあるんだ。どっちから聞きたい?」「もったいぶるなよ。……じゃあ、悪い方から」リビングのソファに腰を下ろした颯斗は、落ち着かない面持ちで答えた。「実はさ……」青峰は少し肩を落としたように言う。「例のドラマ、落ちちまったよ」最悪の事態まで覚悟していた颯斗は、その拍子抜けする内容に大きく安堵した。「なんだよ、それくらい。不治の病にでもなったのかと思ったぜ。オーディションなんて一度や二度落ちたくらいで終わりじゃない。まだチャンスはいくらでもあるさ。いっそ……」「いっそ、お前の診療所で食い扶持でも稼ぐか?」「ああ、歓迎するぜ。……で、良いニュースってのは?」青峰は身を乗り出し、声を潜めて告げた。「主役が決まったんだ」元々受けていた現代アイドルドラマには落ちたものの、その監督が青峰を気に入り、知り合いのプロデューサーへ紹介してくれたのだという。そのプロデューサーが手掛けるのは、ミステリー色の強い時代劇。撮影中、主演俳優が交通事故に遭い、急遽代役を探していた。青峰の持つ鋭さと陰鬱さが入り混じった独特の気質が役柄にぴたりと嵌まり、代役としての出演が即決したのだ。低予算ドラマとはいえ、配信先は世界最大級の動画配信サービス。しかも演じるのは珍しいダークヒーロー役――これを機に、“どん底からの大逆転”も決して夢ではない。「まさに『絶体絶命の淵で、新しい道が開ける』ってやつだな」感嘆した颯斗は、ぽんと彼の肩を叩いた。「ああ。合格の連絡をもらった夜なんて、嬉しくて一睡もできなかったよ」親友の幸運に、颯斗も心から嬉しくなる。反射的に、その言葉が口を突いた。「皆川先生が知ったら、きっと喜んでくれるぜ」その瞬間、空気が凍りついた
「もしかして、親に捨てられたんじゃ……?あんな小さな子が一人で立ってるなんて、周りに大人もいないし危険だよ。ちょっと聞いてくる」颯斗がそう言った。「待て、颯斗……!」練が制止する間もなく、颯斗は有無を言わさず駆け出していた。「こんにちは。何か手伝おうか?」少女の前まで走り寄ると、颯斗は軽く手を振った。
少女の顔にはいかなる感情の色も浮かばず、ただ淡々と数歩後ずさった。「颯斗!颯斗!!」練は颯斗の体を強く抱き寄せ、まず鼻先に手を当てて呼吸を確かめ、続いて頸動脈に指を添えて脈拍を測った。「霧生さん!?颯斗はどうしたんですか?」奏も駆け寄り、練と並んで颯斗の肩を支える。「心拍が少し乱れている。仰向けに寝かせて、まぶたの上から眼球を指で静かに圧迫しろ」 
九月五日。その日は雲一つない快晴で、空はどこまでも澄み渡り、日差しもそれほど毒々しくはなかった。空港へと続く高速道路。助手席に座る練は窓を全開にし、秋の気配を含んだ涼やかな風に短い髪をなびかせていた。「おい。高速に入ったんだ、もう少しスピードを上げたらどうだ?」練は窓枠に肘をつき、隣の男にけだるげに問いかける。「話しかけないで!俺がよそ見して事故起こしたらどうするんだ?」
激しい雨が無情にも血痕を洗い流していく。フォグレインの広場は、度重なる激闘と衝撃によって大地が引き裂かれ、いたるところに無残な爪痕が残されていた。瓦礫の山と化した廃墟の中で、颯斗はいまだにアルベインと死闘を繰り広げ、一進一退の攻防を続けていた。練が去ってから、どれほどの時間が経っただろうか。練は立ち去り際、「俺が戻るまで、必ず持ちこたえてくれ」とだけ言い残した。颯斗はあの時、自信満々に「任せてください」と答えたもの