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第7話

Author: 夕凪 こと葉
「詩織、祁堂くんは本当にあんたのことを大事に思ってる子よ。

何度も家に挨拶に来て、ちゃんと真剣に付き合いたいって言ってくれた。

私たちもあれだけ見てきて、間違いなんてあるはずがない」

母の言葉に、私は小さくうなずいた。

煌真は、道中ずっと私に寄り添ってくれた。

その優しさは、ひとつひとつ、心に染みていた。

けれど——

ちょうど今頃、承弥と優奈は婚約式を挙げているはずだ。

人々からの祝福と羨望を一身に受けている。

私はというと、会社を辞め、泥棒呼ばわりされ、まるで全てを失った人間のようだった。

だからこそ私は、意を決して両親にすべてを打ち明けることにした。

——承弥との六年間の恋について。

大学時代の承弥は、女子たちの憧れの的で、どこか近寄りがたい雰囲気を纏っていた。

私は彼に好かれたくて、仏教の写経を手伝ったり、お寺でお守りをもらってきたり、二年間、真剣に想いを寄せ続けた。

ようやく彼が私の告白を受け入れてくれたとき、私は天にも昇る気持ちだった。

彼に幼なじみがいることは、うっすらと聞いてはいた。

でも、その姿を一度も見たことがなかった私は、深く考えなかった。

あの日——

彼の書斎を掃除していたとき、机の上に置かれた紫檀の数珠を何気なく触ってしまった。

すると、彼はまるでスイッチが入ったように突然立ち上がり、私を力いっぱい突き飛ばした。

「もう二度とこの部屋に入るな。この中のものには、お前は一切触れるな!」

彼の怒りに満ちた顔は、今でもはっきりと覚えている。

けれど、その後、彼が数珠を両手で包み込んだときの表情は——

まるで、祈るように、愛おしむように優しかった。

私は床に倒れたまま、ふとその数珠を見上げた。

そこには、彫り込まれた文字があった。

——「優奈」

その瞬間、私はすべてを悟った。

私たちの関係は、始終プラトニックだった。

承弥はいつも「好きだ」と口では言っていたけれど、せいぜい私の唇をじっと見つめたり、手を繋いだりするくらいで、ハグ以外のスキンシップは一切なかった。

キスすら、惜しむように。

まるで欲を断った修行僧みたいに、私に対して一線を越えることは決してなかった。

「どうして私に、男女としての欲望を感じないの?」

そう聞いたとき、彼は真顔でこう言ったのだ。

「今はまだ恋人であって、夫
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