Masuk後ろ手に拘束されているせいで体のバランスが取りにくいが、それでも懸命に身じろぎ、なんとか体を起こそうとする。しかし、肝心の体にはまだ痺れが残っており、力が入らない。すぐにマットレスの上に転がったが、前触れもなく誰かに体を抱き起こされ、両手の縛めを解かれた。
ただしこれは救いにはならず、むしろ最悪の状況に向かう前振りといえた。 「何っ… …」 ジャケットを強引に脱がされ、和彦は混乱する。本能的に身を捩ろうとしたが、背後からしっかり肩を押さえられた。 シャツのボタンが外されながら、スラックスのベルトにも手がかかる。和彦はやめさせようとしたが、緩慢にしか動かせない両腕は簡単に掴み上げられ、目的を問う前に、身につけていたものすべてを奪われていた。 純粋な恐怖でもう声が出なかった。再び後ろ手で拘束されたが、手首にかかったのはひんやりとして重量のあるものだった。手錠だとわかり、微かに歯が鳴る。 殺されたあと、死体は何も身につけていないほうが身元がわかりにくい。これで指を切り落とし、歯をすべて砕いてしまえば、あとは海に捨てるなり、山に埋めてしまえばより完璧に近づく。 マットレスの上に茫然自失となって座り込む和彦は、ふいに肩を押されて後ろ向きで倒れそうになったが、誰かの胸で受け止められた。一方で、前にいる別の人間には両足を掴まれたかと思うと、左右に大きく開かれた。 「やめろっ」 咄嗟に声を上げて両足を閉じようとしたが、背後にいる人間の手によって両足を抱え上げられる。前にいる人間たちに、秘部をすべて晒す屈辱に満ちた姿勢を取らされてしまったのだ。 何か様子が違うと、ここに至ってようやく和彦は気づく。自分を拉致した男たちの目的は、すぐに殺すことではなく、まずは辱めることにあるのではないか、と。 その証拠に――。 「ひっ……」 胸元に手が押し当てられ、まるで検分するかのように肌の上を滑る。断言はできないが、医者である和彦には馴染みのあるラテックスの手袋をしているようだった。妙に生温かな手が胸元から腹部へ、さらに下腹部へと這わされる。 恐怖と生理的な嫌悪感から、たまらず和彦は抱えられた足を振り上げようとしたが、その前に、素早く弱みを握り締められていた。 「あうっ」 体の力が一気に抜ける。手に力を込められたら、という想像だけで、何もできなくなる。それでなくても大半の抵抗を封じられ、何も見えていない状況なのだ。今の和彦はあまりに無防備だった。冷たい液体を下腹部に垂らされても、唇を噛むことしかできないぐらい。 この場にいる男たちの目的もわからないまま、和彦のものは、ゴムの感触も生々しい薄い手袋を通して上下に擦られる。滑る感触と、グチュグチュという濡れた音で、自分の下腹部に垂らされた液体がローションだとわかった。せめて、賢吾にメールを送っておこうと思いはするものの、体がもう動かない。ふっと和彦の意識は遠のく。 普段であれば、このまま深い眠りについてしまうはずなのだが、意識の一部はひどく研ぎ澄まされている。慣れない場所で一人ということもあり、絶えず辺りの様子をうかがっているのだ。 総和会の男たちが同じ階に控えていて、何か起こるはずもないのに――。 自分が起きているのか眠っているのかわからない状態に陥り、浸っていると、前触れもなく異変は起こった。 マットの傍らに誰かが立っている気配を感じたのだ。 本能的な怯えから和彦は体を強張らせる。次にどんな行動を取るか、ほんの数瞬の間に考えて実行に移そうとしたが、その前に動けなくなった。顔全体にふわりと柔らかな感触が触れたからだ。それが薄い布の感触だとわかったとき、和彦の中で蘇ったのは、守光宅の客間での出来事だった。 驚きと戸惑いによって和彦が動けないのをいいことに、侵入者はいきなり大胆な行動に出る。マットの上に上がり、和彦の体にかかった毛布を剥ぎ取ったのだ。 急速に恐怖に支配され、顔にかかった布を外そうとしたが、すかさず片手で手首を掴まれてマットに押さえつけられる。大きくて力強い男の手だった。和彦の手首を折るぐらい簡単にできそうだ。言葉も発さない相手の意図を察し、和彦はささやかな抵抗すらできなくなる。 トレーナーの下に分厚く硬い手が入り込み、肌をまさぐられる。生理的な反応から鳥肌が立つが、相手は意に介さず、トレーナーをたくし上げて、無遠慮に撫で回してくる。手つきも、手の感触すらもまったく違うというのに、和彦の存在を探るかのように触れてきた守光のことが、頭から離れない。 手つきの荒々しさとは裏腹に、男は時間をかけて和彦の体に触れてきた。そして興味をひかれたように、胸の突起を特に念入りに弄り始める。 てのひらで捏ねるように転がされ、自分ではどうしようもできない反応として硬く凝ると、指の腹で押し潰され、再び反応を促すように乱暴に摘み上げられて、引っ張られる。痛みに小さく呻いた和彦は、ここでようやく、頑なに閉じたままだった目を開けた。 薄い布を通した電気の光に、一瞬目が眩む。だがすぐに、自分の上に馬乗りになっ
「腸閉塞だな。わかりやすく言うなら、腸が詰まっているんだ。だから、飲食したものがすべて逆流して、嘔吐が続くし、腹痛も起こる。先日の手術で内臓の組織が癒着して、腸が圧迫されたんだろうな。それに、寝たきりのストレスも、腸によくない影響を与える」 部屋にいる男たちに淡々と説明をしながら、輸液の準備をする。一方で頭の片隅では、この場にいるのは、南郷率いる第二遊撃隊の人間ばかりなのだろうかと考えてもいた。 手術を行ったときは、男が怪我を負った簡単な経緯だけは聞いたが、それ以外のことは何も知らされなかった。唯一はっきりしていたのは、総和会から回ってきた仕事、ということだけだ。だが、帰宅する車で南郷と乗り合わせ、さほど知りたくなかった事情を、大まかながら教えられた。 総和会の中で詰め腹を切らせるために、男は生きていなくてはならないのだ。 こういう事実を知ってプレッシャーを感じるぐらいなら、何も知らなかったほうがありがたい。 医者として患者を救いたいのは当然だが、この世界で求められるのは、そういう道徳や倫理といったものではない。優先されるべきは、組織の都合であり、事情なのだ。結果として患者を救えるのだから文句はないだろうと、南郷なら平然と言いそうだった。 必要以上に南郷を悪辣な男として捉えてしまうのは、やはり苦手だからだ。 車中での出来事が蘇り、和彦は眉をひそめる。背筋を駆け抜けたのは、不快さだった。気を取り直し、男の腕に点滴の針を刺す。「当分、食事はおろか、水を飲むことも厳禁だ。点滴で栄養をとりながら、胃腸を休ませる」「……また、手術をすることになるんですか?」 和彦の指示に従い、新しい洗面器を持ってきた男が問いかけてくる。なんとなく見覚えがある顔だと思ったら、先日、南郷と同乗した車を運転していた男だ。 咄嗟に和彦は、質問に対して、まったく関係ない質問で返していた。「――南郷さんもここに来ているのか?」 男はわずかに目を見開いたあと、すぐに無表情となって首を横に振った。「いえ、今日は会長と行動をともにしているので」「そうか……」
秦だけでなく、その秦の後ろ盾となった長嶺組――賢吾からも。「組長には報告しておきましたから、当分先生には、窮屈な思いをさせるかもしれません」「……基本的に、どこに行くにも護衛をつけてもらっているから、ぼくの場合、さほど生活に影響があるとも思えないが……。あっ、護衛が面倒だから、夜は出歩くなと言うことか?」 和彦としては真剣に問いかけたのだが、怪我をしている組員までもが、苦笑に近い表情を浮かべて首を横に振る。「先生に、そんな野暮は言いませんよ。ただ、俺たちみたいな連中の面倒を見てくれる大事な人なんですから、気をつけてほしいだけです」「それを言うなら、君らもだ。日ごろ振り回して、世話になっているからな」 短く息を吐き出して和彦は、今度こそ切り傷の縫合に取り掛かった。**** 午後の診察時間の終了まで一時間近く残して、クリニックにはすでに緩やかな空気が漂っていた。最後の患者を見送ってしまうと、完全予約制のこのクリニックでは、あとは仕事が限られるのだ。 週明けに入っている予約について打ち合わせを済ませてから、あるスタッフは医療用品や薬剤の在庫を確認し、手が空いているスタッフは掃除を始める。和彦も、診察室を――というより、自分が使っているデスクの上を片付ける。 それが終わると今度は、コピー用紙を一枚取ってきて、卓上カレンダーを眺める。「――……ついこの間、花見でバタバタしていたのにな……」 ぽつりと洩らした和彦は、簡単な文面を考えてコピー用紙に書いていく。すると、診察室の掃除のため入ってきた女性スタッフが、ススッと近づいてきた。「何を書いているんですか、佐伯先生」「ゴールデンウィークの休業日のお知らせ。患者さんにはもう電話で伝えてあるけど、配達業者が困るかもしれないから、そろそろ玄関のドアに貼っておこうと思って」「はあ、この間開業したと思ったら、もうゴールデンウィークなんですねー。バタバタしていたから、なんだかあっという間です
**** 突然、電話が鳴り、ビクリと体を震わせた和彦は考えるより先に起き上がると、サイドテーブルの子機を取り上げた。『――お休み中、申し訳ありません』「いや……」 寝起きで掠れた声を発した和彦は、反射的に時間を確認する。室内の暗さから見当はついたが、深夜だった。 こんな時間、長嶺組の組員からかかってくる電話の内容は、ほぼ決まっている。『うちの組の者がトラブルに巻き込まれて、怪我をして戻ってきたんです。ひどく痛がっていて、どうやら骨折をしているようで……。それで、クリニックのほうで診てもらいたいのですが』「そうだな。レントゲンを撮る必要があるから、クリニックのほうが都合がいい。麻酔もすぐに準備できる」 話しながらベッドを下りた和彦は、イスの上に置いた着替えを取り上げる。『すでに車は待たせてあります。準備ができたら降りてください』 五分で降りると返事をして、電話を切る。 ジーンズに穿き替えながら和彦は、最近急に物騒になってきたように感じていた。先日は、総和会の第二遊撃隊が面倒を見ることになったという男を手術したが、やはり、外を出歩いているときに襲われて大怪我を負ったと教えられた。 普段は無用な揉め事を避けたがる世界だが、些細なことで様相は一変する。血生臭い空気に当てられて小さないざこざが起こり、それが大きな闘争へと繋がる危うさと緊迫感をいつでも孕んでいるからだ。もっとも、こんな世界に身を置き、医者をしている和彦だけがいつ血の匂いがするかと身構えており、男たちにとってはこれが当たり前なのかもしれない。 和彦はTシャツを着込み、その上からパーカーを羽織って、慌ただしく玄関に向かおうとしたが、すぐに引き返して洗面所に飛び込む。眠気はとっくに消えてしまったが、顔を洗って気持ちを切り替える。 一階に降りると、すでに待機している長嶺組の車に乗り込み、まっすぐクリニックへと向かった。 患者を含めた数人の組員たちはすでに到着しており、待合室にいた。和彦の姿を見るなり素早く立ち上がり、一斉に頭を下げ
そんな和彦の気持ちを知ってか知らずか、千尋は大きなあくびをしたあと、にんまりと笑いかけてきて、布団の上を軽く叩いた。ここに座れと言いたいらしい。 髪を拭いていたタオルを手に、和彦は渋々従う。すかさず千尋が肩を抱いてきた。「先生、また一緒に寝よう。じいちゃんに知られたって、別にいいじゃん。俺だって、先生のことで主張できる権利がある」「何を主張する権利だ」「わかってるのに、聞くんだ」 さきほどの寝ぼけていた姿は演技だったのか、すでに千尋の両目は生気を漲らせ、強い光を湛えている。 和彦はまじまじと千尋の顔を覗き込み、頬を撫でてやる。おそらく千尋に犬の尻尾が生えていたら、今この瞬間、ブンブンと振っていることだろう。そんな想像をしてしまうぐらい、嬉しそうな表情を浮かべたのだ。「――お前と一緒にいるときは、ぼくは、お前のオンナだ」「悪いオンナの台詞だよなー、それ。オヤジやじいちゃんと一緒にいるときも、同じことを言うんだろ。言う相手が違うだけで」「ぼくにそれを求めたのは、物騒で怖い、長嶺の男たちだ」「だって俺たち、先生に骨抜きだからね」 千尋に優しく唇を啄ばまれ、すぐに舌先を触れ合わせて、相手をまさぐる。朝から交わすには露骨でいやらしい口づけへと変化するのは、あっという間だった。 執着心をぶつけてくるように、千尋の舌に荒々しく口腔をまさぐられる。和彦は、そんな千尋を受け入れ、応じていた。 ようやく唇が離されると、千尋は少し困惑したように洩らした。「この部屋、なんか変な感じがする。ここで先生がじいちゃんに初めて……とか思うと、嫉妬より先に、すげー興奮するんだ。じいちゃんと張り合いたい気分になるっていうか」「……前々から感じていたが、妙な性癖を持ってるだろ、お前」 とにかく自分の部屋に戻れと言いながら、和彦は千尋の体を布団から押し出そうとする。しかし千尋はごろりと横になり、あっという間に布団に包まってしまう。「こらっ、千尋――」「俺、先生に怒られるの好き」 もっとかまってくれと言わんばかりに千尋が
両足を抱えられ、大きく左右に開いたしどけない姿で、和彦は犯される。 逞しい部分で内奥をこじ開けられ、襞と粘膜を蹂躙するように擦り上げられるたびに、ビクビクと上体を震わせるが、懸命に声は堪える。和彦のそんな姿に、千尋の欲望は煽られているようだった。「たまんない、今の先生の姿。つらそうな顔してるのに、ここはこんなに悦んでてさ」 千尋はゆっくりと腰を突き上げながら、開いた両足の間で揺れる和彦の欲望を握り締めてくる。咄嗟に唇を噛んで嬌声を押し殺したが、そんな和彦を追い詰めるように千尋は欲望を手荒く扱き始める。内奥では、力強く脈打つものが蠢き、鳥肌が立つほど感じてしまう。「うっ、うっ、うぅっ――」「感じまくってるね、先生。中、興奮して、ギュウギュウ締まりまくってる。……溶けそうなぐらい、気持ちいい……」 両足を抱え直されて、一度だけ大きく内奥を突き上げられる。息を詰めて仰け反った和彦は、数秒の間を置いて熱い吐息を洩らしていた。 和彦が脆くなっていると感じ取ったのか、千尋が甘えるように覆い被さってくる。求められ、唇を吸い合ってから、舌を絡める。その間も千尋は、緩やかな律動を内奥で刻み、無意識のうちに和彦は腰の動きを同調させて受け止める。さらに深く、奥まで千尋のものを呑み込むために。「んあっ……、はっ、あっ、あっ、千、尋っ……」 千尋の肩にすがりつき、和彦は控えめに声を上げ始める。「先生、いつもみたいに、もっと声出してよ。じいちゃんの部屋まで聞こえるような、すごい声」 上体を起こした千尋が、繋がった部分を指で擦ってくる。和彦は首を横に振るが、さすがに長嶺の男だけあって、欲しい答えを引き出すために千尋は淫らな手段を行使してきた。反り返って震える和彦の欲望を指先でくすぐったあと、柔らかな膨らみをきつく揉みしだき始めたのだ。「うああっ」 たまらず和彦が声を上げると、内奥に収まっている千尋のものがさらに大きさを増す。 内奥を強く突き上げられたかと思うと、次の瞬間には柔らかな膨らみを手荒く愛撫される。それを
内奥深くを小刻みに突き上げながら、ふいに賢吾がそんなことを言う。和彦は賢吾の逞しい腰に両足を絡ませながら、頭上の枕を握り締めて嬌声を堪える。大きく呼吸を繰り返してやっと、言葉を紡ぐことができた。「どういう、意味だ……」「心底嫌いな男に感じさせられて、悔しい反面、ひどく興奮しているんじゃないのか。脅されて言うことを聞かされたはずなのに、体はしっかり、その嫌な男から与えられた快感で悦ぶ。淫奔な体と、下手なヤクザより肝が据わって、したたかな性質を持った先生らしい色気だ」 賢吾には当然、レストルームの個室で鷹津に何をされたのかすら
**** 座卓に頬杖をついた和彦は、ぼんやりと考え込む。ただ、考えることが多すぎて、思考は散漫だ。 結婚披露宴で和彦に話しかけてきた父親の同僚のことを考えると、必然的にその父親のことを――自分の家族のことにまで考えが及ぶ。和彦にとって家族とは、この世でもっとも関わりたくない存在なので、正直、戸惑っていた。 戸惑うといえば、もう一人の存在を忘れてはいけない。 意識しないまま顔が熱くなってきて、一人うろたえた和彦は慌ててグラスを取り上げ、残っているワインを飲み干す。その勢いで、肩にかけていた羽
飲むことばかり話しているなと思いながら、和彦は炭酸水のボトルもカゴに入れる。「あっ、チーズも欲しい」 和彦がぽつりと洩らすと、心得たとばかりに三田村は足早に行ってしまう。地味な色のスーツをしっくりと着こなした男の、あまりに堂々とした足取りに、他の客が何事かといった視線を向け、つい和彦は顔を伏せて笑う。 生活臭のない男二人が、平日の午後、スーパーでのんびりと買い物をしているというのは、妙な感じだ。他の買い物客の目には、友人同士か、似ていない兄弟とでも映っているのかもしれない。 ヤクザの組長のオンナと、そのオンナを護衛するヤクザとは、万が一に
彼らに出会ったのは、偶然だ。和彦が結婚披露宴に祝儀を持っていくよう言われたのはほんの数日前だし、そもそも、かつて和彦とつき合いがあった人間は、今の生活を知らない。誰にも告げていないからだ。 ヤクザとの繋がりを知られて迷惑をかけたくなかったということもあるし、何より、自分の家族に知られたくなかったのだ。 もし自分が、ヤクザに飼われていると知られたら――。「……ぼくの今の生活を、知られるわけにはいかない」 そう呟いて和彦が強い眼差しを向けると、鷹津は軽く鼻を鳴らした。「だったら、しばらくは見つからないよ