LOGIN「……悪い。本当は行きたいけど、ここ何日か、体調を崩しているんだ。あまり不景気な顔を、友人に見せるのも悪いしな」
『ということは、体調がよくなったら、俺と会ってくれるということか』 「ああ、約束する。美味いランチを奢らせてもらう」 『そういうことなら仕方ない。都合がよくなったら、いつでも連絡してこいよ。――忘れるなよ』 しっかりと釘を刺され、和彦は思わず笑ってしまう。 「大丈夫だ。なんなら、催促のメールをしてくれ」 近いうちに会う約束を交わして電話を切ると、ベッドの上に座り込んだまま、和彦はぼんやりとする。 澤村からの電話を切った瞬間、和彦にとっての日常が戻ってくるのだ。そのギャップに、戸惑っていた。 だがそれも、わずかな間だ。いつまでも寝室にこもっているのも不健康なので、書斎に移動しようかと思ったのだが、床に足を着ける前に、また携帯電話が鳴った。 「――……急に人気者になったな……」 そんなことを独りごちた和彦は、ベッドの上に放り出していた携帯電話を取り上げる。今度の電浴衣の裾をたくし上げられ、乱暴に下着を剥ぎ取られる。両足を抱え上げられたうえに、大きく左右に広げた格好を取らされた。和彦に見せつけるように舐めて唾液で濡らした指を、賢吾は内奥の入り口へと這わせてきた。「うっ、う……」 こじ開けるようにして、一本の指が付け根まで挿入される。疼きと異物感に和彦は声を洩らしながら、きつく指を締め付ける。すぐに指の数は増やされ、内側から解されていく。 襞と粘膜をじっくりと擦り上げられ、掻き回される。賢吾の見ている前で、瞬く間に和彦の欲望は身を起こし、切なく震える。「いやらしいオンナだ」 うっすらと笑みを浮かべて呟いた賢吾に欲望を軽く指で弾かれ、和彦は息を詰めた。 内奥にたっぷりの唾液が施され、入り口が綻び始めた頃、一度体を離した賢吾がようやく帯を解き、浴衣を脱ぎ捨てる。目の前で露わになった体に、和彦は圧倒される。興奮による猛りが一目でわかる張り詰めた筋肉と、全身から匂い立つ雄の匂い。すでに汗が伝い落ちている肌の艶めかしさと、本当に背に棲みついているかのような生々しい大蛇の姿。 和彦はのろのろと体を起こすと、ほぼまとわりついているだけとなっている自分の浴衣を脱ぎ落す。すかさず賢吾に引き寄せられ、両足の間に手を突っ込まれた。「あぁっ、あっ、んうっ」 手荒く柔らかな膨らみを揉みしだかれて腰が震える。無意識に舌を差し出すと、きつく吸い上げられてから、激しく絡め合う。和彦は夢中で賢吾を味わいながら、両手を背の大蛇に這わせていた。賢吾が身じろぐたびに大蛇が蠢く姿を想像して、胸の奥で妖しい衝動がうねる。「……そんなに〈こいつ〉が可愛いなら、お前も同じものを彫るか? 背中だと見ることも触れることもできないから、この辺りに、同じ図柄で小さなものを――」 内腿を撫でながら、苦笑交じりで賢吾が言う。和彦は、賢吾の大蛇にそっと爪を立てた。「あんたの体にあるから、いいんだ。撫でて、爪を立てて、舐めて、可愛がってやりたくなる」「俺をまだ、骨抜きにしたいのか、お前……」 大蛇が、肉に飢えた獣に変わる。
「お前が傷つけられるような事態になっていたら、俺は伊勢崎龍造を許さなかった。……護衛についてた奴から聞いたが、一人で突っ走ったそうだな。もし相手が待ちかまえていて、拉致されたらどうするつもりだったんだ。肝が冷えたぞ、俺は」「さすがに組員が助けてくれるだろ。それに、少しぐらいならぼくも抵抗して――」 心底呆れたように賢吾がため息をつき、唇に軽く噛みつかれた。「暴力に慣れた奴相手に、自分でなんとかしようとするな。かえって怪我をする」「……何度でも言うが、一応、護身術程度のことは教わったんだが」「〈あいつ〉の名前を今この瞬間に出さなかったのは、賢明だな。今日はもう、伊勢崎父子の名前だけで腹いっぱいだ」 賢吾は鷹津を強く意識していると、次の発言でさらに思い知る。「俺は、お前を大事に大事にしてるんだぜ? サソリの毒が抜けないうちにお前を抱こうとして、拒まれるのを恐れるぐらいには、臆病にもなってる。今日だって、何もするつもりはなかった」 唇を啄みながら賢吾に囁かれ、和彦はただ聞き入る。「だが、あれはいけねーな。あれで、俺は我慢できなくなった」「な、に……? なんのことを、言って……」「伊勢崎の息子の名前を出した途端、お前が艶めいた顔をした。――俺を目の前にして、他の男のことを考えて発情しただろ」「してないっ」「千尋も気づいたぞ。お前に関してはおそろしく鼻が利くからな、あいつも」 ぞっとするほど優しい手つきで賢吾に頬を触れられ、そこから首へとてのひらが移動する。縊り殺されるのではないかと和彦は本能的に怯えたが、同時に、身震いしたくなるような興奮が湧き起こる。「お前は、俺のオンナだ」「……ああ」「去年の末に、総和会本部でお前が俺に言ったことは覚えてるか?」 喉仏に指がかかり、微かに喘いで和彦は頷く。「今も気持ちは変わってないな?」 たった一つの返事しか求めていない問いかけだった。和彦は、賢吾の目を見つめ
** 伊勢崎父子のことを聞かされてからずっと、不自然な鼓動の乱れ治まらなかった。父子、と言いながら、やはり強く思ってしまうのは、玲のことだ。 大学受験が上手くいったのなら、もうとっくに新たな生活の準備は整えているだろう。一緒に行動したのはほんの数日のことだったが、彼はいろいろなことを話してくれた。大学生活を送るにあたり、父親から離れて一人暮らしをしたいのだと語っていたが、果たして希望は叶ったのだろうか。 龍造が、〈こちら〉で商売を始めようとしていることは、御堂や賢吾がちらりと話していたので知っている。龍造本人が出向いてくるなら、玲が安穏とした大学生活を送れる光景は残念ながら思い浮かばないが、他人である和彦が心配するのはおこがましいだろう。 夜も更け、本宅は詰め所を除いてひっそりと静まり返っている。入浴を終えた和彦はいつもなら客間で一人寛いでいる時間だが、今夜はなんとなく落ち着かなくて、こうして中庭に下りていた。 庭園灯のぼんやりとした明かりが、白く小さな花をつけた庭木を照らしている。賢吾も千尋も中庭の植物になど興味がなさそうなのに、気がつけば種類が入れ替わっていたりして、こまめに手入れが行われている。なんの花なのか、組員に聞いてみようかと思っていると、ふいに背後でぞろりと何かが蠢く気配がした。 総毛立ったのは一瞬で、すぐに肩から力を抜く。「――身が燃えるか」 揶揄するように話しかけられ、和彦は短く息を吐き出した。「意地の悪い中年男は嫌われると千尋が言ってたぞ」「どのあたりが意地悪なんだ」「……そういうところ」 隣に賢吾が立ち、和彦の肩に羽織をかけてくる。雨が近いのか、今夜は風が生ぬるくて暖かいぐらいなのだが、厚意はありがたく受け取っておく。「秋慈はまだ何か隠しているぞ。伊勢崎組……というより、伊勢崎龍造に関して」「気づいてて、聞かなかったのか?」「聞いたが、まだ探っている最中だと、すげなくあしらわれた。大事な一人息子を骨抜きにした相手が気になって、とんでもない行動に出るなんて、どこぞの誰かとよく似てるじゃない
「そういう心配するの、和彦ぐらいだよ、きっと。うちなんて厄介事の巣窟みたいなところなのに」「お前……、実家だろ。そういう言い方……」「実家だからよくわかるんだって。だから、和彦が心配しなくていいよ。多少のことなら、ここにいる大蛇がぱくっと呑み込むから」 もっとも、と賢吾が言葉を引き継ぎ、両目に剣呑とした光を宿す。「それらしい理由をつけて、お前が俺たちから距離を置きたいというなら、話は別だがな」「……だったら最初から、戻ってこない」 和彦がじっと見つめ返すと、賢吾はすぐに降参した。「悪かったな。お前がいじらしいから、つい意地悪を言っちまったな」「意地が悪い中年男は嫌われるからな」 千尋の発言に対して、賢吾は澄まし顔でグラスに口をつける。 家族会議と言いながら、こんなことを話していていいのだろうかと疑問に感じたところで、賢吾がふいにタブレット端末を取り上げ操作してから、和彦に差し出してきた。「秋慈が送ってきた画像データだ。お前も見たほうが手っ取り早い」 意外な名が出て和彦は目を丸くする。御堂秋慈の灰色がかった髪と秀麗な顔立ちが鮮明に脳裏に浮かび上がった。 最後に御堂と会ったのは昨年末の総和会の本部だったが、知らず知らずのうちに顔が熱くなってくる。御堂は元オンナとして、傷ついて脆くなっていた和彦を抱き締めて、慰めてくれたのだ。そのとき一度だけ唇を重ねた。二人だけの秘密で、賢吾にも言ってはいけないという御堂の忠告を、和彦はしっかりと守っていた。「あいつも食えない奴だからな。クラゲのような細くて長い毒を持つ触手を、いろんなところに伸ばしている。これぞという餌や敵に刺して毒を流し込むんだ。俺は一応身内だと判定されているようだから今は平気だが、そうじゃない相手には――。あいつが優しいのは、オンナに対してだけだろうな」 そう言う賢吾の口ぶりと眼差しから、薄々とながら和彦と御堂の間に何かあったことを察しているようではあるが、嫉妬や怒りといったものを感じない。賢吾にとっても御堂は、大蛇が牙を向けない身内に含まれているよう
危機感が足りないと言いたげに賢吾が微苦笑を浮かべる。和彦は慌てて言い募った。「心配してくれているのはわかってるんだ。でも、決定的なことが起こったわけじゃない。見られてただけで――」「お前がいくら色男でも、あとをつけるような奴はまともじゃねーんだ。お前も薄々、相手の種類は察してるんだろ」 賢吾に示され、和彦はやっと正面に腰を下ろす。いつの間にか部屋の外で待機していたらしく、一声かけて笠野が障子を開ける。和彦の前にお茶の入ったカップを置くと、すぐに部屋を出て行く。 数秒待ってから和彦は口を開いた。「たぶん、今日の男たちは堅気じゃなかった」「それで?」「意地が悪いな。ぼくにわかるのは、それぐらいだ」 軽く鼻を鳴らした賢吾は、たけのこの和え物を口に運ぶ、小気味いい咀嚼音を聞きながら、和彦は座卓の隅に置かれたタブレット端末に気づく。「――舐めたまねをしやがる」 ふいに地を這うような低い声がした。ゾクリと身震いをして反射的に賢吾を見る。忌々しいほど魅力的なバリトンの本来の使い方を、唐突に教えられた。この男の声は、物騒な武器でもあるのだ。 硬直する和彦に対して、賢吾は安心させるようにふっと笑いかけてくる。「おっとりしたお前はともかく、周囲がどれだけ警戒しているか、探りたかったのかもな。しばらく行方をくらませていた人間が、突然またふらふらし始めたら、まあ、気になる連中はいるだろう」 ここで障子が開き、今度は千尋がするりと部屋に入り込んでくる。手には缶ビールを持っており、何食わぬ顔で当然のように和彦の隣に座った。 一旦会話が止まったのをきっかけに、三人はそれぞれ飲み物に口をつける。笠野が淹れてくれたのはほうじ茶で、香ばしい香りにほっと息が洩れる。賢吾のグラスは焼酎のお湯割りだそうだ。飲むかと問われたが、遠慮しておいた。「……しばらく、ぼくは本宅に近づかないほうがいいかもしれない」 ぽつりと和彦が呟くと、千尋が大仰に目を剥く。「何言ってんのっ」「いや、いままではぼくが一番弱い立場だったから、当然のようにここで庇護されてたわけだけど、近いう
** 帰宅した賢吾は、見るからに機嫌が悪かった。一足先に帰宅した千尋は気色ばんで和彦に駆け寄ってきたので、この辺りの反応の違いは、潜り抜けてきた修羅場の違いによるものかもしれない。 誰かが大蛇の尾を踏んだせいだと、和彦は苦々しく思いながら、ロールケーキを一口食べる。春の期間限定ということで、生地も生クリームもほんのりとピンク色で、桜の風味が口内に広がる。組員の奥さんが差し入れてくれたものだそうで、食後のデザートにと笠野が勧めてくれたのだ。紅茶との組み合わせは最適だったと、自分の飲み物の選択に満足していた最中だった。 和彦が寛いでいるように見えたのだろう。ダイニングにやってきた賢吾はほんのわずかに目元を和らげた。「――美味いか?」「ご飯も喉を通らないという状態じゃなくて申し訳ないが、美味しい」「お前にやつれられると、あちこちから俺が責められるからな。それでいい」 そう言って賢吾の手が、さりげなく髪を撫でてくる。「よく似合ってる」 礼を言うのも照れ臭くて、いつもと同じ髪型だともごもごと応じていると、ちょうど風呂から上がってきた千尋もダイニングにやってくる。ふらふらと和彦に近づいてくると、背後から抱きついてきて甘えるように肩に額をすり寄せる。 いきなり長嶺の男二人に絡まれて、和彦としては苦笑するしかない。とりあえず、心配されていたことはよく伝わってくる。 賢吾はあごに手をやり、何か考える素振りを見せたあと、こう宣言した。「よし、一時間後に俺の部屋で家族会議を開くぞ」「家族会議って……」「もちろん、お前も同席しろ。今日のことで話を聞きたい」 風呂の前に野暮用を片付けると言って、ジャケットを脱いで組員に預けた賢吾がどっかとイスに腰掛ける。心得たもので組員が、手帳を開いて仕事の打ち合わせを始める。この様子だと、いろいろと用事を放り出して帰宅したようだ。和彦を心配して――。 千尋は、髪を乾かしてくると言い置いて自分の部屋に戻り、和彦としては、この状況で優雅にデザートを味わうのは気をつかう。せっかくのロールケーキを気忙しく紅茶で流し込むと、