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第13話(10)

Author: 北川とも
last update publish date: 2026-01-16 17:00:58

「そんなことだろうと思った」

「迷惑かけついでに、すみませんが、俺を慰めてくれませんか」

 本気で言っているのだろうかと、和彦は隣に座った中嶋の顔をまじまじと見つめる。中嶋は、ヤクザらしくふてぶてしい笑みを浮かべていた。もしかしてからかわれているのだろうかと思ったぐらいだが、気弱な表情を見せられるよりはいいかもしれない。

 和彦はもう一口お茶を飲んでから、ふっと息を吐き出す。

「――彼なりに、君を気づかっているんじゃないか。自分は集団で襲われて、そのトラブル処理のために、長嶺組に後ろ盾になってもらった。多分、長嶺組長に何か弱みを握られたんだろ。一方で、君は総和会の中で確かな地位を築き始めた。……自分の事情に巻き込んで、元後輩の足を引っ張りたくないのかもしれない、と甘いぼくは考えてしまう」

「本当に先生は甘いですよ。ヤクザの世界なんて、そう甘くもないし、綺麗事は大抵通じない」

「ぼくだって、無理してこの理屈を捻り出してやったんだ。黙って頷いておいてくれ」

 ヤクザの体面を取り繕ってやる
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