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体の内から、三田村に溶かされそうだった。
クリニックから移動する時間も惜しくて、二人が交わるために選んだ場所は、仮眠室だった。窮屈な部屋は、あっという間に熱気と汗の匂いが立ち込め、濃密な空気を作り上げる。 狭いベッドの上で和彦は、身を捩り、悶え、悦びの声を上げる。三田村は、そんな和彦の快感のために、尽くしてくれる。 「んうっ……」 内奥深くを抉るように突き上げてきた逞しい欲望が、次の瞬間にはゆっくりと引き抜かれようとする。和彦の襞と粘膜は、健気とも淫らともいえる必死さで三田村のものに絡みつき、愛されることを望む。 「い、や……だ。三田村、まだ、奥に欲しい……」 恥知らずな言葉で和彦が求めると、三田村は荒い呼吸を繰り返しながらも、ふっと一瞬だけ目元を和らげた。和彦は両腕を伸ばして三田村の頭を引き寄せ、唇を重ねる。三田村の舌を口腔に差し込まれながら、逞しい欲望もしっかりと、内奥深くまで埋め込んでもらう。 快美さに、和彦は体を小刻みに震わせる。三田村が律動を刻むたびに、前髪から滴り落ちようとしているしずくを指先で弾くと、うなじにそっと唇が押し当てられる。心地よい疼きが緩やかに背筋を這い落ちて、和彦は身じろぐ。 今日はもう仕事はしないと宣言をした賢吾は、鼻歌を歌いながらバスタブに湯を溜め、入浴剤を選び始めた。結果、こうして夕方にもならない時刻から、二人一緒に湯に浸かっていた。 湯の温度はぬるめだが、背で感じる賢吾の体温は高く、なかなかいい塩梅だ。「贅沢だ……。長嶺組長を座椅子代わりにして、入浴するなんて」「お疲れだろうから、労ってやろうという俺の優しさだ。しっかり感謝しろよ」 疲れているのは、昨夜の父子による行為のせいもあるのだが、指摘するのはやめておく。藪蛇になりかねない。「そういえば――」「何?」「今日の昼間、雨が降っただろ。天気雨というやつだ。たまたま外に出ていたから、参ったぞ」 和彦はパッと賢吾を振り返る。「もしかして、見た、のか?」「見たって……、ああ、あれか。虹が出てたな」 賢吾は短く笑い声を洩らすと、和彦の肩先に掬った湯をかけてくれる。「たまには空を見上げてみるもんだな。いいものが見られた。あとになって、写真を撮ってお前に送ってやればよかったと思ったが、そうか、同じものを見たんだな」 白乳色の湯の中で、なんとなく互いの手をまさぐり、指を絡めた。 和彦は、総和会本部での出来事をできるだけ簡潔に説明する。その中には、守光や南郷とのやり取りも含まれているが、さすがに、守光と俊哉の関係については省かせてもらった。「……〈寮〉が完成したというなら、うちから何か、祝いの品でも送らないといけねーな」 賢吾がぽつりと洩らした言葉に、和彦は目を丸くする。南郷が管理する建物ということで、てっきり賢吾は知らん顔をすると思ったのだ。「表向きは、俺は怒りの矛を収めたことになっている。お前がいない間、古参連中がこぞって俺の説得にやってきてな。わかってはいたが、堪えるもんだ。いい歳したおっさん共の泣き落としは。――長嶺組と総和会ってのは、切っても
賢吾が言いそうな憎まれ口だと、笑みをこぼしたそのとき、白い花に集っていたハチがふいに和彦に向かって飛んでくる。軽く手で追い払っただけで、あっさりとハチは白い花にまた寄っていく。その様子を見ていた守光が、ふいにこんなことを言った。「――あんたの周りを飛ぶ羽虫がいたと聞いたが、問題ないかね」 一瞬、さきほどのハチのことかと思ったが、冷徹な守光の眼差しを見て、そうではないと気づく。「あの、なんのことか……」「遠い土地からわざわざこっちにやってきて、巣を作り始めているらしい。いつの間にか、な。第一遊撃隊の御堂辺りは把握していたようだが、なぜかわしは、賢吾から聞かされた」 ここまで言われれば、伊勢崎組のことを指しているとわかる。なんと答えるべきかと、和彦は目まぐるしく頭を働かせる。御堂の名が出た以上、迂闊なことを言えば迷惑がかかる。 顔を強張らせて口ごもる和彦に、ふっと守光は微笑みかけてきた。「あんたに聞いても仕方のないことか。――極道の考えることは、極道にしかわからん。たぶんな」 雨に濡れるよりも、このやり取りのほうが体が冷えた。 この後、守光の部屋でお茶を飲み、引き止められるまま昼食まで共にしてから、ようやく本部を辞した。 車の中で和彦は、自分は本当に聞きたいことが聞けたのだろうかと思い返すが、気疲れのせいかすぐに思考は空回りを始めた。漫然と車窓から眺める外の景色には、一時的に降った雨の名残りはすでになく、虹もとっくに消えている。 車は自宅マンションへと向かう。賢吾からは本宅でもマンションでも、好きなほうに戻ればいいと言われており、遠慮なく自宅を選ばせてもらった。一人になりたかったのだ。 ふらふらと部屋にたどり着き、ドアを開けた途端、ふわりと風が吹き抜けた。一瞬覚えた違和感の正体は、すぐに気づいた。窓は施錠しているので、風が室内から吹いてくるはずがない。つまり――。 バタバタと靴を脱いでダイニングに駆け込むと、ちょうどキッチンからカップを手にした賢吾が出てきた。なぜか、寛ぐ気が全身から溢れ出ているスウェットスーツ姿だ。「……何、してるんだ」
「言わぬが花、という言葉を知っているか、先生?」 柔らかく窘められ、さすがにこれ以上踏み込むことはできなかった。続けて守光が洩らした言葉を聞けば、なおさらだ。「ただ一つ言えることは、佐伯俊哉は冷たく美しい男だったということだ。忌々しいことにな」 二人は口を閉じ、雨を眺め続ける。気まぐれな天気らしく雨足はすぐに弱まり始めた。「――さて、昔話はここまでだ。これからの話をしようか」 そう言って守光が始めたのは、事務的な話だった。 和彦と総和会の間で進められていた病院建設について、一旦凍結ということになったというのだ。率直に感想を述べるなら、非常にありがたかった。和彦としては経験も何も足りない人間が、小規模ながらクリニックを一つ任されているだけでも重圧なのだ。そこに、総和会という大組織の意向を受けて形ばかりとはいえ病院運営を任されるなど、分不相応というレベルを超えて無謀だった。「あんたがいない間に、土地の取得についてちょっと面倒が起きて、いっそのことここは手を引いておくかという話になった。あんたが戻ってくるという確信もなかったことだしな」「……ぼくにはまだ早かったということです。ご面倒をおかけしたことは、本当に申し訳ないとは思いますが――」「気にしなくていい。もともとの計画のついでに、あんたを囲い込めればと下心があったうえでのことだ。あんたは無事に長嶺の男に戻ってきたし、規模の大きな計画が頓挫するのは珍しいことでもない。それに当分は、注意しておきたい案件もあるしな。総和会の外で目立つ動きは避けるべきと、忠告された」 誰から、と問いかける前に、異変を感じたように守光が視線を動かし、和彦もつられて同じ方向を見る。透明なビニール傘を差したうえに、二本の傘を持った南郷が歩いてくるところだった。 東屋の前で立ち止まった南郷が、空を見上げてから傘を畳む。「せっかく傘を持ってきたんですが、少し遅かったようですね」 雨の勢いはすでに衰え、霧のような小雨となっている。この程度なら雨宿りも必要なさそうだ。 屋根の下から出た和彦は傘を断り、南郷に倣うように空を見上げて目を丸くする。虹が出ていた。こ
多少の雨を浴びながら守光についていくと、驚いたことに東屋があった。これでは本当に公園だ。 守光に勧められてイスに腰掛ける。正面には、雪が積もっているのかと錯覚するほど、枝先にたくさんの白く小さな花をつけた低木が並んでいた。鼻先を掠めるのは雨の匂いと、控えめな甘い香りだ。「少なくとも一時は、わしと佐伯は共犯関係だった。代々受け継いだものを否応なく背負わされて、足掻いている二人だからこそ、佐伯はわしを頼ったし、わしは佐伯に使われた。官僚とはいえ当時は権力なんぞまったく持っていない若造のくせに、奴は居丈高だった。わしには、新鮮だったよ」 俊哉から聞かされた守光との関係は、利害でのみ繋がっているドライなもので、友誼めいたものなどなかったように思えたが、守光の語り口からは、仄かな熱情のようなものを感じる。「あなたと父は、本当にそれだけの関係だったのですか? 友人……というのは、父に否定されました」 守光は、雨音に紛れるような密やかな笑い声を洩らした。「……あんたにだから打ち明けよう。大昔、まだ組長だったわしの父親が、佐伯に目をつけた。政治に絡んだ旨みは好きだが、面倒事はとにかく嫌いな男で、後始末はわしの仕事だった。ある政治家から、佐伯の抱えた問題を処理してほしいと頼まれたとき、当然のようにわしが任された。それが佐伯とのつき合いの始まりだったことは、前にあんたに話したと思う。わしの父親は、佐伯の将来性を特別なものだと思ったようだ。極道らしい方法で、佐伯家そのものに接近しようとして、わしは、それは上手い方法ではないと説得したんだが、残念ながら聞き入れる度量のある男ではなかった。ただ、実行に移す前に、死んでしまったのは、幸いだったな。佐伯にとっても、わしにとっても」『追い落とした』と俊哉には語っていたという、守光の父親の死だ。これが事実なら、守光は実の父親から、俊哉を守ったことになる。 和彦がゆっくりと目を見開くと、守光は正面の白い花を見つめたまま薄く笑んだ。雨で冷えたのか、強い寒気がした。「自分で自分に驚いたよ。家のため、組のためという理由以外で、わしが行動を起こせたことに。――ぬるい感情からではない。佐伯俊哉
** 散歩するために車は帰したという守光と共に、緑の回廊をゆっくりと歩く。意外なことに、南郷はついてきていない。二人きりだ。 自分の足で歩いてみたいとは思ったが、望みが叶うのが早すぎる。和彦は、自分の歩調が速くなりすぎないよう気をつかいながら、緑の回廊をじっくりと見渡す。広い敷地にこれだけの樹木があって、鳥がいないはずがなかった。鳴き声や羽ばたく音を耳にして、反射的に目を凝らす。おかげで、隣に守光がいながら、あっという間に緊張もほぐれてしまった。「これだけの木を揃えるのは、大変だったのではないですか?」「それが、そうでもなかった。元の所有者は、一区画ごとに木で目隠しをするようにしたかったのかもしれん。途中から手入れをする余裕もなくなったのか、わしが購入したときには、荒れてひどいものだった。それでもせっかく育った樹木は活かそうかと、こんな形になった。ただ、歩いていて楽しめるようにと、いくつか苗木は吟味して買い揃えたかな」「……建物の窓から見下ろすばかりだったので、こんなに立派な公園みたいなところだったとは、気づきませんでした」 別に責めるつもりはなかったのだが、そう取られても不思議ではない言い方となってしまう。守光は低く笑い声を洩らした。「あんたが本部にいる間は、閉じ込めておきたいという下心もあった。が、一番の理由は、あんたを信用していなかった。総和会本部は、わしのための要塞だ。どこまで見せていいのか、もっと時間をかけて見定めるべきかと、考えていた」 一瞬、胸が痛んだが、なんとか表情には出さずに済んだ。「あんた自身のせいではない。あんたの父親が、佐伯俊哉だからだ。どこかで、あんたと千尋が出会ったのは、彼の手引きがあったのではないかと疑っていたんだ。賢吾が慎重なのは、わし譲りだろうな」「今、こうしてぼくが出歩けているということは、何かが変わったんですか?」「あんたがいない間に、久しぶりに彼と会って話したが、結局のところ、わしのことを一番よく理解してくれたのはこの男だけなのだと、つくづく実感できた。お互いの底を見透かし、嘲りながら、どうしようもなく同情し、労わる。そういう相手は、一人しかい
ふと、外で車のドアが閉まった音がした。和彦が何げなく視線を窓のほうに向けたときには、音もなく南郷は立ち上がっていた。今度は、段ボールの一つを開けて何かを取り出し、和彦の膝の上に置く。小さな手提げ袋だった。反射的に中を覗き込んだ和彦は、パッと南郷を見上げる。「拾ってクリーニングに出しておいた。寒くなったらまた使ってくれ」 南郷から贈られた手袋だった。駅構内で落としてそのままになっていたが、皮肉なことに南郷の手によってまた手元に戻ってきたのだ。物に罪はないため、無碍に突き返すこともできない。「もっと話したいことがあったが、時間だ。先生、玄関まで送る」 いきなり面談の終了を告げられ、南郷にドアのほうを示される。和彦は手提げ袋を胸元に抱えて立ち上がった。 再び白い回廊のような廊下を歩きながら、なんとなく気になった和彦は控えめに提案してみた。「この壁、何か、飾らないんですか? あまりに殺風景というか……」「今、悩んでいる。風景画にするか、古い映画のポスターでも額に入れて飾るか。版画……リトグラフというのか、ああいうのでもいい。買い揃えたいところだが、俺はインテリアとか美術についてはまったくお手上げだ」 本部の建物には麗々しい日本画や書を飾ってはあるのだが、あれらは南郷が求めているものではないようだ。 美術、という単語にふっと脳裏を過ったのは賢吾の顔だった。美術館巡りをするような男なので相応の知識はあるのだろうが、まさか南郷の相談に乗るはずもない。余計なことは言わないでおくに限ると、和彦は無意識に口元に手を遣っていた。「――ああ、言い忘れるところだった。便宜上、ここは〈寮〉と呼ぶことになっている。先生もそうしてくれ」「寮ですか……。表から見ると、雰囲気のいい喫茶店みたいな造りなのに、変な感じですね」「便宜上、だからな。先生がシャレた名前をつけたいというなら任せるが」「ぼくは関係ないので」 淡々と会話を交わしながら玄関まで来たところで、ガラスドアの向こうでちらちらと人影が動いている。南郷が恭しくドアを開けると、そこには着物姿