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第14話(27)

Author: 北川とも
last update publish date: 2026-01-27 20:00:44

 千尋の頬を軽く叩いてから、送り出す。見事なもので、甘ったれの子供のようだった雰囲気はその瞬間には払拭され、背筋を伸ばし、きびきびと歩く千尋の姿に、思わず和彦は目を細める。

 しかし、せっかくの颯爽とした姿も長続きはしない。エレベーターホールに消える寸前、こちらに目配せしてきた千尋が、ニッと笑いかけてくる。まるで、悪ガキのような表情だ。

「――凄みのあるイイ男まで、あと一歩……二歩ってところだな、千尋」

 笑いを堪えて和彦は呟くと、待合室に戻る。ここで、テーブルの上に置いたままの、ドーナツの箱に気づく。千尋もがんばって食べてはいたが、ドーナツはまだ半分もなくなってはいない。

 買ってきてくれた千尋には申し訳ないが、護衛の組員たちに持って帰ってもらうしかないようだった。

*

*

 今日もひどく冷え込み、厚手のカーディガンを羽織っている和彦は、ブルリと肩を震わせる。エアコンを利かせた書斎から出ると、特にそれを思い知らされる。

 広い部屋に一人で生活しているため、和彦
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  • 血と束縛と   第48話(30)

     秦と会ったとき、指が全部揃っているのか実は気にしていたのだが、杞憂で済んでほっとした。和彦が鷹津と一緒だと知ったとき、賢吾はまっさきに秦に心当たりを尋ねたはずだ。そのときの詳細なやり取りを知りたかったが、秦は笑うばかりで教えてくれない。なんにしても、秦の立場は変わっておらず、商売も順調のようだった。 順調という単語で大事なことを思い出す。和彦は単刀直入に尋ねた。「そういえば、中嶋くんとはどうなんだ」「どう、とは?」 軽く睨みつけると、秦は苦笑を洩らす。「先生はずっと中嶋のことを心配していますね。あいつとは、連絡を取っているんでしょう?」「戻ってきてから取ってはいるけど、なんだか業務報告めいたメッセージばかり届いている。だからこっちも、立ち入ったことが聞けないというか……」「わたしに対してはいいんですか?」 この男も意地が悪い。和彦はテーブルにつくほど頭を下げた。「わかった。もう聞かない。どうせぼくには関係ないことだし――」「すみませんっ。わたしが悪かったです。少し意地悪が過ぎました。……頭を上げてください。向こうから、長嶺組の組員さんが睨みつけてくるんで」 イスに座り直した和彦に、秦はこう告げた。 同居状態は解消した、と。「……一応、半同棲、じゃなかったか」「そこはまあ、つまらないプライドということで、流してください」 和彦が労わるように見つめると、秦は困ったように頬を掻く。「なんだか誤解されているみたいですが、別れたわけじゃないですよ。中嶋の仕事の都合です。今任されている仕事の関係で、あのビルから通うのが大変だそうです。休みの日には、一緒に過ごしてますよ」「だったらいいんだが……」 こちらには何も報告してくれなかったなと、ふと寂しさを覚えたが、もちろんそんな義務は中嶋にはない。もしくは、和彦だから言えなかったのか――。「今任されている仕事って――と、ヤクザがどんな仕事をしているかなんて、軽々に堅気に話すはずがないか」

  • 血と束縛と   第48話(29)

     危うく身を乗り出しそうになった。和彦はアイスティーを一口飲むと、慎重に周囲を見回す。護衛たちは席が取れなかったらしく、少し離れた場所で立ったまま紙コップに口をつけている。「たまたま、か?」「たまたまです。買い物の最中にちょうど連絡があって。あの人も忙しいらしくて、手が足りないときはわたしを頼ってくるんですよ。急ぎだというので、こうして返事をしてるんです」「忙しいって……、無事ということでいいのか?」「今のところ誰もあの人に手を出せません。先生のお父さんが、各方面に釘を刺されたそうですね」「……まだ使い道があるようだ。元悪徳刑事を駒にしようと考えるのは、ぼくの父親ぐらいだろうな」「似ているんじゃないですか。父子で」 皮肉かと思いきや、こちらを見つめる秦の眼差しは優しい。差し出されたフライドポテトを和彦も一個摘まみ上げる。「先生が、鷹津さんと一緒に姿を消したと聞いたとき、わたしが何を最初に考えたかわかりますか?」「鷹津と友人なのを後悔した」 秦はあっさり首を横に振る。「先生と鷹津さんの偽造パスポートを準備しようかと考えたんですよ。写真はどこで入手しようか。送り出す国はどこにしようか。どの業者に偽造を頼もうか――。まあ、あれこれと」 胡散臭いが、品のよさも感じさせる男は、和彦が想像もつかない修羅場を潜り抜けている。前に少しだけ生い立ちを聞いたことがあるが、生まれた国から逃げてきたらしく、他人に国を捨てさせることにも抵抗がないのかもしれない。「鷹津さんから連絡があって、その計画はとめましたけどね」「よかったよ……。ぼくは、何もかも捨てる覚悟なんてつかなかっただろうから」「本当に?」 和彦は曖昧な返事をしておく。「――鷹津さんからの伝言ですが、無茶はせずに待っていろ、とのことです」「待っていろ……」「あの人、各方面にケンカを売っておきながら、戻ってくる気満々ですよ。またわたしは、酒を集られるんでしょうね」 口ではそうぼやく

  • 血と束縛と   第48話(28)

    「まあ、若い頃はずっと、商売をやっている親戚たちを見てきましたからね。なんとなく、自分はそういうのに向いていると思う……思い込んでいるんですよ。現状、面倒なことになっても、後始末をしてくれる当てもありますし。気楽なものです」 サングラス越しに露骨な流し目を寄越され、和彦は乾いた笑い声を洩らす。秦の言う『当て』が誰かわかったからだ。「その気楽さは、図太さの上に成り立ってるものだな」 秦と目的もなくふらふらと店を覗きながら歩いていると、ひときわにぎわう場所に出る。何かと思えば古着がずらりと並んでいる。あまり見かけないデザインのコートがまっさきに目に入り、和彦は反射的に秦を見る。「おや、先生は古着は平気なんですか?」「よほどひどい状態じゃないなら、特に抵抗はないな。……どうしてそう思ったんだ?」「先生はよくても、周りの男性たちが嫌がるんじゃないかと。大事な人には、真新しいものを着てもらいたいと願いそうじゃないですか」 長嶺の男たちにその傾向はあるが、だからといって和彦が選んだものを否定はしないだろう。 秦から離れてハンガーラックにかかっている古着を眺めていて、一着のコートが目に留まる。古い映画の登場人物が着ていそうなトレンチコートで、くたびれた感じではあるが、かなりいいデザインだ。案の定、有名なブランドのものらしく、相応な値段が記されている。衝動買いはやめておこうと、やむなく元に戻した。 代わりに、もっと手ごろな値段のブルゾンを一着買ってから移動する。キッチンカーや売店がなどが並ぶ休憩スペースで、なんとか小さなテーブル席を確保すると、秦はフットワークも軽く食事を買いに行く。 待っている間、手持ち無沙汰となった和彦は、買ったばかりのブルゾンや食器をテーブルの上に広げ、スマートフォンで写真を撮る。少し悩んで、メッセージアプリをタップする。そろそろスマートフォンの扱いには慣れてきたが、気軽なやり取りには難ありと千尋に判断されてしまった。日記代わりにその日の出来事を共有してほしいと言われ、勝手にグループを作られたのだ。 蚤の市で買ったと画像と共に報告すると、さほど待つことなく賢吾と千尋から

  • 血と束縛と   第48話(27)

    **** この男と一緒にいると、目立って仕方ない。 開いたパンフレットから視線を上げた和彦は、隣を歩く秦を見遣る。薄い色のサングラスをかけた秦は、いかにもジムで鍛えていそうな体躯を白いシャツで包み、首元には派手めのスカーフを巻いている。しばらく会わない間に髪色は、金髪に近い薄茶色から落ち着いた濃い茶色へと変化しているが、髪色程度でこの男の持つ華やかさが陰ることはない。 春の陽射しをまるでスポットライトのように浴びながら、秦は端麗な美貌に機嫌よさそうな笑みを浮かべている。さきほどから、すれ違う女性たちから熱っぽい眼差しを向けられているが、一切頓着していない。和彦は、珍妙な生き物を観察するように、秦を見ていた。 外を歩くのでラフな服装のほうがいいですよとアドバイスされ、素直にTシャツの上からパーカーを羽織り、キャップを被ってきたのは和彦だ。駐車場で秦と相対したとき、文句の一つでも言ってやりたかったが、『ラフ』の基準が自分とは違うのだと、納得しておくことにした。 日曜日ということもあって、イベント施設の広い敷地内はどこも人で溢れかえっている。年に二回、春と秋に開催される大規模な蚤の市ということで、出店者も客も気合いが入っているのだろう。陽気のよさも加わり、熱気でのぼせてしまいそうだ。 大きなテントがいくつも設置され、ジャンルごとに区分けされた商品が店ごとに並べられている。パンフレットに描かれた地図を頼りに移動して、まず向かったのは食器を扱う一角だ。案の定、秦は北欧食器が並ぶテントの前で足をとめたが、和彦はさらに先にある、作家本人が出店している食器が気になる。ワインのつまみを並べるのにちょうどよさそうな長方形の皿を、腰を屈めて眺めていたが、せっかくだからと購入する。 気楽な買い物の和彦とは違い、秦は真剣な顔で食器を選んでいる。今回、蚤の市にわざわざ足を運んだのは、仕入れを兼ねているらしい。だったら店の従業員を同行させたほうがよかったのではないかと思わなくもないが、二人きりで会うとどうしても周囲が身構えるため、こういう開放的な形が秦にとっても都合がいいのだろう。 なんといっても――と、和彦はさりげなく少し離れたテントに目を向

  • 血と束縛と   第48話(26)

     そんな男を煽りたかったわけではないが、ささやかな悪戯心を抑えきれなかった。背に軽く爪を立て、滑るように動かす。ビクリと身を震わせた三田村の理性は、簡単に崩れた。「あっ」 大きく両足を広げられ、何も言わないまま三田村がその中心に顔を埋める。興奮のため緩く勃ち上がっていた和彦の欲望は、あっという間に熱い口腔に含まれていた。 きつく吸引された次の瞬間には、濡れた舌が絡みついてくる。和彦は上擦った声を洩らしながら、ビクビクと腰を震わせる。無意識に片手を伸ばして三田村の髪をまさぐると、より深く欲望を呑み込まれる。口腔全体で締め付けられ、包み込まれて、一方的に快感を与えられる。さらに柔らかな膨らみを優しく揉みしだかれると、下肢から力が抜けてしまう。 すでに透明な涙を滲ませている先端を、愛しげに三田村に吸われる。羞恥もあるが、それを上回る期待に逆らえない和彦は、おずおずと自ら足を抱え上げ、すべてを自分の〈オトコ〉に晒す。 柔らかな膨らみに舌を這わせながら、三田村が唾液で濡らした指で内奥の入り口をくすぐる。ささやかな刺激でも和彦は声を洩らし、腰の辺りから痺れるような疼きが広がっていくのを感じる。「はっ、あぁぁ――……」 内奥に指が挿入されてくると、食い千切らんばかりに締め付ける。三田村は和彦の反応を確かめながら、もどかしいほど慎重に指の数を増やし、内奥を広げていく。「三田村っ……」 焦れた和彦が堪らず呼びかけると、顔を上げた三田村がわずかに首を傾げる。「痛むか、先生?」「……痛いことを、まだしてないだろ」 和彦が拗ねた口調で答えると、微苦笑で返される。「それは……よかった」 ぐうっと三本の指が付け根まで押し込まれてきて、息を詰める。和彦の感触を堪能するように、内奥を撫で回された。そのたびに襞と粘膜を刺激され、官能を呼び起こされる。内奥全体が淫らに収縮し、体温が上昇していく。 喘ぐ和彦に誘われるように三田村が顔を寄せてきたので、和彦から頭を引き寄せ、口腔に舌を差し込む。濃厚な口づけの間に、

  • 血と束縛と   第48話(25)

    ** 昼食後、さすがに自分の汗臭さが申し訳ないと、三田村は着替えを抱えてシャワーを浴びに行ってしまう。残された和彦は、スマートフォンを取り出し、誰からも連絡が来ていないことを確認してから、電源を切る。 なんとなくソワソワとして落ち着かず、特に観たい番組があるわけでもないがテレビをつける。ワイドショーには興味がなく、適当にチャンネルを切り替えたあと、結局すぐに消してしまった。窓に近づき、カーテンの陰から外の様子をうかがっていると、三田村が戻ってくる。「外が気になるなら、近所を散歩してみるか、先生」「あー、いや、外に出たくて見てたんじゃないんだ。誰かいるかと思って」 和彦が言いたいことを察したのか、三田村はいきなり窓を開けて外を見渡す。「ここに先生がいる間は、組の護衛はつかないことになってる。が、総和会については――」 三田村の隣に並んで和彦も外を眺める。穏やかな昼下がりの光景らしく、この辺りの住人たちがときおり行き交うぐらいで、変わった様子はない。それは当然といえば当然だった。「そもそも今日、ここに行くと総和会には連絡してないんだ。いるはずがないな」「……でも気になると?」「こういう生活に慣れてたはずなんだけど、しばらく自然に囲まれてたせいか、人の気配というか、視線に過敏になってるかもしれない」 急に室内に引っ張り戻され、窓が閉められる。驚いて目を丸くする和彦の目の前で、三田村は怖いほど真剣な顔となっていた。「三田村……?」 頬を温かなてのひらで包み込まれる。愛しげに何度も撫でられ、最初は戸惑っていた和彦も三田村の顔に手を這わせる。あごにうっすらと残る傷跡を指先でなぞると、身震いした三田村が顔を近づけてきた。 ゆっくりと唇が重なり、今度は和彦が身震いをする。優しく唇を吸われながら背を引き寄せられ、足元が乱れる。目が合うと、なんとなく笑いかけていた。久しぶりの三田村との口づけに、照れていた。 ベッドに腰掛けさせられた和彦は、シャツのボタンを外してくれる三田村に対して、無遠慮な質問をぶつける。「さっき、

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