LOGINインターホンに出た和彦は、予想通りの人物が画面に映っているのを見て、眉をひそめる。
「……こんな時間になんの用だ」 素っ気なく和彦が応対すると、画面を通して鷹津がニヤリと笑いかけてくる。ただし、その笑みにはいつもより、悪辣さと鋭さが足りない。鷹津は首をすくめ、大げさに身震いした。『寒いんだ。早く中に入れろ』 何様だと追い返したいところだが、鷹津は和彦の〈番犬〉で、欲しいと言われれば〈餌〉を与えなければならない立場だ。インターホン越しにあしらうこともできるが、寒い中、こんな時間になんのためにやってきたのか、理由が気になる。 それに、すべての部屋に明かりをつけ、暖める理由もほしかった。 和彦はエントランスのロックを解除してやり、数分後、部屋の玄関に鷹津を迎え入れた。「――雪が降ってるぞ」 開口一番の鷹津の言葉に、和彦は目を丸くする。まさかこの男に限って、天気の話から切り出すとは思っていなかった。 和彦の反応がおもしろかったのか、鷹津は唇を歪めるように車が、里見の勤務先が入っている大きなビルの前を通るとき、和彦は意識して他へと視線を向けていた。出勤ラッシュの時間帯にはまだ少し早いが、歩道を歩く人の姿は次第に増えてきている。歩く人の中に里見の姿はないか、つい探してしまう。たまたま車で通りかかり、出勤している里見の姿を見ることなど、ほぼ不可能に近いだろう。それは承知のうえだ。 そして当然のように、里見の姿を見出すことはできなかった。 失望はなかった。むしろ当然のことだと受け止めたし、心のどこかで和彦は安堵もしていた。 朝早い時間から開いているというパン屋に着くと、和彦一人が店内に入る。手ぶらで車に戻るわけにもいかず、トレーとトングを手に、並んでいるパンを選ぶ。 どうせなので、本宅の組員たちの分も買っておこうと思い、目につくパンを片っ端からトレーにのせていて、ふと顔を上げる。店は通りに面しているため、ガラスの向こうを歩く人の姿が見えるのだ。「えっ……」 和彦は小さく声を洩らし、硬直する。通りを歩く、自分そっくりの顔立ちをした男が視界に飛び込んできた。その男は銀縁の眼鏡をかけており、怜悧な雰囲気に拍車をかけている。 見間違うはずもなく、それは和彦の兄――英俊だった。 あまりに予想外の人物を見かけ、心臓が止まりそうな衝撃を受けた和彦だが、数瞬あとには激しく鼓動が打ち始める。動揺から、足が小刻みに震えていた。 英俊に見つかるかもしれないという本能的な恐れから、棚の陰に身を隠す。 なぜこんな場所に英俊がいるのかという疑問は、すぐに氷解した。 英俊に続いて和彦の視界に入ってきたのは、里見だった。小走りで英俊に追いついて何事か話しかけ、英俊が歩調を緩める。二人は並んで歩いていった。たったそれだけともいえるが、和彦にとっては強烈な光景だった。 里見と英俊はかつて、同じ省庁の課内で働く上司と部下だったが、里見は現在、民間企業に勤めている。なのに朝から二人が一緒にいる理由が、和彦には思いつかなかった。 里見と佐伯家は現在もつき合いがある。それは事実として受け止められる。里見が、和彦たちの父親の命令に逆らえないという立場も、理解できる。なのに、里見と
** 送って行くという中嶋からの申し出を断り、雑居ビルの前まで、組の車に迎えにきてもらう。 後部座席に乗り込んだ和彦は、朝早くからすまないと組員に謝る。手間を考えれば、秦の部屋からクリニックへと直接向かえば楽なのだが、仕事上、身だしなみはきちんとしておきたい。それに気分的なものとして、情事の痕跡はしっかりと洗い流しておきたかった。 和彦はシートにもたれかかると、ぼんやりと外の景色を眺める。 慣れないベッドで眠ったせいか、体が疲労感を引きずっている。それでも悪い気分ではなかった。自分の淫奔ぶりに自己嫌悪に陥るぐらいはしてもいいのだろうが、相手が中嶋と秦ともなると、後ろ暗い感情を持つのは違う気がする。もう、そんな殊勝さを大事に抱え持つ時期は過ぎてしまった。 綺麗事で肯定するつもりはなく、賢吾の許可の下、男と関係を持つのは、和彦にとって生活の一部なのだ。そうやって、限られた自分の世界と生活を守り、より居心地のいいものにしている。 ここでふと、行為の最中に中嶋に語ったことを思い出す。 里見と関係を持っている頃、和彦にとっての世界とは、佐伯家の自室がすべてだった。小さな世界からどうすれば解放されるか、そんなことばかりを考えていた気がする。 この瞬間和彦は、魔が差したようにこう思っていた。 里見の姿を見たい、と。 思考は一気に目まぐるしく動き始め、ハンドルを握る組員にこう声をかけていた。「マンションに戻る前に、ついでに寄って行きたいところがあるんだ」「どこですか?」「――パン屋」 和彦が細かい住所を告げる。ついでに、というにはかなり遠回りとなる場所だが、異論を挟むことなく組員は進路変更した。 鷹津から、里見に関して調べた内容はすべて、報告書という形でメールで送ってもらった。その報告書には出勤時間から退勤時間まで記載されており、普段の言動からは想像もつかないが、鷹津の性格の細かさが表れているようだった。何より、有能だ。人を使ったにせよ、短期間で和彦が知りたかった以上のことを調べ上げてきたのだ。 おかげで和彦は、里見に知られることなく周囲をうろつくことが可能になる。
思いがけず苦々しげな秦の口調がおかしくて、つい和彦は笑ってしまう。「つまり中嶋くんは、秦静馬という男に、そこまでのフォローは最初から期待していないということだな。さすが、君のことをよくわかっている」「ひどい言われようだ……」 肩をすくめた秦が立ち上がる。まだ何も身につけていない後ろ姿を見て、反射的に和彦は視線を逸らす。理屈ではなく、秦の体は中嶋のものだと咄嗟に思ってしまったのだ。「――中嶋の側にいてやってください。わたしはこれからちょっと、仕事の電話をしないといけないので」 手早く服を着込んだ秦が、携帯電話を片手に部屋を出ていく。ドアが閉まるのと同時に、眠っていると思っていた中嶋がパッと目を開いた。いつから起きていたのかは知らないが、和彦と秦の会話を聞いていたのは確かなようだ。「君の恋人は薄情だな。ことが終わったら、さっさと仕事の電話をしに行ったぞ」 和彦がわざと意地悪く言ってみると、中嶋は食えないヤクザの顔でこう答えた。「照れているんですよ、あれで。外見も言動も甘い人だけど、中身はそうじゃありませんから。いざとなると、人をどう甘やかしていいかわからないんです」「……どうして君があの男じゃいけないのか、わかった気がする。秦にとって、君じゃないといけないんからだな」 素直に感心して見せると、中嶋は短く声を洩らして笑った。「買いかぶりですよ、先生。俺と秦さんの関係は、映画や小説のように素敵なものじゃない。気が合ううえに、互いに利用し合う価値があって、今日確認できましたが、運よく体の相性も合ったというだけです」 それだけ合えば十分だろうと、和彦は心の中でそっと呟く。すると突然、中嶋が体を起こしたかと思うと、次の瞬間には和彦にのしかかってきた。「先生にも同じことが言えますね」「何、が……?」「俺と気が合って、互いに利用し合う価値があって、体の相性も合っている」「……君の主観だな。ぼくが同じことを思っているとは限らないだろ」 素直に賛同するのも癪で、ささやか
今まさに、中嶋の肉を食らおうとしているのだ。「うっ、うあっ」 和彦の上で、中嶋が背をしならせる。それと同時に、繋いだ手をぐっと握り締められた。 内奥深くに収まっている中嶋のものが脈打ったのを感じ、和彦は小さく呻き声を洩らす。すると中嶋も、苦しげに息を吐く合間に呻き声を洩らした。見ることはできないが、中嶋の体に何が起こっているのかは、感じることができた。「――……ひどい奴だな、君の〈オトコ〉は」 和彦がそっと囁くと、眉をひそめていた中嶋が口元に微苦笑を浮かべる。「物騒な男ばかり相手にしている先生にそう言われると、なんだか胸を張りたくなりますよ」 ここで中嶋の腰が大きく揺れ、和彦の内奥で熱い欲望も蠢く。秦が、己の快感のために律動を繰り返すと、その動きに合わせて中嶋の腰は揺れ、必然的に和彦の内奥で動くことになる。 とんでもなくふしだらで、淫らな行為に及んでいるという興奮が、和彦を狂わせる。種類の違う快感を同時に味わっている中嶋は、それ以上かもしれない。 秦が動くたびに声を上げる中嶋は、快感に酔いしれた表情を隠そうともしていない。繋いでいた手を解くと、和彦は中嶋の頭を引き寄せて深い口づけを与える。「羨ましいですね。わたしも仲間に入れてもらいたいのですが――」 舌を絡ませている最中に、わずかに息を弾ませた秦が声をかけてくる。和彦は、一瞬息を詰めた。中嶋と繋がっている部分に、秦が指を這わせてきたのだ。堪らず内奥を収縮させると、中嶋の欲望が一層逞しさを増す。 秦が声を洩らして笑った。「……すごいな。わたしと先生が繋がっているわけじゃないのに、先生の中の動きが、中嶋を通して伝わってきますよ。わたしの動きも、先生には伝わっていますよね?」 秦が大胆に腰を使い、中嶋が掠れた声を上げる。和彦の内奥では中嶋の欲望が力強く脈打ち、秦の律動に合わせて動く。 中嶋のものを受け入れているのは和彦だが、まるで中嶋を犯しているような感覚だった。おそらく、律動を繰り返す秦に、和彦は自分の欲望を重ねているのだ。 和彦の内奥深くを抉るように突き上げて、息を
「中嶋の中のことは、今はまだ先生のほうがよく知っているんですよ。だから、頼みます」 そう囁いてきた秦に手を取られ、たっぷりの唾液を絡めるようにして指を舐められた。和彦は秦と場所を入れ替わると、中嶋の片足を抱え上げ、内奥の入り口を濡れた指でまさぐる。中嶋は息を喘がせながら、唇だけの笑みを向けてきた。「一息に入れてもらってかまいませんよ」「乱暴なのは、ぼくの趣味じゃない。……多分、この男も」 和彦がちらりと背後を振り返ると、秦は意味ありげに自分の指を舐めていた。その行為の意味を即座に理解した和彦は、全身を羞恥で熱くする。まさかと思ったが、今のこの状況では、どんな淫らな行為が行われても不思議ではない。 何より、和彦は期待している――。「先生?」 中嶋に呼ばれて我に返った和彦は、前に一度そうしたように、狭い内奥に慎重に指を挿入する。できる限り綻ばせて、苦痛が少ないようにしてやりたかった。「うっ、うぅっ」 ゆっくりと指を動かすと、ビクビクと体を震わせながら中嶋が声を上げる。覚えのある感触が指にまとわりつく。戸惑いつつも中嶋の襞と粘膜は、愛撫に応えようとしているのだ。 中嶋の内奥がひくつき始め、和彦の指の動きに合わせて収縮を繰り返す。強気に見つめ返してくる中嶋を煽るように、和彦はそっと囁いた。「……いやらしいな。初めてのときは、こんなに物欲しげな反応はしなかったのに」「いやらしさなら、先生も負けていないと思いますよ」 秦が、背後から和彦の肩に唇を押し当ててくる。ハッとしたときには、和彦の秘裂に秦の指が入り込み、内奥をまさぐられる。「やっ、め……」 和彦は慌てて身を捩ろうとしたが、強引に秦の指が内奥に挿入されてくる。異物感に呻いたときには、秦の指をしっかりと咥え込んで締め付けていた。「いい反応ですね、先生。この調子で中嶋をしっかりと、可愛がってやってください」 秦の指が巧みに内奥で蠢き、和彦は息を弾ませる。すると中嶋が片手を伸ばし、頬に触れてきた。「先生、気持ちいいですか?」
そう中嶋から言葉をかけられると同時に、秦にベッドに引き上げられる。 二人がかりでワイシャツを脱がされ、スラックスと下着を引き下ろされる頃には、和彦は形だけの抵抗の空しさを味わっていた。本当に嫌なら逃げ出せばいいのだ。二人は決して、和彦に無理強いはしない。 和彦に覆い被さってきた中嶋が唇を重ね、剥き出しになっている欲望同士を擦りつけてくる。そんな二人を眺めながら、秦は悠然とシャツを脱いでいた。 広いベッドの上で、何も身につけていない体をしっかりと重ねているうちに、羞恥心が少しずつ剥ぎ取られていくようだった。まるで獣同士が無邪気にじゃれ合っているようで、なんだか楽しくさえなってくるが、次第に中嶋の体が熱くなってくるのを感じて、これは儀式のようなものだと悟る。「……緊張していたのか?」 思わず和彦が尋ねると、〈女〉の顔をした中嶋は頷いた。「先生がいてくれてよかった。そうじゃないと俺は多分、ベッドに転がったまま、初心な乙女みたいに体を震わせていましたよ」「経験豊富な元ホストが、何言ってるんだ」「経験じゃ、先生と秦さんには負けます――」 ここで中嶋がビクリと体を震わせ、唇を引き結ぶ。楽しげに和彦と中嶋の会話を聞いていた秦が、ようやく動いたのだ。 和彦に覆い被さっている中嶋の両足の間で、差し込まれた秦の手が妖しく動いていた。小さく声を洩らした中嶋の髪を掻き上げてから、和彦は唇を啄んでやる。すぐに互いの唇を吸い合い、舌を絡め合っていたが、ふっと和彦の上から中嶋の重みがなくなる。ベッドの上に座った秦の両腕の中に、中嶋はいた。 今度は秦と中嶋が、濃厚な口づけを交わし始める。胸元をまさぐられた中嶋が大きく息を吸い込むのを見て、和彦は体を起こす。すかさず秦が目配せしてきて、中嶋の足を左右に開かせた。一瞬、逡巡はしたものの、好奇心と欲情が入り混じった衝動に和彦は勝つことができなかった。 和彦は、中嶋の欲望に手を伸ばすと、てのひらに包み込む。緩やかに上下に扱いてやると、切なげな声を上げた中嶋が腰を震わせる。 快感に身を震わせる〈女〉の姿に、和彦はゾクゾクするような興奮を覚えた。自分に快感を与えてくれる男
**** 千尋と会ってから二日が経った。その間、千尋と、千尋の父親――長嶺組との要求に挟まれて、和彦は対応策も考えついていない。 いっそのこと、このまま無為に時間が流れ、千尋が十歳も年上の男のことなど忘れてくればいいのにと、都合のいい、半ば自棄ともいえる事態を望んでしまう。 ハンドルを握る和彦の目に、自宅マンションが入る。拉致されてからの習慣にしているが、常にマンション周辺に不審な車が停まっていないか、まず確認するようになっていた。それから駐車場に車を停める。 車をロックして歩き出そうとし
「……なんの、つもりだ……」「血を見て、体がざわつかないか?」「ぼくは医者だ。毎日見ている」「そうか。だが、俺は違う。案外ヤクザは、そうそう血は見ないものなんだ」 ワイシャツの襟首に賢吾の手がかかり、あっという間に引き裂かれる、ボタンが千切れ飛び、フローリングの床の上に落ちた音がする。和彦は愕然としながら、まばたきも忘れて賢吾を見上げる。「あんた……、息子が男とつき合っていることを、嫌がってたんじゃないのか……」
「あっ、あっ、ああっ……、うっ、うあっ」 乱暴に内奥を突き上げられるたびに腰が弾み、卑猥な音が室内に響く。もちろん、獣じみた息遣いも。 両足を押し広げられ、賢吾のものが内奥の奥深くを抉ってくる。 「うっ、くうぅっ、んんっ」 「――中に出すぞ」 当然のように賢吾が言い、完全に屈服させられた和彦は小さく頷く。数度突き上げられてから、熱い精がたっぷり注ぎ込まれた。 ビクビクと脈打つ賢吾のものを、まるで媚びるように和彦は締め付けてしまう。このとき和彦の体は、気持ちはともかく、賢吾に犯されて歓喜していた。それだけでなく、絶頂の証を
和彦は口元に手をやり、眉をひそめる。千尋はもう、和彦と自分の父親の関係を察している。そのことが、千尋になんらかの行動を起こさせるきっかけになったのだとしたら、和彦は無視するわけにはいかなかった。 「どうかしたのか、佐伯」 「……いや、クリニックを辞める前に、もう一度あの店に顔を出せばよかったなと思って。そうしたら、長嶺くんに挨拶ぐらいできたかもしれない」 「そうだなー。こうも突然だと、寂しいよな」 澤村の口調には、わずかな苦さが込められていた。昼休みによく通っていたカフェから馴染みのウェイターがいなくなっただけでなく、クリニックからは和彦もいな