LOGIN意味ありげに千尋がニヤニヤと笑い、指を一本ずつ折ってみせる。和彦は遠慮なく、千尋の足を踏んづけてやった。そのまま歩き出したが、千尋は慌ててあとを追いかけてきて、あっという間に和彦の手から荷物を取り上げた。
そんな千尋を横目でちらりと見てから、和彦は口元に笑みを刻む。 今日は、アクセサリーショップだけでなく、行く先々の空気が浮ついているようだった。その空気に感化されたように、千尋だけでなく、実は和彦も浮かれている。本当に、今日という日を楽しみにしていたのだ。「先生、朝から機嫌いいよね」 エスカレーターで下の階に向かっていると、先に立った千尋が振り返り、そんなことを言う。「……お前、わかって言ってるだろ」「何を?」 とぼける千尋の頭を軽く小突いた和彦だが、すでに乱暴な手つきで撫でてやる。「お前は大変だな。せっかくのクリスマスイブだっていうのに、仕事なんて」「じいちゃんのお供で、ホテルに泊まりだよ。夜は夜で、どうせ宴会だろうしさ。…&h** グラスに入ったワインを飲み干した鷹津が、正面の席につく和彦を無遠慮な眼差しで見つめてくる。これは今に始まったことではなく、待ち合わせ場所となっていたシティホテルのロビーで顔を合わせてから、ずっとだ。 まずは食事をと、ホテル内のレストランに入ったが、メニューを見るよりも、和彦の顔を見つめる時間のほうが長かったぐらいだ。 嫌になるほど勘の鋭い男は、和彦の異変を一目で見抜いたのだろう。和彦も、あえて鷹津の前で自分を取り繕うマネはしなかった。とにかく今日は、疲れていた。 英俊との間で交わされた会話を端的に伝えてしまうと、もう口を開くのも嫌になっていた。「本当は来たくなかった、という顔だな。朝電話をしたときは、乗り気という感じだったのに」 いつもであれば、鷹津の性質の悪い冗談に即言い返すところだが、和彦は表情を変えないまま顔を背ける。「……今夜はもう帰りたい」「ふざけたことを言うなよ、佐伯。目の前で餌を見せ付けておいて、お預けなんて、許すわけがないだろ」 食事を続ける気にもならなくて、和彦は静かにナイフとフォークを置く。すかさず鷹津に問われた。「何があった? 今のお前にそんな顔をさせるとしたら、実家のことぐらいだろ」「実家はまったく関係ない」 ここで和彦は一旦口を閉じるが、鷹津はさらなる言葉を待っている。黙り込んでいるわけにもいかず、和彦は周囲のテーブルにつく客たちの耳を気にしつつ、短く告げた。「――患者を死なせた」 鷹津は特に表情も変えず、自分でグラスにワインを注ぎながら、事も無げに答える。「なんだ。いままで死なせたことがなかったのか」 さすがの和彦も絶句して、すぐには声が出てこなかった。別に鷹津から、慰めや励ましの言葉を期待していたわけではない。だが、さすがにこの反応は予想外だった。「あんた……、本当に嫌な男だな」「お前の期待に応えてやったんだ。それとも、俺が優しい男だとでも思っていたのか?」 和彦は、まじまじと鷹津の顔を見つめる。癖のある髪をオールバックに撫で
あえて病院に行かないということは、状況は限られている。説明を受けながら和彦は、自分の表情がどんどん厳しくなっていくのがわかった。 車で一時間近く走って到着したのは、古びたマンションだった。もともとの住人が少ないのか、それとも平日の昼間ということで仕事に出ているのか、不気味なほど静まり返っている。付近は空き地が多く、往来を歩く人の姿もないため、緊迫した顔の男たちが慌しくうろついたところで、見咎められることはなさそうだ。 組員に伴われてエレベーターで三階へと上がる。一室だけドアが開いたままとなっており、男が一人立っていた。こちらを見るなり、暗い表情のまま頭を下げた。その光景を見た途端、和彦は嫌な気分に陥った。嫌な予感はさきほどから感じていた。それが裏づけられたという意味で、嫌な気分になったのだ。 部屋に上がった和彦はすぐに手を消毒して、手術の準備を整えてから奥の部屋へと足を踏み入れる。むせるほどの血の匂いが漂っており、ビニールが敷き詰められた床の上には、真っ赤に染まったガーゼがいくつも落ちていた。 手術台の上に男が横たわっているが、血の鮮烈な赤さとは対照的に、顔色は蒼白を通り越し、紙のように白かった。驚いたことに、バイタルモニターに繋がれてもおらず、まさに放置されているような状態だ。 その理由を、和彦はすぐに察した。男に声をかけながら脈を取ってみる。意識はなく、脈拍も弱々しい。腰に当てられたガーゼを取り除いてから、小さく声を洩らす。刺傷だと聞かされてはいたが、治療した痕跡は見られなかった。「……ぼくの前にも、医者が来ていたんじゃないのか……?」 和彦が鋭い視線を向けると、部屋の外に立った男が淡々とした表情で応じる。「自分では治療は無理だと言っていました。傷口に触って、これ以上出血をさせるほうが危険だと」「だからといって、輸血もしなかったのかっ? 明らかに、ショック状態の症状が出ているじゃないかっ」 患者はすでに、体から大量の血液を失っており、瀕死となっている。和彦の前に来た医者が『無理』という言葉を使ったのは、手の施しようがないという意味も含んでいるのだろう。「――&helli
ここで和彦の脳裏に、今朝の鷹津との電話の内容が蘇る。同時に、電話の最中の自分の反応も。 一人でうろたえた和彦は、慌てて思考を切り替える。あの男のことは、今は関係ないはずだ。 気分を変えるため、紅茶でも淹れてこようかと立ち上がろうとしたとき、デスクの引き出しに入れてある携帯電話が鳴った。一瞬、鷹津からかと思ったが、それはありえないことだと、次の瞬間には思い直す。 実際、電話は長嶺組からだった。和彦がクリニックに詰めている時間帯に電話がかかってくるとなると、用件は限られている。 和彦の中に緊張が走る。診察室を出た和彦は廊下を見渡し、スタッフたちがミーティング室にまだ集まっていることを確認してから、素早く仮眠室に移動する。 ドアを閉めると同時に電話に出ると、緊迫した空気が即座に伝わってきた。「何かあったのか?」 和彦の問いかけに、組員がわずかに口ごもった気配がした。『……お仕事中にすみません。先生に連絡していいものか、迷ったのですが――』「今日は夕方まで予約が入っていないから、大丈夫だ。それで?」『実はある組から、緊急で診てもらいたい患者がいると連絡が入りました。最初は、別の医者に診せたそうなのですが、ひどい状態らしくて……』「どうひどいのか、実際に診てみないとわからないが、もしかして、ぼくの手に余る状態かもしれないな」 これまでも、具体的な症状がわからないまま現場に連れて行かれ、想像以上に凄惨な患者の姿を目の当たりにしたことはあった。そのたびに、動揺したあと、逃げ場のない状況で覚悟を決めてきた。これが、自分がこの世界で与えられた義務なのだからと。それと、おこがましいが、医者としての使命感から。「とにかく行ってみよう。もし、患者の治療に手間取るようなら、こちらの予約を断るしかない。状況を見て判断するから、いつものように準備をしておいてくれ。今から――五分後に下りる」 和彦は仮眠室を出ると、その足でミーティング室を覗く。廊下の短い距離を歩く間に、適当な言い訳は考えた。 家族が体調を崩して病院に運ばれたため、付き添ってくる、というものだ
**** 水が撒かれ、葉についた水滴がきらめいている中庭を、和彦はうっとりと眺める。 朝、眠気を完全に払拭できた状態で、出勤するまでのわずかな時間をこうやって過ごせるということは、肉体的にも精神的にも安定している証拠だと思っている。 もう、自分は大丈夫だ――。 確認するように、胸の内で呟く。英俊と会うと決めてから、会ってから、日常に影が差したようで、不安で落ち着かない日々を過ごしていたが、その感覚もずいぶん薄らいだ。和彦にとっての日常が戻ってきたのだ。 長嶺の本宅に滞在し、誰彼となく気遣ってくれる生活は、ある種の癒しだ。ささくれ立った気持ちが和らぐ。だが、癒しも過ぎれば、甘えが出てきそうで、それが和彦は少し怖い。いくらでも甘えればいいだろうと、ここで暮らしている長嶺の男たちは言うだろうが。 不意に、ジャケットのポケットの中で携帯電話が鳴った。こんな時間に誰だろうかと思いながら携帯電話を取り出した和彦は、表示された名を見て、微妙な表情を浮かべる。『――いつまで俺を放っておく気だ』 電話に出た途端、皮肉っぽい口調で言われた。和彦はさりげなく周囲を見回してから応じる。「朝からどうして、あんたの声を聞かないといけないんだ……」『それは、俺が真っ当な勤め人だからだ。一応、お前もな。連絡を取り合うには、一番いい時間帯だと思うぜ』 和彦は露骨にため息をついたが、鷹津は意に介した様子もなく、朝は忙しいとばかりにすぐに本題を切り出した。『で、俺に餌を食わせてくれる気はあるのか?』 とぼける要領のよさがあるはずもなく、和彦は動揺しながら応じる。「朝から話すようなことかっ」『ほお、感心だな。覚えていたか。俺がお前のために働いたことを。役に立っただろ』「……あいにく、あんたが教えてくれた情報を、兄さんに直接ぶつけることはできなかった。ぼくの背後に誰がいるのか、探られるのも嫌だったし。だけど、事情を少しでも知っておいたおかげで、兄さんの話に対して警戒できた」 話しながら、英俊と会
賢吾の腕が肩に回され、ぐいっと引き寄せられる。浴衣越しに、賢吾のてのひらの感触を感じ、千尋との行為の余韻のせいか、体の疼きと後ろめたさが同時に湧き起こる。「……まだ、体が熱いな」 汗で湿った和彦の髪に顔を寄せ、賢吾が官能的なバリトンで囁く。和彦は小さく身震いをしていた。「千尋は、先生を丹念に愛してやったようだ」 和彦はおずおずと賢吾に体を預けると、千尋との行為の最中、ずっと頭の片隅にあったことを口にした。「――……ぼくを慕ってくれる千尋を愛しいとは思うが、ときどき怖くなるときがある。十歳も年上の男と、あいつはずっと一緒にいるつもりでいる。少し前までなら、今だけの情熱で言っているんだと、落ち着いていられたが、刺青を入れ始めたと聞いて、なんだか……怖くなった」「何が怖いんだ」「千尋はもうガキじゃなく、自分で決断できる大人の男になったんだと、痛感させられた。そんな男が、将来、自分だけのものになってくれと言うんだ。もしかして、本気なんじゃないかと――」「本気だと、都合が悪いか?」 パッと顔を上げた和彦は、賢吾を睨みつける。「あんたの息子だろ。将来を憂えるぐらい、したらどうだ」「組を継ぐのが決まっている千尋の将来をか」「だからこそだ。……若いんだから、この先いくらだって出会いはある。将来どころか、ほんの先のことだって、何があるかわからないんだ。ぼくの存在のせいで、千尋の選択の幅を狭めたくない」「あいつはそれほど、バカじゃない。必要とあれば、必要なものを選択する。もちろん、先生をしっかり抱き締めたままな。長嶺の男の執着心と独占欲を舐めるなよ、先生」 賢吾の息遣いが唇に触れる。あっと思ったときには、唇を吸われていた。話の途中だと抗議の声を上げようとした和彦だが、きつく唇を吸われ、熱い舌を口腔に押し込まれると、ほとんど条件反射のように賢吾の口づけに応えてしまう。 賢吾の腕が腰に回され浴衣をたくし上げられた。下着を身につけていないため露わになった尻を揉まれ、さすがに和彦はその手を押し退けよ
** 寝顔だけは無邪気すぎるほどなのだが、と心の中で嘆息した和彦は、隣で眠っている千尋の顔をまじまじと眺める。和彦を貪りつくして満足したのか、大きなあくびを二度、三度としたかと思うと、あっという間に寝息を立て始めたのだ。 無防備な姿を見ていると、自分の部屋に戻れと叩き起こす気にもなれない。 和彦は、千尋の茶色の髪をそっと撫でてから、Tシャツの上から肩に触れる。行為の最中も、千尋は決してTシャツを脱ぎ捨てることはなかったため、背に一体どんな刺青が彫られつつあるのか、片鱗をうかがい知ることすらできなかった。 今の状態の千尋なら、Tシャツを少し捲ったところで気づかないかもしれないが、それはそれで千尋のプライドを傷つけそうでもあり、疼きそうになる好奇心は抑えておく。 和彦は慎重に起き上がると、肌掛け布団を千尋の体にかけてやる。ドロドロに汚れた状態で眠るわけにもいかず、簡単にシャワーを浴びてこようと、浴衣を引き寄せて着込む。さすがに、枕元に丸まっていた帯を解いていたときは、顔が熱くなった。 覚束ない足取りで寝室を出た和彦は、ギョッとして立ち竦む。「――……帰って、いたのか……」 ようやく和彦が声を発すると、悠然と座椅子に座っている賢吾が、ニヤリと笑いかけてくる。「俺の部屋だからな」 これは当てこすりだなと、さすがに和彦でもわかる。しかも、かなりこちらの分は悪い。襖を開けたままにしていたため、すべての声も、衣擦れの音すら聞かれていただろう。 賢吾がいつからいたのかは知らないが、布団に横になっていると、隣室の座卓はまったく視界に入らないため、気づかなかった。物音でも立ててくれたなら、和彦よりも鋭い千尋が反応していたはずだが、その様子がなかったということは、賢吾もあえて、気配を殺していたということだ。 いろいろと言いたいことはあったが、ここで賢吾を責めては、完全に八つ当たりだ。 よほど苦い顔をしていたらしく、賢吾が機嫌を取るように、和彦に向かって優しい仕種で手招きする。仕方なく和彦は歩み寄り、賢吾の傍らに座り込んだ。「俺の部屋で、俺の息
**** ソファに腰掛けた和彦の顔を見るなり、無表情が売りである男は、わずかに目を丸くしたあと、微苦笑を浮かべた。「――これからパーティーに出かける人間の顔じゃないな、先生」 三田村の言葉に、和彦は眉をひそめてから、自分の顔に触れる。「そんなに嫌そうな顔をしているか?」「ヘソを曲げた子供みたいな顔をしている」 三田村が冗談を言うのは珍しいと思ったが、もしかすると本当に、そんな顔をしていたのかもしれない。今の和彦は、少々の機嫌の悪さと、釈然としない気持ちを引きずってい
そう言いながら鷹津が指を動かし、内奥を掻き回してきたかと思うと、襞と粘膜の感触を楽しむようにじっくりと撫で上げてくる。意識しないまま和彦の息遣いは妖しさを帯び、誘われたように鷹津が顔を寄せ、傲慢に命じてくる。「舌を出せ。吸ってやる」 この状態にあっても、鷹津の命令に従うのが嫌だった。和彦は唇を引き結んで顔を背けたが、鷹津は何も言わず内奥から指を抜き、体を起こした。ベルトの金属音とファスナーを下ろす音が聞こえて和彦は身を強張らせる。その間に両足を抱え上げられ、わずかに綻んだ内奥の入り口に〈何か〉が押し当てられた。「まあ、いい。長嶺のオンナを抱いたという
「あうっ……」「体に触れられた、というのは、間違ってはないが、正確な表現じゃないな。体の中も触れられたというべきだ」 鷹津の指を受け入れてそれほど時間が経っていないため、和彦の内奥はひどく脆く、感じやすくなっている。無遠慮に指を突き込まれ、クチャクチャと湿った音を立てて掻き回されると、一度は押さえ込もうとした肉欲は簡単に開花し、官能という蜜が溢れ出す。「――鷹津に、ねちっこく弄られたようだな。熱くなって、俺の指をグイグイ締め付けてくる。だが……鷹津のものを咥え込んではない」 付け根まで
鷹津を煽る言葉が、和彦の欲情を煽る。カッと体が熱くなり、触れられないまま紅潮する肌を、ワイシャツのボタンをすべて外し終えた賢吾が確認する。満足したように目を細めた賢吾が、優しい声で唆してきた。「さあ、先生、この下衆な男に見せてやれ。自分がどれだけ、長嶺組の組長を骨抜きにして、惑わせているか」 賢吾の熱い手にいきなり和彦のものは握り締められて、容赦なく扱かれる。呻き声を洩らした和彦は、咄嗟にソファの端を掴んだ。 片手が胸元に這わされ、すでに興奮のため硬く凝った胸の突起をてのひらで転がされる。片足を押し上げるようにして覆い被さってきた賢吾にベロリと舐めら