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目をキラキラと輝かせ、熱心にアクセサリーに見入っている青年の姿は、クリスマスイブの今日は特に絵になる。これは決して和彦の贔屓目ではなく、多分、事実だ。
細身のジーンズにセーター、その上からブルゾンを羽織るという、ラフな格好をした千尋は、アクセサリーショップにいるどの同性よりも人目を引いた。カップルの姿が多いというのに、千尋を値踏みするように眺めていく女性は一人や二人ではない。 店内で繰り広げられる静かな駆け引きを、和彦は保護者のような気持ちで観察していた。 服装のラフさに関係なく、野性味と育ちのよさをあわせ持つ千尋が、大きな組の後継者であるとは、誰も想像すらしないだろう。 側にいると気づかないものだが、こうして眺めていると、明らかに千尋は成長している。外見的なものはもちろん、内面から溢れ出す力が増したようだ。 ここで和彦は大事なことを思い出し、腕時計に視線を落とす。約束の時間が迫っていた。 わかってはいたが、こんな場所で千尋を放し飼いに『まあ、そんなところです。もちろん、あの人がどこにいるかは知りませんよ。ただ、新しい携帯電話の番号は知っています。少し前にうちの店のスタッフが、鷹津さんに似た男から手紙を預かって、そこに書かれてありました』「……どういう意図があって、そのことをいままで黙っていたんだ」『わたしはそこそこ野心は持っていますが、鷹津さんには多少なりと友情めいた感情を抱いているんですよ。さんざんタダ酒を集られましたが、その分の便宜は図ってもらいましたし。そして先生には、命を助けてもらった恩があります。――鷹津さんと先生は、お互いを気にかけていたでしょうから、わたしはささやかなお節介をしただけです。ときどき、先生の様子を知らせるというお節介を。鷹津さんは、聞きたくないとは一度も言いませんでした。ただ黙って聞き入って。そうですか……。あの人やっぱり、先生に会いに行かれたんですね』 危険を冒して、と念を押すように言われ、和彦はゾクリと身を震わせる。長嶺組と総和会から追われている男が繁華街をうろつく危険性は、鷹津自身がよく承知しているだろう。 それでもあえて、鷹津はやってきたのだ。胡散臭い秦からの情報を信じて。 感情が高ぶり、心を揺さぶられるものがあったが、和彦は必死に押し殺す。そうしなければ、鷹津の連絡先を教えてほしいと秦に頼んでしまいそうだった。 ゆっくりと深呼吸をしてから、なんとか平坦な声を作り出す。「確認したかったことは、それだけだ。……鷹津の連絡先を君が知っていることを、他に誰が――」『誰も。先生だけです。本当は、先生にも話すつもりはなかったんですよ。鷹津さんに口止められていましたから』「……昨夜のやり取りは、ヒントのつもりだったのか」『気づかれなければ、それはそれでよかったんです。知れば、先生は煩悶するでしょう?』 しない、と言い張るのも大人げなく、和彦は唇を引き結ぶ。『先生なら大丈夫だと思いますが、わたしと鷹津さんが繋がっていることは他言無用でお願いします。当然、長嶺組長にも。後ろ盾になっていただいている身でわたしも心苦しいで
**** 俊哉と再び対面することが決まったからといって、特別な変化が起こるでもなく、いつものようにクリニックで過ごす月曜日は始まった。「……うーん」 診察室のイスに深くもたれかかって、一声唸った和彦はこめかみを押さえる。前夜、中嶋の愚痴につき合ったあと、自宅マンションに帰宅した和彦だが、今度は一人で深酒をしてしまったのだ。おかげで、朝から頭痛がする。 次の予約まで時間があるため、紅茶を飲みながらのんびりしているが、頭の中ではめまぐるしく懸念事項が駆け巡っていた。この辺りも頭痛と関係しているのだろう。 和彦は深いため息をつくと、デスク上の卓上カレンダーを手に取る。週末まであっという間だと思ったあと、十一月ももうすぐ終わることに気づかされる。今年最後の月が巡ってくるということに、ささやかな感慨に耽っていた。 そこでふと、去年の今頃、自分はどうしていたのだろうかと思い返す。男たちの事情に振り回されてはいたが、それでも比較的穏やかな日々を送っていた。守光とはまだ顔も合わせたことはなく、鷹津は相変わらず嫌な男ではあったが、なんとなく接し方がわかりかけていた頃で――。「佐伯先生」 突然呼びかけられて、和彦は姿勢を正す。メモを片手にスタッフが傍らに立っていた。「どうかした?」「十二月三日の午前中に予約を入れられている患者さんから、さきほど連絡があったのですが……」 和彦はすぐにパソコンを操作し、言われた日付の予約状況を確認する。確かに予約が入っており、先日カウンセリングを行った患者の名が表示されている。「まさか、キャンセル?」「いえ、そうではないんです。予約の日は都合が悪くなったそうで、できればもう少し早い日に変更できないかとおっしゃられて。佐伯先生はまだ診察中だったので、折り返し連絡を差し上げるとお伝えしました」「あー、そうだね。施術の予約だから、空いているところにポンッと入れるわけにもいかないし」 和彦は、患者のカウンセリング表と予約状況を交互に眺めて検討し、メモにいくつかの日付と時間を
なかなか道を開けようとしない若者たちに苛立つ。なんとか追い抜こうとしながら、思い出していた。 前にもこんなことがあったのだ。賢吾と街中を歩いていて、人ごみに紛れるようにして立っていた鷹津を見かけた。あのときは、単なる見間違いかと気にも留めなかったが、今にして断言できる。 鷹津はあの場にいて、和彦を見張っていた。いや、見守っていたのだ。そして今夜も。 ようやく人が#散__ばら__#け、和彦が駆け出そうとしたとき、背後から腕を掴まれて引き止められた。「先生っ」 ハッとして振り返ると、中嶋が立っていた。「どこに行くんですか。一人で」「あっ、いや……」 和彦は気もそぞろに応じながら、鷹津が歩いて行った方角を見つめる。完全に姿を見失ってしまった。肩を落とし、ため息をつくと、中嶋に顔を覗き込まれる。「何かあったんですか?」「……知り合いがいたような気がしたんだ。けど、見間違いだったようだ」 中嶋から探るような眼差しを向けられ、それが嫌で強引に話題を変える。「加藤くんは? 一緒に帰ったかと思ったんだ」「まさか。先生を放って、そんなことしませんよ。あいつは電車で帰ったようです。俺は、タクシーを捕まえようと思ったんですけど、こんな場所ですから、なかなか。一旦先生のところに戻って、店から連れ出そうとしたら――……」 中嶋は露骨に、和彦が誰を追おうとしていたのか気にしている。もし、鷹津がいたと知ったら、和彦が懇願したところで黙ってはいないだろう。まっさきに南郷に報告するか、それとも賢吾か。なんにせよ、自分のために最大限利用するはずだ。「気になりますね。先生が必死で追いかけようとしていた相手……」「医大時代の知り合いだ。聞いたところでおもしろくはないぞ」「先生の話は、なんだっておもしろいですけどね」 ニヤリと笑いかけてきた中嶋だが、心なしかいつもよりぎこちない。今から別の店に移動するという心境ではないだろう。和彦も、すぐにでも体からアルコール分を抜いて、ついさ
秦と中嶋の関係にこれ以上立ち入っては、単なるお節介だなと見切りをつけ、和彦は帰り仕度を始める。まだ飲み足りないし、弱音も吐き足りないのだが、秦をつき合わせるのも気が咎めた。 秦なりに今夜は傷心のようで、いつものように甘ったるい台詞は期待できないだろう。――別に聞きたいわけではないが。 立ち上がり、コートに袖を通す和彦を、驚いたように秦が見つめてくる。「もうお帰りですか?」「ぼくは、中嶋くんと飲みたかったんだ。せっかくの機会を潰した罰として、ここの支払いは君が持ってくれ」「それはもちろんです。でも、もう少しわたしにつき合ってもらえると嬉しいのですが……」「今夜は、他人の愚痴を聞ける精神状態じゃない。それに、中嶋くんの同行があって、護衛なしでの夜遊びを許可されているのに、肝心の彼がいなくなったんだ。それが組にバレると面倒だ」 引き止めようとする秦の声を振り切って、個室を出ようとした和彦だが、ふとあることが気になって足を止める。思い切って秦を振り返った。「――……あの男から、連絡はないのか」「聞きたいことは、一つでは?」 和彦が唇を引き結ぶと、秦は気障な仕種で肩を竦める。そして、緩く首を横に振った。それを見届けてから、今度こそ和彦は個室をあとにした。 きちんと四人分の飲み代を支払って店を出ると、エレベーターホールに向かいながらマフラーを首に巻く。 期待したわけではないので、失望はなかった。ただ気まぐれに、行方をくらました男――鷹津のことを尋ねただけで、それ以上の意味はない。和彦はそう自分に言い聞かせながらエレベーターに乗り込んだ。 ビルのエントランスまで降り、外の通りを眺める。寒そうに肩を竦めて歩く人たちの姿を見て、帰りはどうしようかと考えていた。この時間帯、すぐにタクシーが捕まるとも思えないが、だからといって長嶺組から迎えを寄越してもらうわけにもいかない。 ひとまず中嶋に、一人で帰るとメールだけでもしておこうと、携帯電話を取り出す。簡単な文章を打ち込んでから和彦は顔を上げ、再び通りに目を向ける。何げない一連の動作だが、数瞬遅れて強烈な違和感に
秦に厄介な火を灯した元凶ともいうべき中嶋は、加藤と寝ていると打ち明けたことをどう感じているのだろうか。加藤だけではなく秦まで、自分の思惑から外れた行動を取ったことに、戸惑っているのか、苛立っているのか。 和彦は、瞬く間に頬が上気した中嶋を、そっと盗み見る。自分だけ先に帰ってしまおうかと考えなくもなかったが、三人それぞれと関わりを持っているだけに放っておけない。善人ぶるつもりはなく、自分が去ったあとの事態を危惧したのだ。「――加藤くん、仕事は大丈夫なのか?」 声をかけると、伏せがちだった切れ長の目がまっすぐ和彦を捉える。腹が決まったような顔つきになっていた。「はい……。夕方から明日の午前中いっぱい、休みをもらっていますから」「貴重な休みなら、こんなところで胡散臭い男……たちにつき合ってないで、早く帰ったらどうだ」 加藤は毅然とした表情で、首を横に振った。「いえ。俺も……、この人――秦さんと話をしてみたいので」 次の瞬間、バンッと大きな音が個室内に響く。中嶋が乱暴にテーブルを叩いたのだ。 中嶋は立ち上がると、憎々しげに秦を睨みつけた。「……怒って、いるんですか?」「どうして、〈おれ〉が怒るんだ。お前が先生と寝ていても、嫌だと思ったことはない。むしろ、羨ましい――」「とぼけないでください。俺と加藤のことです。こんな、あなたらしくないことまでして……」「お前の言いたい秦静馬らしさとは、お前が打算含みで誰と寝ようが、他人事のように涼しげに笑っていることか?」「俺相手には、どんなふうに振る舞ってもいいです。だけど、こいつを……加藤を巻き込むのは違う」「どう違う? お前は先生を利用して、足場を固めようとしている。加藤くんのことも、手駒にしようとしているんだろ。おれは先生と親しくしているんだ。加藤くんとも親しくしたいと思っても、おかしくはないはずだ」 中嶋が返事に詰まったのは、傍らで見ていてもわかった。咄嗟に和彦が秦を窘
毛皮特有の上品な光沢を帯びたロングコートにセカンドバッグという出で立ちは、美貌の怪しい青年実業家という肩書きを実によく演出しており、似合ってはいるものの、いつも以上に胡散臭く見える。 おやっ、と思ったのは和彦だけではなく、中嶋も軽く眉をひそめていた。「部屋を出たとき、そんな格好はしてなかったでしょう。……なんだか、ホストをスカウトしていた頃のあなたに戻ったようですよ」「人と待ち合わせをするのに、目立つ格好のほうが都合がよかったんだ。このコートは、うちの店のホストに借りた」「……面倒くさいことを……。それで、野暮用は片付いたんですか?」 呆れたように問いかける中嶋に対して、秦が一瞬ドキリとするような鋭い笑みを向けた。華やかだが、同時に胡散臭さもつきまとう男を、その笑みはまったくの別人のように見せた。 和彦がよく知る、独占欲と執着心の強い、厄介な男たちのような――。「まあ、片付いたと言えば、片付いたな。予定通り、連れて来ることができたから」 和彦と中嶋は同じタイミングで首を傾げ、数秒後には驚きの声を上げていた。秦に続いて、遠慮がちにカーテンを開けて個室に入ってきたのが、まったく予想外の人物だったからだ。「加藤……」 ぽつりと中嶋が呟く。 トレーナーの上からライダースジャケットを羽織った格好の加藤は、状況がよく呑み込めない様子ながら会釈をしたあと、その場にいる三人を見回す。一体なんの集まりかと問うように視線を向けたのは、中嶋だった。一方の中嶋のほうは、困惑したように秦を見た。 和彦は不穏な空気を感じ取り、ソファの上で動けなくなっていた。秦の鋭い笑みを目にしたあとで、突然の加藤の登場だ。〈偶然〉によって作られた状況のはずがなかった。 秦は悠然とロングコートを脱ぐと、空いているソファに腰掛け、居心地悪そうに立ち尽くしている加藤にも座るよう促す。我に返った中嶋が口を開こうとしたが、秦は片手をあげて制すると、二人を案内してきたスタッフに注文を頼む。 スタッフが立ち去ったあと、今度こそ中嶋が秦に問い
外から男二人のにぎやかな話し声が聞こえてくる状況で、求められるまま、やむをえず舌を絡め合い、唾液を交わす。引き出された舌を痛いほど吸われると、たまらず和彦は鷹津の肩にすがりついていた。 ますます鷹津の腕の力が強くなり、和彦の中で奇妙な変化が起こっていた。鷹津のことがどうしようもなく嫌いで、嫌悪しているのに、そんな男にねじ伏せられるように口づけを交わしていると、高揚感に襲われ、体の奥深くから強引に官能を引き出される。 官能に形を借りた、サソリの毒かもしれないと、ふとそんな考えが脳裏を過る。鷹津の毒を注入され、体も心も侵されていくのだ。 思わず身じろごう
さすがの賢吾も、和彦の心を煩わせるものすべてを見通すことは不可能らしい。「……最初にぼくを狙って、あんなことをした人間が、どんな顔をして、そんなことを言うんだ」「俺はいい。俺は、許されるんだ」 さすがに図々しい発言だと思って和彦が顔を上げると、待っていたようなタイミングで唇を軽く吸われた。「先生を狙って自分のものにして――見事に、骨抜きにされたんだ。そんな哀れなヤクザを、愛情深い先生なら、たっぷり甘やかしてくれるだろ?」 本当に図々しいと思いながらも、和彦はつい笑みをこぼしてしまう。 自
「不愉快どころか、やけに楽しそうでしたよ、秦さん。いい店を先生に紹介しないと、と張り切ってもいましたし」「ならいいんだ。あの人、職業柄なのか知らないけど、よく気をつかってくれるから。ぼくみたいな人間につき合って、迷惑をかけても悪いしな」 和彦が、長嶺父子のオンナであることは、すでに知られている事実だ。いまさら千尋と甘い会話とキスを交わしていたからといって、他人に喜んで報告するような悪趣味なまねを、秦がする必要もない。 和彦が心配していたのは、そんなことではなく、純粋に今言った通りのことだった。 大きく息を吐き出しながら、中島がマシンをゆっく
「――先生」 呼ばれて、おずおずと振り返ると、そこに真剣な賢吾の顔がある。何か言われたわけでもないのに、和彦は小さく喘いでから賢吾の唇にそっと自分の唇を重ねた。すると、賢吾のもう片方の手に、和彦の柔らかな膨らみは包み込まれる。 「ひっ、あぁっ」 泡で滑る手に柔らかく揉みしだかれ、たまらず和彦は、ビクッ、ビクッと腰を震わせ、背をしならせる。下肢が、甘く溶けてしまいそうだった。 「あとでたっぷり、ここを揉んで悦ばせてやる。最近、弄られるのがよくなってきたみたいだからな。今は、洗うだけだ」 賢吾の的確に動く指は貪欲に、和彦の官能を刺激する