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第16話(52)

Auteur: 北川とも
last update Dernière mise à jour: 2026-02-20 11:00:17

 ヤクザなんて食えない男たちばかりだと思っていたが、自分も立派にその一員だ。半ば自嘲気味にそう思った和彦だが、このしたたかさは賢吾によって磨かれたものだと感じ、感慨深さも覚える。

 賢吾はきっと、中嶋と関係を持つことを許してくれると、確信があった。あの男は、和彦の淫奔さとしたたかさを愛でている。

「――それで手を打とう」

 和彦が答えると、まるで契約を交わすように中嶋がそっと唇を重ねてきた。

 ジムでシャワーを浴びるたびに、中嶋の体は見ていた。細身だがしなやかな筋肉に覆われて、いかにも機能的に鍛えており、鑑賞物としても文句のつけようのないきれいな体をしている。かつての商売道具ですからね、と澄ました顔で中嶋は言っていたが、まさか、その体に触れることになるとは、想像もしていなかった。

 どちらがリードしていいのかわからないまま、とりあえず和彦と中嶋は、何も身につけていない姿で抱き合いながら、ベッドの上を転がる。

 なんとなく、千尋とじゃれ合っているようだなと思った和彦は、いつも千尋にそ
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  • 血と束縛と   第17話(46)

    「頼むから、部屋の外でそんなことを冗談でも言わないでくれ。ここの組員たちに睨まれたくない」 ヤクザの組長からこんなことを言われると、冗談とわかっていながらも心臓に悪い。ただ、憂鬱さに捕らわれそうになった気持ちは、賢吾のその冗談でふっと軽くなっていた。 コーヒーを啜った和彦が何げなく視線を上げると、賢吾がこちらを見つめていた。そして、自分が腰掛けているソファを指さした。こちらに座り直せと言いたいのだ。わずかにうろたえた和彦だが、結局、賢吾の指示に従う。 案の定、賢吾の隣に座った途端、肩を抱かれて引き寄せられた。 賢吾の大きな手が、ワイシャツの上から和彦の肩先を撫でる。最初は背筋を伸ばしていたが、手の動きに促されるように、和彦はゆっくりと賢吾にもたれかかった。「……仕事、しなくていいのか?」「急ぎの仕事なら、もう片付けた。今日、先生とデートするためにな」「何言ってるんだ――」 内心でうろたえながら視線を上げると、賢吾が返してきたのは、熱を帯びた強い眼差しだった。この瞬間、和彦の胸の奥で妖しい衝動が蠢く。 甘い危惧を覚え、反射的に体を離そうとしたが、肩にかかった腕にがっちりと押さえ込まれて動けない。 耳に熱い息がかかり、和彦は小さく身震いする。そのまま賢吾の唇が耳に押し当てられた。「あっ……」 濡れた舌先が耳の形をなぞる一方で、油断ならない手にワイシャツのボタンを外されていく。和彦は微かに声を洩らすと、耳朶に軽く噛みつかれる。疼きが背筋を駆け抜け、たまらず賢吾の膝に手をかけはしたものの、完全に身を任せるまでにはいかない。 和彦は応接間のドアに視線をやる。ドア一枚隔てた向こうでは、組員たちが行き来する気配がするのだ。「ここは落ち着かないか?」 おもしろがるような口調で賢吾が言い、きつい眼差しを向けながらも和彦は頷く。 和彦の羞恥心を煽ることで性的興奮を覚える傾向がある賢吾だが、珍しくあっさりと手を引いた。もちろん、行為をやめるためではなく、場所を移るために。

  • 血と束縛と   第17話(45)

     勝手な言い分だと思ったが、あながち間違ってもいないので、反論できない。それに、本宅で過ごす時間は嫌いではなかった。 和彦は鼻先を掠める香りに気づき、視線をある方向に向ける。応接間の一角には、華やかなスペースができていた。クリニックの開業祝いに贈られた胡蝶蘭たちだ。寒さも直射日光も避けられる場所が、長嶺の本宅にはたくさんある。その一つが、この応接間というわけだ。 和彦も組員から育て方を聞いて、恐る恐る鉢の一つの世話を始めたところだった。 書類すべてに署名を終えると、賢吾が組員にコーヒーを運ばせてくる。書類をまとめてテーブルの隅に置いた和彦は、さっそくコーヒーにミルクを注いだ。「先生、明日もクリニックは休みなんだから、本宅に泊まっていったらどうだ」 さりげなく賢吾に切り出され、コーヒーを混ぜた和彦はちらりと視線を上げる。返事は決まっているとばかりに、賢吾は薄い笑みを浮かべていた。「……ついこの間、たっぷり世話になったばかりだと思うんだが……」「いいじゃねーか。うちの連中も、先生を気に入ってるんだ。メシを食わせたり、花の世話を教えたりしてな。男所帯のこの家も、先生がいるだけで空気が柔らかくなる」「男のぼくが加わっても、男所帯に変わりはないだろ」 ぼそっと指摘すると、賢吾は機嫌よさそうに声を上げて笑う。和彦はそんな賢吾につられるように、笑みをこぼしていた。 こうしてのんびりと過ごしていると、つい数時間前に実家を見たという現実が、どこか夢の出来事のように感じられる。もっとも、家族と出くわしでもしていたら、こんなふうに落ち着いてはいられなかっただろう。 ただ、いつまでも佐伯家と音信不通のままではいられない。 和彦は、思わず賢吾にこう問いかけた。「ぼくはこの先、実家とどう接していけばいいんだろう……」「先生と佐伯家次第だ。互いに干渉しないという要望が合致すれば、円満に過ごせる。衝突するなら――そうだな、俺の養子になるか? そうすれば先生は、佐伯の人間でなくなる」 咄嗟に反応できない和彦に対して、賢吾はニヤリと笑い

  • 血と束縛と   第17話(44)

     首を傾げて返事を待つ賢吾の顔をまじまじと見つめてから、とうとう和彦は笑ってしまう。実家を見せられ、なんの嫌がらせかと思ったが、そうではないとわかった。 賢吾は、和彦の心の内を見たかったのだ。今の生活をどう感じているか、和彦が本当に佐伯家を忌避しているかどうか。もちろん、それだけではないだろう。受け取り方によっては、これは恫喝にもなりうる。ヤクザの組長に、実家の場所と状況を把握されているというのは、ある意味で恐怖だ。 賢吾が声をかけ、車が走り出す。実家前を通り過ぎるとき、スモークフィルムの貼られたウィンドー越しに眺めてはみたが、和彦の中で懐かしいという感情が込み上げることはなかった。それどころか、門扉を開けて家族の誰かが姿を現すのではないかと、少し緊張する。 すぐに実家は見えなくなり、肩から力を抜いた和彦はシートに体を預ける。賢吾は何も言わず、再び手を握り締めてくれた。** 賢吾にとって、〈仕事で出かけるついで〉に和彦をドライブに誘うというのは、単なる口実だったのだろう。 書類に目を通したところで和彦は視線を上げ、テーブルの向かいに座っている賢吾を見る。スーツから、ラフなセーター姿へと着替えは済ませてはいるものの、やっていることは、仕事だ。さきほどから膝の上にノートパソコンを置き、熱心に何か読んでいるかと思えば、ときおり携帯電話で、和彦の知らない案件について誰かと話している。 その様子から、賢吾が決して暇を持て余しているわけではないとわかる。それでも午前中いっぱいを使って和彦を外に連れ出してくれた。賢吾なりに、クリニック開業までの労をねぎらってくれたと考えるほうが自然だ。 再び書類に視線を落として署名をしていると、なんの前触れもなく賢吾が言葉を発した。「――結果としてよかったかもな」 驚いて顔を上げた和彦が見たのは、賢吾が携帯電話の電源を切っているところだった。どうやら、もう仕事の電話をする気はないらしい。「えっ……?」「クリニック開業祝いの約束を、オヤジに取られたことだ。おかげでこうして、先生とゆっくりできる」「ぼくの休みを潰しただろ」「どう

  • 血と束縛と   第17話(43)

     佐伯家は相変わらず、自分がいなくても順調に動き続けているようだ。そう思った和彦は、淡い笑みを唇に湛える。自分だけが除け者にされているという感情はなく、むしろ安堵のようなものを覚える。「――……はっきりした。ぼくは、家族と会う気はない。少なくとも今は、会う必要を感じない。あんたに隠れて、佐伯家と連絡を取って助けを求めたりしないから、安心してくれ」「先生にその気があったら、とっくにそうしているだろ。その点は、俺は心配なんてしていない。ただ、先生と佐伯家の関わりについて、興味があっただけだ」「興味も何も……、ぼくが、佐伯家の規格から外れているという話だ。向こうも、同じことを思っているはずだ」 和彦が実家の建物を見つめていると、ふいに賢吾に髪を撫でられた。「先生は、物腰が柔らかくて優しげな人間に見えるが、ある部分じゃ、ヤクザよりよっぽど冷徹かもな。一番厄介な肉親への情を、自分の中ですっぱり切り分けている気がする」「……どうだろう。あの家にいると、自分がひどく冷めた人間に思えることはあったけど、一人暮らしを始めて外の世界を知ると、よくわからなくなった。ただはっきりしているのは、兄に会って動揺したのは情のせいじゃないということだ」 情を感じたのはむしろ、家族に対してではなく、長嶺組や長嶺の男たちに対してだ。英俊と会ったときの凍りつくような感覚を思い出し、和彦はそっと眉をひそめる。好きとか嫌いとか、そういう感覚で自分の家族は捉えられない。ただ、関わりたくないだけだ。 こう思うこと自体、やはり冷めたいのかもしれないと、なんの後ろめたさを覚えるでもなく和彦は考える。「冷めているかもしれないが、先生の本質は、情が深い。多情さと多淫ぶりで男を骨抜きにしながら、甘やかしてくれる。俺にとって――長嶺の男にとっては、先生が佐伯家の規格から外れていて、ありがたいがな」 髪に触れていた賢吾の指先が、スッと頬をなぞる。耳元に顔が寄せられたかと思うと、官能的なバリトンがこんなことを囁いてきた。「こんなヤクザから感謝されても、嬉しくないか?」

  • 血と束縛と   第17話(42)

     守光も同じようなことを尋ねてきたなと思い、和彦は探るような視線を賢吾に向ける。父子が示し合わせて、あえてこんな質問をしているのではないかと思ったが、大蛇を潜ませた賢吾の目を見ていると、そんなことはどうでもよくなった。「ああ……。いままで生活してきたどの場所より、居心地がいい」 和彦の返事を聞くなり、賢吾は運転席の組員に短く指示を出す。あらかじめ打ち合わせをしていたのか、具体的な言葉はなかったが、それでも組員には十分通じたらしい。「先生、約束の時間まで少し余裕があるから、寄り道をしていくぞ」「それはかまわないが、どこに……?」 賢吾は、口元に薄い笑みを浮かべただけで、答えてくれなかった。 もっとも和彦は、三十分ほど車が走り続けたところで、自ら答えを出していた。 なんといっても、和彦の実家がすでに前方に見えている。「――一度、佐伯家というものを自分の目で見てみたかったんだ」 和彦の手を再びきつく握り締めながら、そんなことを賢吾が言った。 車は、佐伯家から少し離れた道路脇に停まる。和彦は顔を強張らせたまま、白い壁が一際目立つ、瀟洒で立派な邸宅をじっと見つめる。そんな和彦の顔を、賢吾は冷静な目で見つめていた。「あまり、懐かしいという顔をしないんだな」 賢吾の言葉に、思わず苦笑を洩らす。「こんなところに連れてきて、ぼくが佐伯家に帰りたがっているのか、確認したかったのか?」「あの家は先生の実家だ。帰りたいと思っても、咎められないだろ」「……その口ぶりだと、ぼくが実家に顔を出したいといえば、許可してくれるみたいだ」「かまわんぞ。先生がゆっくりしている間、俺は自分の仕事を済ませてくる」 余裕たっぷりに答える賢吾に鋭い視線を向けて、和彦は首を横に振る。「まだ、会いたくない……。ぼくは、自分の家族が苦手なんだ」「そうだろうな。自分の兄貴と出くわしただけで、あれだけ憔悴してたんだ。――只事じゃない」 どんな家庭だったのかと聞かれるかと

  • 血と束縛と   第17話(41)

     料亭の座敷で守光から言われたことは、できることならすべて、冗談にしてしまいたかった。賢吾に伝えて、何かしらの現実味を帯びる事態を和彦は恐れている。 それでなくても和彦は、すでにある厄介事に巻き込まれつつある。 困惑する和彦とは裏腹に、賢吾は楽しそうだが――。「そういえば先生は、南郷の怖さも体験したんだったな」 できることなら、南郷に〈絡まれた〉出来事も報告したくはなかったが、鷹津の部屋で一晩過ごすに至った経緯を話さないわけにはいかない。賢吾への隠し事は、一つでも少ないほうがよかった。「……一応、あんたに報告はしたが、大したことじゃないんだ。ただ南郷さんは、ぼくみたいな存在が物珍しかったんだと思う」「男を骨抜きにする、性質の悪いオンナの存在が?」 和彦が睨みつけると、賢吾は低く笑い声を洩らす。 すぐに賢吾の腕から逃れようとしたが、肩にかかった手に力が込められる。どうやら和彦を離す気はないらしい。それどころか、頭を引き寄せれる。仕方なく和彦は、賢吾の肩に頭をのせる。「まったく、わがままなじいさんのせいで、クリニックの開業を祝う予定がズレた」「別に……、普通でいい。あんたや千尋と関わってから、何かと祝い事を体験させてもらっているんだ。どうせ祝うなら、開業一周年とか、そういうのにしてくれ」「――一周年でも五周年でも、もちろん十周年だろうが、好きなときに祝ってやる」 パッと頭を上げた和彦は、うろたえながら賢吾を見つめる。一方の賢吾は、ひどく機嫌がよさそうだ。「今の生活にすっかり馴染んだな、先生。クリスマスツリーを飾っているときにもポロリと洩らしていたが、ヤクザに囲まれての生活が、当たり前になってるだろ?」 ささやかな意地を張るように賢吾を睨みつけた和彦だが、すぐに諦める。「……それがあんたの、望みなんだろ」「先生は、長嶺組にとっても、長嶺の男たちにとっても、大事な存在だからな。去られるわけにはいかない。だからといって、狭い檻に押し込めたままってのは、俺の趣味に合わない。しなやかな獣ってのは、思いき

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