LOGINそうしているうちに車は、薄暗く人気のない小さな公園の側を通りかかり、駐車場に入った。エンジンを切った鷹津が口を開く。
「――グローブボックスを開けてみろ」「えっ?」「必要ないなら捨てようと思っていたが、そうもいかないようだからな。持って帰って、長嶺に見せてみろ。あいつなら、お前のために手を回してくれるはずだ」 そこまで言われて和彦は正面のグローブボックスを開けてみる。普段から整理していないのか、さまざまなものを押し込んであり、一番上に大判の封筒が窮屈そうに入っていた。 鷹津に言われるまま封筒を取り出し、和彦は首を傾げる。「これは……?」「花見会は、毎年同じ場所で催される。これは、総和会と県警との取り決めのようなものだ。総和会は、なんとしても行事を行いたいし、県警としても、毎年場所を変更されて、そのたびに警備を見直す時間も予算もかけられない。そういう理由もあって、互いに威嚇し合いながらも、大きなトラブルを起こさずにやってきた。だけど今年は少し様子が違う」 そこ頭の芯がドロドロと溶けていくようだった。それだけではなく、体の奥も熱いものでこじ開けられ、掻き回されて、容赦なく解されていく。南郷の欲望を深々と根本まで呑み込まされたとき、和彦はぐったりとして、厚い胸板にもたれかかるしかなかった。「……あんたの中が、悦んでる。ヒクヒクと震えながら、俺のものにしゃぶりついてる」 南郷に耳元で囁かれながら、背筋に沿っててのひらを這わされる。身震いしたくなるような被虐的な愉悦に、和彦は上擦った声を洩らしていた。「求めてくる男に弱いな、先生。組長も、面倒な檻を作ってでも、あんたを逃すまいとするはずだ。……あんたみたいなのは、外に出しちゃいけない。〈俺たち〉で大事にしてやらないと」 和彦の中で脈打つものが、痛みと肉欲のうねりを交互に生み出し、緩やかに一つに混ざり合っていく。気がつけば、南郷の肩に手をかけるだけとなっていた。待ちかねていたようにまた、百足が身を潜める脇腹へと手を導かれた。 引っ掻こうとして、寸前で躊躇する。結局、てのひらを押し当てていた。内奥で、南郷のもう一つの分身が蠢く。「うあぁっ――……」 和彦が上げた声は、自分でもわかるほど切ない響きを帯びていた。南郷が気づかないはずもなく、会心の笑みを浮かべる。和彦がよく知る、攻撃的に歯を剥き出しにするいつもの笑みとは、まったく違っていた。 南郷が腰を揺すりながら、和彦の首筋を舐め上げてくる。その最中、さきほどより強く歯を立てられた。噛みつくというほど激しいものではなく、痛みはない。ただ、肌に食い込む歯の硬さはしっかりと認識できた。この瞬間、内奥がきつく収縮する。「こうされるのが好きなのか?」 そう言って南郷が、もう一度首筋に歯を立てた。肩先にも。 南郷は、自分という存在を和彦に刻み付けているようだった。もしかすると、所有の印のつもりなのかもしれない。 わずかに反発心が芽生えたが、震える欲望を握り締められると、呆気なく砕け散る。和彦は、はあはあと荒い呼吸を繰り返しながら、天井を仰ぎ見た。目の前で光が点滅しており、ときおり意識が遠のきかける。仰け反り、このま
もっとも太い部分を呑み込まされたとき、浅い呼吸を繰り返しながら、なんとか下腹部に力を入れまいとする。求め合ったうえでの行為なら、相手への身の委ね方は知っている。しかし、今は違う。体が緊張で強張り、和彦自身を苦しめようとするのだ。 南郷も何かを察したようだった。「初めてみたいな反応だな、先生。昨夜はこんなんじゃなかっただろ。もっと俺に身を任せてくれ」「い、や、です……」 背後で南郷が笑った気配がした。繋がり、ひくつく部分に指が這わされ、擦られる。和彦はビクッと腰を震わせた。「あんたはいい加減、理解するべきだな。あんたが反抗したり、強がりを言うたびに、俺が興奮するってことを。それとも、わざとなのか? それがオンナの手管だとしたら、俺は見事に引っかかったというわけだが」 腰を掴んだ南郷が、一層深く欲望を押し込んできた。一旦動くのを止めると、和彦の緊張している下腹部にてのひらを這わせてくる。「この辺りに、昨夜あんたの中に出したものがまだ残ってるかもな。オヤジさんと、俺の分」 ゾクッと寒気とも疼きとも取れる感覚が、背筋を駆け抜ける。このとき意識しないまま、内奥でふてぶてしく息づく南郷の欲望を締め付けていた。「あんたをオンナにしてる男たちは、そうやって自分の存在を馴染ませてきたんだろ。強引な長嶺組長に最初は反発心を抱いていたはずのあんたも、今じゃすっかり従順だ。俺の場合は、あと何回――」 露骨な言葉を聞かされながら、両足の間に手が差し込まれ、欲望を掴まれる。いつの間にか和彦のものは熱くなり、身を起こしていた。「嫌、だ……」「そうか? あんたの体は違うみたいだ。俺のものに吸い付いて、締まり始めてる」 内奥を突き上げられると同時に、湯が大きく波打つ。和彦は背をしならせ、必死に湯舟の縁にすがりついていた。なんとか耐えようとしたが、膝は震え、爪先に力が入らない。そんな状態が南郷にも伝わったようだった。「もうのぼせたか、先生?」 内奥から欲望を引き抜いて、揶揄するように南郷が問いかけてくる。和彦はズルズルと座り込み、俯いた顔をそのまま湯につけそうに
「しっかり撫でろ」 傲慢に命じた南郷に再び唇を塞がれる。嫌悪感から呻き声を洩らした和彦だが、それだけでは逃れることはできない。苦しさから息を喘がせたときには、口腔に南郷の舌が入り込んでいた。 感じやすい粘膜を舐め回されながら、唾液を流し込まれる。和彦が小さく喉を鳴らすと、柔らかな膨らみをまさぐる南郷の指の動きが変わった。脅すためではなく、和彦の官能を刺激するために、巧みに弱みを攻め始めたのだ。堪らず爪先を突っ張らせる。「うっ、うっ……、そこ、やめ――……」「なら、ここか、先生?」 次に南郷が興味を示したのは、昨夜守光に犯された欲望の先端だった。指の腹で強く擦られたあと、じわりと爪を立てられる。和彦は短く悲鳴を上げ、反射的に百足を引っ掻いていた。次の瞬間、南郷が激高するのではないかと、和彦は心底震え上がる。 相手は、自分に情を注いでくれる男たちとは違うのだ。 和彦の反応に、南郷は目を眇める。「俺の言葉は信用できないか? 何度でも言うが、あんたに手を上げたり、声を荒らげることは絶対にしない。――約束する」「だったら、やめてください。放して、ください……」「それはできない。俺の誠意を受け取る代わりに、あんたにはオンナとしての役割を果たしてもらわないとな」 和彦は返事の代わりに、今度はしっかりと百足に爪を立てる。それこそ食い込むほど。痛痒も感じていない様子で南郷は続けた。「俺の誠意なんていらない、というのはなしだ。あんたももう、この世界の男たちのやり口はわかってるだろ。俺たちは恩着せがましくて、悪辣だ。目的のためなら、善悪なんて糞くらえという人種なんだ。それでもあんた相手には、ずいぶん優しくしている」 この瞬間、南郷に対して抱いた強烈な畏怖や嫌悪感には、覚えがあった。かつて、和彦の堅気としての生活を奪った賢吾に対して、抱いたものと同じだ。横暴で傲慢で理不尽で、しかし和彦には抗う力もなく――。 かつての賢吾のやり方を踏襲しているようではないかと、和彦は瞬きも忘れて南郷の顔を凝視する。 唇を啄みながら南郷が言った
「……そういう話は、ぼくじゃなく、長嶺組組長と総和会会長がするべきです」 突然、カランと音がして、和彦は身を竦める。屈んでいた南郷が風呂桶を放り投げ、ゆらりと立ち上がった。素早く動けば逃げられたかもしれないが、百足を見せつけるようにして浴槽に入ってくる南郷に対して、無防備な姿を晒したまま和彦は何もできなかった。「言い方を変えよう。あんたと協力関係を結びたいんだ。俺は、総和会の中での長嶺組の立場を守りたい。あんたは、長嶺組長の立場を守りたい。結果としてそれが、総和会と長嶺組のためになる。そう思わないか? いがみ合ったところで益はない」「だから、あなたのオンナになれと?」「いいや。あんたは昨夜、俺のオンナになった。そう言っただろ」 和彦は急いで湯から出ようとしたが、派手な水音を立てながら南郷が歩み寄り、手首を掴まれた。顔を強張らせる和彦に、南郷は獰猛な笑みを向けてくる。「まだ自覚がないようだな、先生。かつては長嶺組長も、あんたをオンナとして躾けてきたんだろ。だったら俺も、そうしないと」 協力関係を結びたいと言いながら、南郷は平然と恫喝じみたことを口にする。 和彦は手を振り払おうとしたが、反対に引っ張られてバランスを崩す。しかも南郷に足元を払われて、湯の中に倒れ込んでいた。溺れかけ、慌てて体勢を立て直したものの、湯が気管に入って咳き込む。そんな和彦を、南郷はじっと見下ろしていた。「――俺の前でよく転ぶな、先生」 苦しい息の下、和彦は南郷を非難しようとする。「それはあなたがっ……」「危なっかしい。俺が側にいて、しっかりとあんたを守ってやらないと」 こう言われたとき、和彦の視界に嫌でも入ったのは、南郷の脇腹にいる百足だった。次に、南郷の体の変化に気づく。 和彦は短く悲鳴を上げると、湯の中を這うようにして逃げようとしたが、あっという間に首の後ろを南郷に掴まれて動けなくなる。首にがっちりと指が食い込み、顔を湯に押し付けられそうな危機感を持った。 和彦の体の強張りがわかったらしく、南郷は芝居がかった優しげな声で語りかけてくる。「まだ
「……何が言いたいんですか?」 ようやくこちらを一瞥した南郷が、唇の端を動かす。「そう怖い顔をするな、先生。きれいな顔立ちの人間がそういう表情をすると、なかなか凄みがある」「もしかして賢吾さんを――」「恩義ある〈親〉の一人息子を食らおうと思うほど、俺は外道じゃないし、思い上がってない。――この機会だ、あんたに提案がある」 南郷がいくぶん声を潜めたところで、再び強い風が吹き付けてくる。ふらりと和彦の体が揺れ、素早くポケットから手を出した南郷が支えてくる。間近で目が合うと、こう言われた。「長嶺の本宅を出て、俺の家で暮らさないか、先生」** 体を洗っていた手をふと止めていた。髪先から垂れた水滴が肩に落ち、その冷たさに和彦は我に返る。 さきほどの出来事にまだ動揺しているのだと、嫌でも認めざるをえなかった。 湖で、南郷から思いがけない提案をされたとき、まず頭に浮かんだのは、この男は何を企んでいるのだろうかということだった。ただ、意外すぎる提案だったことは確かで、慌てて南郷から離れようとした拍子に、和彦は凍った雪に足を取られ、その場で転んでしまった。 泥と雪に塗れ、すぐには動けなかったところを、南郷に腕を掴まれて引っ張り起こされたのだ。おかげで話を続けるどころではなくなり、足を引きずるようにして別荘に引き返し、風呂場に放り込まれたというわけだ。 なぜ南郷が、長嶺の本宅を出て、自分の家で暮らさないかと言い出したのか、和彦には目的が見当もつかなかった。甘い理由などではないことは、はっきりしている。そもそも、和彦が承諾するはずがないと、南郷自身よくわかっているはずだ。 和彦を動揺させるための冗談か、もしくは、和彦の口から賢吾に伝わることを前提にした、露骨な挑発か――。 和彦はブルッと身を震わせる。さっさと体を洗って出るつもりだったが、水辺での立ち話のせいもあって、すっかり冷え切っている。風邪を引いては堪らないと、手早く泡を洗い流してから湯舟に入る。「疲れた……」 じんわりと体が温まってきたところでそう呟いた和彦
粗野で暴力的な空気をまとっている南郷だが、ときには人を煙に巻くような、皮肉めいていたり、迂遠な物言いには知性が感じられるということを。 和彦がつい聞き入ってしまうのは、そのせいだ。〈言葉〉をよく知っている男なのだ。 南郷が読書家だというのは、世間話程度に賢吾から聞かされてはいるし、総和会の中でも口の端に上ることがあった。書厨と言われるような、ただ本を読むだけでなんの知識も得ない人間ではないのだと、南郷の話を聞いていれば察することができる。 いかにも筋者らしい見た目は他人を威圧する武器になるだろうが、南郷は身の内に、狂暴性とは別の、切れ味鋭い武器を持っているのかもしれない。「……会長と、何を企んでいるんですか」 坂道の勾配は大したことはないが、水たまりを避け、泥に足を取られまいと踏ん張るうちに、息が上がる。それでも和彦は問いかけずにはいられなかった。「ひどい言いようだ。この世界、何も企んでいない奴なんていないだろう。長嶺組長だって例外じゃない」「答える気はないということですか……」「まだ、な。別の質問なら、答えられるかもしれない」 ここでようやく道が開け、見覚えのある景色が目の前に広がる。千尋と訪れたとき同様、湖に氷が張っており、岸にはうっすらと雪が残っている。人が歩いた痕跡はなく、さすがにこの寒さでは、水辺で散歩をしようなどという酔狂な人間は、和彦たち以外にいなかったようだ。 湖を渡ってくる風は突き刺さるように冷たく、和彦は首を竦める。すると、肩に南郷の腕が回された。反射的に体を硬くし、睨みつける。「触らないでください」「誰も見てやしない。恥ずかしがらなくてもいいだろ、先生」 とぼける南郷は腕を離すどころか力を入れたため、やや強引に歩かされる。 突然のことに動揺していた和彦だが、寸前まで自分たちが何を話していたか思い出した。「――……ぼくの役目は、なんですか」「従順なオンナであること。俺たちの求めに逆らわず、協力してくれればいい」「長嶺組長――賢吾さんへの嫌が







