ログイン三田村の物言いたげな雰囲気が伝わってくる。しかし、それを実際に言葉として発しないところに、三田村の優しさを感じる。
その優しさに報いるため、和彦は言葉を選びながら話す。「佐伯俊哉。ぼくのことを調べたときに、父さんのことも調べたんだろう。大物官僚で、怖いぐらいの切れ者だ。子飼いの官僚が何人もいて、一大派閥を作り上げて、政治家に対しても影響力がある。傲慢で野心家、氷のように冷たい。でも――」「でも?」「ものすごく、ハンサムなんだ。家柄も仕事にも恵まれていて、そのうえ外見もとなると、女性が放っておかない。父さんの傲慢さや冷たさは、女性にとっては魅力的らしい。自分は結婚していて、子供がいようが関係ない。気に入った相手と関係を持つ。堅いイメージに守られた佐伯俊哉の本質は――奔放さだ」 守光から、俊哉の女性関係の処理について聞かされたとき、驚きはしたものの、その内容をすぐに信用したのは、このためだ。和彦は、父親の実像を嫌というほど把握している。「……見た目はまったく似てないけど、ぼくと父さん三田村の物言いたげな雰囲気が伝わってくる。しかし、それを実際に言葉として発しないところに、三田村の優しさを感じる。 その優しさに報いるため、和彦は言葉を選びながら話す。「佐伯俊哉。ぼくのことを調べたときに、父さんのことも調べたんだろう。大物官僚で、怖いぐらいの切れ者だ。子飼いの官僚が何人もいて、一大派閥を作り上げて、政治家に対しても影響力がある。傲慢で野心家、氷のように冷たい。でも――」「でも?」「ものすごく、ハンサムなんだ。家柄も仕事にも恵まれていて、そのうえ外見もとなると、女性が放っておかない。父さんの傲慢さや冷たさは、女性にとっては魅力的らしい。自分は結婚していて、子供がいようが関係ない。気に入った相手と関係を持つ。堅いイメージに守られた佐伯俊哉の本質は――奔放さだ」 守光から、俊哉の女性関係の処理について聞かされたとき、驚きはしたものの、その内容をすぐに信用したのは、このためだ。和彦は、父親の実像を嫌というほど把握している。「……見た目はまったく似てないけど、ぼくと父さんは、こういう部分でよく似ている。性的な禁忌に対する感覚が、きっと壊れているんだ」 三田村に肩先を撫でられたあと、ぐっと掴まれる。驚いた和彦が顔を上げると、三田村は厳しい表情でこう言った。「壊れているなんて、言わないでくれ。俺はずっと、先生の愛情深さに心地よさを感じている。先生の本質も奔放さだというなら、俺はその奔放さが、愛しくてたまらない」 和彦は瞬きも忘れて三田村の顔を凝視してから、小さく声を洩らして笑う。「すごい口説き文句だ」「そんなつもりはないが……、でも、本心だ」 笑みを消した和彦は、三田村の頬を撫で、あごにうっすらと残る傷跡を指先でなぞる。何かが刺激されたように三田村がゆっくりと動き、和彦の体はベッドに押し付けられた。 きつく抱き締められ、その感触に意識が舞い上がるほどの心地よさを覚えながら、和彦は両腕を三田村の背に回す。「あんたのことも聞きたい」「俺のこと?」「あんたの父親のこと」 三田村は一瞬痛みを感じたような顔を
「まずは、どこかに入って昼メシを食おう。それから、先生の行きたいところに寄って――」 話しながら三田村がちらりとバックミラーを一瞥する。「ぼくよりも、あんたのほうが落ち着かない感じだ」 和彦の指摘に、三田村は苦笑いした。「俺と一緒にいて、先生の身に何かあったら大変だ。そういう意味では、緊張する。先生を守れるのは俺一人しかいない状況で気が抜けないのに、どうにかすると、すぐに気を抜きそうになる」 車で移動中の今ですら、三田村はピリピリしている。これでは部屋で二人きりとなったところで、寛ぐどころではないだろう。誰かがまだ見張っているのではないかと、常に気を張り詰めることになる。 余計なことをしてくれると、眉をひそめながら、ウィンドーの外を流れる景色に目を向ける。 少しの間考え込んだ和彦は、三田村にある提案をした。** 和彦を軽く扱っているようだから、という誠実な理由で、三田村はホテルを使いたがらない。わざわざ逢瀬の部屋を借りてくれたのも、そのためだ。 だから今回は、あくまで緊急避難だ――。 窓に歩み寄った和彦は、首筋を流れ落ちる水滴をタオルで拭いながら、夕闇に包まれかけている街並みを見下ろす。闇が濃くなっていくに従い、街そのもののまばゆさは増していくのだろう。実際、渋滞した道路は車のライトで溢れ、どのビルも明かりがついている。 本当であればいまごろ、静かな住宅街の中にあるアパートの一室で、三田村とひっそりと過ごしているはずだったのだが、予定は狂ってしまった。 現在、二人がいるのはシティホテルの一室だ。南郷がつけたかもしれない尾行を引き連れて、特別な部屋に戻りたくなかったのだ。何より、三田村に余計な緊張を強いたくなかった。多くの人が滞在している場所であれば、自分たちに向けられる注意がそれだけ逸れる――という錯覚は得られる。 闇に覆われる寸前の、独特の色合いを帯びた街をもっと眺めていたい気もするが、三田村がシャワールームから出てきたため、カーテンを引く。「三田村、ビールでいいか? なんなら、ルームサービスを頼んでおくか。いや、夜食を食べたくなったときにするか&helli
「どういうわけだか、佐伯家はぼくを必要としているらしい。それで、ある知人を使って連絡を取ってきた。知らない顔をしたいところだが、知人に迷惑をかけられないし、そろそろこちらの意思を伝えておこうと思って、会うことにした。……兄と」「『騒ぎ』とは、そういうことでしたか」「家の問題については、ぼく自身が対応するしかないしな。下手に動くと、ぼくの周囲の人間たちに迷惑をかけるどころか、致命傷を与えかねない」「大事なんですね。――先生の周囲の〈男たち〉が」 恥ずかしいことを言うなと怒鳴ろうとした和彦だが、すぐに思い直し、結局口を突いて出たのは、ため息交じりの言葉だった。「……思惑があるにせよ、大事にしてもらっているからな」「それがヤクザの手口なのに、先生は甘い」「自分でもそう思う」 そんな会話を交わしながら、次々に段ボールを開けて商品を確認していたが、ふと秦が、あることを思い出したように腕時計に視線を落とす。つられて和彦も自分の腕時計で時間を確認していた。「そろそろ昼だな。確か隣のビルに、イタリアンの店が入っていただろう。混む前に食べに行くか?」 和彦の提案に、秦は大仰に残念そうな顔をする。「魅力的なお誘いですが、先生とはこれでお別れです」「なんだ。これから用があるのか?」「わたしではなく、先生が。もう一階に、迎えの方が到着しているはずですよ」「そんなこと、今初めて聞いたんだが。迎えも何も、護衛の人間にはビルの外で待ってもらっていて――」 和彦が戸惑っている間に、ソファに置いたジャケットを秦が取り上げる。促されるまま袖を通すと、肩を抱かれて店の外へと送り出される。「それじゃあ、お気をつけて」 にこやかな表情で手を振る秦の勢いに圧されるように、和彦は首を傾げつつもエレベーターに乗り込み、一階へと降りる。 不可解な秦の態度の理由は、扉が開いた瞬間に氷解した。「三田村っ」 驚いた和彦が声を上げると、エレベーターの前に立っていた三田村がわずかに唇を緩める。しかし次の瞬間には表情を引き締め、鋭
**** 窓際に置かれたソファに腰掛けた和彦は、半ば感心しながら辺りを見回す。前回、この場所を訪れたのは、桜の花が見頃を過ぎた頃だったが、あれから一か月少々しか経っていないというのに、ずいぶん様子が変わっていた。「すごいな。もう一週間もすると、開店できるんじゃないか」 和彦の言葉に、段ボールの中を確認していた秦が顔を上げる。普段、スーツで決めていることの多い男だが、今日はジーンズにTシャツという軽装だ。だが、嫌味なぐらい様になっている。「とりあえず、雑貨屋としての体裁を整えておく必要がありますから、商品の手配だけは急がせたんですよ」「急がせてどうにかなるものなんだな」「持つべきものは、手広く商売をやっている親族です。少々高くつきましたが、店の改装費用を抑えられたので、まあ長嶺組長も笑って許してくれるでしょう」 和彦は立ち上がると、店内のあちこちに置かれた大きな段ボールを避けつつ、歩いて見て回る。元はカフェだったというテナントは、夜桜見物をしたときにはあったテーブルもイスも片付けられており、その代わり、木製のシェルフやラック、デスクが運び込まれている。これだけで、ここが雑貨屋に生まれ変わるのだと感じられる。「壁紙を張り替えはしましたけど、床材は木目できれいだったので、そのまま使っているんです。あとは、照明器具ですね。商品が届いたので、今週中にでも揃えて、早々に工事をしてもらう予定です」 秦の説明を聞きながら和彦は、カウンターの向こう側を覗き込む。きれいに片付けられた小さな厨房があった。「ここはどうするんだ? 雑貨屋なら、使わないだろ」「お客様に紅茶やハーブティーをお出ししましょうか。水廻りを潰すとなると、それはそれで費用と手間がかかりますし。雑貨に囲まれてお茶会を開くというのも、楽しそうですね」「……君が店に出ると、雑貨を見るためじゃなくて、君に相手をしてほしい女性客が殺到するんじゃないか」「先生も、クリニック経営の息抜きに、店に出てみませんか? 雑貨屋としての儲けは期待されていないとはいえ、経営者としては、やっぱりあれこれ努力は
**** 和彦の緊張が電話越しに伝わったのだろう。いつもなら他愛ない世間話から始める里見が、今日はまっさきにこう切り出した。『何かあったのか?』 さすがに鋭いなと、内心で苦笑を洩らした和彦は、携帯電話を一度顔から離す。軽く呼吸を整えてから、努めて落ち着いた声で答えた。「――兄さんから、連絡があったんだ。ぼくの携帯に……」 たったこれだけで、察しがよすぎるのか、それとも心当たりがあったのか、里見は事情が理解できたようだ。『わたしのせいだな……』「里見さん、ぼくの番号、〈K〉で登録してあるんだってね。甘い、と兄さんが言ってた」『……迂闊と言ってくれていい。本当に、わたしのミスだ』「それはいいんだ。もう。知られてしまったんなら仕方ない。里見さんもまさか、兄さんが携帯電話を盗み見るなんて思いもしなかったんだろ」 里見の返事は、重いため息だった。和彦としては、英俊の行為にいまさら愚痴をこぼすつもりはなかった。結果として、こちらが行動を起こすきっかけとなったのだ。 昼の休憩に入って静かなクリニックとは違い、電話越しに慌しい空気が伝わってくる。本来はゆっくり話せるよう、連絡は夜にすべきなのかもしれないが、和彦としては、里見と話し込み、決意が揺れるのが怖かった。「兄さんと少し話した。相変わらずだったよ」『彼は、身近な人間に対しては言葉を選ばない。わたしも、彼の上司だったときは、それなりに敬ってはもらっていたが、今はまあ……。彼なりの、親しさの表現かもしれない』「優しいな、里見さんは」 皮肉でもなんでもなく、本当にそう思った。少なくとも和彦は、実の兄に対して好意的な表現はできない。肉親と他人の違いと言ってしまえば、それまでかもしれないが。「兄さんと電話で話して、キツイことを言われた。それで、いろいろ考えたんだ。一度兄さんと会って、こちらの希望をきちんと伝えるべきじゃないかって」『希望?』「…
「何度も言ってるだろ。お前は、俺にとって大事で可愛いオンナだと。それは、他人とは言わない。恋人でもない。こっちの世界じゃ……、いや、長嶺の男にとってそれはもう、家族と呼ぶんだ」 不覚にも、胸が詰まった。ヤクザの口先だけの言葉など、と返すことすらできなかった。 賢吾に唇を吸われてから、魅力的なバリトンで囁かれる。「もう一度呼んでみろ」 反射的に顔を背けた和彦だが、反応を促すように賢吾に腰を揺らされ、内奥深くまで埋め込まれた欲望の興奮を知らされる。今すぐにでも引き抜かれそうで、はしたなく締め付け、襞と粘膜で奉仕する。「ほら、早く呼べ」 和彦は、賢吾を軽く睨みつけてから、ぎこちなく呼びかけた。「――……賢、吾」「もう一度」「……賢吾」 何度も賢吾に求められ、そのたびに和彦は応じる。まるで、甘い睦言のようなやり取りだった。その間も律動は繰り返され、内奥から否応なく肉の悦びを引きずり出される。賢吾の下で煩悶しながら和彦は、抑え切れない嬌声を上げていた。「うあっ、あっ、あっ、い、い……。気持ち、いいっ――」「ああ、俺もだ。俺をこんなに感じさせてくれるのは、お前だけだ」 嬉しいと、率直に思った。和彦は意識しないまま笑みをこぼし、誘われるように顔を寄せた賢吾と、激しい口づけを交わす。 それだけでは満足できない和彦は、言葉にならない強い求めを知らせるため、筋肉が張り詰めている逞しい肩にぐっと爪を立てる。和彦の求めがわかったのだろう。賢吾は猛々しい鋭い目つきで和彦を見下ろしてきながら、内奥深くに熱い精をたっぷりと注ぎ込んできた。** 賢吾とのセックスはいつでも激しく濃厚だが、今日は特別だったと和彦は思う。 剥き出しの肩先を撫でられて、それだけで淫らな衝動が胸の奥で蠢く。暴れ出さないよう、慎重に息を吐き出した和彦は、賢吾の肩にのしかかるように描かれた刺青に触れる。「――そうやって先生に触れられるだけで、まだ興奮する」 本音半
「お前、一体、これ……」 こんなものを見たうえで、それでもなお声をかけてくるのは澤村の優しさだろう。しかし今の和彦は、答えられなかった。答えたくなかった。自分が、ヤクザに拉致された挙げ句に辱められ、そのときの様子をビデオカメラで撮影されたなど。 この場で頭を抱えてうずくまりたいところをなんとか踏みとどまる。これ以上の醜態を晒せるわけがなかった。 「――……悪い、今日のぼくの手術は、全部キャンセルにしてくれ……。いや、この先の手術も、全部……」 「おいっ、佐伯、大丈夫かっ?」 澤村の制止を振りきった和彦は、ふらつく足取りで医局を出る。
「おもちゃで遊ばれている姿を見ながら感じていたが、お前がつき合ってきた男は、きちんとここを開発してくれていたようだな」 喉を反らして感じる和彦に対して、賢吾は容赦なく内奥の浅い部分を攻め立てながら、汗ばんだ胸元を舐め上げてくる。生理的な反応から涙を滲ませながら、和彦は緩く首を左右に振る。このときまた、三田村と目が合っていた。 同性と体を重ねる以外で、特殊な性癖は持ち合わせていないつもりの和彦だが、このときから自信がなくなる。見られることが、もう一つの愛撫になっているようだった。 「こっちを見ろ」 賢吾に言われ、反射的に従ってしまう。す
「手術するにしても、道具はどうする気だ」 「ふん。それで逃げ道を作ったつもりかもしれないが、心配するな。立派な設備は無理だが、人間の体を切って縫うぐらいの道具は用意してある。あと、点滴セットも。必要な輸液があれば持ってこさせる。血液は、ここに活きのいいのが何人も揃っているしな」 完全に逃げ場を断たれた。和彦は大きく息を吐き出して目を閉じると、動揺のため速くなっている自分の鼓動の音を聞く。頭に血が上り、頭痛すらしている。 近くにいる男たちの視線を痛いほど感じながら和彦は、懸命に思考を働かせる。少しでも、自分の立場を安全なものにするために。 「――
** 自分の車に千尋を乗せて和彦が向かったのは、繁華街の中にある、飲食店ばかりが入った雑居ビルだった。とにかく人目を避け、なおかつ人に紛れ込みたかったのだ。これだけ飲食店があれば、仮に尾行がついていたとしても、二人の姿を容易に見つけ出せないはずだ。 もっとも、千尋と二人きりになった時点でアウトな気もするが、肝心の千尋が和彦から離れないのだから仕方ない。 混み合うエレベーターを途中で降り、階段を使って上がる。入ったのは、個室が使える居酒屋だった。すでに盛り上がっているグループやカップルを横目に、二人は黙り込んだまま個室に案内してもらう