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第3話(31)

Author: 北川とも
last update publish date: 2025-10-31 21:00:23

 千尋は今日も元気だ――。

 犬っころのように目を輝かせ、落ち着きなく食器売り場を行き来するため、いつか食器を割るのではないかと見ているこっちがハラハラする。

 実家に戻ってから、明らかに身につけるものの質が上がった千尋が今穿いているのは、あるブランドもののジーンズだ。スタイルがいい千尋にはよく似合っており、足元のレザースニーカーの組み合わせも様になっている。ラフに着ているTシャツも、きっと数万円はするのだろう。

 おかげで、一見して育ちのいい好青年ぶりに拍車がかかり、デパートを歩き回っていると、特に目につく女性客から注目を浴びる。しかし当の千尋に自覚はないらしく、何かあるたびに嬉しそうに目を輝かせ、和彦を手招きする。

「――……躾のなってない元気な犬っころを散歩させている気分だ ……」

 和彦がため息交じりにぼやくと、荷物持ちに徹している三田村が応じた。

「そのわりには、楽しそうだ」

 和彦は振り返り、ニヤリと笑いかける。

「金
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  • 血と束縛と   第47話(46)

    「お前が傷つけられるような事態になっていたら、俺は伊勢崎龍造を許さなかった。……護衛についてた奴から聞いたが、一人で突っ走ったそうだな。もし相手が待ちかまえていて、拉致されたらどうするつもりだったんだ。肝が冷えたぞ、俺は」「さすがに組員が助けてくれるだろ。それに、少しぐらいならぼくも抵抗して――」 心底呆れたように賢吾がため息をつき、唇に軽く噛みつかれた。「暴力に慣れた奴相手に、自分でなんとかしようとするな。かえって怪我をする」「……何度でも言うが、一応、護身術程度のことは教わったんだが」「〈あいつ〉の名前を今この瞬間に出さなかったのは、賢明だな。今日はもう、伊勢崎父子の名前だけで腹いっぱいだ」 賢吾は鷹津を強く意識していると、次の発言でさらに思い知る。「俺は、お前を大事に大事にしてるんだぜ? サソリの毒が抜けないうちにお前を抱こうとして、拒まれるのを恐れるぐらいには、臆病にもなってる。今日だって、何もするつもりはなかった」 唇を啄みながら賢吾に囁かれ、和彦はただ聞き入る。「だが、あれはいけねーな。あれで、俺は我慢できなくなった」「な、に……? なんのことを、言って……」「伊勢崎の息子の名前を出した途端、お前が艶めいた顔をした。――俺を目の前にして、他の男のことを考えて発情しただろ」「してないっ」「千尋も気づいたぞ。お前に関してはおそろしく鼻が利くからな、あいつも」 ぞっとするほど優しい手つきで賢吾に頬を触れられ、そこから首へとてのひらが移動する。縊り殺されるのではないかと和彦は本能的に怯えたが、同時に、身震いしたくなるような興奮が湧き起こる。「お前は、俺のオンナだ」「……ああ」「去年の末に、総和会本部でお前が俺に言ったことは覚えてるか?」 喉仏に指がかかり、微かに喘いで和彦は頷く。「今も気持ちは変わってないな?」 たった一つの返事しか求めていない問いかけだった。和彦は、賢吾の目を見つめ

  • 血と束縛と   第47話(45)

    ** 伊勢崎父子のことを聞かされてからずっと、不自然な鼓動の乱れ治まらなかった。父子、と言いながら、やはり強く思ってしまうのは、玲のことだ。 大学受験が上手くいったのなら、もうとっくに新たな生活の準備は整えているだろう。一緒に行動したのはほんの数日のことだったが、彼はいろいろなことを話してくれた。大学生活を送るにあたり、父親から離れて一人暮らしをしたいのだと語っていたが、果たして希望は叶ったのだろうか。 龍造が、〈こちら〉で商売を始めようとしていることは、御堂や賢吾がちらりと話していたので知っている。龍造本人が出向いてくるなら、玲が安穏とした大学生活を送れる光景は残念ながら思い浮かばないが、他人である和彦が心配するのはおこがましいだろう。 夜も更け、本宅は詰め所を除いてひっそりと静まり返っている。入浴を終えた和彦はいつもなら客間で一人寛いでいる時間だが、今夜はなんとなく落ち着かなくて、こうして中庭に下りていた。 庭園灯のぼんやりとした明かりが、白く小さな花をつけた庭木を照らしている。賢吾も千尋も中庭の植物になど興味がなさそうなのに、気がつけば種類が入れ替わっていたりして、こまめに手入れが行われている。なんの花なのか、組員に聞いてみようかと思っていると、ふいに背後でぞろりと何かが蠢く気配がした。 総毛立ったのは一瞬で、すぐに肩から力を抜く。「――身が燃えるか」 揶揄するように話しかけられ、和彦は短く息を吐き出した。「意地の悪い中年男は嫌われると千尋が言ってたぞ」「どのあたりが意地悪なんだ」「……そういうところ」 隣に賢吾が立ち、和彦の肩に羽織をかけてくる。雨が近いのか、今夜は風が生ぬるくて暖かいぐらいなのだが、厚意はありがたく受け取っておく。「秋慈はまだ何か隠しているぞ。伊勢崎組……というより、伊勢崎龍造に関して」「気づいてて、聞かなかったのか?」「聞いたが、まだ探っている最中だと、すげなくあしらわれた。大事な一人息子を骨抜きにした相手が気になって、とんでもない行動に出るなんて、どこぞの誰かとよく似てるじゃない

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    「そういう心配するの、和彦ぐらいだよ、きっと。うちなんて厄介事の巣窟みたいなところなのに」「お前……、実家だろ。そういう言い方……」「実家だからよくわかるんだって。だから、和彦が心配しなくていいよ。多少のことなら、ここにいる大蛇がぱくっと呑み込むから」 もっとも、と賢吾が言葉を引き継ぎ、両目に剣呑とした光を宿す。「それらしい理由をつけて、お前が俺たちから距離を置きたいというなら、話は別だがな」「……だったら最初から、戻ってこない」 和彦がじっと見つめ返すと、賢吾はすぐに降参した。「悪かったな。お前がいじらしいから、つい意地悪を言っちまったな」「意地が悪い中年男は嫌われるからな」 千尋の発言に対して、賢吾は澄まし顔でグラスに口をつける。 家族会議と言いながら、こんなことを話していていいのだろうかと疑問に感じたところで、賢吾がふいにタブレット端末を取り上げ操作してから、和彦に差し出してきた。「秋慈が送ってきた画像データだ。お前も見たほうが手っ取り早い」 意外な名が出て和彦は目を丸くする。御堂秋慈の灰色がかった髪と秀麗な顔立ちが鮮明に脳裏に浮かび上がった。 最後に御堂と会ったのは昨年末の総和会の本部だったが、知らず知らずのうちに顔が熱くなってくる。御堂は元オンナとして、傷ついて脆くなっていた和彦を抱き締めて、慰めてくれたのだ。そのとき一度だけ唇を重ねた。二人だけの秘密で、賢吾にも言ってはいけないという御堂の忠告を、和彦はしっかりと守っていた。「あいつも食えない奴だからな。クラゲのような細くて長い毒を持つ触手を、いろんなところに伸ばしている。これぞという餌や敵に刺して毒を流し込むんだ。俺は一応身内だと判定されているようだから今は平気だが、そうじゃない相手には――。あいつが優しいのは、オンナに対してだけだろうな」 そう言う賢吾の口ぶりと眼差しから、薄々とながら和彦と御堂の間に何かあったことを察しているようではあるが、嫉妬や怒りといったものを感じない。賢吾にとっても御堂は、大蛇が牙を向けない身内に含まれているよう

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  • 血と束縛と   第47話(41)

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