LOGIN内奥に指を浅く挿入され、和彦は上擦った声を洩らす。
「早く答えないと、このままのぼせるだけだぞ。時間がもったいないだろ。楽しめるときに、楽しんでおかないと」「……自惚れるな……」「俺は、お前が欲しい」 強い眼差しで見据えてきながら、鷹津が言う。和彦は目を丸くして、つい鷹津の頬にてのひらを押し当てた。相変わらず嫌な男だと思う一方で、今夜の鷹津は――甘い。 思い当たる節がある和彦は、単刀直入に問いかけた。「ぼくが弱っているから、気遣っているのか?」「いいや。たまには趣きを変えてみようと思っただけだ。――今夜は、お前を甘やかしてやる。恋人同士みたいに愛し合おうぜ」 和彦は返事をせず、オールバックが崩れてしまった鷹津の髪をなんとなく撫でる。鷹津はその手を取り、てのひらに唇を押し当ててきた。 決意というほど大層なものではなく、和彦は鷹津の提案を受け入れることにした。今夜はもう、考えることにすら、疲れていた。何より、鷹津の甘さが魅聞こえよがしにぼやくと、肩に賢吾の手がかかってドキリとする。そのまま抱き寄せられるのではないかと身構えたが、軽くポンポンと叩かれただけで、すぐに手は離れた。さすがに、周囲に人がいる状況で、賢吾もそこまで大胆ではなかったようだ。 自分だけが動揺させられたようで悔しくて、恨みがましい視線を向ける。一方の賢吾も、意味ありげな流し目を寄越してきた。「――そんな顔をするぐらい、俺のことが聞きたいなら、失敗した結婚の話をしてやろうか? 聞いて気持ちのいいものじゃないぞ。俺の人生において数少ない修羅場の一つだ」「絶対、ウソだ」「何がウソだ」「あんたみたいな男が、モテないはずがないだろう。それこそ、修羅場なんていくらでもあるはずだ。……いちいち覚えられていられないぐらい」「……先生が言うと重みがあるな」 賢吾のとぼけた口ぶりに、なんと返そうかと考えているうちに、再び肩に手がかかり、ぐいっと引き寄せられた。半ば強引に方向転換させられて立ち止まったのは、グッズが売っているショップの前だった。 ショップの前に置かれたワゴン台には、大小の可愛い馬のぬいぐるみや、こまごまとしたグッズが積まれており、子供たちが歓声を上げて眺めている。「千尋に、キーホルダーの一つでも土産で買って帰ってやるか……」 賢吾の呟きを耳にして、和彦は顔をしかめる。「嫌がらせになるんじゃないか、それは」「先生には、でかい馬のぬいぐるみを買ってやろう」「嫌がらせだなっ」 楽しそうに笑った賢吾だが、ふいに何か思案するようにあごに手をやり、まじまじとワゴン台を眺める。和彦は、そんな賢吾の横顔を眺める。 ふっと我に返ったようにこちらを見た賢吾に促され、競馬場をあとにする。 次にどこに向かうのか、現場に到着するまで一切知らされない和彦は、車に乗り込むと、黙ってシートを倒す。歩き回っているうちに気にならなくなっていたのだが、一息ついた途端、筋肉痛であることを思い出した。 カーナビを操作していた賢吾が、そんな和彦をちらりと見て口元を綻ばせる。
賢吾のことなので、とんでもない場所に連れて行かれるのではないかと少しだけ心配をしていたのだが、いい意味で予想は裏切られた。 駐車場に入ったときから、おやっ、と思ってはいたのだが、噴水の上がる広場を通り抜けて、ある建物に入ったところで、静かな驚きが和彦の中に広がる。賢吾がチケットを買う間、掲示されたポスターをまじまじと眺めていた。「なんだ、ヤクザの組長とのデートで、まっさきに違法賭博場にでも連れて行かれるとでも思ったか?」 チケットを差し出しながら賢吾に意地の悪い口調で言われ、思わず和彦は苦笑を洩らす。「連れて行ってくれるのなら、どこだってついて行くつもりだったけど、ここは……、少し意外だった」 和彦はもう一度、展示されているポスターに視線を投げかける。 賢吾に連れて来られたのは、美術館だった。現在は、海外の有名美術館のコレクションを展示中らしく、ポスターを見る限り、美術に疎い和彦ですら知っている名品や名画もあるようだ。 どうりで客が多いはずだと、展示室へと移動しながらさりげなく周囲を見回す。「――若い頃、俺なりにささやかな夢があったんだ」 いつもよりさらに柔らかな賢吾の声音に、今日は特別なのだなと改めて実感させられる。護衛もついていないため、長嶺組組長という体面を取り繕う必要がないのだろう。「美術品を扱う仕事がしてみたいってな。海外の美術館に実際に足を運んで、目を肥やしたいとか考えてた。まあ、自分でもわかっていた、叶うことのない夢だ。組を継ぐ未来しかないとわかっていたし、海外に出ることもままならない身だしな。青臭い夢に未練はないが、たまにこうやって、美術館に足を運ぶんだ。護衛は外で待たせて」「なら、いつもは一人で?」「今日は二人だ」「……初めて知った。あんたにそういう一面があるなんて。部屋に、美術書の一冊も置いてないだろ」「自分の頭に留めておくだけでいい。あくまで、気分転換だしな」 展示室に入ると、場の空気に圧倒された和彦は大きく息を吐き出す。美術館を訪れるなど、高校生のとき以来なのだ。浮き足立ってしまいそうになるが、さりげな
賢吾に手招きされてテーブルに戻ると、肩を落として再びテーブルにつく。和彦は箸を手に取る前に、呻き声を洩らして頭を抱えていた。 誕生日ということで、もう一人の長嶺の男の存在を思い出したのだ。正確には、誕生日を。「……千尋は、先月だった」 申し訳ないが、すっかり頭から抜け落ちていた。賢吾は低く笑い声を洩らす。「それどころじゃなかったからな、先生は。千尋もそれがわかっていたから黙っていたんだ」「で、あんたはどうして急に、誕生日なんて言い出したんだ?」 気を取り直して和彦は顔を上げる。「本当のところ、理由はなんでもいい。二人きりで過ごせるなら。誕生日なら、理由としては打ってつけだ。……今年、先生の誕生日のために、男たちがあれこれ手を尽くしていただろう。お返しというわけじゃねーが、俺も祝ってもらいたくなった。この歳だと、どうせ誰も気にかけてくれないしな」「だから自分でアピールか。……祝う気持ちはあるが、急すぎる。プレゼントも用意できない」 いらねーよと、素っ気なく賢吾が答える。このとき一瞬だけ浮かべた照れ臭そうな表情を目の当たりにして、和彦の鼓動は大きく跳ねた。「明日まで、俺につき合ってくれりゃいい。――どうだ?」 誕生日だと聞かされて、行かないという選択肢は完全になくなった。 じわじわと顔が熱くなっていくのを感じながら、仕方ないという表情を取り繕って和彦は頷いた。** いつもと勝手が違うと、助手席に座った和彦はぎこちなく隣を見る。とてつもなく違和感があるが、ハンドルを握っているのは賢吾だった。 シートにもたれかかろうとして、どうしても背後が気になって振り返る。さきほどから何度となく、見覚えのある車がついてきていないか確認していた。「そんなに、護衛がついてないのが気になるか」 揶揄するように賢吾に指摘され、慌ててシートに座り直して和彦は頷く。マンションの駐車場で、賢吾が運転席側に回り込んだときも驚いたが、今日は護衛をつけていないとさらりと告げられた驚きは、それ以
とりあえず賢吾にもコーヒーを淹れてやってから、和彦はやっとテーブルにつく。パンにバターを塗りつつ、疑問を口にした。「で、朝から何をしに来たんだ。……オシャレして」「オシャレか?」 賢吾が露骨に目を輝かせる。やはり、機嫌はいいようだ。「いいものをラフに着こなして、いかにも、金を持っている悪い中年男みたいだ。ヤクザの組長には見えない」「それは好都合」 パンをかじる和彦を、ニヤニヤしながら賢吾が見守っている。仕方なくこちらから水を向けた。「……これから出かけるのか? だったら、早く行ったらどうだ。ぼくは元気だ――けど、昨日はジムでがんばりすぎたから、筋肉痛で全身が痛い。だから、部屋でゆっくり、したい……」「早く食えよ、先生。これから一緒に出かけるんだから」「人の話を少しは聞けっ」「聞いたうえで、言ったんだ」 いっそ清々しいほどきっぱり言われ、和彦は口ごもる。それをいいことに賢吾は滔々と続ける。「今日は天気がいいから、外出日和だ。寒いのは仕方がねーな。しっかり着込んでおけよ、先生。今日はあちこち移動するつもりだから。それと、泊まりになるが、着替えはどうしても必要になったら買えばいいから、何も持っていかなくていい。――楽しい休日になるぞ」 どうして今日、この男はこんなにも機嫌がいいのかと、和彦はそろそろ空恐ろしさすら感じ始める。「ついこの間、紅葉を見に行っただろう……。ぼくもたまには、ゆっくりと一人の休日を過ごしたいんだが」「今日は、俺と先生の二人きりだ。二人で、ゆっくりできる」 人の話を聞けという再びの抗議は、口中で空しく消える。 薄い笑みを浮かべたまま、大蛇の潜む賢吾の目は、ひたと和彦を見据えてくる。望み通りの返事を引き出すまで、この視線は逸らさないと言わんばかりに。 こうなると、和彦に逆らう術はない。長嶺の男の強引さは今に始まったわけではなく、いつものことだと言われればそうなのだが、やはり気になるのは賢吾の機嫌のよさなのだ。 目
**** クリニックが休みの土曜日、いつもより一時間ほど遅い時間に起きた和彦は、パジャマの上からカーディガンを羽織った姿でキッチンに立っていた。 コーヒーを淹れ、パンを焼くついでに、目玉焼きぐらい作ろうかと、冷蔵庫を開ける。ハムかベーコンでも残っていればと思ったが、どうやら甘かったようだ。せっかくなので、あとで食料を買いに出ることにした。「今日は一人で、ゆっくり過ごすからな……」 誰かに聞かせるわけでもないが、本日の目標めいたものを口にする。 たまには、自分のペースで過ごせる休日があってもいいだろうと、いつになく強く願うのは、ここ最近の慌ただしさのせいだ。他人に振り回されるのは、今の環境にあっては仕方ないと半ば許容している和彦だが、中には不本意なことがある。 現実逃避だとしても、一日、二日ぐらい、気が滅入るような悩み事を頭から追い払いたくもなるのだ。 温めたフライパンに卵を落とし入れ、皿などを準備していると、玄関のほうから物音がする。耳を澄まし、落ち着いた足音が近づいてくるのを確認して、誰だろうと考えるまでもなかった。「――いい匂いがしているな、先生」 皮肉なのか本気なのか、忌々しいほど魅力的なバリトンによる開口一番の言葉に、和彦は背を向けたまま応じる。「パンを焼いて、目玉焼きを作っているだけで、大げさな」「残念だ。俺は朝メシは食ってきた」「……誰も、あんたの分もあるとは言ってないだろう……」 和彦は呆れながら振り返り、すぐに目を丸くする。スーツ姿だとばかり思っていた賢吾が、濃いグレーのタートルネックを着ており、その上からラフにチェスターコートを羽織っているのだ。革手袋をスマートに外す姿に、悔しいが少しだけ見惚れてしまった。 すっかり、肩書き込みで長嶺賢吾という男を見てしまうことが自然になっていたが、何もなくても、そこに立っているだけで、極上の男なのだと思い知らされる。とんでもない状況で初めて賢吾と出会ったときも、外見と雰囲気に自分が圧倒されたことを和彦は思い出
ウェイトを調節して、今度こそまじめにバーを上げ下ろししながら、ほんの三日前に小野寺が言っていたことがふっと脳裏に蘇る。中嶋は、和彦のために隊に呼ばれたと言っていた。額面通りに受け止めるなら、和彦と親しいからこそ、世話役として相応しいと判断されたのだろう。 組預かりという立場から、第二遊撃隊へと〈出世〉した中嶋の姿を、和彦は間近で見ている。本人が直接報告してくれたぐらいだ。中嶋は、そのあたりの事情を理解したうえで第二遊撃隊に入ったのか、気にならないわけではない。見た目はハンサムな普通の青年である中嶋だが、中身はけっこう計算高く、何より出世欲が強い。 和彦の機嫌取りのために自分が必要とされたことは、むしろ目論見通りだったのかもしれない。どんな事情であれ足がかりにして、さらに上を目指す逞しさと、頭のよさが中嶋にはある。和彦も、自分がある程度利用されるのは気にならない。 ただ、南郷という男を知るにつれ、その南郷の隊に中嶋がいるということが、どうしても気にかかる。自分のせいで、妙な立場に追い込まれなければいいがと願うのだ。 中嶋は、和彦をトラブルに巻き込んだと言ったが、それは和彦も同じで、お互い様といえる。 考え事をしながらもバーを動かす和彦とは対照的に、中嶋は集中力が途切れたのか、バーに手をかけたまま動かない。「なんだ、ぼくより先にバテたのか?」「……総和会の中で、長嶺会長の側近でもある南郷さんは、敵は多いですが、表立って意見できる人はそういないんですよ。ただこの頃は、少し様子が変わってきました。南郷さんが……というより、第二遊撃隊自体が牽制されるようになったんです」「どういうことだ?」「ここ数年、総和会の遊撃隊として実働できたのは、第二遊撃隊のみだったのに、対抗勢力が出てきたということです」 なんとも湾曲な表現をした中嶋だが、それでも和彦には十分伝わった。あっ、と声を洩らし、バーから手を離す。「――第一遊撃隊のことか」「そんなに困っているなら、そこの隊長である御堂さんに相談されたらどうです。先生、御堂さんとも親しいんですよね」「親しいというか、よくしてもら
外から男二人のにぎやかな話し声が聞こえてくる状況で、求められるまま、やむをえず舌を絡め合い、唾液を交わす。引き出された舌を痛いほど吸われると、たまらず和彦は鷹津の肩にすがりついていた。 ますます鷹津の腕の力が強くなり、和彦の中で奇妙な変化が起こっていた。鷹津のことがどうしようもなく嫌いで、嫌悪しているのに、そんな男にねじ伏せられるように口づけを交わしていると、高揚感に襲われ、体の奥深くから強引に官能を引き出される。 官能に形を借りた、サソリの毒かもしれないと、ふとそんな考えが脳裏を過る。鷹津の毒を注入され、体も心も侵されていくのだ。 思わず身じろごう
さすがの賢吾も、和彦の心を煩わせるものすべてを見通すことは不可能らしい。「……最初にぼくを狙って、あんなことをした人間が、どんな顔をして、そんなことを言うんだ」「俺はいい。俺は、許されるんだ」 さすがに図々しい発言だと思って和彦が顔を上げると、待っていたようなタイミングで唇を軽く吸われた。「先生を狙って自分のものにして――見事に、骨抜きにされたんだ。そんな哀れなヤクザを、愛情深い先生なら、たっぷり甘やかしてくれるだろ?」 本当に図々しいと思いながらも、和彦はつい笑みをこぼしてしまう。 自
「不愉快どころか、やけに楽しそうでしたよ、秦さん。いい店を先生に紹介しないと、と張り切ってもいましたし」「ならいいんだ。あの人、職業柄なのか知らないけど、よく気をつかってくれるから。ぼくみたいな人間につき合って、迷惑をかけても悪いしな」 和彦が、長嶺父子のオンナであることは、すでに知られている事実だ。いまさら千尋と甘い会話とキスを交わしていたからといって、他人に喜んで報告するような悪趣味なまねを、秦がする必要もない。 和彦が心配していたのは、そんなことではなく、純粋に今言った通りのことだった。 大きく息を吐き出しながら、中島がマシンをゆっく
「――先生」 呼ばれて、おずおずと振り返ると、そこに真剣な賢吾の顔がある。何か言われたわけでもないのに、和彦は小さく喘いでから賢吾の唇にそっと自分の唇を重ねた。すると、賢吾のもう片方の手に、和彦の柔らかな膨らみは包み込まれる。 「ひっ、あぁっ」 泡で滑る手に柔らかく揉みしだかれ、たまらず和彦は、ビクッ、ビクッと腰を震わせ、背をしならせる。下肢が、甘く溶けてしまいそうだった。 「あとでたっぷり、ここを揉んで悦ばせてやる。最近、弄られるのがよくなってきたみたいだからな。今は、洗うだけだ」 賢吾の的確に動く指は貪欲に、和彦の官能を刺激する