Masuk盆休みに入ってから、実質的に体を休められたのは何日だっただろうかと、ぐったりとシートに体を預けた和彦はそんなことを考える。指を折って数えるまでもなかった。
本来であれば、今日いっぱいは三田村とゆっくり過ごせるはずだったのに、長嶺組を通して総和会から仕事の依頼が入り、朝から出かけることとなった。連れて行かれた先で待っていたのは、顔を変える必要があるという患者だ。 命に関わる怪我でないのなら、今日でなくてもいいのではないかと、頭の片隅でちらりと思わなくもなかったが、重要な行事を終えてしまった総和会にとっては、盆休み中で美容外科医の体が空いているという程度の認識なのかもしれない。そして和彦は、指名されたら出向くしかないのだ。 今日はせめて、夕食だけでも三田村と一緒にとりたいと考えていたのだが、半日がかりの施術を終えたところで、仕事に戻るという三田村からのメールを確認した。今、車は長嶺の本宅に向かっている最中だ。 このまま本宅に泊まることになるか、総和会本部に送り届けられるのか、和彦にはわからない。自宅マンションでのんびり過ごしたいと控え中嶋の手が欲望に伸び、ローションを塗り込めるように扱かれる。和彦は新鮮な感触にビクビクと震わせ、そんな和彦に興奮を覚えたのか、中嶋に唇を求められる。促されたわけではないが、和彦もおずおずと中嶋の欲望に触れ、自分がされているように扱く。 ふざけ合いの延長のような前戯に小道具が加わり、和彦の戸惑いは中嶋によって巧みに溶かされていく。貪り合うような激しいセックスとは違う気楽さは、和彦が現在置かれている息も詰まるような緊張感から解放してくれてもいるようだった。 元ホストだけあって、こういう手管にも長けているのだろうかと考えたりもしていたが、すぐにそんな余裕はなくなる。 中嶋の手がさらに奥へと伸び、内奥の入り口をまさぐられた。和彦が微かに声を洩らすと、中嶋はうっすらと笑みを浮かべてから、再びてのひらにたっぷりのローションを垂らし、和彦の両足の間をまさぐってくる。中嶋の指の動きに呼応するように、淫靡な音が一際大きく響く。 内奥に一本の指がヌルッと挿入されてくる。ローションのおかげでほとんど痛みはなく、馴染みのあるはずの異物感も驚くほどすんなりと体に馴染む。 二本、三本と指を増やされていくに従い、自分の息遣いが妖しさを帯びてきたことに、和彦は気づいていた。反り返った欲望の先端からは透明なしずくが滴り落ち、中嶋が指先で掬い取りながら問いかけてくる。「先生、どっちが先がいいですか?」 その問いの意味を理解し、和彦はうろたえる。「……君に、任せる」「言ったでしょう。傷ついた先生のプライドを癒す手伝いをすると。そのためには、先生がまず選ばないと。自分がどうしたいのか」 本当はプライドなどと大した話ではないのだ。ただ和彦は、南郷に嘲りを含んだ言動を取られるのが、たまらなく嫌なのだ。オンナなのだから、男に庇護される代わりに、男からのどんな嘲りも受け入れろと、言外に示されているようで。 物騒な世界に引き入れられる以前、和彦にとって男と体を重ねることに、建前や価値など見出す必要はなかった。そうしたいから、しているだけで、それで心も体も満たされていた。誰にも迷惑をかけないのだから、誰も立ち入るなと、心の中で密やかに主張しながら。
「――先日の法要のあと、噂というほど下世話なものではないのですが、それとなく情報が流れてきたんです。先生が、長嶺の三世代の男たちと〈盃〉を交わしたと」 話しながら中嶋の手が、和彦の胸元へと這わされる。「俺はてっきり、先生が文字通り盃をもらったんだと思ったんですが、翌日の様子を見て、事情を察しましたよ。ああ、この人は、三人の男たちに抱かれたんだって……。あの宿にいた誰もが俺のように、〈盃〉の意味を理解したはずです。先生は特別なオンナであると、周知させたかったんでしょうね。先生の立場上、堂々と文書を回すことができないので、あくまで伝聞として」「特別なオンナ、か……。大層な響きだ」 自虐的に和彦が洩らすと、再び中嶋が唇を重ねてくる。「投げ遣りな態度は、先生に似合いませんよ」 口づけの合間に中嶋に囁かれ、和彦はのろのろと両腕を動かす。ラグの上で中嶋と抱き合いながら、互いの体をまさぐる。中嶋にシャツのボタンを外されながら、和彦は、中嶋が着ているTシャツをたくし上げ、熱を帯びた肌に触れる。 シャツの前を開いた中嶋がうっとりした様子で目を細め、和彦の胸元をてのひらで撫でてきた。「総和会会長のオンナの体に、俺は触れているんですね。――先生の体は厄介だ。こうしていると、まるで自分が力を得たような錯覚に陥りますよ」「……君もすっかり、総和会という組織に染まってきたな」「というより、先生という人に、染まってきたのかもしれません」 Tシャツを脱ぎ捨てた中嶋が覆い被さってきて、素肌同士が重なる。すでにもう条件反射になっているのか、和彦の中で、男としての本能がゾロリと蠢く。一方の中嶋も、今夜は〈女〉を感じさせない。野心家として、和彦に刺激されるものがあるのかもしれない。中嶋はあくまで、男のままだった。「――俺は先生の遊び相手なんです。小難しい理屈は置いて、思いつくままに享楽に耽りましょう。この間の連休のときとは違って、今夜は三田村さんはいませんが」 和彦は、中嶋の滑らかな背を両てのひらで撫でながら、掠れた声で呟いた。「そのほうが、いい&he
南郷の名が出た途端、意識しないまま眉をひそめる。中嶋は、和彦のささやかな変化を見逃さなかった。 蓋を閉めたペットボトルをラグの上に転がしてから、声を潜めてこんな質問をしてきた。「――先生は、南郷さんと寝ているんですか?」 思考力が少し鈍くなっている中でも、こう問われたことは衝撃的だった。和彦は嫌悪感を隠そうともせず、即座に否定する。「寝てないっ」 慌てた様子で中嶋は頭を下げてきたが、それがかえって和彦の自己嫌悪を刺激する。力なく首を横に振り、言葉を続けた。「宿であんな場面を見たら、そう考えられても仕方ないか。それに、南郷さんとはなんでもないと、正直言い切れない……。あの人はなんというか――、ぼくを辱めることを楽しんでいる印象だ」「先生……」 中嶋の手が気遣うように肩にかかるが、かまわず和彦は続ける。「さんざん男と寝ていて、何を言っていると思うかもしれないが、あの人は、ぼくのプライドを傷つけてくる。佐伯和彦という人間じゃなく、長嶺の男たちのオンナに、おもしろ半分で興味があるんだ。触れられると、それがよくわかる。だからぼくは、南郷さんが苦手……、嫌いなんだ」「先生、もういいですから。すみません。デリカシーのないことを聞いてしまって」 中嶋に優しい手つきで頬を撫でられ、髪を梳かれる。心地よさにそっと目を細めた和彦だが、ふとあることが気になる。「……ぼくが今言ったこと、南郷さんに言うんじゃ――」「やっぱり心配性ですね。言いませんよ。なんでも南郷さんに報告していたら、先生の遊び相手にはなれません。俺は、先生の味方です」「最後の台詞、秦がにっこり笑いながら言いそうだ」「あの人も、先生には甘いですから。――みんな、先生が大好きだ」 冗談っぽく中嶋に言われ、和彦は微妙な笑みを浮かべる。複数の男たちと体の関係を持っている自分のことを、自虐的に考えていた。「聞きようによっては、痛烈な皮肉だな……」「とんでもない。本当にそう思って
「なんだか先生、すっかり心配性になりましたね。俺のことは心配しなくても大丈夫ですよ。少なくとも先生のせいで、俺の立場が悪くなることはありませんから」「……感覚がよく掴めないんだ。ぼくの言動が、周囲にどういう影響を与えるか。長嶺組とだけ関わっているときは、まだ平気だったんだ。だけど……」「総和会――というより、長嶺会長と関わると、自分の存在の大きさがわからなくなりますか」「実体や実力以上の影響力を得たようで、怖くなる。ぼくにその気がなくても、誰かを傷つけるかもしれない」 エレベーターが最上階に到着し、先に降りた中嶋が慎重に辺りをうかがってから、こちらに向かって頷く。 秦の部屋は、前回訪れたときからあまり様子は変わっていないように見えた。秦自身が、仕事で出張の多い生活を送っているせいもあるだろうが、中嶋が主に代わってきちんと管理しているのかもしれない。「きれいなままだな」「隣の部屋は覗かないでくださいね。秦さんが、雑貨の商品サンプルを溜め込んでいるんで」 和彦は思わず噴き出してしまう。「すっかり雑貨屋の経営者だな」「こまごまとした商品を扱うと手間がかかると、よくぼやいていますよ。でも、利益はけっこう出しているようです。――どんな雑貨を扱っているんだか」 中嶋から意味ありげな流し目を向けられ、和彦は苦笑で返す。「ぼくは何も知らないからな。秘密主義の男たちが顔寄せ合って相談したんだろうから、探ろうという気にもならない」「先生、隠し事に向かないタイプですから、それでいいかもしれませんね」 いろいろと身に覚えがある和彦は、あえて返事は避けておく。 中嶋を手伝い、買ってきたものをさっそく温め直したり、皿に盛り付けたりして、ラグの上に並べていく。 ハンバーガーにかぶりつく和彦を、中嶋はいくぶん呆れた様子で眺めながら、フライドポテトを口に放り込む。「こういうもので喜んでくれるなら、俺に言ってくれれば、いつでも買ってきて、配達しますよ」「……会長の部屋で、ハンバーガーの匂いをプンプンさ
恨みがましいことを洩らすと、宿での出来事を思い出したのか、中嶋は軽く眉をひそめた。「俺たちは、遊撃隊と名がついているだけあって、本来は自由に動いて、状況に応じて必要な任務にあたるのが役目です。会長には専従の護衛もいますから、そもそも南郷さんが常に会長についている必要もなかったはず。だから本当の目的は別にあったんじゃないかと言われています」「別?」「総和会の中での、南郷さんの存在をアピールするため、と。今の隊に入って、よくわかりますよ。会長は、南郷さんを特別扱いしています。お気に入りという表現では足りないぐらい。先生には申し訳ないですが、宿での、お二人のやり取りを見て、俺は実感しましたよ。会長にとって南郷さんは、本当に特別なんだと。あの南郷さんが、なんの考えもなく、先生にあんなことをするはずがありません」 中嶋の言う通りだった。南郷は、守光から何かしらの許可を得たうえで、和彦に意図を持って触れているのだ。先日の二人がかりでの仕置きは、ある意味答えになっていると言えた。 守光は、南郷と和彦を共有することさえ厭わないのではないか――。 直視を避けていた可能性が、ふとした瞬間に眼前に突きつけられ、ゾッとする。当然こんな恐ろしいことを守光に確認はできなかった。「先生、大丈夫ですか?」 よほど顔が強張っていたのか、信号待ちで車が停まると、中嶋に顔を覗き込まれる。和彦は緩慢な動作で中嶋を見やり、いまさらなことを尋ねた。「宿の件でのことで、南郷さんから何か言われなかったか? 君は事故に出くわしたようなものなのに、もし立場が悪くなったりしたら申し訳ない……」「先生が心配するようなことはありませんよ。少なくとも俺は、こうして先生の遊び相手として呼ばれているわけですから。まあ、先生のご機嫌のために俺は必要と思われているんでしょう」「……だとしたら、ぼくがわがままだと思われるのは、少しは利点があるということか」 苦々しく呟いた和彦は、もう一度背後を振り返る。やはり、それらしい車を見つけることはできなかった。「護衛がついてきているんだとしたら、店の中までついてくるんだろうな&
**** ひたすら慌しかった盆休みが終わり、和彦にとっての日常が訪れた。 クリニックに出勤しているほうが人心地つけるというのも妙な話だが、盆休みの間、長嶺組や総和会の事情に振り回され、極道の空気というものを堪能した身としては、スタッフや患者たちに囲まれていると、身に溜まった〈毒〉が薄まっていく気がするのだ。「毒、か――……」 遠慮ない表現が自分でおかしくて、車の後部座席で笑いを噛み殺す。だがすぐに、あることを思い出し、今度は苦虫を噛み潰したような顔となってしまう。 自分の中に何度となく注ぎ込まれている毒が、ドロリと蠢いたようだった。守光は〈血〉だと言ったが、きっと毒気を帯びている。 こんなことを考えて暗澹たる気分になるのは、きっと気分転換をしていないせいだ。宿に泊まり、海で泳いだではないかと言われるかもしれないが、それでも気は抜けなかったのだ。身近に守光や賢吾がいるということは、心強い反面、息苦しさもある。 これはわがままなのだろうかと思ったが、すぐに、これぐらいのわがままは許されてもいいではないかと、心の中で強弁する。 とにかく、息抜きがしたかった。 そう結論を出した和彦は、ふっと息を吐き出す。機微に聡い守光と向き合って夕食をとるのは、こういう心理状態のときには負担になる。心の奥底までさらわれているような気になるのだ。 本部に帰宅した和彦は、出迎えてくれた吾川から思いがけないことを聞かされた。「会長は今晩は、戻られないんですか……?」「予定より会合が長引いたということで、現地で一泊されることにしたそうです。相手方は、長嶺会長とも旧知の仲で信頼のおける方ですし、何より、日が落ちてからの移動は、やむをえない事情以外では避けたいものです」「……そうですか」 車中で考えたこともあり、和彦の表情はつい複雑なものになる。「本日は、佐伯先生に合わせて夕食もご用意させていただきますので、何か要望がございましたら――」「だったら今晩は、外で食事を済ませた
「――冗談じゃない」 答えたのは鷹津だ。それはこっちの台詞だと、心の中で呟いてから和彦は、端的に説明する。「この男は、刑事だ。しかも君らの天敵ともいえる、暴力団担当係」 さすがの中嶋も驚いたらしく、目を見開いて、和彦と鷹津を交互に見る。もっとも、切れ者ヤクザらしく、即座に澄ました顔で鷹津に一礼した。「先生は、変わったお知り合いがいますね」「……つきまとわれているんだ。長嶺組長も把握している。なんなら、総和会にも報告していいが」 中嶋はちらりと笑みを浮かべ、今度は和彦に一礼すると、ウェートレ
「俺を潰したいからなんて理由で、こいつに近づくなよ。大事な大事な、俺たちのオンナだ。お前みたいな下衆が近づいていいような、安い人間じゃない」「蛇みたいな男が、薄ら寒くなるようなことを言うな。……お前は、弱みを晒すような男じゃねーだろ。それとも、弱みを隠し切れないほど、そいつに骨抜きにされたか? 俺を失望させるようなことを言うなよ、クズどもの親玉ともあろう男が」「しばらく辛酸を舐めたようだが、相変わらず口汚いな、鷹津。そんなんじゃ、誰にも好かれんだろ。それこそ、女だろうが、男だろうが――」 急に賢吾の腕が肩に回され、抱き寄せら
そう言いながら鷹津が指を動かし、内奥を掻き回してきたかと思うと、襞と粘膜の感触を楽しむようにじっくりと撫で上げてくる。意識しないまま和彦の息遣いは妖しさを帯び、誘われたように鷹津が顔を寄せ、傲慢に命じてくる。「舌を出せ。吸ってやる」 この状態にあっても、鷹津の命令に従うのが嫌だった。和彦は唇を引き結んで顔を背けたが、鷹津は何も言わず内奥から指を抜き、体を起こした。ベルトの金属音とファスナーを下ろす音が聞こえて和彦は身を強張らせる。その間に両足を抱え上げられ、わずかに綻んだ内奥の入り口に〈何か〉が押し当てられた。「まあ、いい。長嶺のオンナを抱いたという
鷹津を煽る言葉が、和彦の欲情を煽る。カッと体が熱くなり、触れられないまま紅潮する肌を、ワイシャツのボタンをすべて外し終えた賢吾が確認する。満足したように目を細めた賢吾が、優しい声で唆してきた。「さあ、先生、この下衆な男に見せてやれ。自分がどれだけ、長嶺組の組長を骨抜きにして、惑わせているか」 賢吾の熱い手にいきなり和彦のものは握り締められて、容赦なく扱かれる。呻き声を洩らした和彦は、咄嗟にソファの端を掴んだ。 片手が胸元に這わされ、すでに興奮のため硬く凝った胸の突起をてのひらで転がされる。片足を押し上げるようにして覆い被さってきた賢吾にベロリと舐めら