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第34話(2)

Author: 北川とも
last update publish date: 2026-06-06 20:00:38

 部屋に入ると、鷹津の話はここまでだと言いたげに、賢吾に髪を撫でられる。こうして触れられるのは、長嶺の男三人を受け入れた夜以来だった。いつもと変わらない手の感触だが、ひどく意識してしまい、頬が熱くなってくる。

「今日までゆっくり過ごせたか?」

「まあ……。ぼくは、ひたすらゴロゴロしていたけど、世話を焼く三田村は大変だったと思う」

「あいつは、そんなことを苦に感じたりしないだろ。先生の側にいられりゃ、それでいいんだ。――その一方で、俺や千尋はほったらかしになっていたんだが」

 冗談交じりの当て擦りに、和彦はじろりと賢吾を睨む。

「あんたたちと離れられて、正直、助かったと思ったんだからな。あんなことをして……、体はきつかったし、精神的に動揺していたし。側にいてくれたのが、三田村でよかった」

「そこまで言われると、妬ける」

 魅力的なバリトンを際立たせる囁きに、和彦は一気に身構え、顔を強張らせる。賢吾の本質が大蛇だと知っているだけに、不吉な考えが脳裏を過っていた
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  • 血と束縛と   第34話(13)

     南郷の名が出た途端、意識しないまま眉をひそめる。中嶋は、和彦のささやかな変化を見逃さなかった。 蓋を閉めたペットボトルをラグの上に転がしてから、声を潜めてこんな質問をしてきた。「――先生は、南郷さんと寝ているんですか?」 思考力が少し鈍くなっている中でも、こう問われたことは衝撃的だった。和彦は嫌悪感を隠そうともせず、即座に否定する。「寝てないっ」 慌てた様子で中嶋は頭を下げてきたが、それがかえって和彦の自己嫌悪を刺激する。力なく首を横に振り、言葉を続けた。「宿であんな場面を見たら、そう考えられても仕方ないか。それに、南郷さんとはなんでもないと、正直言い切れない……。あの人はなんというか――、ぼくを辱めることを楽しんでいる印象だ」「先生……」 中嶋の手が気遣うように肩にかかるが、かまわず和彦は続ける。「さんざん男と寝ていて、何を言っていると思うかもしれないが、あの人は、ぼくのプライドを傷つけてくる。佐伯和彦という人間じゃなく、長嶺の男たちのオンナに、おもしろ半分で興味があるんだ。触れられると、それがよくわかる。だからぼくは、南郷さんが苦手……、嫌いなんだ」「先生、もういいですから。すみません。デリカシーのないことを聞いてしまって」 中嶋に優しい手つきで頬を撫でられ、髪を梳かれる。心地よさにそっと目を細めた和彦だが、ふとあることが気になる。「……ぼくが今言ったこと、南郷さんに言うんじゃ――」「やっぱり心配性ですね。言いませんよ。なんでも南郷さんに報告していたら、先生の遊び相手にはなれません。俺は、先生の味方です」「最後の台詞、秦がにっこり笑いながら言いそうだ」「あの人も、先生には甘いですから。――みんな、先生が大好きだ」 冗談っぽく中嶋に言われ、和彦は微妙な笑みを浮かべる。複数の男たちと体の関係を持っている自分のことを、自虐的に考えていた。「聞きようによっては、痛烈な皮肉だな……」「とんでもない。本当にそう思って

  • 血と束縛と   第34話(12)

    「なんだか先生、すっかり心配性になりましたね。俺のことは心配しなくても大丈夫ですよ。少なくとも先生のせいで、俺の立場が悪くなることはありませんから」「……感覚がよく掴めないんだ。ぼくの言動が、周囲にどういう影響を与えるか。長嶺組とだけ関わっているときは、まだ平気だったんだ。だけど……」「総和会――というより、長嶺会長と関わると、自分の存在の大きさがわからなくなりますか」「実体や実力以上の影響力を得たようで、怖くなる。ぼくにその気がなくても、誰かを傷つけるかもしれない」 エレベーターが最上階に到着し、先に降りた中嶋が慎重に辺りをうかがってから、こちらに向かって頷く。 秦の部屋は、前回訪れたときからあまり様子は変わっていないように見えた。秦自身が、仕事で出張の多い生活を送っているせいもあるだろうが、中嶋が主に代わってきちんと管理しているのかもしれない。「きれいなままだな」「隣の部屋は覗かないでくださいね。秦さんが、雑貨の商品サンプルを溜め込んでいるんで」 和彦は思わず噴き出してしまう。「すっかり雑貨屋の経営者だな」「こまごまとした商品を扱うと手間がかかると、よくぼやいていますよ。でも、利益はけっこう出しているようです。――どんな雑貨を扱っているんだか」 中嶋から意味ありげな流し目を向けられ、和彦は苦笑で返す。「ぼくは何も知らないからな。秘密主義の男たちが顔寄せ合って相談したんだろうから、探ろうという気にもならない」「先生、隠し事に向かないタイプですから、それでいいかもしれませんね」 いろいろと身に覚えがある和彦は、あえて返事は避けておく。 中嶋を手伝い、買ってきたものをさっそく温め直したり、皿に盛り付けたりして、ラグの上に並べていく。 ハンバーガーにかぶりつく和彦を、中嶋はいくぶん呆れた様子で眺めながら、フライドポテトを口に放り込む。「こういうもので喜んでくれるなら、俺に言ってくれれば、いつでも買ってきて、配達しますよ」「……会長の部屋で、ハンバーガーの匂いをプンプンさ

  • 血と束縛と   第34話(11)

     恨みがましいことを洩らすと、宿での出来事を思い出したのか、中嶋は軽く眉をひそめた。「俺たちは、遊撃隊と名がついているだけあって、本来は自由に動いて、状況に応じて必要な任務にあたるのが役目です。会長には専従の護衛もいますから、そもそも南郷さんが常に会長についている必要もなかったはず。だから本当の目的は別にあったんじゃないかと言われています」「別?」「総和会の中での、南郷さんの存在をアピールするため、と。今の隊に入って、よくわかりますよ。会長は、南郷さんを特別扱いしています。お気に入りという表現では足りないぐらい。先生には申し訳ないですが、宿での、お二人のやり取りを見て、俺は実感しましたよ。会長にとって南郷さんは、本当に特別なんだと。あの南郷さんが、なんの考えもなく、先生にあんなことをするはずがありません」 中嶋の言う通りだった。南郷は、守光から何かしらの許可を得たうえで、和彦に意図を持って触れているのだ。先日の二人がかりでの仕置きは、ある意味答えになっていると言えた。 守光は、南郷と和彦を共有することさえ厭わないのではないか――。 直視を避けていた可能性が、ふとした瞬間に眼前に突きつけられ、ゾッとする。当然こんな恐ろしいことを守光に確認はできなかった。「先生、大丈夫ですか?」 よほど顔が強張っていたのか、信号待ちで車が停まると、中嶋に顔を覗き込まれる。和彦は緩慢な動作で中嶋を見やり、いまさらなことを尋ねた。「宿の件でのことで、南郷さんから何か言われなかったか? 君は事故に出くわしたようなものなのに、もし立場が悪くなったりしたら申し訳ない……」「先生が心配するようなことはありませんよ。少なくとも俺は、こうして先生の遊び相手として呼ばれているわけですから。まあ、先生のご機嫌のために俺は必要と思われているんでしょう」「……だとしたら、ぼくがわがままだと思われるのは、少しは利点があるということか」 苦々しく呟いた和彦は、もう一度背後を振り返る。やはり、それらしい車を見つけることはできなかった。「護衛がついてきているんだとしたら、店の中までついてくるんだろうな&

  • 血と束縛と   第34話(10)

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  • 血と束縛と   第34話(9)

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  • 血と束縛と   第34話(8)

     南郷に言われると妙な言葉だと思ったが、顔には出さないでおく。 和彦はさりげなく距離を取ろうとしたが、当然のように南郷はついてきて、駐車場の隅に置かれたベンチに並んで腰掛けることになる。二人きりなら、いくらでも素っ気ない態度が取れるが、今日はそうではない。南郷の部下たちの前で、南郷本人の面子を潰すマネはしたくなかった。「夏バテじゃないのか。今ですら、忙しいと思っているかもしれないが、これからますます忙しくなるぞ、あんた。しっかり食って、体力をつけておかないと」「……新しいクリニックのことを言っているのなら、ぼくはまだ引き受けると決めたわけじゃないので……」 断れると思っているのかと言いたげに、南郷は薄笑いを浮かべた。一瞬ムキになりかけた和彦だが、ギリギリのところで堪える。「総和会から大事にされる代わりに、思い通りにいかなくなることが、いくつか出てくるだろう。こうやって、休みの日に外に引っ張り出されるとか」「それは、長嶺組でも似たような状況なので……」「――大事な男と引き離されるなんてことも、あるかもな」 和彦は、弾かれたように立ち上がり、南郷を睨みつける。誰のことを指しているのか、即座にわかったのだ。南郷は憎たらしいほど落ち着いていた。「あんたと三田村さんがどれだけ熱い仲かってのは、俺もよく知ってる。オヤジさんも一応容認はしているようだが、それは、これまでの話だ。あんたは、長嶺の男たちだけじゃなく、総和会にとって大事な人になりつつある。あんたのために、総和会の人間が命を張るようになるんだ」 背もたれに腕をかけ、南郷がじっと見上げてくる。立っている和彦のほうが目線の位置は高いのに、向けられる眼差しの迫力に、見えない手で頭を押さえつけられそうだった。「そんなあんたと、長嶺組傘下の城東会若頭補佐という肩書きを持っているとはいえ一介の組員とじゃ、釣り合いが取れない――と考える奴も出てくるだろう。総和会ってのは、とにかくプライドの高い連中が揃っているんだ。総和会が一番、その中で、うちの組が一番、とな。オヤジさんは、あくまで総和会の人だ。そんな人がオンナにして

  • 血と束縛と   第3話(34)

     似合わないことを語るヤクザの組長と、思いきり顔をしかめているその息子を交互に見てから、たまらず和彦は噴き出す。肩を震わせて笑っていた。 「……本当に酔ってるな、先生。こんなに楽しそうに笑えるなんて、初めて知った」  賢吾がしみじみと洩らした言葉に対して、千尋が余計な茶々を入れた。 「俺なんて、先生と何回もバカ笑いし合ってるぜ。やっぱり先生の感性は、おっさんより、若者と一緒にいるほうが合ってるんだよ」 「はいはい、子守りしてもらってよかったな」  同じレベルでやり合っている父子は放って、和彦はふらつきながらも先を歩き、駐車場に停められた一

    last updateLast Updated : 2026-03-19
  • 血と束縛と   第4話(13)

    「普段生活している場所だと、どんな雑菌がいるかわからないんです。その雑菌が傷に入ったら、大変なことになりますよ。それに処置するにしても、もっと明るい照明が必要です。瞼を少し切って、糸をすべて取り除くことになりますから」 「それで、お前が上手くできるという保証はあるのか? もしかすると、もっとひどいことになることもあるんだろう。場所を変える云々も、自分の腕に自信がないからだろう。だいたい、こんな若い医者の言うことが信用できるか」  さてどうしたものかと、和彦は中嶋と顔を見合わせる。聞き分けの悪い患者の相手は慣れているが、クリニックの仕事とはわけが違う。組の事情などという

    last updateLast Updated : 2026-03-19
  • 血と束縛と   第3話(5)

     和彦は最初、性質の悪い男なりの笑えない冗談かと思ったが、そうではないようだ。  指先に唇を割り開かれ、押し込まれる。舌を刺激され、口腔から出し入れされるようになると、和彦も言われたわけではないが賢吾の指を吸い、舌を絡める。賢吾のものをそうして愛撫したように。賢吾の腰の動きが次第に同調し、内奥から逞しいものを出し入れされる。  指ではなく、口づけが欲しいと率直に思った。和彦がおずおずと片手を伸ばすと、口腔から指が引き抜かれ、甘く残酷に囁かれる。 「さあ、どうするんだ? 俺は名前を呼ばれないと、お前の欲しいものはやらないぞ。もうこっちには、お前の欲しいも

    last updateLast Updated : 2026-03-18
  • 血と束縛と   第3話(3)

     もう一度賢吾に唇を吸われてから、伴われて寝室へと向かう。この部屋だけは殺風景さとは無縁で、過不足なく家具が調えられ、小物に至るまですべて賢吾の好みで統一されている。深みのある赤を基調とした空間は和彦には渋すぎるように感じられるが、賢吾のほうは非常に満足そうだ。  ドアを開けたままなのを気にしながらも、ベッドに腰掛けた賢吾が両足を開いて鷹揚に構えたのを見て、和彦はため息をついて、これからの時間に集中することにする。  賢吾の両足の間に身を屈め、カーペットに両膝をつくと、スラックスのベルトを緩めて前を寛げる。何も言わず、引き出した賢吾のものに舌を這わせた。  

    last updateLast Updated : 2026-03-18
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