ログイン本当に元気だなと思いながら和彦は、いつもの癖で千尋の頭を手荒く撫でる。
「ぼくはまだ動けないから、お前だけ先にシャワーを浴びてこい……」「二人でゆっくり入ろうよ。俺が全部やってあげるから」「……それはちょっと、魅力的な提案だな」「じゃあ、すぐにお湯溜めてくるっ」 締まりのない笑顔を見せた千尋がベッドを飛び出して行こうとしたので、慌てて腕を掴んで引き止める。「下着ぐらい穿いていけっ」「えー、どうせすぐ脱ぐじゃん……」 ぶつぶつ言いながらも、ベッドの端に腰掛けた千尋が、床に落ちた下着を拾い上げようとする。わずかに上体を起こして、まだ目に新鮮に映る刺青に見入っていた和彦だが、あることが気になり、何げなく尋ねた。「なあ、刺青を入れたら、組か長嶺の家で、祝い事みたいなことはするのか?」 下着を掴んだまま、不思議そうな顔で千尋が振り返る。「祝ってもらえるのかな?」「&南郷が軽く手招きすると、少し離れた場所に立っていた青年がこちらに駆け寄ってくる。タンクトップの上からシャツを羽織った、一見ごく普通の若者らしい服装をした青年だった。女の子に騒がれそうな華のある甘い顔立ちをしているが、感情を押し殺した無表情は、青年から個性を奪っているように思えた。 彼のこともまた、和彦の記憶には残っていた。しかし、強く印象に残っているのは顔立ちよりも、青年の胸元で揺れるシルバーのネックレスと、耳にいくつも空いたピアスの穴だ。前に、南郷に騙されて呼び出されたとき、和彦をカラオケボックスの一室に案内した青年だった。 「こっちは小野寺だ。加藤もだが、この先、何かと先生と顔を合わせる機会もあるだろう」 どういう意味かと、和彦は首を傾げる。南郷は口元に薄い笑みを湛え、車を示した。 「いつまでも立ち話もなんだ。車に乗ってくれ」 素早く後部座席のドアを開けてくれたのは、小野寺だった。 車が駐車場を出てすぐ、助手席の南郷が話し始める。 「――あいつらには、ゆくゆくはあんたの身の回りの世話や、護衛を任せたいと思っている。今は、あんたが本部に滞在していたり、総和会の仕事をするときにだけ、うちからの護衛をつけているが、いつまでもそういうわけにはいかない」 「と、言うと?」 「俺は……というより、オヤジさんの考えでもあるが、常にあんたに護衛を張りつかせておきたい。何かあってからじゃ遅いからな。これからあんたの価値と存在感はますます増す。そのことは、総和会の外にも知られるようになるだろう。目敏い組織だったら、すでにもうあんたに注目していても不思議じゃない」 和彦が顔を強張らせると、その反応を読んでいたように南郷がちらりと肩越しに振り返る。ニヤリと笑いかけられた。 「心配しなくても、あんたの身はうちがしっかりと守る。例の刑事のような害虫は、金輪際近づけさせない」 言いたいことはあったが、ここで南郷に抗議しても仕方がない。南郷の背後にいるのは、守光だ。守光はよほど、鷹津の存在を不快に感じていたのだろうと、南郷の発言からうかがい知ることができた。 「さっきの若い二人だけじゃなく、使える人材はいくらでも欲しい。あんたの事業
これまで南郷にされてきたことが一気に蘇り、和彦は怒りで我を忘れそうになる。こうして同じテーブルについていることも、精一杯の自制心を費やしてのことなのだ。 和彦は、本能的に南郷を恐れている。近づいてはいけないと、頭の中でずっと警報が鳴り続いているような状態だ。そんな和彦に対して南郷の要求は、あまりに酷だと言えた。 顔を強張らせると、南郷に鼻先で笑われた。 「そう、露骨に嫌そうな顔をしないでくれ。さすがに傷つく」 言い訳もできずに和彦が口ごもっている間に、言葉とは裏腹に平然とした様子で、南郷はステーキを平らげ、スープもあっという間に飲み干してしまう。そして、テーブルに置かれた伝票を手に立ち上がった。 「外で待っている。あんたはゆっくり食べればいい」 そう言われても、優雅にランチを楽しめるはずもなく、和彦はどうにかパスタを半分ほど胃に収めて、急いで店を出る。途端に、物陰に身を潜めていた護衛の男たちにさりげなく囲まれた。少し大げさではないかと感じているが、鷹津に連れ去られた件が尾を引いているのかもしれない。 駐車場では、車の傍らに立った南郷が煙草を吸っていた。そんな南郷に、携帯灰皿を差し出すのは――。 「あっ……」 和彦が洩らした声が聞こえたのか、南郷はほとんど吸っていない煙草を携帯灰皿に押し込んだ。 「早いな、先生。慌てなくてよかったのに」 「そういうわけには……。それより――」 南郷の傍らで、頭を下げ気味にして控えている青年を見遣る。やはり、間違いなかった。何日か前に、中嶋と一緒にいるところを見かけた青年だ。 Tシャツがぴったりと張り付いた体つきは精悍で、全身から若さが漲っているなと半ば感心して眺めていた和彦だが、逞しい左腕に黒々とした影が差しているのを見て、一瞬ドキリとする。目を凝らしてやっと、肌に彫ってあるものだとわかる。袖で絵柄の大半が隠れているが、瑞々しいともいえる黒の鮮やかさから、かつて千尋が入れていたタトゥーを思い出した。 和彦の視線を追うようにして、南郷も青年に目を向ける。 「こいつが気になるか、先生?」 「えっ、ええ……」 南郷は素っ気ない手つきで、青年のあご
「たまたま用があってここに立ち寄ったら、ちょうど先生が来ていると教えられたんだ。だったら、俺たちが送っていこうと。ああ、途中でどこかで昼飯を食おう。少し早いが、混み合って待たされるよりいい」 一方的に話しながら南郷が片手を差し出し、廊下に出るよう促してくる。やけに微笑ましい表情でこちらを見ている藤倉の前であまり邪険な態度も取れず、やむなく和彦は従った。 不本意だが並んで歩きながらエレベーターホールへと向かう。和彦としては、南郷と会話を交わすつもりはなく、黙ってエレベーターを待っていると、隣で南郷はスマートフォンを操作しながら話しかけてきた。 「さて、どこでメシを食おうか。せっかくだ。いい店がいいな。フレンチでも中華でも、寿司でもいい。とにかく美味いものが食いたい」 突きつけられたスマートフォンの画面には、さまざまな飲食店を紹介するサイトが表示されている。ちらりと一瞥した和彦は、うんざりしながら応じた。 「……ぼくは、昼は手軽に済ませたいです。ですから、わざわざ南郷さんに送ってもらわなくても――」 「たまたま用があって、というのは方便だ。あんたに話したいことがあったから、総本部まで足を運んだ。なんと言われようが、送っていく」 和彦は露骨に顔をしかめて見せたが、対照的に南郷は、歯を剥き出すようにして笑った。和彦が逆らえないと確信している、傲慢さに満ちた表情だ。** ステーキの厚みにありありと不満を見せながら、南郷は意外なほど器用にナイフとフォークを扱い、肉を切り分けていく。和彦は、南郷と同じテーブルについて食事をしている状況に内心うんざりしながら、フォークにパスタを巻きつけた。 「遠慮しなくてよかったんだぜ、先生。あんたに金を使うのは惜しくないんだから、もっと高い店をリクエストしてもらってもよかった」 芝居がかった動作で南郷がぐるりと周囲を見回す。落ち着かないほど広々として見通しのいいファミリーレストランは、南郷のような〈職業〉の男にとっては、落ち着かないのかもしれない。仕切りの側に座りたがっていたが、あいにく、すでに店内は混み始めていたため、南郷の希望は通らなかった。 「自分の分は自分で払います。――それで
**** クリニックが休みの土日は、和彦の体が空くのを待ちかねていたように、一気に予定が埋まる。一応、伺いを立てられはするが、和彦個人に予定があることは滅多にないため、都合が悪いとも言えない。口ごもっているうちに、押し切られてしまうという感じだ。 もう少し要領よくならなければいけないという自省は、これまでに何度も繰り返してきたが、自分でも進歩しているとはまったく思っていなかった。 男たちの事情に振り回されるという点では、ある意味、和彦にとっての日常が完全に戻ったともいえるだろうが、あまりに前向きすぎる考えかもしれない。 テーブルについているのが自分一人となり、軽くため息をついた和彦はすっかり凝った自分の肩を揉む。イスの背もたれに体を預けようとしたところで、背後から声をかけられた。 「お疲れ様でした、佐伯先生」 和彦は反射的に姿勢を戻して、おそるおそる振り返る。にこやかな表情の藤倉が立っていた。気配すら感じられなかったため、同じ部屋にいることをすっかり忘れていた。 速やかに和彦の側に歩み寄ってきた藤倉が、テーブルの上に広げられた書類をまとめ始める。 「初の顔合わせはいかがでしたか?」 藤倉の問いかけに、力ない笑みでまず応える。 「……驚きました。まさか、こんな大事になっているなんて」 「そう身構えないでください。佐伯先生の負担を極力減らすために、集めた者たちですから。彼らが中心となって、新しいクリニックに関する作業のすべてを請け負います。先生は要望を伝えるだけでけっこうです」 はあ、と気の抜けた返事をした和彦は、慌てて口元に手をやる。込み上げてきた苦々しさを、そのまま本音として口に出していた。 「皆さん、フロント企業のマネジメントとかもされているそうですね。顔を合わせた場所がここでなければ、本当に、一般の企業に勤めるマネージャーの方たちだと疑いもしなかったと思います」 「実際、マネージャーではありますよ。総和会のために働いている、という前提がつきますが。佐伯先生にとっても馴染み深いコンサルタントもそうです。今は、荒っぽい手口だけでは稼げませんからね。依頼があ
「えっ……」 「打算だけで言ってるんじゃない。オヤジの養子になっても、同じ姓にはなる。だがそれは違う。俺とお前とで結びつくことに意味がある。――……お前と一緒になりたいんだ」 賢吾の言葉をじっくりと噛み締め、理解していく。確かにこれは、紛うことのない求愛だ。 呆然とする和彦の唇を、賢吾が優しく啄んでくる。半ば条件反射のように口づけに応えながら和彦の胸に広がるのは、喜びよりも戸惑いだった。自分に佐伯の姓が捨てられるだろうかというより、佐伯家が捨てさせてくれるだろうかと真っ先に思ったからだ。 長嶺組や総和会と深く関わっていると知りながら、電話越しに話した俊哉は怯んではいなかった。だからといって和彦と絶縁するつもりがあるようにも感じられなかった。俊哉は、無策のまま行動に出る愚かな人間ではない。 長嶺の男たちに何かを仕掛けるつもりなのだとしたら――。 和彦はヒヤリとするような恐怖を感じ、つい賢吾に問いかけた。 「……もし、ぼくがあんたの養子になったとしたら、佐伯家から恨まれるとは考えないのか?」 「俺が、佐伯家に挨拶に出向いたほうがいいってことか。息子さんをくださいと……」 「冗談を言ってるんじゃなくて、佐伯の姓を捨てたぼくはきっと、長嶺の家にとっても、組にとっても、厄介者になる」 「お前のことを最初に調べたときに、なかなか面倒な存在だとは感じた。それでも俺は手を出して、オンナにした。逃げ出さないよう、いろいろ策を講じてな。厄介だなんだと考える時期は、とっくに過ぎたってことだ。お前は物騒な男と組織の事情に首まで浸かって、立派にこちら側の人間になった。佐伯家のほうが、お前を厄介者として放り出してくれねーかと、正直願っている」 ひどい言われようだが、腹は立たなかった。和彦自身、そう都合よくなってくれないだろうかと、頭の片隅では考えていた。 「――今はまだ答えられない。事情が変わる、かもしれないし……」 「変わりそうな心当たりが?」 「……わからない。でも、あれこれ考えてしまう。あんただって、この先事情が変わるかもしれないし」 賢吾がふっと眼差しを和らげた。 「それは、俺の心変わりを心配してるのか?」
思わず呼びかけて、逞しい背にぐっと爪を立てる。賢吾は驚いたように軽く目を見開いたあと、惚れ惚れするような鋭い笑みを浮かべた。 「性質の悪いオンナだ。まだ、俺を骨抜きにする気か」 「……な、に……?」 突然、賢吾にきつく抱き締められたかと思うと、上体を起こされた。 胡坐をかいた賢吾の腰の上に、繋がったまま跨る。自らの重みで一層深く欲望を呑み込み、背をしならせて和彦は仰け反ったが、賢吾にしっかりと抱き寄せられる。 「ひっくり返るなよ」 笑いを含んだ声で賢吾が言う。下から突き上げられる圧迫感に和彦は慎重に息を吐き出し、抗議の意味を込めて、もう一度背に爪を立てた。すかさず腰を動かされ、内奥で欲望が蠢く。 「あっ……」 賢吾の両手に尻の肉を鷲掴みにされたが、痛みが心地よくて、和彦は自らゆっくりと腰を揺らしていた。 室内に、粘膜同士が擦れ合う音と、和彦の掠れた喘ぎ声、そして賢吾の荒い息遣いが響く。ときおり、和彦が爪先で布団を蹴る音も。 「――和彦」 ふいに名を呼ばれて伏せていた顔を上げる。唇を塞がれて余裕なく舌を絡め合いながら、和彦は堪え切れずに、賢吾の引き締まった下腹部に欲望を擦りつける。中からの刺激で再び身を起こし、先端から悦びのしずくを垂らしていた。 「んんっ」 繋がっている部分を強く指の腹で擦られて、和彦の背筋が痺れた。ここで舌を解いて唇を離すと、大きく息を吸い込む。内奥でふてぶてしく息づく欲望をきつく締め付けると、耳元で賢吾が低く呻き声を洩らした。体の内で感じる大蛇の分身はドクドクと脈打ち、限界が近いのだとわかる。 和彦は、強い衝動に促されるように、大蛇の巨体の一部が彫られた肩にじわじわと歯を立てた。身じろいだ賢吾に腰を掴まれて内奥を突き上げられる。 「……俺は、度し難いほど、独占欲と執着心が強い」 突然の賢吾の言葉に、息を喘がせながら和彦は笑ってしまう。 「よく知っているつもりだ」 「だから、お前を今以上にどうやって雁字搦めにして、逃げ出さないようにするか考える。――俺が、先生を養子にするというのは、最善で最強の手段だと思っている」 汗で濡れた後ろ髪を
「――先生」 呼ばれて、おずおずと振り返ると、そこに真剣な賢吾の顔がある。何か言われたわけでもないのに、和彦は小さく喘いでから賢吾の唇にそっと自分の唇を重ねた。すると、賢吾のもう片方の手に、和彦の柔らかな膨らみは包み込まれる。 「ひっ、あぁっ」 泡で滑る手に柔らかく揉みしだかれ、たまらず和彦は、ビクッ、ビクッと腰を震わせ、背をしならせる。下肢が、甘く溶けてしまいそうだった。 「あとでたっぷり、ここを揉んで悦ばせてやる。最近、弄られるのがよくなってきたみたいだからな。今は、洗うだけだ」 賢吾の的確に動く指は貪欲に、和彦の官能を刺激する
また指で呼ばれ、和彦は賢吾のあとについていく。工事後は待合室となるホールでは、施工業者の人間が集まって持ち込む機材について話し合っている。その様子を一瞥した賢吾は、奥の部屋へと向かう。 「……護衛の人間は?」 ホールを見て、賢吾が一人でこのフロアにやってきたのは確認した。 「物騒なツラした人間を、一般の業者がいる場所に連れてくるわけにはいかないだろ。設計士は前からの馴染みだが、業者のほうはそうじゃないんだ。クリニックを始める前に、妙な噂は立てたくない」 「自分は物騒なツラじゃない、と言いたいんだな」 皮肉でもなんでもなく、思ったまま
外から男二人のにぎやかな話し声が聞こえてくる状況で、求められるまま、やむをえず舌を絡め合い、唾液を交わす。引き出された舌を痛いほど吸われると、たまらず和彦は鷹津の肩にすがりついていた。 ますます鷹津の腕の力が強くなり、和彦の中で奇妙な変化が起こっていた。鷹津のことがどうしようもなく嫌いで、嫌悪しているのに、そんな男にねじ伏せられるように口づけを交わしていると、高揚感に襲われ、体の奥深くから強引に官能を引き出される。 官能に形を借りた、サソリの毒かもしれないと、ふとそんな考えが脳裏を過る。鷹津の毒を注入され、体も心も侵されていくのだ。 思わず身じろごう
さすがの賢吾も、和彦の心を煩わせるものすべてを見通すことは不可能らしい。「……最初にぼくを狙って、あんなことをした人間が、どんな顔をして、そんなことを言うんだ」「俺はいい。俺は、許されるんだ」 さすがに図々しい発言だと思って和彦が顔を上げると、待っていたようなタイミングで唇を軽く吸われた。「先生を狙って自分のものにして――見事に、骨抜きにされたんだ。そんな哀れなヤクザを、愛情深い先生なら、たっぷり甘やかしてくれるだろ?」 本当に図々しいと思いながらも、和彦はつい笑みをこぼしてしまう。 自







