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三田村がいたなら、こんな場所に和彦が一人で出向くことを、絶対阻止していただろう。だが、その三田村は側にいない。
あんたが悪いのだと、和彦はグラスに口をつけながら、ひっそりと心の中で呟く。同時に、大きな窓の向こうで花火が打ち上がり、店内で歓声が上がる。男らしい歓声が。 「――先生、楽しんでますか?」 和彦が腰掛けているソファの背もたれに腕をかけ、中嶋がひょいっと背後から身を乗り出してくる。和彦は、手にしたグラスを軽く掲げて見せた。 当然のように中嶋が隣に座ったので、ここぞとばかりに疑問をぶつける。 「なんなんだ、集まっている面子は。そもそもこの店、クラブだろ。なのに――」 和彦は辺りを見回す。内装はシンプルだが、落ち着いて趣味のいいインテリアで統一された店内は、さほど広いというわけではない。しかし、夜景がよく見渡せる大きな窓に囲まれているせいか、窮屈さを感じさせない。照明が落とし気味なのは、花火がより明るく見えるようにという配慮なのだそうだ。 「女っ気がない?」総和会か長嶺組に、無事であることと、居場所をすぐに知らせるべきなのだろうが、手が動かない。 裏の世界に戻る自分の姿が、頭に思い描けなかった。俊哉と話したことで図らずも、かつての自分の生活が蘇り、現状との落差に戸惑う。どちらの生活がより幸せだったか、満たされていたか、比べるつもりはない。ただ、体に馴染んでいる感覚というものがある。 こんな状態では、とてもではないが総和会や長嶺組の男たちとは会えなかった。きっと、怯えてしまう。そして、異変を悟られてしまう。 睡眠薬による強烈な眠気の中に晒されていた和彦だが、鷹津から受けた忠告はしっかりと覚えていた。 電話越しとはいえ和彦が俊哉と接触したこと、俊哉と鷹津が繋がっていることを、誰にも知られてはいけない――。 和彦は落ち着きなく再び辺りを見回してから、そろそろとベッドから下りる。途端に、鷹津との行為の残滓が内奥から溢れ出してきた。 うろたえた和彦は、裸のまま逃げるようにバスルームに駆け込むと、時間をかけてシャワーを浴びる。鷹津の痕跡を少しでも洗い流してしまいたいというより、全身を湯で叩かれながら、混乱した頭をすっきりとさせたかったのだ。 バスルームから出て、のぼせたような状態のまま髪を乾かしたあと、ためらった挙げ句、鷹津が買ってくれた服を着込む。 このときになっても、いまだにどうするべきか決断が下せなかった。だからといって部屋にこもっているわけにもいかず、とりあえずチェックアウトを済ませる。 ホテルを出たものの、精力的に移動できる気力も体力もないため、すぐに近くのカフェに入った和彦は、途方に暮れる。 見知らぬ世界に放り出されたような心細さを感じていた。今の自分は、どこにも属しておらず、誰も守ってはくれないのだと、ふとそんな気がしたのだ。 実際は、総和会でも長嶺組でも、連絡をすればすぐに迎えにきてくれるはずなのに。しかし、携帯電話の電源を入れる踏ん切りすらつかない。 自分はあの世界に戻れるのだろうかと、つい考えてしまう。そもそも、戻るべき世界なのだろうか、とも。 グラグラと気持ちが揺れ続けている。まだ、鷹津の腕の中にいるようだった。 連れて逃げてやると言っ
意識を必死に留めようとするが、ふっと意識が揺らいで堪らず目を閉じる。すかさず鷹津に軽く頬を叩かれ、再び内奥を突き上げられる。普通であれば、とっくに欲望は萎えてしまい、行為そのものを苦痛に感じるはずなのに、睡眠薬の効き目は正常な思考力さえ抑えつける。 それとも、異常すぎる状況に、和彦の本能が精神を保つために、なんらかの働きをしているのかもしれない。「うっ、あぁ……」 欲望が萎えないというなら、鷹津は、和彦以上だった。内奥でますます熱く猛り、今にも爆ぜそうなほど膨らんでいる。ゆっくりと大きく腰を動かされ、掠れた悲鳴を上げさせられる。 電話の向こうではどんな顔をしているのかは予測もつかないが、少なくとも俊哉の声の調子は変わらなかった。『あの男との交渉には、万全を期したい。忌々しいが、お前の身はその準備が整うまで、総和会と長嶺組に預けておこう。お前は従順な〈オンナ〉でいて、何も知らないふりをしていろ。わたしと話したことは、絶対に誰にも悟られるな。交渉がこじれる恐れがある。――用があれば、いつでも連絡してこい』 そこで電話が切れ、鷹津はすぐに携帯電話の電源自体を切った。和彦が物言いたげな表情をすると、鷹津から皮肉に満ちた笑みを向けられた。「俺の携帯の留守電に、総和会や長嶺組からの脅しのメッセージばかり吹き込まれていた。連中、血眼になって俺を捜しているみたいだな」「……当たり前だ。あんた、頭がおかしくなったんじゃないか……」 和彦は、鷹津の頬を殴りつけようと懸命に手を伸ばしたが、途中で力なく落ちる。鷹津は悠々と唇を塞いできた。 荒々しく唇を貪り、口腔を舌でまさぐりながら、律動を続ける。和彦は両手を投げ出したまま、されるがままになるしかない。「これはこれで、やみつきになりそうだな。具合のいい人形を抱いているみたいだ」 性質の悪い冗談を窘めることもできず、和彦は何度も瞬きを繰り返し、必死に鷹津を見つめる。すでにもう焦点を定めることすら難しい。 和彦の意識が限界まできていると察したらしく、ふいに表情を改めて鷹津が話し始めた。「―
鷹津は何も言わず緩く腰を動かし始める。電話の向こうの俊哉に悟られまいと、和彦は声を押し殺しながら必死に逃れようとするが、睡眠薬の効き目はどんどん和彦の体と意識を侵食していく。『お前に言いたいことはいろいろあるが、今はやめておこう。ただ、これだけは言っておく。――お前をずっと自由にはさせていたが、お前を手放すつもりは、まったくない。わたしそっくりの、大事で可愛い息子だからな。この言葉がウソでないことは、お前自身、よくわかっているだろう?』 電話から聞こえてくる俊哉の言葉が恐ろしかった。必死に記憶の片隅に追いやってきた光景が生々しく蘇り、当時、自分が抱いた感情すらも、思い出してしまう。 唇を戦慄かせ、呼吸すらも止めてしまいそうになっていると、和彦の異変に気づいた鷹津が、強く頬を撫でてくる。それでは足りないと思ったのか、内奥を強く突き上げてきた。 和彦は我に返り、うろたえる。意識を、電話の向こうにいる俊哉に向ければいいのか、目の前の鷹津に向ければいいのか、混乱していた。「今は、やめてくれ。父さんに――」 何をしているか悟られてしまう、と言いたかったが、鷹津は酷薄な笑みを浮かべた。「安心しろ。お前の父親は全部知っている。お前が長嶺の男たちのオンナになっていることも、俺とも寝ていることも。直接会って話したが、さすが、切れ者大物官僚……いや、お前の父親だな。顔色一つ変えなかった」 和彦が、自分の現状を実家に知られたくなかったのは、家族に迷惑をかけたくないという気持ちは当然だが、何より、佐伯家――俊哉が、長嶺の男たちを敵として認識することを恐れていたからだ。何もかも知られたとき、自分の扱いについて無難な解決がなされることはありえないと、和彦はよくわかっている。 佐伯家と接触するのは自分一人で、万が一にも、長嶺組や総和会の存在は一切匂わせてはいけないと考えていたが、和彦の希望は楽観的であり、悠長だったのだろう。 思いがけない人物に、先手を打たれてしまった。「……どうして、あんたがそんなことを……」 鷹津は一瞬苦しげに顔をしかめたあと、携帯電話をちらり
言葉で辱められながら、ゆっくりと律動を繰り返される。「ふっ……、んっ、んっ、んくっ……、うぅっ、いっ……、気持ち、いぃ」「ああ。だが、あまり飛ばすなよ。もう少し、ゆっくり楽しもうぜ」 鷹津に両手を掴まれてベッドに押さえつけられる。和彦は荒い呼吸を繰り返しながら、すがりつくように鷹津を見上げる。頭がぼうっとしてきて、体中が火照っている。ワインの酔い――とは少し様子が違う気がするが、大した問題ではない。 手をしっかりと握り合うと、鷹津が顔を近づけてくる。そっと唇が重なり、柔らかく吸い上げられてから、和彦は吐息をこぼす。やはり、この男と交わす口づけが好きだと思った。 鷹津の唇が耳に押し当てられ、耳朶に歯が立てられる。和彦は痛みに声を上げたが、鷹津が低く笑い声を洩らして指摘した。「中、締まったぞ。痛くされるのが好きなのか?」「そんなわけないだろ。……痛いのは、嫌いだ」「だったら、俺が相手だからか?」 その問いかけに返事はできなかった。和彦が唇を噛むと、鷹津はもう一度耳朶に歯を立ててきた。同時に、内奥深くで欲望が蠢く。 鷹津の攻めはおそろしく緩慢で、じっくりと時間をかけてくる。和彦は思うさま乱れさせられ、声を上げさせられ、わずかに残っていた体力のすべてを奪い尽くされてしまいそうな、甘い恐怖を覚えるほどだった。 ふっと意識が遠のきかけて、目が空ろになる。鷹津が顔を覗き込み、手荒に頬を撫でてきた。「まだ寝るなよ」「……もう、無理だ。疲れて、いるんだ。それに、頭がぼうっとする……」「だが、お前の体はまだ俺を欲しがっているぞ」 違うと首を横に振ると、それだけで頭がふらつく。「なんか、おかしい……。何も、考えられなく、なる……」「――どうやら、効き目は本物らしいな」 唐突な鷹津の言葉に、和彦の思考はすぐには追いつかなかった。何度も目を瞬き、自分を
蜜を含んだように手足が重く、頭もぼうっとしている状態の和彦だが、それでも羞恥を感じることはできる。「嫌だ。見るな……」「俺には見る権利がある。俺が、お前をここまでトロトロにした」 鷹津は、愛撫は加えてこない。ひたすら、食い入るように見つめてくる。和彦は羞恥に喘ぎ、弱々しく上体を捩って鷹津の視線から逃れようとするが、しっかり両足を押さえられているため、どうすることもできない。鷹津が愉悦を含んだ声で言った。「見られるだけで、感じるのか? ひくつき始めたぞ」「……うる、さいっ……」「尻から、ダラダラと俺の精液を垂らして言う言葉じゃないな。また、注ぎ込んでほしいだろ」 露骨な言葉で嬲られ、煽られて、和彦は息を喘がせる。鷹津が顔を寄せてきて、戯れのように軽く唇を吸い上げてきたが、それだけで和彦の胸の奥が疼き、尽きたはずの官能の泉が噴き上がる。自分から鷹津の頭を引き寄せて、唇を重ねていた。「んっ、ふぅ……」 情熱的に唇と舌を貪り合う一方で、鷹津の指が再び内奥の入り口をまさぐり始める。中に指を迎え入れたくて和彦が腰を揺らすと、鷹津に片手を取られ、下肢へと導かれた。半ば強引に触れさせられたのは、自身の内奥の入り口だった。鷹津に言われるまでもなく自覚はあったが、蕩けて潤った部分は、浅ましくひくついている。「俺が欲しいなら、誰にも見せたことのないような媚態で、俺を誘ってみせろ」「無理だ……。できない、そんなこと……」「俺が見たいと言ってもか?」 無理だ、と弱々しく答えた和彦は顔を背けるが、自身の内奥の入り口から指を退けることはできない。耳元で鷹津が笑った息遣いを感じ、羞恥と高揚感から眩暈がした。 和彦の下腹部の陰りをまさぐりながら、鷹津が囁いてくる。「俺の頼みが聞けないなら、本当にここを剃ってやろうか。俺は、どっちでもいいがな。――あとで、長嶺の男たちが、お前のここを見るたびに、顔をしかめるだけだ」 欲望の根元をそっと擦られ
** 寝返りをうった拍子に、前触れもなく目が覚めた。和彦はぼんやりとした意識のまま、ここはどこだろうかと考えていたが、すぐに状況を思い出す。 伏せていた視線を上げると、ベッドの端に鷹津が腰掛けていた。向けられた背は真っ白のバスローブに包まれているが、普段の格好を知っているだけに、鷹津という男に白は似合わないなと、失礼なことを考えていた。そんな自分に気づき、和彦は唇を綻ばせる。「――……寝ないのか?」 和彦が声をかけると、鷹津がゆっくりと振り返る。手には、缶ビールを持っている。「まだ、宵の口だ」 時間の感覚が麻痺しており、和彦は瞬きを数回繰り返す。熟睡したような気もするが、ほんのわずかな間、ウトウトしていただけのような気もする。激しい情交に加え、昼間歩き回ったせいもあって、とにかく体はドロドロに疲れきっていた。 ただ、それは苦痛ではなく、どちらかといえば心地よさに近い。頭の先から爪先まで、鷹津に注がれた情愛に満たされているようだ。「喉、渇いた……」 和彦はのろのろと手を伸ばし、鷹津から缶を受け取ろうとしたが、スッと躱される。「お前にはルームサービスを頼んでおいた」 そう言って鷹津が立ち上がり、テーブルへと歩み寄る。和彦は再び寝返りを打って仰向けとなったが、その拍子に内奥で蠢く感触があってドキリとする。腰から下にはシーツがかかっているが、見なくても、自分の下肢がどういう状態になっているのかわかった。 ベッドに戻ってきた鷹津は、ワインが注がれたグラスを持っていた。「……あんたにしては気が利いている」 和彦の言葉に、鷹津は鼻先で笑った。「俺はいつでも、お前に甲斐甲斐しく尽くしているだろ」「そうだったか?」 片手を掴んで鷹津に引っ張り起こしてもらうと、受け取ったグラスに口をつける。本当はただの水のほうがありがたかったのだが、せっかく鷹津が頼んでくれたのだから文句はなかった。一気に飲み干すと、鷹津がニヤニヤと笑う。「ボトルでラッパ飲みしそうな勢いだな」
そう言いながら鷹津が指を動かし、内奥を掻き回してきたかと思うと、襞と粘膜の感触を楽しむようにじっくりと撫で上げてくる。意識しないまま和彦の息遣いは妖しさを帯び、誘われたように鷹津が顔を寄せ、傲慢に命じてくる。「舌を出せ。吸ってやる」 この状態にあっても、鷹津の命令に従うのが嫌だった。和彦は唇を引き結んで顔を背けたが、鷹津は何も言わず内奥から指を抜き、体を起こした。ベルトの金属音とファスナーを下ろす音が聞こえて和彦は身を強張らせる。その間に両足を抱え上げられ、わずかに綻んだ内奥の入り口に〈何か〉が押し当てられた。「まあ、いい。長嶺のオンナを抱いたという
** 別れ際、玄関で秦に抱き締められてから、和彦は部屋をあとにした。 エレベーターの中で、もう二度と秦と会わないということはおそらく不可能だろうなと、ぼんやりと考える。秘密を共有してしまったということもあるが、秦との間に確かな結びつきができたことを実感していたのだ。 賢吾や千尋、三田村との間で生まれた結びつき――縁と、同種だ。肉欲と切っても切れない縁で、それはすぐに、情へと変化する。さすがに和彦も、それぐらいは学習していた。 複雑になった事態と人間関係を、自分はどうするつもりなのか、考えたくなかった。体も心も、秦から与え
和彦はゆっくりとまばたきを繰り返し、なんとか賢吾の話を頭に留めようとする。いろいろと考えようとするのだが、思考はどこまでも散漫だ。「……蛇蝎の、サソリ……」「ああ、そうだ。あれは、悪党ってやつだ。暴力団担当の刑事だったくせに、その立場を利用して悪辣なことをヤクザ相手にやらかして、それこそ蛇蝎みたいに嫌われていた。そこで、ある組が鷹津をハメたんだ。かなり大問題になってな、警察の監査室まで引っ張り出して、県警の本部長のクビが飛ぶかという話までいった」 淡々と話す賢吾のバリトンの響きが耳に心地いい。ふ
「迎えにきてくれるのは、先日の花火大会のとき、必死な様子でクラブまで先生を捜しに来た方ですか? 確か、三田村さん……」「ぼくの本当の護衛です。というより、頼めば、家の片付けすらしてくれるので、世話係みたいなものですね」「今日は先生についていなかったのは、どうしてですか?」「最近、本来の仕事が忙しいみたいです。組のトラブル処理に当たっているそうです。ぼくは、組絡みのそういった事情には首を突っ込まないようにしているので、詳しくは知りませんが」 ワインをグラス二杯飲んだぐらいでは酔わない和彦だが、今日は気が高ぶっている