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第7話(27)

Author: 北川とも
last update publish date: 2025-11-30 20:00:51

 和彦は十日ほど、自宅に戻れない日々が続いた。一時も目が離せない患者に付き添い、容態が落ち着くのを待ってから、早急に二度目の手術を行う必要があったからだ。

 ヤクザのオンナなどになってから、もっとも禁欲的な日々だったかもしれない。患者の傍らにいる間、とてもそんな気分にはならなかったし、何より、医療行為以外に使う体力が残っていなかった。

 賢吾と千尋、それに三田村が部屋を訪れなかったのは、幸いといえるだろう。

 床に敷いたマットの上で寝返りを打った和彦は、少しも疲れが取れていないのを自覚しつつ、仕方なく体を起こす。最初から仮眠程度のつもりで横になったのだ。

 部屋を出ると、組員二人がダイニングで雑魚寝をしていた。和彦が外に出られないため、ここでの生活や治療に必要なものを彼らに頼んで運び込んでもらっているが、本来の仕事は、護衛だ。マンションの周囲でも、長嶺組の組員たちが交代で見張っているらしい。

 恐れているのは他の組の襲撃などではなく、警察――というより、鷹津だ
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  • 血と束縛と   第36話(13)

     玲がさっそくスマートフォンを取り出し、何かを調べ始める。その様子を眺めているうちに、御堂の実家近くまでやってくる。 すでに御堂は戻っているのか、家の前に車が停まっていた。さらに、辺りを警戒するように立っている男たちの姿もある。「あれ――……」 声を洩らしたのは玲だった。和彦と同じ方向を見て、軽く眉をひそめている。「どうかした?」「あっ、いえ、あそこに立っているの、父さんの組の人間です。車も、そうだ……」 つまり、龍造が訪れているということだ。当然、御堂も一緒だろう。 和彦は、預かっていた合鍵をキーケースから取り出す。どうやら今日は使う機会はなかったようだ。「何か聞いてた?」「何も。思いつきで行動するのはいつものことなので、いまさら驚きませんけど。護衛につく組員たちが、いつもぼやいてます。行き先も言わないで、一人でどこかに行ってしまうって」 玲自身も苦労していそうな口ぶりに、和彦は微笑ましさを覚える。 家の前で車から降り立つと、さっそく玲が、龍造の護衛についているという組員たちと会話を交わす。和彦は会釈をしてから先に家に入ると、玄関には二組の革靴が並んでいた。 まっさきにリビングを覗いてみたが御堂と龍造の姿はなく、次にダイニングへと向かう。こちらには、テーブルで茶を飲んだ形跡があった。 御堂の部屋にいるのだろうかと思いながら、廊下に出た和彦は一旦立ち止まって考える。大事な話をしているのなら邪魔をしたくなかったが、戻ってきたことを報告しておきたい気もする。なんといっても和彦は、組長の子息を連れ回していたのだ。 荷物を置きに、使わせてもらっている部屋に向かっていた和彦の視界に、廊下を曲がった玲の姿がちらりと入った。他人の家だからと物怖じする様子のない玲は、まるで我が家のように堂々と歩き回っているようで、その様子に知らず知らずのうちに表情は緩む。 今日は一体どうなるかと身構えていたのだが、玲のおかげでずいぶん楽しめた。あの泰然自若ぶりは、慣れからくるものなのか、生来のものなのかはわからないが、救われたことに変わりはない。 

  • 血と束縛と   第36話(12)

    「まあ、いろいろだよ。しばらく塞ぎ込んで、やっと落ち着いたところに、御堂さんに誘われたんだ。あの人に話を聞いてもらおうかと思って」 適当に誤魔化すこともできたが、向けられる真剣な眼差しに応えなくてはいけない気持ちになり、つい話してしまう。「じゃあ、予定外に登場した俺は、邪魔でしょう」「その口ぶりだと、君を連れて行くと伊勢崎さんが決めたのは、本当に急だったんだな」「どうでしょう。父さんの中ではとっくに決定事項で、ただ、他の人間に伝えたのが急だったのかも。……勢いと衝動で生き抜いているような人だから」 呆れたような口調ではあるが、父親を疎んじている素振りは一切感じられない。きっといい父子関係を築いているのだろうなと、和彦は思った。だからこそ、自分と俊哉の関係について思いを巡らせずにはいられない。 危うくため息をつきそうになったが、玲の視線を意識して、なんとか堪える。声をかけて店を出ると、和彦から促すまでもなく、玲が次の行き先を口にした。「ゲーセンに寄っていいですか?」「……意外だ。そういうところに行くんだ」「たまに、気分転換に。高校生も、ストレス溜まることがあるんですよ」 妙に老成したような物言いに、和彦は声を洩らして笑いながら、玲の腕に手をかけて歩き出す。「近くにある?」「ばっちり、チェック済みです」 玲の案内で、さっそくゲームセンターに向かう。和彦自身は一人でまず立ち寄ることがない施設だが、千尋に何回か連れて行かれたことはあった。 さすがに玲は慣れた様子でまっさきに紙幣を両替し、和彦も倣う。けたたましい音楽が鳴り響く中、きょろきょろと辺りを見回す。当たり前だが、若い客が多いのだが、和彦とそう年齢が変わらない、スーツ姿の男が熱心にクレーンゲームをしていたり、老夫婦がメダルゲームに興じていたりと、案外客層の幅は広い。 玲に誘われていくつかのゲームをやったが、自分のあまりの下手さに笑ってしまう。それでも、カーレースゲームでは、柄にもなく声を上げて興奮したのだ。我に返って冷静さを取り繕ったが、隣で玲が肩を震わせて笑っていた。

  • 血と束縛と   第36話(11)

    「……俺の父さんもなかなかのもんだと思っていたけど、佐伯さんのところも、けっこう……」「君のお父さんは、進学については、なんて?」「大学のランクについては、興味ないんですよ。あるのは、俺が大学生という身分を手に入れて、春にこっちに来ることだけ」 何かありそうだなと思ったが、ハンドルを握る綾瀬の部下にすべて聞かれているため、迂闊に探りを入れられない。 ただ、会話を交わしながら、新鮮な感覚を味わっていた。和彦の周囲には、千尋を含めて若者がいることはいるのだが、組と関わりを持つ堅気とは言いがたい若者が大半だ。しかし玲は、父親がヤクザではあるものの、本人は荒んだ様子もなく、ごく普通の高校生だ。こうして進学について話せるだけでも、和彦にとってはある意味、非日常の体験だった。「だったらもう、来るのは確定みたいなものだ」「それでも、多少はハッタリのきくようなところには行きたいですよ。将来、あの父親を、俺が食わせなきゃいけなくなるかもしれませんから」「あー、じゃあ、一人っ子?」「認知されたのは俺だけのようだから、多分、そうです」 和彦が複雑な表情をすると、横目にちらりと見た玲が口元を緩める。「こういう話、多いでしょう。この世界。男の甲斐性とか言って」「――……そうなんですか?」 返事に困った和彦が、ハンドルを握る綾瀬の部下に尋ねると、なぜか玲が噴き出した。「おもしろいですね、佐伯さん」 そうかな、と小声で応じる。 他愛ない会話を交わしているうちに、いくらか車中の空気が和んだ頃に、目的地の近くまでくる。 大学の周囲を歩いてみるかと言ってみたが、それは合格してからの楽しみにしておきますと答えられた。その代わり、次の目的地をリクエストされる。「ちょっと、服を見たいです。なんだったら、俺だけ適当な場所で降ろしてもらえたら、一人で店を回るんで」「いいよ。一緒に行こう。実は買い物好きなんだ」 和彦の言葉に、玲は大まじめな顔で忠告してきた。「値段が高いところはダメっすよ。

  • 血と束縛と   第36話(10)

    ** 綾瀬が側についてくれていたおかげで、特に問題もなく時間を過ごした和彦は、昼を過ぎてから暇を告げる。しっかりと手土産を持たされて、敷地内にある駐車場へと案内されていると、途中で玲を見かけた。 手にしたスマートフォンと周囲を交互に見ており、何かを捜している様子だ。咄嗟に声をかけようとした和彦だが、どう呼びかけるべきなのか逡巡した。「――玲、くん」 大きな組織の幹部と同じ姓を、気安く呼ぶのに気後れしていた。玲は、訝しげにこちらを見て、居心地悪そうな表情を浮かべる。「すげー、呼びにくそうですね、俺の名前」 小走りで駆け寄ってきた玲の開口一番の言葉に、和彦は乾いた笑いを洩らす。「なんと呼んでいいのか、ちょっと迷ったんだ。君のお父さんと区別するために、名前のほうがいいかなって」「うちの地元じゃ、礼儀正しく『くん』や『さん』付けで呼んでくれる人間なんていませんから、一瞬誰のことかと思いました」 ふと和彦はあることに気づき、軽い周囲を見回す。玲が、組長の息子であることを思い出したのだ。「君、護衛はついてないのか?」 何を言い出すのかという顔をして、玲が肩を竦める。「ただの高校生に、護衛はつかないでしょう。父さんならともかく。その父さんも、護衛を嫌がって、滅多なことじゃ連れ歩きませんけど」「そういう、ものなのか……。それで君は、何をしてるんだ?」「用も済んだし、これから大学の見学に行こうかと思って。進学を希望している大学が、こっちにあるんです。こんな機会でもないと、どんなところか見ることできませんから」 玲が見せてくれたスマートフォンには地図が表示されている。どうやら最寄りのバス停留所か駅を探していたらしい。 本当に高校生なのだと、妙に微笑ましい気持ちになった和彦は、深く考えずについこう口にしていた。「ぼくも一緒に行こうか」「えっ……」「どこの大学を見たいんだ?」 戸惑いながらも玲が口にした大学名を聞いて、懐かしい気持ちになる。高校生の頃の和彦が、一時進学を望ん

  • 血と束縛と   第36話(9)

    「――長嶺組の艶聞は、小耳に挟んでいる。いや、総和会の艶聞と言うべきか」 和彦が咄嗟に気にしたのは、まだ高校生の玲の反応だった。父親の長い話は聞き飽きたという様子で、不機嫌そうに唇をへの字に曲げており、今の龍造の言葉に興味をそそられた様子もない。 こんな場に顔を出しておいて、自分の立場を隠し立てするつもりはないが、だからといって積極的に知らせるようなものではない。特に相手が、高校生の場合。 どういうつもりかと、和彦が険しい眼差しを向けると、龍造が何か言いかける。そこに、トレーを持った綾瀬がやってきた。「コーヒーを持ってきました」 和彦は慌てて立ち上がる。「すみませんっ。綾瀬さんに、そんなことをっ……」「気にしないでくれ」 部屋の微妙な空気を感じ取ったのか、綾瀬がわずかに頬の辺りを強張らせる。和彦は、各人の前にコーヒーカップを置きながら、さりげなく綾瀬と龍造に視線を向ける。 この二人に遺恨はないのだろうかと、漠然と思った。賢吾から端的な説明を受けただけだが、簡単に割り切って御堂を共有していたとは考えにくいのだ。何かしらの執着があるからこそ、〈オンナ〉にしたはずだ。そこまでしなければ手元に置けない存在があると、和彦自身が証明している。 綾瀬は表情らしい表情を見せないが、一方の龍造は、意味ありげに綾瀬を見ていた。息苦しくなりそうな沈黙が訪れたが、それは長くは続かなかった。 清道会の組員らしい男が恭しい態度で部屋に入ってきて、龍造に声をかけた。会長が呼んでいるということで、龍造はコーヒーを一口だけ飲んで立ち上がった。「玲、お前も来い。せっかくだから、紹介しておきたい。お前もこっちに来たら、何かのときに世話になるかもしれないからな」「……俺、礼儀とかわかんないけど……」「ガキのお前に、誰も立派な挨拶なんて期待してねーよ」 龍造は軽く手を上げ、玲を伴って部屋を出て行く。それを綾瀬は、軽く一礼して見送った。和彦は、そんな男たちの姿を、少し離れた位置から眺める。 部屋に二人きりとなると、綾瀬に手で示された

  • 血と束縛と   第36話(8)

    ** 御堂の実家に幽霊など出ないとはっきりしたことは、ささやかながら和彦を安堵させた。心の底から存在を信じているわけではないが、得体の知れない人物が夜、建物の中をうろついていたというのは、気持ちがいいものではないのだ。「――……つまり、昨夜、ぼくを助けてくれたのは、やっぱり君だったのか」 和彦の言葉に、伊勢崎玲は微妙な表情となる。「助けた、というのは大げさです。ただ部屋に連れて行って、水を飲ませただけですから」「でも、君が見つけてくれなかったら、ぼくは廊下で朝まで寝ていたことになる」 ここで短く笑い声を洩らしたのは、玲の父親である伊勢崎龍造だ。さきほど名刺をもらったが、そこには、北辰連合会顧問という肩書きとともに、伊勢崎組組長とも記してあった。 これまでさまざまな組織の名を目にしてきた和彦だが、北辰連合会と伊勢崎組という組織に関する知識は、まったくなかった。おそらく総和会と直接関わりがある組織ではない。「秋慈には心底迷惑そうな顔をされたが、お前をあの家に泊まらせておいてよかったな。立派な人助けができたじゃねーか、玲」「……父さんが偉そうに言うなよ。御堂さんに迷惑かけたことは事実なんだから」 目の前の伊勢崎父子のやり取りを、微笑ましさと困惑が入り混じった気持ちで眺める。 とりあえず座って話そうということで、わざわざ少人数用の客室を用意してもらい、庭から場所を移動したのだが、なぜか和彦も同席している。遠慮しようとしたのだが、龍造の押しの強さに逆らえなかった。「夜遅くになって御堂さんの家に押しかけて、連休の間、俺だけ泊まらせるよう無理を言ったあと、自分はさっさと飲みに行って。俺は申し訳なくて、朝早くに家を出たんだぞ」「あー、だから今朝はいなかったのか……」 今の玲の話からすると、もしかすると御堂は、和彦と玲が顔を合わせたことを知らなかったのかもしれない。だとしたら、夜更けの訪問客について、あえて和彦に説明しなかったのも理解できる。 和彦が安定剤で眠り込んでい

  • 血と束縛と   第13話(11)

    ****「――俺との約束を忘れたのかと思ったぞ」 春巻を一口食べて、味に納得したように頷いてから、唐突に澤村が切り出す。和彦は苦笑を洩らしながら、酢豚を堪能する。値段が手頃なランチメニューなのだが、値段以上の価値がある味だ。 先日、中嶋に連れてきてもらってディナーを食べた中華料理店に、ぜひもう一度訪れたいと思っていたところだったので、澤村とランチを一緒に、という約束を果たすには、うってつけの店だろう。 店はホテル内にあるため、常にさまざまな人が行き交っている。そのため、護衛をホテルの駐車場

    last updateLast Updated : 2026-03-29
  • 血と束縛と   第11話(8)

    「なるほど。先生のきれいな指が、他の男の体を這い回るのかと思うと、少しばかりムカつくな」「変な言い方をするなっ……。用が済んだんなら、ぼくはこれで帰るからな」 立ち上がろうとした和彦だが、すかさず手首を掴まれて引っ張られ、バランスを崩して賢吾の胸元に倒れ込む。そのまましっかりと両腕で抱き締められた。「先生への本題はこれからだ」 嫌な予感がした和彦は、露骨に顔をしかめて見せる。すると賢吾は表情を和らげてから、耳元に唇を寄せてきた。「頼みたいことがある」「……聞きた

    last updateLast Updated : 2026-03-27
  • 血と束縛と   第11話(20)

     外から男二人のにぎやかな話し声が聞こえてくる状況で、求められるまま、やむをえず舌を絡め合い、唾液を交わす。引き出された舌を痛いほど吸われると、たまらず和彦は鷹津の肩にすがりついていた。 ますます鷹津の腕の力が強くなり、和彦の中で奇妙な変化が起こっていた。鷹津のことがどうしようもなく嫌いで、嫌悪しているのに、そんな男にねじ伏せられるように口づけを交わしていると、高揚感に襲われ、体の奥深くから強引に官能を引き出される。 官能に形を借りた、サソリの毒かもしれないと、ふとそんな考えが脳裏を過る。鷹津の毒を注入され、体も心も侵されていくのだ。 思わず身じろごう

    last updateLast Updated : 2026-03-27
  • 血と束縛と   第11話(22)

     さすがの賢吾も、和彦の心を煩わせるものすべてを見通すことは不可能らしい。「……最初にぼくを狙って、あんなことをした人間が、どんな顔をして、そんなことを言うんだ」「俺はいい。俺は、許されるんだ」 さすがに図々しい発言だと思って和彦が顔を上げると、待っていたようなタイミングで唇を軽く吸われた。「先生を狙って自分のものにして――見事に、骨抜きにされたんだ。そんな哀れなヤクザを、愛情深い先生なら、たっぷり甘やかしてくれるだろ?」 本当に図々しいと思いながらも、和彦はつい笑みをこぼしてしまう。 自

    last updateLast Updated : 2026-03-27
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