Masuk子供のような仕種で頭を振った千尋の顔を、和彦はまじまじと見上げる。父親は、蛇蝎云々と話しながら悠然としていたのに、一方の息子は、牙を剥いていきり立ったかと思えば、すでにもう途方に暮れた犬っころのような顔をしている。
和彦は、片腕で千尋の頭を抱き締めた。「そんな顔するな。お前は、キャンキャン吠えて怒っているほうが、こっちも安心する」「なんだよ、それ……」 ふて腐れたように言いながら千尋が、和彦の体にかかったタオルケットを押し退けてしまう。熱い体にきつく抱き締められ、その生々しさに身じろぐ。安定剤の効き目はもう消えたようだが、秦の淫らな愛撫の余韻は、厄介な疼きとなって体内に留まったままなのだ。「千尋……、ぼくについてきていた組員の二人はどうなった?」 千尋の気を逸らすためというより、本当に気になっていたことを問いかける。「大丈夫だよ。ただ、職質されただけ。多分、先生と引き合わせないよう足止めしたんだ」「…&hellip** 憔悴しきった自分の姿を取り繕う余裕すら、和彦にはなかった。そんな和彦を、座卓についた賢吾がじっと見つめてくる。「――……千尋からの電話で聞いてはいたが、ひどい顔色だ、先生。できることなら、さっさと休ませてやりたいが、その前に、何があったのかを知っておかねーとな」 わかっていると、和彦は浅く頷く。話し始めようと一度は唇を開いたが、震えを帯びた吐息が洩れ、声が出なかった。 賢吾は急かすことなく、ただ見つめてくる。過度の優しさも気遣いもうかがわせることのない、だからこそこちらに精神的負担を与えてこない、不思議な眼差しだ。マンションから本宅に向かう車中、動揺して震える和彦の肩を抱きながら、千尋も同じような眼差しを向けてくれたのだ。 和彦はぎこちなく深呼吸をしてから、やっと言葉を発した。「あんたが、里見さんとの連絡用に持たせてくれている携帯に、兄さんから電話がかかってきた。里見さんの携帯を盗み見して、そこにあった怪しい番号にかけたら、ぼくが出たんだそうだ」「と、言われたか?」 揶揄するような賢吾の口調が気になり、ちらりと視線を上げる。賢吾は、口元に柔らかな微苦笑を浮かべていた。「……どういう意味だ」「震え上がるほど苦手にしている兄貴から言われたことを、すんなり信じるなんて、先生は人がいい」 数十秒近くかけて、賢吾の言葉を頭の中で反芻する。そして和彦は、あっ、と声を洩らした。目を見開き、賢吾を凝視する。「俺は悪党だから、まずはこう考えるんだ。先生の兄貴と、先生の初めての男が手を組んだんじゃないかってな。先生が信用した頃を見計らって――」「里見さんはそんなことはしないっ」 感情的に声を荒らげた和彦だが、次の瞬間には、自分が今誰と向き合い、話しているのかを思い出し、我に返る。 賢吾の口元にはすでにもう笑みはなかった。無表情となり、大蛇を潜ませた目でまっすぐこちらを見据えてくる。戦慄した和彦は、自分の失言を噛み締める。しかし賢吾は怒りや不快さを表には出さなかった。「いまだに信頼しているんだな、里見を。やっぱり
『それでもお前は、わたしの弟だ。これは、わたしにはどうしようもない。だったら、せいぜい利用させてもらう』 英俊が向けてくる冷たい悪意は、電話越しでもしっかりと伝わってくる。どれだけの言葉を費やそうが、気持ちは決して交わることはなく、ただ一方的に搦め取られそうになる。「ぼくに何ができる? 兄さんが言うとおり、おぞましい画像を撮られて、いつスキャンダル沙汰になってもおかしくない人間だ。そんなぼくが佐伯家にできることと言ったら、存在を隠すことだけだ」『そんなお前でも、利用価値はある。佐伯の血を引いているという一点でな』 ゾクリとするような感覚が、全身を駆け抜けた。 和彦は、〈血〉の怖さと重さを知っている。長嶺の男たちによって教えられたのだ。切り捨てることも、逃げ出すこともできないものであるということも。『父さんは、お前を外で自由にはさせていたが、手放す気は一切ないぞ。……わたしにとっては忌々しいがな』 不穏な空気を感じ取った――わけではないだろうが、なんの前触れもなく、書斎のドアが開いた。「あっ、先生、ここにいたんだ」 ピンと張り詰めた空気を壊すように、上半身裸の千尋が緊張感のない声を発する。即座には状況が呑み込めなかった和彦だが、対照的に、英俊の反応は早かった。『誰かいるのか?』 ハッと我に返った和彦は、慌てて千尋に駆け寄ると、片手で口を塞ぐ。大きく目を見開いた千尋が何か言おうとしたが、和彦の異変に気づいたのだろう。すぐに険しい表情となって目を眇めた。「……兄さんには関係ない」『若い声だったな。先生、と呼んでいたということは、患者か? お前がまだ医者をしているようだと里見さんは言っていたが、どうやら本当だったようだな』 このままでは英俊のペースに巻き込まれると思い、和彦は早口に告げた。「もうかけてこないでくれ。あなたと話すことは……ない」『ああ、電話はかけない。だが、お前はわたしと、直接会うことになる』「その気はない。悪いけど……」『お前が意
ここで英俊が低く笑い声を洩らす。和彦に向けて毒を放つとき、英俊はよくこんな笑い方をするのだ。そして案の定、英俊が吐き捨てるように言った。『バカがっ。何が危ない目だ。あんなおぞましい画像を撮られて、みっともなくて父さんの前に顔を出せないだけだろ。あんなものが外に出回るんじゃないかと、うちの人間がどれだけ危惧したと思っているんだ。そのくせお前からは一切説明はないし、連絡すら取れない。肝心の里見さんも、お前に丸め込まれているようだし』「里見さんはっ――」『お前の性癖についてとやかく言うつもりはない。こちらに迷惑をかけない限りはな。どうせ、佐伯家の跡継ぎを期待される立場でもない。女だろうが男だろうが、好きなほうと、好きなだけ寝ればいい』 相変わらず、自分を傷つけるための言葉を心得ている人だと思い、和彦は唇を引き結ぶ。どれだけ佐伯家と距離を取り、関わるまいとしようが、電話で少し会話を交わすだけで、和彦の意識は過去へと簡単に引き戻される。自分という存在がまったく尊重されず、必要ともされていなかった、佐伯家で生活していた頃に。 自分を守るために身につけた術だが、和彦は心を凍りつかせる。動揺すらもあっという間に鎮まり、英俊と同じような淡々とした口調で応じた。「だったら、ぼくに連絡をしてくる必要はなかっただろ。ぼくは今、好きなように生きている。兄さんたちが関わってこないなら、ぼくからも関わる気はない」『それがそうできないから、お前と連絡を取ろうとしていたんだ。里見さんから聞いたが、お前も少しは、こちらの動向を把握しているんじゃないのか』「――……兄さんが出馬するという話なら」『それだ。珍しくはないだろ。官僚から政治家へ転身という話は。父さんも、すでにあちこちに根回しをしていて、とにかく忙しい。そんな状況で、〈身内〉に足を引っ張られたくない』 佐伯家は相変わらずだと、そっと和彦は嘆息する。かつて父親は、省内の権力争いに血道をあげて勝利し、絶対的な支配力を誇っていたが、定年が間近に迫り、すでに天下り先も決めている。だからといって、そこがゴールではない。父親と酷似した道を歩んできた英俊は、ここにきて新たな権力の道を見出し、進もうとしてい
** 和彦はTシャツを着込むと、濡れた髪を掻き上げてから大きく息を吐き出す。そして、ドアを開けたままのバスルームにちらりと視線を向けた。 バスタブの縁にあごをのせた千尋が、目が合った途端に笑いかけてくる。締まりのない顔だが、これが長嶺の男だと思うと、可愛いと感じられるから不思議だ。いや、単に和彦が、千尋に対して甘いだけかもしれない。「先生、もっとゆっくり湯に浸かればいいのに」「……お前がまとわりついてくるから、湯あたりしそうになるんだ」「俺が介抱するけど?」「そんなこと言って、何されるかわかったものじゃないから、遠慮する」 連休の間、どれだけ千尋に我慢を強いていたのか、和彦は今日、身をもって知った気がする。とにかく普段以上に、千尋のスキンシップが激しい。ベッドに移動して、さんざん快感を貪り合ったあとも、しばらく離してもらえなかったうえに、風呂まで一緒に入ることになったぐらいだ。 この様子だと、今夜は泊まっていくつもりだろう。長嶺の男たちの〈オンナ〉である和彦には、そのことで文句を言うつもりはないが、多少心配にもなってくるのだ。自分は、長嶺組の跡目を甘やかしすぎているのではないか、と。「夕飯は外に食べに行くんだろ? まだ時間はあるから、お前はのんびり湯に浸かっていていいぞ。その間ぼくは――」 寝室の片付けをする、という言葉を寸前のところで呑み込む。首を傾げた千尋を一瞥して、逃げるように脱衣所を出た。 和彦は、情交の痕跡が生々しく残る寝室に入ると、シーツを剥ぎ取るだけではなく、汚れた床も手早く掃除する。千尋が場所を選ばず行為に及んだせいで、と責めるつもりはない。結局のところ、受け入れてしまった和彦も同罪なのだ。 寝室の空気を入れ替えるため、窓を開ける。入り込んできた風が、風呂上がりなのと、それ以外の理由で火照った体には気持ちいい。 すっかり見慣れたマンションから見渡せる街中の景色を眺めていると、ほんの数日前まで、自然に囲まれた別荘でのんびり過ごしていたことが、ずいぶん懐かしく感じられる。そのくせ、ともに過ごした三田村のぬくもりや感触などは、今でも鮮やかに思い返せる
背後から抱き締められ、うなじに唇を押し当てられる。すでに体が熱くなっていた和彦は、たったそれだけの刺激でも、吐息を洩らしてしまう。「千尋、そろそろベッドに――」「まだダメ」「ダメって、お前……」 千尋の腕が移動し、今度は腰を抱かれる。尻に押し付けられたのは、生々しい欲望だった。無駄だと思いつつ身を捩った和彦だが、やや強引に腰を掴まれて、尻を突き出したような姿勢を取らされると、もう抵抗はできない。「……俺やっぱり、性癖に問題あるかなー。いかにも上品な先生に、こういう格好させると、それだけで感じる」 そんなことを言いながら、千尋が内奥の入り口に熱の塊を押し当ててくる。指でわずかに解されただけの内奥が、凶暴な欲望でこじ開けられるのだ。背後から押し寄せてくる苦しさに和彦は呻き声を洩らし、必死にガラスに両手を突く。 腰を掴む千尋の手の力に容赦はないが、腰の動きそのものは慎重だ。和彦は、こういう形での交わりに少しばかり腹立たしさを感じはするものの、千尋の気遣いがわかるだけに、怒鳴ることもできない。大きな犬っころにじゃれつかれ、のしかかられているようにも感じられ、苦しさに喘ぎながらも、つい唇に笑みを刻む。「バカ千尋……」 小さな声で呟くと、和彦の腰を抱え込むようにして、千尋が繋がりを深くする。肩の辺りに、熱く荒い息遣いを感じた。「何か言った、先生?」 地獄耳、と今度は心の中で呟いてから、和彦は首を横に振る。すると、千尋の片手が両足の間に入り込み、欲望を掴まれた。「もう少し我慢してね。気持ちよくしてあげるから」 千尋に緩く腰を突き上げられるたびに、欲望を扱かれる。最初はただ、内奥を犯される苦しさに声を上げていた和彦だが、次第にそれ以外の感覚が湧き起こり、上げる声が艶を帯び始める。「うっ、あぁっ、はっ……」 頬を押し当てたガラスが、喘ぐたびに白く曇る。和彦の変化にとっくに気づいていたのだろう。千尋が大きく腰を動かし、内奥深くに欲望を突き込まれる。その瞬間、和彦の全身を強烈な疼きが駆け抜けた
「いいよ。ずっと先生に責任取ってもらうから」 それは困る、と思った和彦だが、千尋に性急に唇を塞がれ、言葉が口をついて出ることはなかった。 千尋の汗ばんだ両てのひらが脇腹から胸元へと這い上がり、すぐに指先に左右の突起を探り当てられ、押し潰すように刺激される。体を押し付けてくる千尋の情熱に圧倒されながら、和彦ものろのろと手を動かし、千尋の体をTシャツの上からまさぐる。いつの間にか逞しさを増した若い体だが、和彦が愛しているしなやかさは少しも損なわれていない。 Tシャツの下に手を潜り込ませ、熱く滑らかな肌を撫で回す。この肌に刺青が彫られるのかと考えると、正直惜しい。だが同時に、千尋の肌に彫られた刺青を撫で回す瞬間を想像すると、和彦はひどく高ぶるのだ。「先生、興奮してる」 和彦の両足の間を、パンツの上から押さえつけた千尋が嬉しそうに洩らす。思わず手を押し退けようとしたが、そのときにはすでに、ベルトを外されているところだった。「千尋、立ったままでっ……」「どうせ俺、若くして妙な性癖の持ち主だし」「そんなことで開き直るな。すぐそこにベッドがあるだろ」「見えない。――先生しか見えない」 真顔で千尋に囁かれ、感じた気恥ずかしさを誤魔化すように和彦は顔をしかめる。「……何言ってるんだ、お前は」「つまり、たっぷり俺と気持ちよくなろうってこと」 パンツの前を寛げられ、下着ごと引き下ろされる。ポロシャツすらも脱がされながら、無駄だと思いながら和彦は一応忠告しておく。「シャワーも浴びてないから、汗くさいぞ」「先生の汗の匂い、大好き」 半ば予測できた千尋の返答に、和彦はもう苦笑を洩らすしかない。身につけていたものをすべて脱がされてしまうと、羞恥に身じろぐ間もなく千尋に抱き締められた。 千尋のてのひらが、うなじから背、腰から尻へと移動する。たったそれだけで、鳥肌が立ちそうな疼きが背筋を駆け抜け、和彦は小さく声を洩らしていた。顔を覗き込んできた千尋と唇を啄ばみ合っていると、もう片方のてのひらが胸元をくすぐってくる。 期待で硬く
「お前のここも、溶けかけてるな。中は……トロトロだ。柔らかいくせに、俺が動くたびに、きついぐらい締め付けてきて、吸い付いてくる。こうやって、誰にでも媚びるんだろうな。――ムカつくほど、俺好みの体だ」 あごを掴まれて、鷹津に唇を吸われる。和彦は押し寄せてくる肉の愉悦に呻きながら、それでも半ば意地のように顔を背ける。鷹津は楽しそうに声を洩らして笑った。「俺を利用する気なら、もう少し素直になれよ。ヤクザに聞かせているような喘ぎ声を、俺にも聞かせろ。扱い次第じゃ、俺はいい番犬になってやるぜ」「……番犬にし
勤務は日勤のみで、週休二日。給与は、美容外科のスタッフとしては平均的な額。こういった条件を掲載してもらったが、それでもこちらの予想を超えて反応はあった。 好条件で人材を集める必要はなく、日中の、〈表向き〉の業務さえきちんとこなせるなら、それで十分なのだ。長嶺組の人間がチェックして、これだけの人間が問題ないと判断されたのなら、あとは面接を経て、数人を採用することになるだろう。 大事なのはむしろ、組絡みの業務に携わる人材だ。「それで、数日中には書類選考の結果を連絡して、来月中旬には、面接を行いたいと思っている。もちろん、先生には立ち合ってもらうが、組の関
「お前はいろいろと都合がいい。ヤクザじゃないし、表向きは真っ当な医者だ。俺がお前と接触を持つ分には、刑事として冒す危険は少ない。それに、長嶺にとってお前は、金も手間も、愛情すらかけている大事で可愛いオンナだ。そのオンナを、俺に抱かせたということは――少なくとも俺を、利用する気はあるってことだ」 熱い吐息をこぼした和彦は、おずおずと自らの下肢に片手を伸ばし、柔らかな膨らみを執拗に攻める鷹津の手の上に重ねる。わずかに力を込めると、その通りに鷹津の手に力が入り、柔らかな膨らみを刺激する。 和彦は、自分が好きな愛され方を、鷹津の手を通して自らに施す。それは自慰のようでもあ
「ここを、鷹津に?」 掠れた声で三田村に問われ、和彦は喘ぎながら頷く。鷹津に対してそうしたように、三田村の手の上に、自分の手を重ねた。 「何度も、弄られた。ぼくの好きな攻められ方を、教えてやった……」 三田村の指が蠢き、ゾクゾクするような感覚が腰に広がる。和彦は首を左右に振りながら、訴えた。 「……あんたのやり方で、愛してくれ……。自分のオトコには、好きなように、扱われたい。あんたの愛し方が、ぼくは好きなんだ」 「なら、あとで舐めたい。先生の感じるところは全部、壊さないよう、丁寧に愛してやりたいんだ」 優しい三田村だが、内







