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第8話(10)

Author: 北川とも
last update publish date: 2025-12-05 08:00:13

 普段以上に甘ったれな犬っころぶりに拍車がかかっており、神経を張り詰めて相手をしていると、かえって異変を悟られそうだ。酔ってはいても、千尋の嗅覚はバカにはできない。

「とにかく上がれ。ここに寄ったということは、泊まっていくんだろ」

「……うん。いい?」

 首を傾けて問いかけてきた千尋が、次の瞬間には、甘えるように和彦の肩に額をすり寄せてくる。そんな千尋の頭を片腕で抱き締めて、和彦は応じた。

「ぼくが追い返すとは思ってないだろ、お前」

 悪びれることなく頷いた千尋の頭を、思いきり撫で回してやる。

 和彦は、千尋を支えながら寝室に連れて行き、ベッドに横にさせる。とことん和彦に甘えるつもりなのか、千尋は大の字になってしまい自分で何もしようとはしない。仕方なく和彦は、千尋の靴下を脱がせてから、体の上に馬乗りになる。千尋が楽しそうに笑い声を上げた。

「すげー。これから先生に犯されそう」

「あんまり変なこと言うと、部屋から叩き出すぞ」

 ジャケットを脱がそうとして、ポケットに
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  • 血と束縛と   第36話(2)

    「ここは、わたしの実家なんだ」 よく磨かれた廊下を歩きながら、御堂が切り出す。やはり足音を立てずに歩くのだなと、変なところに感心していた和彦は、数瞬の間を置いて目を丸くする。 御堂の寛いだ服装や、自分たち以外に人の気配が感じられないことから、何かある家だとは思っていたが、御堂の実家だというのは予想外だった。「ご覧のとおり、広さだけが取り得の古い家なんだが、家族はいないから、遠慮はいらない。ホテルか旅館を取ろうかとも思ったんだが、清道会に予約を任せると、同じ建物内に、招待されたあちこちの組の関係者がうろつく事態になりかねない。わたしとしても、人目を気にせず、君とゆっくり話したかったんだ」「お気遣いはありがたいですけど、本当に、いいんですか? 長年つき合いがあるとか、親しい友人というならともかく、ぼくは御堂さんと知り合ったばかりなのに、連休の間、滞在させてもらうなんて……」「賢吾の大事な人というだけで、十分信頼に値する。それに、わたしとしては、君ともう友人のつもりだったんだが」 肩越しに振り返った御堂から悪戯っぽく笑いかけられる。それで和彦は、いくぶん肩から力を抜くことができた。 案内されたのは、広々としたきれいな和室だった。「この部屋を使ってくれ。もし使い勝手が悪いようなら、他にいくらでも部屋はあるから、遠慮なく移ってくれていいから」「いえ、そんな……」 もごもごと口ごもった和彦だが、一旦部屋に荷物を置き、案内を続ける御堂について歩きながら、思いきって尋ねてみた。「御堂さんは、ここで一人で生活されているんですか? ホテルを転々としているとおっしゃっていたような……」「いや、今は別に部屋を借りて、そこで寝起きしている。ここは、総和会総本部にしても本部にしても、通うには遠い。清道会の事務所の一つが近くにあって、万が一にも何かあったときは駆けつけてくれるから、君を泊める間は、その点ではありがたいんだが……、まあ、はっきり言って、持て余している家だよ。実家ではあるけど、親もいないし、継いでくれる身内もいないし」

  • 血と束縛と   第36話(1)

     三連休に入る前日、和彦の予定は非常に慌しいものとなった。 平日であるため、当然のように日中はクリニックでの仕事をこなしたのだが、こんな日に限って、どうしても今日診てほしいと急な予約が入ったため、時間の調整に四苦八苦することになったのだ。おかげで、最後の患者を見送ったとき、診療時間を三十分ほど過ぎていた。 そこから、連休に入る前ということで、スタッフにはいつもより念入りに清掃を行ってもらう傍ら、和彦は休み明けの業務の準備を整えておく。 和彦の場合、他人の予定に振り回されることが多いため、万が一を考えておく必要がある。例えば休み明け、きちんと出勤できるとは限らないのだ。 自分の手帳に必要なことを書き込みながら、意識しないまま和彦は眉をひそめる。休み明けが平穏無事であることを願うのはもちろんだが、何より重要なのは、連休中、自分が無難に過ごせるかどうかだ。 すでにもう不安しか感じない――とは、口が裂けても言いたくないが、やはり不安だ。 スタッフたちが帰ると、和彦は即座に戸締りなどを確認して回り、アタッシェケースを掴んでクリニックをあとにする。 ビルを出ると、大通りとは逆方向へと向かって、ほとんど小走りで移動する。息が上がりかけたところで傍らにスッと車が停まり、和彦は素早く乗り込んだ。 シートベルトを締めながら隣に目をやると、朝、和彦が運び込んでおいたボストンバッグだけではなく、見覚えのないガーメントバッグもある。「……これ、ダークスーツが入っているのかな……」 思わず呟いた和彦に応じたのは、ハンドルを握る長嶺組の組員だ。「いえ、普通のスーツです。あちら――清道会からの要望だそうで、堅苦しい席ではないからということで。時間がなかったため、さすがにオーダーメイドというわけにはいきませんが、先生に似合いそうだとおっしゃられて、組長自ら選ばれたものです」 そうなのか、と和彦は口中で洩らす。慌しい思いをしたのは、どうやら自分だけではないらしく、和彦を送り出す長嶺組も、いろいろと準備に追われたようだ。 シートに身を預け、すっかり日が落ちるのが早くなった外の景色を眺めてい

  • 血と束縛と   第35話(29)

    「心配をかけて悪かった……」「ああ、心配した。だからといって俺が構えば、先生は頑なになるだろうと思ってな。オヤジがしゃしゃり出てくると、なおさらだ。俺は自分のオヤジが、あんなに心配性だったとはいままで知らなかった」 賢吾の口ぶりからして、守光とのやり取りで苦労していることがうかがえる。 何を切り出されるのかと身構える和彦を、賢吾がじっと見つめてくる。和彦が半月以上かけて精神の安定を図っている間、大蛇の化身のような男も何か思うところがあったのか、佇まいは非常に静かだった。「今日は、鷹津の件で先生を呼んだわけじゃない。あいつはいまだ、行方不明だ。完璧に、姿を隠した。第二遊撃隊が、地面に鼻先を擦りつける勢いで痕跡を追っているようだが、鷹津のほうが上手だろうな」「……そうか」 乾いた声で和彦は応じる。動揺を読み取られまいとしてのことだが、賢吾は唇の端にちらりと笑みらしきものを浮かべて、すぐに本題を切り出した。「先生、明後日からの連休の予定はあるのか?」 いきなり何を言い出すのかと、和彦は眉をひそめる。和彦の生活を管理しているのは、目の前の男なのだ。「別に、何も……。部屋にこもって過ごすつもりだった」「だろうな。そうだと思って、どこかに連れ出してやろうと考えていたんだが――」「なんだ?」「オヤジが、総和会の行事で先生を呼びたいと言っていた」 和彦は顔を強張らせたまま、何も言えない。守光の目的が即座に理解できたからだ。当然、賢吾もわかっている。「まあ、理由をつけて、先生を本部に呼び戻したいんだろう。鷹津に連れ去られた件では、先生に責はないとは言っても、総和会として聞きたいこともあるだろうしな。そういうわけで、先生に伺いを立ててくれと言われた」 和彦としては、本部に顔を出せる心理状態ではなかった。一方で、このままではいけないこともわかっている。 和彦が黙り込んでしまうと、笑いを含んだ声で賢吾が続けた。「さて、俺のもとに実はもう一人、先生の連休中の予定を尋ねてきた人間がいる。ここのところ立て続

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  • 血と束縛と   第35話(26)

     ハッとした和彦は反射的に本を閉じ、傍らを見る。千尋が強い光を湛えた目で、じっと見つめていた。ただ、表情そのものは、知らない場所で放り出された子供のように不安げで、頼りない。 この表情が演技だという気はないが、必要なときに和彦の心を効果的に揺らす術を、千尋は心得ている。甘ったれに見える青年も、立派に物騒な男の一人なのだ。 和彦は本をベッドヘッドの上に置くと、千尋の生乾きの髪に指を絡める。「お前、きちんと髪を乾かさなかったな」「少しでも早く、先生の側に行きたかったから」 臆面もなくこういうことを言える素直さが少し羨ましいと、和彦はわずかに唇を緩め、千尋の頭を引き寄せる。すると、胸元に顔を伏せて千尋が言った。「――……先生、鷹津のことが好きなの?」 和彦は、千尋の頭を撫でようとした手を止める。「よく、わからない……。鷹津のことは嫌な男だと思っていたし、話していても、素直に会話を楽しむことなんてなかったし……。でも、その嫌な男なりに、ぼくに情を注いでくれたし、大事にしてくれた。言葉は悪かったけど、ぼくのことを心配してくれていたんだ」「俺も――俺たちも、そうだよ。先生のことは大事にしてる。もちろん、言葉で表せないぐらい、大好きだ。だからこそ、どこにも行かせない」 目を丸くした和彦は、千尋のつむじを見下ろしていたが、ようやく声を発することができる。「そうだな……」 千尋を抱き締めると、もぞもぞと身じろいで和彦の胸に強く顔を擦りつけてくる。パジャマの布越しに、千尋の吐息の熱がじんわりと伝わってきた。 おとなしくしている千尋を可愛いとは思うが、その正体は、何かの拍子に暴れ出す獣だ。シャワーを浴びたばかりだということを抜きにしても、抱き締めている体が戦くほど熱くなり始めていることに、和彦はとっくに気づいていた。 今のうちにベッドから蹴り出してしまおうかと、なかなかひどいことを考えているうちに、千尋がさらに身じろぎ、とうとう和彦の両足の上に乗り上がってくる。これでは蹴り出すことはおろか、自分が逃げ出すこ

  • 血と束縛と   第11話(8)

    「なるほど。先生のきれいな指が、他の男の体を這い回るのかと思うと、少しばかりムカつくな」「変な言い方をするなっ……。用が済んだんなら、ぼくはこれで帰るからな」 立ち上がろうとした和彦だが、すかさず手首を掴まれて引っ張られ、バランスを崩して賢吾の胸元に倒れ込む。そのまましっかりと両腕で抱き締められた。「先生への本題はこれからだ」 嫌な予感がした和彦は、露骨に顔をしかめて見せる。すると賢吾は表情を和らげてから、耳元に唇を寄せてきた。「頼みたいことがある」「……聞きた

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  • 血と束縛と   第11話(20)

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  • 血と束縛と   第11話(22)

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  • 血と束縛と   第10話(16)

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    last updateLast Updated : 2026-03-26
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