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第8話(41)

Author: 北川とも
last update Last Updated: 2025-12-11 11:00:30

 考えるべきことが多すぎる。すっかり映画はどうでもよくなり、顔を伏せた和彦が暗い足元に視線を落としていると、耳元でハスキーな声が囁いた。

「先生、気分が悪いなら、外に出るか?」

 顔を上げた和彦を、三田村がまっすぐ見つめてくる。思わず頷いていた。

 促されるままロビーに出ると、まずイスに座らされる。ロビーにほとんど人の姿がないこともあり、さりげなく三田村に髪を梳かれた。

「飲み物を買ってくるから、ちょっと待っててくれ」

 こんな日でも、地味な色のスーツを着込んでいる三田村の後ろ姿が、角を曲がって見えなくなる。

 それを待ってから和彦は立ち上がる。階段を使って一階に降りると、そのまま映画館を出て、近くで客待ちをしているタクシーに乗り込んだ。

 逃げ出すつもりはなかった。ただ、一人になりたかった。

 開けた窓から、いくらか暑さの和らいだ風がときおり入り込んでくる。秋の訪れを肌で感じながら和彦は、自分が今の生活を送るようになってどれぐらい経つのか、つい計算してしまう。

 長嶺組専属の医者になれと言われたときは、とんでもないことだと思ったものだが――。

 和彦は視線を室内へと向ける。すでに改装工事を終え、広々としてきれいな空間がそこにはある。医療機器や備品を運び込み、各方面への届出が受理されれば、開業まではあと少しだ。ほんの数か月前まで、大手のクリニックに雇われていた和彦が、ここの実質的な主となる。

 流され続けているうちにこんなところまできてしまい、自分は元の生活に戻れるか否か、その境界線上に立っているのだろうかと、和彦は考える。

 いや、もしかすると、そんなに大層なことではないのかもしれない。

 こちらに向かってくる荒い足音を聞いていると、そんな気がしてきた。

「――やっぱりここにいたのか」

 姿を見せた三田村が開口一番に言った。いつもと変わらない無表情だが、足音を聞いていれば、この男が実は焦っていたのだとわかる。和彦を見つけるために、必死だったのだ。

「……逃げ出したんじゃないんだ。ただ、一人になりたかっただけだ。あのマンションの部屋以外
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