로그인考えるべきことが多すぎる。すっかり映画はどうでもよくなり、顔を伏せた和彦が暗い足元に視線を落としていると、耳元でハスキーな声が囁いた。
「先生、気分が悪いなら、外に出るか?」 顔を上げた和彦を、三田村がまっすぐ見つめてくる。思わず頷いていた。 促されるままロビーに出ると、まずイスに座らされる。ロビーにほとんど人の姿がないこともあり、さりげなく三田村に髪を梳かれた。「飲み物を買ってくるから、ちょっと待っててくれ」 こんな日でも、地味な色のスーツを着込んでいる三田村の後ろ姿が、角を曲がって見えなくなる。 それを待ってから和彦は立ち上がる。階段を使って一階に降りると、そのまま映画館を出て、近くで客待ちをしているタクシーに乗り込んだ。 逃げ出すつもりはなかった。ただ、一人になりたかった。*
*
開けた窓から、いくらか暑さの和らいだ風がときおり入り込んでくる。秋の訪れを肌で感じながら和彦は、自分が今の生活を送るようになってどれぐらい経つのか、つい計算してしまう。
**** ベンチに横になった和彦は、ゆっくりと息を吐き出しながらバーベルを挙げる。上半身の筋肉が引き締まり、重さが刺激となって行き渡る。次に、今度は息を吸い込みながら、バーベルを下ろしていく。 そんなに重いバーベルを使っているわけではないが、一連の動作を時間をかけて数回繰り返していくと、全身から汗が噴き出してきて、Tシャツをぐっしょりと濡らす。 集中力のすべてを、筋肉の動きへと向けていた和彦だが、ふとした拍子に、足元付近に誰かが立っていることに気づく。トレーナーが様子を見てくれているのだろうかと思ったが、そうであれば、遠慮なく声をかけてくるはずだと思い直す。 一度気になってしまうと無視するのは難しく、大きく息を吐き出してから和彦は、ラックにバーベルをかける。すぐには上体が起こせず、呼吸を整えていると、親しげに声をかけられた。「手を貸しましょうか、先生」 その一声で、誰かわかった。和彦は口元を緩めると、遠慮なく片手を伸ばす。すかさず手を掴まれ、体を引っ張り起こされた。差し出されたタオルを受け取り、ひとまず滴る汗を拭いてから和彦は口を開く。「タイミングがいいな。今日は、連絡をしなかったのに」「先生と俺の仲ですからね。なんでもお見通しです」 中嶋にニヤリと笑いかけられ、和彦は微妙な表情で返す。ただの友人同士であれば冗談として成り立つのだが、残念ながら和彦と中嶋の仲は、そうではない。「先生、ここは笑ってくれないと。冗談ですよ」「わかってはいるが、反応に困る冗談を言わないでくれ……」 話しながら、休憩用のスペースへと移動する。イスに腰掛けた和彦は、汗で濡れた髪先を拭いながら、隣に座った中嶋の様子をうかがう。ジムを訪れ、すぐに和彦のもとにやってきたのだろう。まったく汗をかいていない。 予定が狂ったと、思わず心の中でぼやく。 こうして中嶋に声をかけられると、じゃあこれでと、トレーニングに戻るわけにもいかない。和彦はため息交じりに問いかけた。「――何か目的があって、ジムにやってきたのか?」 和彦の声から、警戒
和彦を促すように、背後から大きく内奥を突き上げられ、奥深くを丹念に掻き回される。喉を鳴らした和彦は、おずおずと片手を自分の下肢へと伸ばす。両足の間で震える和彦の欲望は、もう愛撫を必要としないほど、熱く硬くなり、反り返って濡れそぼっている。 本当は三田村に触れてもらいたいと思いながら、ゆっくりと上下に扱く。同時に、内奥で蠢く三田村の欲望をきつく締め付けていた。 三田村が深く息を吐き出し、和彦の腰から背へとてのひらを這わせてくる。「別荘で過ごして以来、よく夢を見るんだ。中嶋を犯している先生を、こうして後ろから犯している光景を。夢なのに、ひどく興奮して、感じるんだ」 三田村の欲望が、内奥から引き抜かれていく。発情しきった襞と粘膜を強く擦り上げられ、和彦は感極まった声を上げて反応してしまう。自ら愛撫する必要もなく絶頂を迎え、シーツに向けて精を飛び散らせていた。その瞬間を待っていたように、再び三田村の欲望が内奥深くに押し入り、重々しく突き上げられる。「んあぁっ――」 衝撃に、ふっと意識が遠のきかけるが、三田村に腰を揺すられて我に返る。和彦は無意識のうちに、腰に回された三田村の腕に、爪を食い込ませていた。痛みすら心地いいのか、内奥でますます三田村の欲望が膨らむ。「あっ、う……。い、い――。三田村、気持ちいぃっ……」「〈男〉なのに、〈オンナ〉でもある先生の姿が、目に焼きついている。どうしようもなく淫らでふしだらで、魅力的だった。自惚れるなと言われるかもしれないが、俺は、先生の奔放さと、相性がいい。……いや、どんな先生でも、たまらなく愛しい」 惑乱した意識のせいで、三田村の言葉が耳に入りはするものの、頭が意味を理解しようとしない。だが、必死に言葉を紡いでくれているのだということは、わかる。なんといっても、体を繋ぎ合っているのだ。「もう、先生のいない世界は、考えられない。だから、俺の前からいなくならないでくれ。例え俺を遠ざける瞬間が訪れたとしても。この世界の怖い男たちに囚われたままでいてくれ。そうすれば、俺はいつでも、先生の存在を感じていられる。それだけでも、十分幸せだ」
指を唾液で濡らした三田村が、内奥の入り口を簡単に湿らせてから、高ぶった欲望の先端を擦りつけてくる。和彦は自ら両足を大きく左右に開き、愛しい〈オトコ〉を受け入れる態勢を取った。「すまない、先生っ……」 言葉とともに、三田村がぐっと腰を進める。頑なな内奥の入り口を強引に押し開かれ、欲望の太い部分を呑み込まされる。さすがに痛みに眉をひそめると、三田村にそっと唇を吸われ、掠れた声で言われた。「俺が、先生を痛めつけているな」 和彦は、三田村の肩からバスローブを落とし、逞しい腕を撫で上げる。三田村の筋肉が一気に緊張したのが、てのひらから伝わってきた。「違うだろ。あんたは痛めつけているんじゃない。愛してくれているんだ」「……先生のほうこそ、俺に甘すぎる」 三田村と唇と舌を吸い合いながら、さらに腰を密着させる。三田村は慎重に、しかし確実に和彦の内奥を押し開き、熱い欲望を埋め込んでくる。痛みと、その痛みすら心地よさに変えてしまう興奮に、和彦は息を喘がせる。 中途半端な愛撫を与えられただけの自分の欲望に片手を伸ばし、三田村の動きに合わせて扱く。意識せずとも内奥がきつく収縮していた。「いやらしいな、先生」 耳元で三田村に囁かれ、その声の響きだけで全身が痺れる。さらに、ようやく根元まで埋め込まれた欲望に内奥深くを突き上げられて、痺れた全身に快美さが行き渡る。 上体を起こした三田村に緩やかに律動を繰り返されながら、すっかり乱れたバスローブを脱がされた。触れられないまま硬く凝った胸の突起をてのひらで転がされ、反り返って先端を濡らした欲望を軽く扱かれてから、柔らかな膨らみを優しく揉み込まれる。「うっ、うあっ――……」 傷ついていないか確かめるように、繋がっている部分を指で擦り上げられたときには、和彦はビクビクと間欠的に体を震わせる。 再び覆い被さってきた三田村に、焦らすように胸の突起を舌先で弄られ、そっと吸われる。和彦は夢中で三田村の背に両腕を回し、この男が本来持つ激しさを求める。「三田、村、もっと…&hellip
三田村の物言いたげな雰囲気が伝わってくる。しかし、それを実際に言葉として発しないところに、三田村の優しさを感じる。 その優しさに報いるため、和彦は言葉を選びながら話す。「佐伯俊哉。ぼくのことを調べたときに、父さんのことも調べたんだろう。大物官僚で、怖いぐらいの切れ者だ。子飼いの官僚が何人もいて、一大派閥を作り上げて、政治家に対しても影響力がある。傲慢で野心家、氷のように冷たい。でも――」「でも?」「ものすごく、ハンサムなんだ。家柄も仕事にも恵まれていて、そのうえ外見もとなると、女性が放っておかない。父さんの傲慢さや冷たさは、女性にとっては魅力的らしい。自分は結婚していて、子供がいようが関係ない。気に入った相手と関係を持つ。堅いイメージに守られた佐伯俊哉の本質は――奔放さだ」 守光から、俊哉の女性関係の処理について聞かされたとき、驚きはしたものの、その内容をすぐに信用したのは、このためだ。和彦は、父親の実像を嫌というほど把握している。「……見た目はまったく似てないけど、ぼくと父さんは、こういう部分でよく似ている。性的な禁忌に対する感覚が、きっと壊れているんだ」 三田村に肩先を撫でられたあと、ぐっと掴まれる。驚いた和彦が顔を上げると、三田村は厳しい表情でこう言った。「壊れているなんて、言わないでくれ。俺はずっと、先生の愛情深さに心地よさを感じている。先生の本質も奔放さだというなら、俺はその奔放さが、愛しくてたまらない」 和彦は瞬きも忘れて三田村の顔を凝視してから、小さく声を洩らして笑う。「すごい口説き文句だ」「そんなつもりはないが……、でも、本心だ」 笑みを消した和彦は、三田村の頬を撫で、あごにうっすらと残る傷跡を指先でなぞる。何かが刺激されたように三田村がゆっくりと動き、和彦の体はベッドに押し付けられた。 きつく抱き締められ、その感触に意識が舞い上がるほどの心地よさを覚えながら、和彦は両腕を三田村の背に回す。「あんたのことも聞きたい」「俺のこと?」「あんたの父親のこと」 三田村は一瞬痛みを感じたような顔を
「まずは、どこかに入って昼メシを食おう。それから、先生の行きたいところに寄って――」 話しながら三田村がちらりとバックミラーを一瞥する。「ぼくよりも、あんたのほうが落ち着かない感じだ」 和彦の指摘に、三田村は苦笑いした。「俺と一緒にいて、先生の身に何かあったら大変だ。そういう意味では、緊張する。先生を守れるのは俺一人しかいない状況で気が抜けないのに、どうにかすると、すぐに気を抜きそうになる」 車で移動中の今ですら、三田村はピリピリしている。これでは部屋で二人きりとなったところで、寛ぐどころではないだろう。誰かがまだ見張っているのではないかと、常に気を張り詰めることになる。 余計なことをしてくれると、眉をひそめながら、ウィンドーの外を流れる景色に目を向ける。 少しの間考え込んだ和彦は、三田村にある提案をした。** 和彦を軽く扱っているようだから、という誠実な理由で、三田村はホテルを使いたがらない。わざわざ逢瀬の部屋を借りてくれたのも、そのためだ。 だから今回は、あくまで緊急避難だ――。 窓に歩み寄った和彦は、首筋を流れ落ちる水滴をタオルで拭いながら、夕闇に包まれかけている街並みを見下ろす。闇が濃くなっていくに従い、街そのもののまばゆさは増していくのだろう。実際、渋滞した道路は車のライトで溢れ、どのビルも明かりがついている。 本当であればいまごろ、静かな住宅街の中にあるアパートの一室で、三田村とひっそりと過ごしているはずだったのだが、予定は狂ってしまった。 現在、二人がいるのはシティホテルの一室だ。南郷がつけたかもしれない尾行を引き連れて、特別な部屋に戻りたくなかったのだ。何より、三田村に余計な緊張を強いたくなかった。多くの人が滞在している場所であれば、自分たちに向けられる注意がそれだけ逸れる――という錯覚は得られる。 闇に覆われる寸前の、独特の色合いを帯びた街をもっと眺めていたい気もするが、三田村がシャワールームから出てきたため、カーテンを引く。「三田村、ビールでいいか? なんなら、ルームサービスを頼んでおくか。いや、夜食を食べたくなったときにするか&helli
「どういうわけだか、佐伯家はぼくを必要としているらしい。それで、ある知人を使って連絡を取ってきた。知らない顔をしたいところだが、知人に迷惑をかけられないし、そろそろこちらの意思を伝えておこうと思って、会うことにした。……兄と」「『騒ぎ』とは、そういうことでしたか」「家の問題については、ぼく自身が対応するしかないしな。下手に動くと、ぼくの周囲の人間たちに迷惑をかけるどころか、致命傷を与えかねない」「大事なんですね。――先生の周囲の〈男たち〉が」 恥ずかしいことを言うなと怒鳴ろうとした和彦だが、すぐに思い直し、結局口を突いて出たのは、ため息交じりの言葉だった。「……思惑があるにせよ、大事にしてもらっているからな」「それがヤクザの手口なのに、先生は甘い」「自分でもそう思う」 そんな会話を交わしながら、次々に段ボールを開けて商品を確認していたが、ふと秦が、あることを思い出したように腕時計に視線を落とす。つられて和彦も自分の腕時計で時間を確認していた。「そろそろ昼だな。確か隣のビルに、イタリアンの店が入っていただろう。混む前に食べに行くか?」 和彦の提案に、秦は大仰に残念そうな顔をする。「魅力的なお誘いですが、先生とはこれでお別れです」「なんだ。これから用があるのか?」「わたしではなく、先生が。もう一階に、迎えの方が到着しているはずですよ」「そんなこと、今初めて聞いたんだが。迎えも何も、護衛の人間にはビルの外で待ってもらっていて――」 和彦が戸惑っている間に、ソファに置いたジャケットを秦が取り上げる。促されるまま袖を通すと、肩を抱かれて店の外へと送り出される。「それじゃあ、お気をつけて」 にこやかな表情で手を振る秦の勢いに圧されるように、和彦は首を傾げつつもエレベーターに乗り込み、一階へと降りる。 不可解な秦の態度の理由は、扉が開いた瞬間に氷解した。「三田村っ」 驚いた和彦が声を上げると、エレベーターの前に立っていた三田村がわずかに唇を緩める。しかし次の瞬間には表情を引き締め、鋭
「千尋、がんばって全部食べろよ。お前のために、買ったんだから」「全部食べるまで、先生が隣にいてくれるなら」 横目でじろりと見ると、千尋ににんまりと笑いかけられた。その千尋の唇の端に、チョコレートがついている。ここで指先で掬い取ってやるほど甘くない和彦は、反対に、指先にクリームをたっぷり取って、千尋の高い鼻につけてやる。しかし、千尋も負けていない。目をキラキラさせて、和彦の頬にクリームをつけてきた。「――生意気」「いくら先生が年上でも、こういうところじゃ遠慮しないよ、俺」「よし、わかった。ぼくも遠慮しない」 和彦の言葉
「さあな。本名なのか、そうじゃないのか、本人が語ったことはないようだ。人当たりは柔らかだが、掴み所がない。ぼくは最近知り合ったばかりだが、つき合いの長い人間にとっても、何かと謎の多い人物らしい。一応今は、元ホストの実業家という肩書きを持っているが、あちこちの組関係者とつき合いがあるみたいだ」 コーヒーが運ばれてきたので、物騒な会話を一旦中断する。和彦はコーヒーにミルクを入れて掻き混ぜながら、さりげなく視線を中嶋のほうに向ける。どこにでもいそうな普通の青年の顔をしたヤクザは、携帯電話を手に、どこかにメールを送っているようだった。「――あいつ、俺たちの姿を携帯で撮った
一言も反論できなかった。しかし、十歳も年下の青年に言い負かされたままでは悔しいので、精一杯の抵抗を試みる。「……ぼくの周りにいるのが、食えない男ばかりだからだ。だからぼくは、付け込まれる」「それって、俺も入ってる?」 そう問いかけてくる千尋は、やけに嬉しそうだ。和彦は、そんな千尋の頬をペチペチと軽く叩く。「目をキラッキラさせて、そういうことをストレートに聞いてくるうちは、まだまだかもな」 答えながら和彦は、笑みをこぼす。すると、ふいに真顔となった千尋が顔を寄せてきて、チュッと軽く音を立てて唇を吸われ
「――冗談じゃない」 答えたのは鷹津だ。それはこっちの台詞だと、心の中で呟いてから和彦は、端的に説明する。「この男は、刑事だ。しかも君らの天敵ともいえる、暴力団担当係」 さすがの中嶋も驚いたらしく、目を見開いて、和彦と鷹津を交互に見る。もっとも、切れ者ヤクザらしく、即座に澄ました顔で鷹津に一礼した。「先生は、変わったお知り合いがいますね」「……つきまとわれているんだ。長嶺組長も把握している。なんなら、総和会にも報告していいが」 中嶋はちらりと笑みを浮かべ、今度は和彦に一礼すると、ウェートレ