LOGIN車に乗り込むと、待ち合わせ場所を告げ、傍らに置いた袋に目を向ける。念のため、昨日デパートで買ったものはすべて持ち歩いていた。今日中にすべて渡せれば上出来だが、残念なことに、和彦と関係の深い男たちは皆忙しい。
これから会う千尋にしても、決して暇を持て余せる立場ではないのだ。もしかすると、和彦と夕食をともにするために時間を作ったのかもしれない。 夕食後、長嶺の本宅に少し顔を出そうなどと考えているうちに、車が車道脇に停まる。ちょうど、千尋との待ち合わせ場所であるビルの前で、和彦は車中から外を眺める。 すでに日が落ちかけた街中は、それでなくても人通りが多い。千尋はどこにいるのかと目を凝らしてみれば、待ち合わせらしい人がたむろしているスペースに、やけに人目を惹くスーツ姿の青年が立っていた。それが千尋だとわかり、和彦はそっと目を細める。 外見の若さだけなら、それこそやっとスーツが様になってきた新入社員のようでもあるが、物腰やまとっている雰囲気は、明らかに同年代の青年が持ち得ないものだ。覇気と鋭さ、危うい凶暴性のようなものを秘め、それでいて、強和彦が口を開きかけたとき、宮森の手がそっと肘にかかって促される。前の女性客がいなくなり、和彦の番になっていた。しかし、賢吾から頼まれた通りの品を淀みなく注文したのは宮森だった。さらに、イートインコーナーの利用と、二人分の紅茶とチョコレートケーキも。 てきぱきと支払いまで終えた宮森に言われるまま、和彦はふらふらと店の奥へと移動する。すると、待っていたようなタイミングで、スーツ姿の男二人が素早く立ち上がった。鷹揚に頷いた宮森が、空いたばかりのテーブルを示す。 和彦は、テーブルの上の片付けが終わるまで、半ば呆然として宮森を見ていた。ここまでスムーズに物事が進むと、さすがに察しないわけにはいかない。 つまり今の状況は、賢吾と宮森の間で打ち合わせ済みなのだ。だから、和彦の護衛を務める組員も、店までついてこなかった。 これは安心していいのだろうと、和彦は詰めていた息をゆるゆると吐き出す。いくらか落ち着いて、正面の席についた宮森を見つめ返すことができた。 寸前までこのテーブルについていた男たちとは対照的に、宮森の格好はラフだった。羽織っているステンカラーコートの下はハイネックのニット、チノパンツという装いで、散歩帰りにこのケーキ屋に立ち寄ったというふうに見える。堅気の中に上手く溶け込んでいるようだが、しかし、溶け込みすぎて不自然さを感じる。 和彦の知る組関係者は、容貌を含めて際立った個性を持つ男たちが多い中、宮森は一見すべてにおいて凡庸だった。ごくごく普通の顔立ちに痩躯で中背。まっとうな勤め人のような険のない落ち着いた雰囲気。年齢は四十代前半から半ば。 凡庸さの中に、鋭すぎる本性を隠しているようで、本能的に畏怖めいた感情を抱いてしまう。 和彦が臆病だからこそ働く勘なのか、それとも、身構えすぎているだけなのか。これまで顔を合わせても二、三言、挨拶しか交わしてこなかったため、判断がつきかねた。しかし今――。 宮森がイスに座り直した拍子に、きれいにセットされている髪が一筋、額に落ちる。スッと髪を掻き上げる一連の仕種をなんとなく目で追った和彦だが、このとき、宮森の左手に小指がないことに気づいた。心臓に冷たい針を打ち込まれたようで、一瞬息が止まる。 見てはいけない
「してないよ。さすがに呼び捨ては……。総和会の領分に入ったら、悔しいけど南郷とは天と地ほども立場が違う。俺は後ろ盾があるから、総和会の中でも堂々歩けて、南郷も恭しく接してくるけどさ」 ここまで話したところで、組員が廊下を渡ってくる。どうやら和彦を探していたらしく、こちらの姿を認めると、ススッと側にやってきた。「申し訳ありません。お話し中。――先生、お風呂の用意ができてますが」 客間に着替えを取りに行く途中だったことを思い出し、すぐに向かうと応じる。「じゃあ、千尋、あとでな」 和彦が行こうとすると、背後から千尋がどこか投げ遣りな口調で言った。「第二遊撃隊の若い奴から聞いたけど、南郷、ここ何日か隊員の前に姿を見せてないらしいよ。じいちゃんは何か知ってるかもね。電話で話してたから。……何企んでるんだか」 最後の一言はどちらに向けてのものか、なんとなく聞けなかった。和彦が頷いて返すと、千尋はまた表情を一変させ、人懐こい笑顔を向けてきた。「一人で風呂入るの寂しかったら、二階の風呂使ってもいいよ。俺がすぐにあとから飛び込んでいくから」「……安心して、『ボス』とじっくり話してこい」 千尋は大げさに肩を落とすと、賢吾の部屋へと向かった。**** 守光が『会いたい』と言うのなら、何を差し置いても本部に顔を出すべきなのだろうが、賢吾がやや積極的に引き止めるせいもあり、それを言い訳にして和彦は行動に移せていない。 一応、日曜日の午前中は出かける用があり、さらに午後からは、一息つく間もなく賢吾によって連れ出されてしまったため、多忙ではあったのだ。和彦は忙しい身なのだと、罪悪感を抱かなくて済むよう、賢吾は既成事実を作ってくれたのかもしれない。 週が明けてしまえば、和彦にはクリニックの仕事があり、少なくとも日中から呼び出されることはない。もっとも、仕事終わりに有無を言わせず総和会本部に連れて行かれることは、これまで何度もあったが――。 いつも通り、仕事終わりに迎えに来てくれ
「長嶺の男は、土曜日でも忙しいな。悪かったな。今日は連れ回して」「ううん。ついて回ったのは、俺だし。それに楽しかった」 帰宅したのなら、千尋もこれから入浴か夕食をとるのだろうかと思ったが、まだ仕事は終わりではないようだ。賢吾の部屋がある方向を指さして、肩を竦めた。「ボスに、報告がある」 この呼び方は新鮮だ。和彦がくすっと笑い声を洩らすと、千尋が何かに驚いたように、顔を近づけてきた。「千尋?」「なんか、昼間別れたときと、和彦の雰囲気が違う。いや、顔つき、かな。キリッとしてるというか、ちょっとキツイ感じというか……」 何かあったのかと、眼差しで問われる。和彦は視線を泳がせながら、つい自分の顔に触れる。〈雄〉になった影響だと、すぐにわかった。千尋に勘づかれるということは、賢吾に至っては確信すら持っているだろう。「まあ、ちょっと……。何か嫌なことがあったとかじゃないから、気にしないでくれ」 納得したのか、そうでないのか、ふうんと声を洩らした千尋は深く追及してはこなかった。あとで晩メシを一緒に食べようと言い置いて行こうとしたので、咄嗟に和彦は呼び止める。 自分でもどうしてそうしたのかわからなかったが、首を傾けて待つ千尋に、この際だからと切り出してみた。「お前、昨日は総和会の本部に顔を出したんだよな?」「うん。年末に総本部である締会の打ち合わせ。今年は俺も顔を出せと言われてるから、ちょっと勉強をしてたんだ。実は今日も」 それがどうかしたのかと返される。和彦は口ごもりかけたが、誤魔化したところで、千尋が余計に勘繰るだけだ。「――……最近、総和会の様子はどうだ」「どうって、ずいぶん抽象的な質問だね。何か気になることあるの?」「えっと……、ちょこちょこと小耳に挟んだことがあるから、どうかなって」 千尋は頭を掻いて考える素振りを見せたが、すぐに大きなため息をつくと、さりげなく窓の側へと寄る。和彦も倣い、庭園灯がぼんやりと灯る中庭に、二人揃って目を向けた。「少
顔を強張らせた和彦は、咄嗟に言葉が出なかった。 総和会本部の守光のもとに、ただ顔を見せに行って終わりとは、絶対にならない。そう確信できるだけの経験を、和彦は積み重ねてきた。 浮き立った気分は一瞬にして萎え、視線を伏せる。「――和彦」 こんなときでも魅力的なバリトンで呼ばれ、ハッとする。気遣うような賢吾の眼差しを、正面から受け止めた。「不安そうな顔をするな。まるで俺が、お前を苛めているみたいだ」「そんなことは……」「知らせたくはなかったが、一応、な。年末のことを考えて神経をすり減らしているお前が、今日はいじらしくストレス解消をしていたと聞かされていたんだ。何事もなかった顔をしてやってもよかったが、結局は、お前に伝えなきゃいけねーことだ」「……今日は病院に行ったあと、千尋と買い物をしてきたんだ。それに、秦と会って、早めのクリスマスプレゼントをもらった。ぼくもそろそろ、あんたたちへのプレゼントをしないとと思って、本人に何が欲しいか聞くのがいいか、それともぼくが選んだものでいいか迷ってるんだ」 堰を切ったように取り留めなく話し始めた和彦だが、自分でも何を言っているのかわからなくなる。今あえて、賢吾に伝えるべきことではないのは確かだ。「けっこう、いい日だったんだ……」「すまねーな。水を差しちまって」「別に、あんたが謝ることじゃない。――それで会長は、いつぼくに来いと?」「いつ、とは言わなかった。そういうところが、オヤジはいやらしいんだ。こちら……というか、お前を試してるんだ。飛んでやってくるか、ギリギリまで粘るか。命令するのは容易いが、それじゃあおもしろくないんだろ」 いつになく険を含んだ賢吾の物言いに、聞いている和彦のほうが不安になってくる。 父子の間に何かあったのではないかと、尋ねていいものか逡巡していると、和彦の素振りから察したのか、賢吾が唇の端に微苦笑を刻む。「オヤジは、年末からのことを考えているはずだ。お前を、長嶺組からじゃなく、総和会から送り出したいんだろう
行為の余韻と脱力感にしばらく浸っていたいところだが、そんな時間はない。 引きずるようにして体を起こすと、今度こそティッシュペーパーを取って後始末をする。背後にぴたりと中嶋が身を寄せてきて手を伸ばしたので、ティッシュペーパーの箱ごと渡してやった。 ほんの数分前まで、獣じみた欲情に駆り立てられていたなどと信じられないほど、淡々としていた。その代わり、気恥ずかしさもない。それは中嶋も同じなのか、ちらりと背後をうかがうと、気だるげではあるが落ち着いた横顔を見せている。ふと目が合ったとき、するりと言葉が出ていた。「今日、クリスマスプレゼントを買いに、あちこち駆け回ってたんだ」 中嶋は目を丸くしてから、へえ、と洩らす。「先生は渡す相手が多くて大変でしょう」「……秦と同じことを言うんだな」「先生を知っている人間なら、十人が十人、同じことを言うでしょうね」 和彦は軽く咳払いをすると、シャツを取り上げる。「君へのプレゼントも手配したんだ。秦のあの部屋に届くようにしてある。クリスマスにでも取りに行ってくれ」 一瞬の沈黙のあと、抑えた笑い声が聞こえてくる。「今のこの状況で、それを言いますか、先生」「顔を合わせるにも、きっかけが必要だろ。あっ、できればプレゼントは、二人が揃って開けてくれ」「――……そんなふうに言われたら、気になるじゃないですか。プレゼント、なんですか?」 和彦は聞こえなかったふりをして、手早く身支度を整え、ジャケットとコートを抱えて立ち上がる。ベッドを離れる前に、中嶋の腫れた頬に触れて諭した。「切れ者のようで、たまに秦はポンコツなところがあるから、君が気を回してやれ。君は、総和会の中での数少ない、ぼくが信頼できる人間だ。その君に不安定になられると、ぼくが困る。加藤くんとの関係も含めて」「先生は甘くて優しい人かと思えば、妙に食えない面がありますよね。そこがまあ、気に入っているんですが」 部屋を出ようとした和彦に、最後に中嶋が気になることを教えてくれた。それは、他愛ないともいえる報告ではあったのだが、なぜだかやけ
ふっと笑みをこぼした和彦は、中嶋に肩を引き寄せられて、再び唇を重ねる。差し出し合った舌を絡め、唾液を交わしながら胸元をまさぐられる。興奮しきって尖った胸の突起を、指で挟むようにして愛撫される。鼻から吐息を洩らすと、中嶋が小さく笑った。「ダメですよ。そんなふうにされると、俺が先生の中に入りたくなる」「よく言う。今は、そんな気分じゃないんだろ」 あえて挑発的な物言いをしてみると、中嶋の目の色が変わった。 焦れたように中嶋が身じろいだため、内奥から指を引き抜く。「先生、後ろから……」 そう言って中嶋がうつ伏せとなり、腰を上げる。和彦はためらうことなく、滑りを帯びてひくつく内奥の入り口に、自らの欲望の先端を押し当てようとする。そこで、大事なことを思い出す。「あっ、ゴム……」「俺は、構いませんよ?」 頭を上げた中嶋に婀娜っぽく笑いかけられて、和彦はそれ以上は何も言わず、濡れた肉を自らの肉で押し広げた。「あううっ」 声を洩らしたのは二人同時だ。自分が男になる瞬間の感覚はやはり強烈で、〈オンナ〉として得る快感に慣れ切った身には、怖さすら覚える。だが、抗い難い魅力がある。 中嶋の引き締まった腰を掴み、緩やかに突き上げる。内奥が複雑に蠢きながら、和彦の欲望をきつく締め付けてくる。律動に合わせてしなる背は、確かに男のものなのにひどく艶めかしく、和彦は目を奪われる。男たちの目に映る自分の姿も想像してしまうのだ。 繋がりを深くしてから、中嶋の尻から腰、背にてのひらを這わせる。小さく呻き声が上がり、卑猥に中嶋の腰が揺れた。和彦はゆっくり目を細めると、中嶋の両足の間に片手を差し込み、反り返って震えている欲望を掴む。内奥を丹念に突きながら、じっくりとてのひらで擦り上げてやる。 先端から、悦びの証であるしずくがトロトロと垂れ落ちていく。和彦は爪の先で優しく先端を苛めてやり、間欠的に上がる嬌声を心地よい響きとして聞く。引き絞るように内奥が収縮し始めたので、やや乱暴に欲望を抜き差しし、はしたない湿った音と、肉を打つ音を立てる。そこに、二人の弾んだ息遣いが重なる。
さすがの賢吾も、和彦の心を煩わせるものすべてを見通すことは不可能らしい。「……最初にぼくを狙って、あんなことをした人間が、どんな顔をして、そんなことを言うんだ」「俺はいい。俺は、許されるんだ」 さすがに図々しい発言だと思って和彦が顔を上げると、待っていたようなタイミングで唇を軽く吸われた。「先生を狙って自分のものにして――見事に、骨抜きにされたんだ。そんな哀れなヤクザを、愛情深い先生なら、たっぷり甘やかしてくれるだろ?」 本当に図々しいと思いながらも、和彦はつい笑みをこぼしてしまう。 自
「不愉快どころか、やけに楽しそうでしたよ、秦さん。いい店を先生に紹介しないと、と張り切ってもいましたし」「ならいいんだ。あの人、職業柄なのか知らないけど、よく気をつかってくれるから。ぼくみたいな人間につき合って、迷惑をかけても悪いしな」 和彦が、長嶺父子のオンナであることは、すでに知られている事実だ。いまさら千尋と甘い会話とキスを交わしていたからといって、他人に喜んで報告するような悪趣味なまねを、秦がする必要もない。 和彦が心配していたのは、そんなことではなく、純粋に今言った通りのことだった。 大きく息を吐き出しながら、中島がマシンをゆっく
「――先生」 呼ばれて、おずおずと振り返ると、そこに真剣な賢吾の顔がある。何か言われたわけでもないのに、和彦は小さく喘いでから賢吾の唇にそっと自分の唇を重ねた。すると、賢吾のもう片方の手に、和彦の柔らかな膨らみは包み込まれる。 「ひっ、あぁっ」 泡で滑る手に柔らかく揉みしだかれ、たまらず和彦は、ビクッ、ビクッと腰を震わせ、背をしならせる。下肢が、甘く溶けてしまいそうだった。 「あとでたっぷり、ここを揉んで悦ばせてやる。最近、弄られるのがよくなってきたみたいだからな。今は、洗うだけだ」 賢吾の的確に動く指は貪欲に、和彦の官能を刺激する
外から男二人のにぎやかな話し声が聞こえてくる状況で、求められるまま、やむをえず舌を絡め合い、唾液を交わす。引き出された舌を痛いほど吸われると、たまらず和彦は鷹津の肩にすがりついていた。 ますます鷹津の腕の力が強くなり、和彦の中で奇妙な変化が起こっていた。鷹津のことがどうしようもなく嫌いで、嫌悪しているのに、そんな男にねじ伏せられるように口づけを交わしていると、高揚感に襲われ、体の奥深くから強引に官能を引き出される。 官能に形を借りた、サソリの毒かもしれないと、ふとそんな考えが脳裏を過る。鷹津の毒を注入され、体も心も侵されていくのだ。 思わず身じろごう