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第9話(5)

Author: 北川とも
last update publish date: 2025-12-13 14:00:13

 何も見えなくても、三人の人間の唇が、同時に自分を貪っていることは認識できた。和彦は動揺しながらも、羞恥する。普通ならありえない状況に、自分の頭がどうにかなってしまったのかと思ったぐらいだ。だがその間も、三人の人間は和彦の体を味わっている。

 大きく左右に開かされた両足の間で、誰かが湿った音を立てながら、和彦のものを口腔で愛撫している。そして、内腿を這い回るごつごつとした手の感触があり、胸の突起の片方を執拗に弄る指先を認識すると、髪を撫でる感触にも意識が向く。

 賢吾と千尋と三田村が自分に触れているのだと、和彦は思った。入り乱れる愛撫に、それが誰の手であり唇なのか、確定することは無理だが、それでも、和彦に触れられるのはこの三人しかいない。

「――安心しろ。大事な先生を痛めつけるようなことはしない」

 ようやく唇が離され、驚くほど側でバリトンが囁いてくる。やはり、口づけの相手は賢吾だったのだ。

「なんの、つもりだ……」

 和彦は震える声で問いかける。怖いのではない。絶えず与えられる快感のため、ど
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  • 血と束縛と   第20話(28)

     三田村が返事に困ったような顔をしたとき、今度は座卓の上に置いた携帯電話が鳴った。土曜日にクリニックから呼び出しがかかるはずもなく、つまり電話は、和彦のプライベートに関わりのある相手からということになる。 和彦が視線を向けると、心得たように三田村は携帯電話を持ってきてくれた。 液晶には見覚えのない番号が表示されているが、直感めいたものが働き、熱で弛緩しきっている体にピリッと緊張が駆け抜ける。それが傍目にもわかったらしく、三田村の手が肩にかかった。「どうかしたのか?」「……いや、電話の相手が――」 無視するわけにもいかず、和彦は電話に出る。『――千尋から聞いた。熱を出して寝込んでいるそうだが、大丈夫かね?』 電話越しだと、より賢吾に似て聞こえる声の主は、守光だ。「ええ、急に熱が出て……。仕事の疲れも溜まっていたのだと思います。ここのところ忙しかったですから」 当り障りのない受け答えをしながらも和彦は、実は内心では激しく動揺していた。さすがに今は思考も正常とは言い難く、迂闊な発言をする恐れもある。何より傍らには、三田村がいるのだ。『原因の一つは、わしだろうな。まだあんたは、わし相手に緊張するから、精神的な負担をかけただろう。――肉体的な負担も』 和彦の心臓の鼓動はドクドクと大きく脈打ち、また熱が上がったのか、体が燃えそうに熱くなる。支えを欲しがって片手を伸ばすと、すかさず三田村が握り締めてくれた。「あの……」『息が苦しそうだ。何も言わんでいい。わしが一方的に話すから』 守光の指摘通り、和彦の息は上がっていた。『勝手だと思うだろうが、わしと会うことを負担に感じないでほしい。わしはただ、賢吾と千尋が大事にしているあんたと、打ち解けたいんだ。身内として、な。堅気だった人間の常識では到底理解できないこともあるだろうが、少なくとも、長嶺組と総和会は、敵意も害意もあんたに向ける気はない。この世界が、あんたにとって安らげる場であってほしいと願っている』 柔らかな声で語る守光だが、総和会会長の肩書きを背負って

  • 血と束縛と   第20話(27)

    **** 脇から体温計を取り出した和彦は、微妙な表情を浮かべる。 朝、目が覚めて、いくらか体が楽になっていることに気づき、さっそく熱を測ってみたのだが、さすがに平熱に戻るほど甘くはなかったようだ。それでも、高熱が続くよりはよほどいい。 そう自分に言い聞かせながら、枕元に用意された新しい浴衣に着替えていると、内線が鳴った。これから朝食を運ぶと言われ、まだ食欲がない和彦は一度は断ったのだが、なんとなく押し切られてしまう。 慌てて帯を締め、脱いだ浴衣を畳んだところで、障子の向こうに人影が映る。「――先生」 呼びかけてきたのは、ハスキーな声だった。目を丸くした和彦が見ている前で障子が開き、トレーを手にした三田村が姿を現す。 三田村は、和彦の姿を見るなり表情を和らげた。「三田村、どうして……」 布団の傍らに座った三田村に問いかけると、答えより先に、肩に羽織りをかけられる。礼を言った和彦は、改めてまじまじと三田村を見つめる。「ぼくが寝込んでいると、知っていたのか?」「昨夜のうちに、本宅の人間から連絡をもらっていた。今朝は、寝ている先生の様子を見て黙って帰るつもりだったんだが……、顔を見せていけと、千尋さんが言ってくれた」「千尋が?」 深夜にこの部屋にやってきた千尋だが、いつ出ていったのか和彦は知らない。もしかして、朝方までついていてくれたのかもしれないが、本人に尋ねたところで答えてくれるとも思えない。 和彦がつい笑みをこぼすと、不思議そうに三田村は首を傾げた。「どうかしたのか?」「いや……。ぼくの周囲には、過保護な人間が多いと思ったんだ。たかが風邪で、なんだか大事だ」「たかが、と言うけど、熱が高いんだろ」 三田村が片手を伸ばしてきたので、和彦も身を乗り出して額に触らせる。無表情がトレードマークのはずの男は、一気に厳しい表情になった。「……熱いな」「これでも、昨夜よりは少し下が

  • 血と束縛と   第20話(26)

    「ダイニングに、チョコレートと一緒に、あんたへの酒を置いてある。……まだ誕生日プレゼントはもらってないけど、何か贈ってくれるらしいから、先にお返しをしておく」「はっきりと、バレンタインだからだ、と言ったらどうだ」「……好きに解釈してくれ」 ため息交じりに洩らした和彦は布団を引き上げ、口元を隠す。立ち上がった賢吾が客間を出ていくとき、こう言い残した。「用があれば、いつでも内線を鳴らせ。とにかく先生は、熱が下がるまでおとなしく寝てろ」 振り返った賢吾の表情は、怖いほど真剣だった。自分でも不思議なほど、そのことが和彦には嬉しかった。本気で心配してくれているとわかったからだ。** 夜が更けるにつれ、本宅は息を潜めるように静かになっていく。ただし、完全に人の気配が絶えることはない。 夜勤として常に誰かが詰め所にいて、外部からの連絡を受けているし、深夜になって帰宅してくる者もいる。そのため寝ている人間を起こす必要がなく、何かあれば詰め所にいる人間を気兼ねなく呼びつけてくれと、お粥を運んできた組員に言われた。 そのお粥を苦労して少し食べたあとから、和彦の意識は曖昧だ。うつらうつらとしていると、組員に話しかけられ、生返事を繰り返しているうちに着替えさせられ、薬を飲まされた。ときおり汗も拭ってもらった記憶もある。 わざわざ内線で人を呼ぶまでもなく、まさに痒いところに手が届くような甲斐甲斐しさだ。 先生にはいつも組員の面倒をみてもらっているから、と言われたような気がするが、もしかすると夢かもしれない。 熱を出して体はつらいが、人から世話を焼かれる状況は和彦にとっては新鮮で、同時に、心地よかった。 ヤクザの組長の本宅で、人恋しさを癒されるというのも妙な話だが、とにかく和彦は救われていた。 実家を出て一人暮らしを始めてから、病気で寝込んだときの自分はどうしていただろうかと、朦朧とした意識で思い出しているうちに、何度目かの浅い眠りに陥る。 ふと、傍らに人の気配を感じた。組員が様子をうかがいに来てくれたのだと思い、目を開くことすらし

  • 血と束縛と   第20話(25)

     無理やり笑みをつくって歩き出そうとしたが、千尋に腕を掴まれ引き止められる。人目があるというのに間近に顔を寄せられ、和彦のほうが動揺してしまう。「千尋、本当に何もないんだ」「……先生、まだ顔が赤いよ。それに、目の焦点がおかしい」 そこまで言われてやっと和彦は、自分の体調の悪さが疲労ではなく、病気からくるものだと知った。足元が覚束ないのは、熱が高いせいだ。 自分の額に手をやったが、体温はよくわからない。額だけでなく、てのひらまで熱くなっていた。急に体に力が入らなくなり、その場に座り込みそうになったが、寸前のところで千尋に支えられる。「先生、本宅に帰ろう」 顔を上げるのもつらくて、和彦はうつむいたまま頷いた。** 喉が痛くて小さく咳き込むと、それだけで頭を揺さぶられるような眩暈に襲われる。一度意識してしまうと、体がどんどん熱に侵食されていくようで、横になっていてもだるい。 和彦は客間の天井を見上げ、ゆっくりと瞬きを繰り返す。体はつらいが、精神的には奇妙なほど安らいでいた。 耳を澄ますと、廊下を歩く足音が聞こえてくる。それに、話し声も。人の気配を感じるおかげで、心細さとは無縁でいられる。それが安らぎに繋がるのだ。 長嶺の本宅に連れて来られた和彦は、そのまま客間に通された。事前に千尋が連絡を入れておいたため、部屋は暖められ、布団も敷かれていた。浴衣に着替えて和彦が横になる頃には、加湿器まで運び込まれたぐらいだ。 和彦にはもう、自分の症状が何からくるものかわかっている。疲労が溜まってきたところに風邪を引き、自分でも驚くような高熱が出たのだ。風邪を予期させる症状にいくつか心当たりがあるが、寝込んでしまった今となっては、遅いとしかいいようがない。 千尋には悪いことをしたと思う。時間を作ってもらったのに、結局何も楽しめないまま、本宅に戻ってきたのだ。和彦に付き添っていると言っていたが、自分に代わって組員が諭してくれ、なんとか客間を出ていってもらった。 苦労して寝返りをうった和彦は、タオルに包まれた氷枕に頬を押し当てる。全身が燃えそうに熱いくせに、ゾクゾクと寒気

  • 血と束縛と   第20話(24)

     車に乗り込むと、待ち合わせ場所を告げ、傍らに置いた袋に目を向ける。念のため、昨日デパートで買ったものはすべて持ち歩いていた。今日中にすべて渡せれば上出来だが、残念なことに、和彦と関係の深い男たちは皆忙しい。 これから会う千尋にしても、決して暇を持て余せる立場ではないのだ。もしかすると、和彦と夕食をともにするために時間を作ったのかもしれない。 夕食後、長嶺の本宅に少し顔を出そうなどと考えているうちに、車が車道脇に停まる。ちょうど、千尋との待ち合わせ場所であるビルの前で、和彦は車中から外を眺める。 すでに日が落ちかけた街中は、それでなくても人通りが多い。千尋はどこにいるのかと目を凝らしてみれば、待ち合わせらしい人がたむろしているスペースに、やけに人目を惹くスーツ姿の青年が立っていた。それが千尋だとわかり、和彦はそっと目を細める。 外見の若さだけなら、それこそやっとスーツが様になってきた新入社員のようでもあるが、物腰やまとっている雰囲気は、明らかに同年代の青年が持ち得ないものだ。覇気と鋭さ、危うい凶暴性のようなものを秘め、それでいて、強烈なほど魅力的だ。「――先生?」 運転席の組員に呼ばれ、我に返った和彦は袋を手に慌てて車を降りる。帰りは、千尋が乗ってきた車に同乗するか、タクシーで帰るつもりだ。 和彦が歩み寄ると、すぐに気づいた千尋がパッと表情を輝かせる。「それ、チョコ?」 開口一番の千尋の言葉を受け、和彦は袋の一つを手渡す。このとき、注意も忘れない。「往来で、大きな声で『チョコ』と言うな。お前はともかく、言われるぼくが恥ずかしい……」「ベッドの中じゃ大胆なのに、変なところで先生って初心だよね。顔まで赤くして」 和彦は遠慮なく、千尋のよく磨かれた革靴を踏みつける。何が楽しいのか、それでも千尋は楽しそうに笑っている。すこぶる機嫌がよさそうだ。 長嶺組の跡継ぎのくせに、チョコレート一つでこうも喜ばれると、和彦としては照れ臭い反面、嬉しい。「……安上がりだな、お前は」 ぼそりと和彦が呟くと、さらりと千尋に返された。「先生だって

  • 血と束縛と   第20話(23)

    **** バレンタイン当日、男としての面目が立つ程度に、和彦は成果を上げていた。 クリニックのスタッフに、何度かカウンセリングに訪れている患者、そして、エレベーターでときどき一緒になる、クリニックの下の階で働いている女性事務員から、チョコレートをもらったのだ。 前に勤めていたクリニックでは、まるでシステムが出来上がっているように、朝、医局のデスクにチョコレートが素っ気なく置いてあるのが常だった。そのせいか、手渡しされるというのは非常に新鮮で、純粋に和彦は喜んでいた。三田村が言う世俗的なイベントの楽しみ方を、初めて理解したかもしれない。 しかし、無邪気に喜んでいる場合ではない。 この日、最後の患者を見送った和彦はデスクにつき、真剣な顔で考え込む。自分がバレンタインデーを堪能したから、あとは素知らぬ顔をしていい道理はなく、和彦は和彦で、しっかり役目がある。 昨日デパートで買ったものを、日ごろ〈世話〉になっている人間に渡さなくてはならないのだ。あくまで、誕生日を祝ってくれた礼のためであって、男の身でバレンタインデーに積極的にチョコレートを配り歩くわけではない。たまたま、今日なのだ。 近しい男たちに説明したところで、ニヤニヤと笑われるのが目に浮かぶような理由を、和彦は必死に心の中で繰り返す。 やはり、一日ぐらいズラしたほうがいいのではないかと思わなくもないが、それはそれで自意識過剰な気もする。何事もない顔をして、淡々と渡すのが一番無難なのだろう。 時間通りにクリニックを閉めて、他のスタッフとともに掃除を始める。 処置室で器具の数を確認してから、掃除機をかけていたところで、ふと和彦は自分の体の異変を感じた。本当は、今朝マンションを出るときから漠然と違和感はあったのだが、さほど気にかけていなかった。 それが時間とともに無視できなくなり、とうとう――。 掃除機のスイッチを一度切って、大きく息を吐き出す。少し動くのも息が切れるほど、体がだるかった。暖房が効きすぎているのかやけに顔が熱く、なんとなく気分がすっきりしない。首を撫でた和彦は心当たりを考えて、すぐにピンときた。 

  • 血と束縛と   第1話(24)

    「……なんの、つもりだ……」「血を見て、体がざわつかないか?」「ぼくは医者だ。毎日見ている」「そうか。だが、俺は違う。案外ヤクザは、そうそう血は見ないものなんだ」 ワイシャツの襟首に賢吾の手がかかり、あっという間に引き裂かれる、ボタンが千切れ飛び、フローリングの床の上に落ちた音がする。和彦は愕然としながら、まばたきも忘れて賢吾を見上げる。「あんた……、息子が男とつき合っていることを、嫌がってたんじゃないのか……」

    last updateLast Updated : 2026-03-17
  • 血と束縛と   第1話(18)

    **** 千尋と会ってから二日が経った。その間、千尋と、千尋の父親――長嶺組との要求に挟まれて、和彦は対応策も考えついていない。  いっそのこと、このまま無為に時間が流れ、千尋が十歳も年上の男のことなど忘れてくればいいのにと、都合のいい、半ば自棄ともいえる事態を望んでしまう。  ハンドルを握る和彦の目に、自宅マンションが入る。拉致されてからの習慣にしているが、常にマンション周辺に不審な車が停まっていないか、まず確認するようになっていた。それから駐車場に車を停める。  車をロックして歩き出そうとし

    last updateLast Updated : 2026-03-17
  • 血と束縛と   第1話(26)

     同性と体を重ねる以外で、特殊な性癖は持ち合わせていないつもりの和彦だが、このときから自信がなくなる。見られることが、もう一つの愛撫になっているようだった。「こっちを見ろ」 賢吾に言われ、反射的に従ってしまう。すかさず唇を塞がれた和彦は、賢吾と舌を絡め合いながら、内奥から指を出し入れされる。 体を起こした賢吾がベルトを外し始め、さすがにじっくりと観察する気にもなれず、和彦は片手で両目を覆う。「……一応、恥らっているのか?」 からかうような言葉を賢吾からかけられ、力なく応じる。「うるさい&h

    last updateLast Updated : 2026-03-17
  • 血と束縛と   第2話(11)

     和彦は口元に手をやり、眉をひそめる。千尋はもう、和彦と自分の父親の関係を察している。そのことが、千尋になんらかの行動を起こさせるきっかけになったのだとしたら、和彦は無視するわけにはいかなかった。 「どうかしたのか、佐伯」 「……いや、クリニックを辞める前に、もう一度あの店に顔を出せばよかったなと思って。そうしたら、長嶺くんに挨拶ぐらいできたかもしれない」 「そうだなー。こうも突然だと、寂しいよな」  澤村の口調には、わずかな苦さが込められていた。昼休みによく通っていたカフェから馴染みのウェイターがいなくなっただけでなく、クリニックからは和彦もいな

    last updateLast Updated : 2026-03-17
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