Share

第5話

Author: 毛利ナン
「あすか……?」

亮介は恐る恐る呼びかけた。けれど、返事はない。スマホを取り出し、あすかに電話をかける。

――電源が入っていない。

胸を締めつけるような不安が、今までにないほど込み上げてきた。

通りかかった看護師を呼び止める。

「すみません、ここにいた患者は?」

「もう退院されましたよ」

その言葉を聞いた瞬間、亮介は病院を飛び出した。車を走らせ、自宅へ戻る。

ドアを開けても、あすかの姿はない。

あすかが行きそうな場所を、思いつく限り探し回った。

けれど、どこへ行っても、彼女はいなかった。

あすかが勤めている会社にも向かった。

だが、そこで知らされたのは、あすかがすでに退職手続きを済ませていたという事実だった。

亮介は力なくソファに腰を落とした。そのとき、テーブルの上に置かれたものが目に入る。

銀行カード。そして――離婚届。

「……離婚?あすか……本気で、俺と離婚するつもりだったのか?」

これまで、あすかが「離婚したい」と言っても、本気にはしていなかった。

少し拗ねているだけ。

宥めれば、機嫌を直してくれる。

そう思っていたのに……

どうして?

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 裏切りの始まりはあの同窓会だった   第8話

    同窓会の会場は、西京市の中心部にある高級な個室料亭だった。久しぶりに顔を合わせた同級生たちは、私の変わりように驚いていた。心から祝福してくれる人もいれば、どこか複雑そうな顔をする人もいる。けれど――今の私には、もうどうでもよかった。「せっかくだし、恒例のゲームやろうよ。真実か挑戦か!」同窓会ではお決まりの遊びだ。私は笑って頷いた。「いいよ。私は真実で」「じゃあ、あすか!」さっそく誰かが身を乗り出す。「文也のこと、好き?」途端に、周囲から意味ありげな視線が集まった。普段は飄々としている文也まで、聞き耳を立てている。私はあえて唇を尖らせた。「文也?別に好きじゃないよ」言い終わるより早く――個室の扉が、勢いよく開いた。息を切らした亮介が、転がり込むように入ってきた。「あすか!やっと見つけた!」その姿を見た瞬間、身体が強張った。忘れたはずの記憶が、一気に蘇る。……亮介?どうして、ここに?まさか――また私の人生を壊しに来たのか?亮介が私に近づこうとした、そのとき。文也がすっと立ち上がり、私の前に立ちはだかった。「亮介。ここは君の来る場所じゃないよ」「……余計なお世話だ」亮介が睨みつける。「あすかは俺の妻だ。連れて帰るのは当然だろ」文也は両腕を組んだまま、冷ややかに返した。「しかし、僕の知る限り、君とあすかはもう離婚してる。つまり、あすかはもう君の妻じゃない。それに、ここは貸し切ってる。僕たちは君を招待していない。だから、帰ってくれる?」次の瞬間、亮介は文也を乱暴に突き飛ばす。文也はバランスを崩し、その場に倒れた。「誰がなんて言おうと、俺はあすかを連れて帰る!」一瞬で、部屋の空気が凍りついた。誰も口を開けない。そんな中、文也は何事もなかったかのように起き上がると、私を見た。そして、両手を広げてみせる。「あすか……君が『真実』を教えてくれないと、僕も君のために『挑戦』できないよ?」私は思わず吹き出した。文也は、本当にどこまでも調子が狂っている。私は笑いながら立ち上がると、文也のネクタイを掴んだ。そのまま、そっと唇を重ねる。次の瞬間、亮介の顔から一気に血の気が引いた。「……これでいい?」私は文也を離し、呆れたように言う。文也は名残惜しそ

  • 裏切りの始まりはあの同窓会だった   第7話

    西京市。亮介のもとを離れて26日目。私は道端で倒れた。目を覚ますと、目の前に見覚えのある、端正な顔があった。「久しぶり……あすか。同級生の顔を、まだ覚えてくれてるのかな?」白衣を着たその男は、すらりと背が高い。「えっと……同級生……?」私は、すぐには思い出せなかった。男は小さく笑う。「竹内文也。高校の時、君の後ろの席だった」「……ああ」言われてみれば、少しずつ記憶が蘇ってくる。高校時代、クラスにいた無口な少年、竹内文也(たけうち ふみや)。誰に対しても素っ気なくて、成績も……たしか、そこまでよくなかったような。そんな私の考えを見透かしたように、文也が笑った。「あまり覚えてないよね。あの頃の君は、亮介しか見えてなかったから」文也は私の検査結果に目を落とすと、それまでの軽い表情を少しだけ引き締めた。「今の君の状態なら、できるだけ早く手術したほうがいい。ご家族は?手術の同意書にサインをもらわないといけないんだけど」「家族には……連絡しなくていい。亮介とは、もう離婚したから」文也の眉がわずかに上がった。「そう」それ以上は何も聞かず、文也は手術同意書を私の前に差し出した。「じゃあ、あすかがサインして。大丈夫だよ。眠って、目が覚めたら終わってる」そう言って、文也は少しだけ口元を緩めた。「僕、こう見えて腕はいいから」思わず、私は彼の顔を見つめた。「……胃がんって、治るの?」文也は自信ありげに口角を上げた。「普通なら、ちょっと難しいケースかもしれないね。でも、僕が執刀するなら話は別だ。あすかは運がいいよ」……手術は、無事に成功した。その後も文也がつきっきりで面倒を見てくれたおかげで、私は驚くほど早く回復した。ある日、病室で文也がふいに尋ねてきた。「ねえ、あすか」「何?」「病気が治ったし、亮介とも縁を切った。これから、どうするつもり?」私は答えられず、首を横に振った。もともと、亮介のもとを離れたあとの人生なんて考えていなかった。全国をゆっくり旅して、最後はどこか景色のいい場所で、静かに死ぬ。そのつもりだった。自分のお墓まで手配していたくらいだ。それなのに――死なずに済んでしまった。そうなったら、これからどう生きればいいのか。私

  • 裏切りの始まりはあの同窓会だった   第6話

    「……小鳥?なんでお前がここに……?」亮介は、割れるような頭痛に顔をしかめた。小鳥の顔から、さっと血の気が引く。「……どういう意味?私を、誰かと間違えたっていうの?」遅れて意味を悟ったのか、小鳥は勢いよく身を起こした。「私をあすかだと思ったのね!夜中にわざわざ会いに来たのに、私を彼女の代わりにしたっていうの?」「出ていけ!」苛立ちを抑えきれず、亮介が怒鳴った。小鳥は、驚きのあまり肩を震わせた。これまでの亮介は、いつだって従順だった。まるで懐いて離れない子犬のように、何を言われても逆らわなかった。こんな乱暴な姿を見せたことなど、一度もない。小鳥はゆっくり息を吸い込むと、今度は亮介の腰に腕を回した。「今まで亮介のそばにいられなかったこと、本当にごめん。だから、埋め合わせがしたいの。私は何もいらない。ただ……もう一度そばにいさせて。あすかがあなたをどん底から救ったのなら、私にだってできる」それを聞いた亮介は、躊躇なく小鳥の頬を打った。「……お前にそんな資格はない!」そう言って、亮介は小鳥をベッドから蹴り落とした。小鳥は憎々しげに亮介を睨みつける。もう取り繕うつもりもなくなったのだろう。「亮介、いい加減にして。あすかの何がそんなにいいの?胃がんになって、もうすぐ死ぬんでしょう?そんな人のどこが、私よりいいっていうの?」「……胃がん?」亮介の眉が寄る。「検査結果には、あすかはどこも悪くないって書いてあったぞ」小鳥は、ふっと冷たい笑みを浮かべた。「あれは、あなたたちを引き離せるための小細工だったのよ」その言葉を聞いた瞬間、亮介の怒りが一気に込み上げた。気づけば、両手で小鳥の首を締めていた。鬼のような恐ろしい視線が小鳥を射抜く。「お前……俺を騙したのか!」「そうよ……でも……騙されたほうが悪いんじゃない?」小鳥は怖がるどころか、声を出して笑った。「正直に話すよ。昔、あなたと別れたのは――あなたがろくでもない男だったから。今戻ってきたのも、あなたにお金があるから、それだけ。私は最初から、あなたなんか愛してなかったの。それなのに……あすかは何を考えてるんでしょうね。あなたみたいな男を、宝物みたいに大事にして。知ってる?私があすかをいじめていたとき、あの子、ずっとあなたの名前を呼

  • 裏切りの始まりはあの同窓会だった   第5話

    「あすか……?」亮介は恐る恐る呼びかけた。けれど、返事はない。スマホを取り出し、あすかに電話をかける。――電源が入っていない。胸を締めつけるような不安が、今までにないほど込み上げてきた。通りかかった看護師を呼び止める。「すみません、ここにいた患者は?」「もう退院されましたよ」その言葉を聞いた瞬間、亮介は病院を飛び出した。車を走らせ、自宅へ戻る。ドアを開けても、あすかの姿はない。あすかが行きそうな場所を、思いつく限り探し回った。けれど、どこへ行っても、彼女はいなかった。あすかが勤めている会社にも向かった。だが、そこで知らされたのは、あすかがすでに退職手続きを済ませていたという事実だった。亮介は力なくソファに腰を落とした。そのとき、テーブルの上に置かれたものが目に入る。銀行カード。そして――離婚届。「……離婚?あすか……本気で、俺と離婚するつもりだったのか?」これまで、あすかが「離婚したい」と言っても、本気にはしていなかった。少し拗ねているだけ。宥めれば、機嫌を直してくれる。そう思っていたのに……どうして?理由が分からなかった。亮介は知り合いに片っ端から電話をかけた。「あすか、最近何か変わったこと言ってなかったか?」「いや、特には……あ、でも一つだけ」友人が思い出したように続ける。「この前の同窓会、お前が途中で出ていったあと、ずっと戻ってこなかっただろ?その間、あすかがお前に何度も電話してたらしい。あのとき、何かあったのか?」その言葉に、亮介の胸が大きく跳ねた。唇に、苦い笑みが浮かぶ。「……そういうことか。見られたんだな」ようやく分かった。なぜ、あすかが自分と別れようとしたのか。自分はうまく隠せているつもりだった。誰にも知られていないと思っていた。静まり返った家を見回す。いつもなら気にも留めなかった静けさが、今は妙に胸に響いた。ふと、テーブルの上に目をやる。そこには、あすかのために買った誕生日ケーキが置かれていた。亮介はそれを見つめ、ぽつりと呟いた。「まあ……これはこれで、いいかもしれない」それからの数日、亮介はあすかを探し続けた。けれど、何の手がかりも見つからない。まるで、彼女がこの世から忽然と消えてしまったかのように。

  • 裏切りの始まりはあの同窓会だった   第4話

    目を覚ますと、亮介がベッドの脇にいた。目の下には濃い隈ができ、ひどくやつれている。私は、てっきり謝ってくれるものだと思っていた。けれど、目を覚ました私に向けた最初の言葉は――「……あすかって、そんなに小鳥が嫌いなのか?診断書まで偽造して、小鳥を陥れるなんて……」亮介は、検査結果を私の顔に投げつけた。「医者に確認した、お前は胃がんなんかじゃない。どうして嘘をつくんだ?俺は何度も言っただろ。小鳥とはもう終わってるって。お前は俺の妻なんだぞ。いったい何を怖がってるんだ?俺が弱ってるところにつけ込んで、結婚までこぎつけたからって、他の女まで同じことをすると思ってるのか?」私は、呆然と亮介を見つめた。悲しくはなかった。失望すらなかった。ただ、心が死んでいた。「……亮介。昔、私に言ってたよね。私は、あなたを救ってくれた人だって」亮介の顔に、わずかな戸惑いが浮かんだ。こんな私を見るのは、初めてだったのだろう。亮介が何か言おうとした、そのとき。「栗原さん!」廊下から看護師の声が飛んできた。「岡崎さんが今、目を覚まされたんですが、かなり取り乱していて……栗原さんに会いたいと」亮介の表情から、さっきまでのわずかな温もりが消えた。「お前のことで、小鳥は気を失うほど動揺してたんだ。あとで会いに行って、ちゃんと謝ってやってくれ」それだけ言うと、亮介は私に背を向けた。「……亮介」私は、ふいに呼び止めた。「今日は、私の誕生日でもあるんだよ……覚えてくれてた?」亮介の足が、一瞬だけ止まった。けれど振り返ることはなかった。そのままドアを開け、出ていく。私は、何も言わなかった。――もう、終わりにしよう。そう思った。亮介は、ろくでもない男だ。それなのに私は、どうしてまだ期待なんかしていたんだろう。私は荷物をまとめた。退院の手続きを済ませ、家へ戻る。持っていくものは、ほんのわずかだった。そのままタクシーを拾い、空港へ向かった。家を出る前、私はテーブルの上に銀行カードと離婚届を置いた。カードには、これまで亮介が私に渡してきたお金が残っている。私は、一円も使っていなかった。飛行機が離陸すると、私はスマホからSIMカードを抜いた。指先で2つに折り、そのままゴミ袋へ落とした。

  • 裏切りの始まりはあの同窓会だった   第3話

    私は笑った。小鳥は明らかに戸惑う顔をした。彼女の中では、私は怒るはずだった。取り乱して、彼女を罵るはずだった。なのに私は、笑っていた。おかしくて、とうとう涙までこぼれた。「……何がそんなにおかしいの?」小鳥が眉をひそめる。私は涙を拭いながら、笑った。「ろくでもない人間同士、お似合いじゃない」「なっ……!」私は淡々と言った。「亮介はあなたに譲るよ。私は出ていくから」今度は、小鳥のほうが動揺した。「……本当に、それでいいの?」私は聞き返した。「あなた自身が、あの人を『ろくでもない男』だって言ったんでしょう?だったら、私が残る理由もない」小鳥の顔に、苛立ちが滲む。私をじっと睨みつけたかと思うと、ふっと鼻で笑った。「あなた、本当は強がってるだけでしょう?昔はこんなに聞き分けがよくなかったもの。私を嫉妬させて、焦らせようとしてるんじゃない?」そして、楽しそうに口元を歪めた。「知ってる?あなたが大事にしてるその『優しい夫』ね――私の足に口づけて、媚びへつらったことがあるのよ。それどころか、『ママ』って呼んだことまであるの」胸の奥に、鋭い痛みが走った。もう、ここを出ていくと決めている。それでも、その言葉は容赦なく心を抉った。亮介が私の体を求めてくる時、こちらの気持ちなんて少しも気にせず、いつだって私のほうに我慢を強いてきた。そんな亮介が――別の女には、そこまでして縋っていた。「それから、忘れないでね。私、あなたのよくない写真を持ってるの。大人しく亮介から離れたほうが身のためよ」そのとき、玄関のドアが開いた。「ただいま」亮介の声が響く。「あすか、俺は小鳥をクビにしたから、もう怒るなよ。あすかの好きなカニも買ってきた。俺がご飯を作るよ」そこまで言って、亮介の足が止まった。リビングにいる小鳥を見つけたのだ。「……なんで、ここにいる?」小鳥はすぐに笑顔を作った。「あすかに謝りに来たの」それを聞くと、亮介の表情が少し和らいだ。「そうか。せっかく来たんだし、一緒に食べよう」「じゃあお言葉に甘えようかな。私も、得意料理を作ってあげるよ」2人は並んでキッチンへ向かっていく。私はその背中を見つめた。爪が掌に食い込むほどに両手を強く握りしめる。胸の奥から

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status