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*17

last update Dernière mise à jour: 2025-06-24 17:00:58

 結局その日は気まずくそのまま通話を終え、俺はそのまま夕食が運ばれてくるまでベッドに潜り込んでいた。

 看護師の有本さんが夕食を運んでくるまでベッドの中に潜り込んでいたのだけれど、物音と気配で被っていた掛け布団を跳ねのけて起き上がったら有本さんがぎょっとした目で俺を見ている。

「……ごめんなさい、起こしちゃいましたね」

「いや、別に……」

「ご飯、ここに置いておきますけど……食べられそうですか?」

「え? あ、はい……」

 無理しなくていいですからね、と心配そうに言われて夕食の病院食の載ったトレイを有本さんは置いていったのだけれど、その表情はひどく心配そうにしていた。

 そんなに俺のいまの顔ヘンなんだろうか……そう思いながら部屋に備え付けの洗面所まで手を洗いに行った時にふと覗き込んだ鏡を見て愕然とした。あまりにひどい顔をしていたからだ。髪はぼさぼさで目許は泣き腫らして赤くなり、いかにも泣きまくっていたことが丸わかりな姿だった。

 朋拓との電話の後、俺はベッドの中に潜り込んで泣いている内に泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。心なしか声も嗄れ気味で、これでは心配されても無理はない。むしろ心配してくれと言わんばかりだ。

 この姿を写真にとって朋拓に送りつけてやろうかなんて一瞬考えもしたけれど、あまりにバカらしくて溜め息も出なかった。それじゃあ構ってくれと駄々をこねる子どもと一緒じゃないか、と。

 そんなことをしたところで朋拓が俺の子どもを産みたいということを理解してくれるとは思えないし、むしろ逆効果だ。

「だからって、あんなに反対されるなんて思わなかったな……。俺が大事なことはわかるけど、あんなに頑なに反対しなくてもいいのに……」

 朋拓には俺に家族がいなかったことや施設育ちであることはなんとなく言って

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  • 覆面ディーヴァの俺は最愛の我が子に子守歌を唄いたい   *エピローグ

    “――おねむりよい子 あまいミルクに つつまれて    おねむりよい子 あったか毛布に くるまれて    よいゆめを よいあすを おねむり おねむり――” 陽だまりのにおいのするブランケットに包まれた小さなぬくもりが曇りのない瞳で唄う姿を見つめている。いつか見たかもしれない記憶のどこかに眠る景色に俺は目を細めて眺めてしまう。 やさしい歌声が繰り返し口ずさむ子守唄に、小さな瞳は無邪気な笑みを返してくる。「もーう、ご機嫌なのはわかるけど、お昼寝してくれよ、カナデぇ」 かれこれ一時間近く子守唄を唄ったり寝たふりで誘導したりしても、ちっとも眠る気配のない小さなカナデと呼びかけられた赤ん坊に、朋拓がとうとう|音《ね》を上げた。当のカナデはケタケタと機嫌よく笑っている。 すっかり我が子におちょくられている朋拓の姿がおかしくて思わず俺が笑うと、子どものように拗ねた顔をした朋拓か助けを求められた。「唯人ぉ、笑ってないで助けてよ~。カナデ、俺が唄うと笑って寝ないんだもん」「朋拓の声は寝かしつけるって言うより元気になる歌声だから」 俺がそう言いながらベビーベッドを覗き込むように立っている朋拓の隣に立って中を覗き込むと、カナデは嬉しそうに声をあげる。手を差し出すとしっかりと力強く小さな手で握りしめてくる。そのぬくもりと力強さに、俺はいつも胸がきゅっとしてしまう。 ほんの半年前、カナデは俺がこの世に産み出した正真正銘の血を分けた俺と朋拓の娘だ。目許は俺にそっくりで、口元は朋拓によく似ている。笑うとますます朋拓に似ていて、寝ている姿は俺にそっくりだと朋拓は言う。 長く決して平坦と言えなかったコウノトリプロジェクトの治療とそれによる妊娠期間を経て授かったカナデは、生誕時こそ小さめであったけれど、いまはすくすくとミルクを飲み、そろそろ離乳食を始めようかという頃だ。 朋拓に

  • 覆面ディーヴァの俺は最愛の我が子に子守歌を唄いたい   *32

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  • 覆面ディーヴァの俺は最愛の我が子に子守歌を唄いたい   *31

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  • 覆面ディーヴァの俺は最愛の我が子に子守歌を唄いたい   *29

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  • 覆面ディーヴァの俺は最愛の我が子に子守歌を唄いたい   *28

     妊娠前最後になるだろうという事からかなりいつもより激しめにセックスをしたことで俺は意識を飛ばしてしまい、病院からの連絡に気付くのが遅れてしまった。 病院からの連絡とは昼間採取して提出した精子の状態の報告であり、更に先日先に作成していた俺の卵子と受精するかどうかという話だ。「病院、何だって?」 伝言メモの音声を聞き終えた俺に朋拓がそわそわした様子で訊ねてくる。コウノトリプロジェクトで妊娠を希望していても、相手の精子が弱かったりなかったりして、不妊であることが発覚するケースが少なくはないと病院で聞いているので、朋拓がそわそわして病院からの話を気にするのも当然だろう。「精子、良好だって。だからすぐにでも受精させるって」 俺がそう言って朋拓の方を見ると、朋拓は心底ほっとしたように息を吐いてくたっとしなだれかかるように俺の隣に寝ころんだ。「良かった~……ちゃんとした精子なんだ~」「精子の健康状態なんてこういう機会でもないと知ることもないだろうしねぇ。卵子も良好みたいだから、たぶん大丈夫だよ」「うん、そうだね……唯人、今度いつ病院行くの?」「んー、病院から連絡きてからなんだけど、たぶん一週間以内に来てくれって言われると思う」「そっか……そしたらいよいよ、なんだね」 卵子に精を受精させるのはその日のうちに行われるらしいけれど、胎内(俺の場合は腹腔だけど)に戻すまでには数日程を要するらしく、着床させるのは更にその後になるという。 着床して、さらに胎児の心音が確認できれば無事妊娠したと認められるのだけれど、そこまでの道のりは険しいし、そのあとも妊娠を維持させる努力をしなくてはいけない。「んまあ、そうだけど、それまでにあれをやっちゃわないと」 受精卵を入れ

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