コウノトリプロジェクトに参加、という形で生殖医療の治療を受けて妊娠できるようになるためには、実施している病院の窓口に問い合わせをして、定期的に開催されている説明会に一度は必ず参加しなくてはいけない。説明会は大体月一で開かれているようで、夫婦(夫夫・婦婦)ならそのふたりで、シングルであれば本人のみでも参加できるという。説明を受けてカウンセリングなんかも受けた上で、本当に治療に臨むのかを決める。
治療、特に妊娠~出産は主に母体となる側の負担が大きく、何より命がかかっている。そのため“ふうふ”であろうと、シングルであろうと、他の家族の同意書が必要になるそうだ。その点で言えば俺は天涯孤独ではあるけれど、一応家族同然となっている平川さんと事務所の社長の意向くらいは聞かないといけない。数少ない、ディーヴァの正体を知る存在なんだから。
「社長、案外あっさりオッケーくれたね」
「そうね。社長は唯人には甘いからね」
「ディーヴァだから?」
「そりゃそうよ。プラチナムで一番の稼ぎ頭なんだから。活動に支障がないならいいよって話なのよ」
事務所からの許可は得られたと思うので、その点は大丈夫だろう。
治療については、まず妊娠できる体にするために、女性ホルモンの凝縮されたような効果がある薬を毎日飲むことや、時々点滴もしなきゃいけない。
女性はもともと子どもを宿し育てられる子宮があるので、相手の細胞を採取してそれで精子を作り、母体になる相手の卵子と体外受精させて胎内に着床させればいい。だから妊娠出産の成功例がとても多い。
しかし、男性はもともと子どもを宿すという機能が備わっていないのに、そこに妊娠をさせて出産をさせるので、高度な危険が伴うと言われている。そもそも着床率が女性に比べて格段に低いんだそうだ。
基本的治療として行われる、細胞を採取して卵子を作り出すことは比較的容易とされているし、受精卵を作るのも体外受精ならば問題はないはずなのだが――
(でも、男は腹腔ってところに着床させて妊娠に持ってかなきゃだから……負担が大きくて危険だって言うんだろうな……)
それでも男性も妊娠出来るようになってから二十年弱、これまで国内外合わせて一万例近くの治療実施のケースもあるし、妊娠出産して、子どもが誕生して、家族で暮らしているという報告ケースをいくつもこの前の説明会で聞いた。
平川さんはまだちょっとだけ心配していたけれど、子育てをしているケースも見たので前よりは理解してくれているんじゃないかと思う。
「コウノトリプロジェクトの話はよく解ったけれど、私が理解したって仕方ないのよ。唯人のパートナーが理解して、賛同してくれるかなんだから」
病院の帰り道に平川さんからそう言われたこともあり、朋拓に話をしに行くという腹を決めていま彼の部屋に来ている。
ほぼ連絡なしに訪ねたものだから、朋拓はくたびれたスウェットの部屋着姿で、いつもよりもぼさぼさの髪の、よく言えばリラックスした状態で俺を出迎えてくれた。
「来るなら迎えに行ったのに」
そう言いながらも、朋拓はすぐにいつもの部屋デートの時に淹れてくれる有機栽培のコーヒー(朋拓のお気に入りで、俺が来た時にしか淹れないと決めているらしいちょっと高いコーヒー)を出してくれる。
「恋人が突然来たらマズいことでもしてた?」
「逆だよ。今日なんか仕事の用事って言ってたから逢えないと思ってたのに唯人から逢いに来てくれたからすげぇ嬉しい」
そう言いながら、朋拓はコーヒーの香りのする唇で頬に触れてくる。
ほんのりと甘い空気になりつつも、俺は今日病院で聞いてきた話を彼に告げてそれについての意見を聞きたいと思っている。意見を聞くというのもあるけれど、本音をいれば賛同して協力して欲しいという話でもあるのだけれど。
「あのさ、朋拓、」
そう俺が口を開きかけた時、つけっぱなしにしていたホログラム画像のテレビニュースが、先日のコウノトリプロジェクトにおける補助金や、補償金の大幅増額の件を伝え始めた。
タイミング的にちょうどいいな、と思って俺が「増額だって。ゲイでももっと子ども作りやすくなるのかもね」と、朋拓の方を振り返りながらこうも続けてみた。
「ってことはさ、頑張れば俺らでも子ども作れるってことじゃない?」
「あー……まあ、そうだね」
さっきまでの声とは打って変わって、なんだか気乗りしないような反応なので、朋拓の顔を覗き込むように見ると、朋拓の顔は微笑んではいるが、歓迎している風ではない。
朋拓ってこんな顔するんだっけ……そんな不安がわずかに過ぎるほどにいつにない表情に、俺は焦りを覚える。
「朋拓、子ども嫌い? 苦手だったりする?」
「いや、すっげー好き。俺、歳の離れた弟と妹いてさ、たまにここに泊まりに来るくらい仲良いんだよ。それなら自分の子どもとかかわいいだろうなーって思うし、出来ることなら自分の子どももいたらなーって考えたこともあったよ。名前とかこういうのつけたいなーとか。自分の家族持ちたいなーっていうのは、あるかな」
朋拓の言葉に、俺はさっき一瞬過ぎった不安が消えていく。なんだ、それならいまさっき目にした表情は何かの見間違いなんだ。
付き合い始めてから一年半くらいが経つけれど、朋拓の道で見かける小さな子へ向ける眼差しとか、動画とかに出てくる赤ん坊の姿とかに頬を緩ませているような普段の様子から、子どもが嫌いだとは思えなかったので、返された言葉は俺にとっては安心材料が増えたに過ぎなかった。
だから、「それじゃあさ、俺らもコウノトリプロジェクトに参加してみない? 俺も家族が欲しいんだ」と、切り出そうと口を開きかけた時、全く思ってもいなかった言葉が返ってきて俺は何も言えなくなった。
「でもさ、コウノトリプロジェクトで男が子ども産むって本当に命懸けなんだってね。子ども産める女のひとでもお産に危険はつきものって聞くけど、そういうのと比じゃないとかっていうし」
「あ、う、うん……でもさ……」
「だからさ、俺が産めるかって言われたら、無理だなって思うし、もちろん唯人に産んでくれっていうの俺は出来ないなぁ……下手したら死んじゃうようなことを、大切な相手に押し付けてまで子どもをどうしても欲しいとは思わないよ」
「…………」
「コウノトリプロジェクトに頼らなくても、子どもなら代理出産もあるし、養子を迎えることだってできる。血の繋がりがすべてじゃないし、何より、命がけな危険なこと、俺はしたくないしさせたくはないな」
朋拓の口調は穏やかではあったけれど言葉ははっきりとしていて、ただの出まかせでないことが俺にはわかった。だから、俺はそれ以上コウノトリプロジェクトに関する話を、推し進めることができなくてうつむくしかない。
朋拓のような意見は依然世間でも根強いのは事実で、コウノトリプロジェクトに反対している人たちも一定数いるという。そういうのもあるから、国は治療にかかる費用とか補償とかも手厚くしようというのだろう。
そうは言っても、環境劣悪になったこの惑星にいまどれほど健康で妊娠出産が可能な母体となる女性がいるというのだろう。そして妊娠出産にはタイムリミットがあっていつでも可能なことではない。それでなくとも、健康な現役世代も、人口そのものが少なくて社会を維持するためにぎりぎりの労力しかないとも言われている。
それに、俺がこのプロジェクトに参加した理由は人口減問題と関係があるというよりも、むしろ俺の生い立ちに関係していることだから、その話もしなくてはならないんだけれど……そこまで話せる気がしない空気だ。
朋拓の言葉に言い返したいのに、あらゆる情報が頭の中で錯綜して上手くまとまらない。どう言えばちゃんと朋拓を納得させられるかがわからず、途方に暮れてしまう。
「……なんで、そこまで言うの? コウノトリプロジェクトで男性でも子どもを産めば世界の人口が増えて社会が安定するっていうじゃん」
ようやくの思いでそれだけを言い返したのだけれど、朋拓は少し考えて苦笑しながらこう更に返してきた。
「そうかもしれないけれどさ、もともと男には出来ないことを、無理やり身体を改造するみたいにしてまでしなきゃいけないのかな、って俺は思う。しかも命の危険を冒してまで、って。それって人口増やすことに矛盾してない? 命増やしたいのに命削るっていうの、余計にマイナスじゃん」
「それは……そうかもしれないけど……でも、」
でも俺は、朋拓との子どもが欲しいんだよ。人口減の話もだけれど、なにより愛し合っている朋拓との子どもが欲しいし、家族になりたい。他の人たちだってきっとそうなんじゃないかな――そう言いたかったのに、朋拓の言葉を前にそれ以前の話で躓いてしまって、本当に一番伝えたい言葉の前に厚い壁が立ちはだかる。
口ごもる俺の様子を知ってか知らずか、朋拓はこう畳みかけるように言って俺のうつむく頭を撫でてなだめてきた。
「出来ないことを無理矢理にする、させるっていうのはさ、神様にも反することで罰が当たるんじゃないかなって俺は思うよ。まあ、べつに何か宗教を信じているわけじゃないけど……それでも、人の命に関わることは簡単に扱ったりしちゃいけないと思うし、そういうのに俺は関わりたいと思えないし、唯人にも関わって欲しくない。そんな責任、俺は取れるかわからないし」
つまりは、コウノトリプロジェクトそのものに賛同できないという事であり、仮に俺が賛同して協力して欲しいなんて言い出しても受け入れられないという事とも言える。
さっき|抱《いだ》いた希望の光が、たちまちに陰り暗い雲に覆われていく。絶望の色をした心象風景に、俺は目の前が暗くなっていくほどのショックを受けていた。
「……そう、わかった」
それだけを呟くのが精いっぱいで、俺はそれから特に何を話すでもなく朋拓の寝室のベッドに潜り込んで眠った。普段なら、リビングで他愛ない話をしながらどちらからともなく互いの身体に触れ合って、セックスになだれ込むような夜になるのに、そんな気分にはとてもなれなかったのだ。
朋拓は心配そうに様子を伺いに何度も俺に声を掛けてきたけれど、俺は背を向けて応えなかった。応えられるほどの余裕さえも、拒まれた悲しみに呑み込まれていったからだ。
“――おねむりよい子 あまいミルクに つつまれて おねむりよい子 あったか毛布に くるまれて よいゆめを よいあすを おねむり おねむり――” 陽だまりのにおいのするブランケットに包まれた小さなぬくもりが曇りのない瞳で唄う姿を見つめている。いつか見たかもしれない記憶のどこかに眠る景色に俺は目を細めて眺めてしまう。 やさしい歌声が繰り返し口ずさむ子守唄に、小さな瞳は無邪気な笑みを返してくる。「もーう、ご機嫌なのはわかるけど、お昼寝してくれよ、カナデぇ」 かれこれ一時間近く子守唄を唄ったり寝たふりで誘導したりしても、ちっとも眠る気配のない小さなカナデと呼びかけられた赤ん坊に、朋拓がとうとう|音《ね》を上げた。当のカナデはケタケタと機嫌よく笑っている。 すっかり我が子におちょくられている朋拓の姿がおかしくて思わず俺が笑うと、子どものように拗ねた顔をした朋拓か助けを求められた。「唯人ぉ、笑ってないで助けてよ~。カナデ、俺が唄うと笑って寝ないんだもん」「朋拓の声は寝かしつけるって言うより元気になる歌声だから」 俺がそう言いながらベビーベッドを覗き込むように立っている朋拓の隣に立って中を覗き込むと、カナデは嬉しそうに声をあげる。手を差し出すとしっかりと力強く小さな手で握りしめてくる。そのぬくもりと力強さに、俺はいつも胸がきゅっとしてしまう。 ほんの半年前、カナデは俺がこの世に産み出した正真正銘の血を分けた俺と朋拓の娘だ。目許は俺にそっくりで、口元は朋拓によく似ている。笑うとますます朋拓に似ていて、寝ている姿は俺にそっくりだと朋拓は言う。 長く決して平坦と言えなかったコウノトリプロジェクトの治療とそれによる妊娠期間を経て授かったカナデは、生誕時こそ小さめであったけれど、いまはすくすくとミルクを飲み、そろそろ離乳食を始めようかという頃だ。 朋拓に
それから俺は朦朧とした意識のまま酸素マスクを宛がわれて手術室へと運ばれていった。「独島さーん、わかりますか? いまから麻酔して、赤ちゃん誕生させますからねぇ」「唯人! 唯人!! 先生、唯人をお願いします!!」 病院と思われるところに到着してからはただ目許に明るいものと冷たい感覚がある事しかわからず、朋拓の顔も有本さんの顔もわからないままだ。ただずっと、手術室に入りきってしまうまでずっと誰かが手を握っていてくれたのが嬉しくてホッとしていた。「唯人、大丈夫、俺、待ってるからね」 意識が途切れていく直前、耳元に届いた声に俺は小さくうなずけた気がしたけれど、本当のところはわからない。ひとつ、ふたつ、みっつ……ゆっくりとまぶたに移る光の数を数えていたらゆっくりと意識が深いところへ落ちていく感覚がして、やがて何も見えなくなった。 それから俺は、気付けばやわらかであたたかなところを小さな手に繋がれてどこまでも歩いていた。(これは夢? 現実……にしては、俺の姿は妊娠前の姿なんだけれど……?) あたりは薄っすら明るいけれどぼやけていて、あたたかいけれど少し蒸し暑い。知らない場所のはずなのに、どこか懐かしく思える。 遠く、潮のにおいとさざ波の音が聞こえる……そう、感じた時には俺はあたたかな砂浜の上を歩いていた。降り注ぐ陽射しは熱いくらいに眩しく、俺は目をこらす。 隣には、俺の手を牽く小さな光の塊のような誰かがいる。『こっち、こっち』 俺の手を牽く小さな手のそれはそう言って俺を引っ張っていく。熱いほど温かなその手は、小さいのにしっかりと俺の手を握りしめている。まるで、手術室に入るまで俺の手を
それから朋拓が窓口になって例のメールの相手の連絡先を探り、コンタクトを取ってくれた。 相手は四十代の女性で、俺の父親にあたる人はいまは傍にいないと言う。「シングルマザーだったんだ……だから捨てられたのかな」「そうだったとしても、もう少し早く会いに来るべきじゃなかったのかな」 朋拓を介して数回やり取りをし、今日いまからふたりで会いに行くことになっている。 蒼介から借りた車に乗り、待ち合わせの指定場所――それはあの江の島の海のそばの公園だった――を目指す。「指定された場所もなんだかなぁ……もっと人目があるとこならわかるんだけど」 俺の母親と言う人に会うことが決まってから、朋拓はずっと機嫌が悪い。普段が機嫌が好すぎるくらいなのでかえって不機嫌さのすごみが増す。 だからなのか、俺は余計なことばかりひとりで喋ってしまう。俺の好きな海のそばだなんてすごい偶然だな、海が好きな人なのかな、とか、これからも会えたりするかな、とかはしゃいで喋る一方で、俺が子ども産むことを嫌がったりしないかな、と不安になる気持ちも同じくらい胸によぎる。「唯人、落ち着いて。お腹の子に響くよ」「……ごめん」 いつになく静かな朋拓の口調に、冷や水をかけられたように気持ちがしぼんでいく。朋拓はそんな俺の様子を居た堪れない様子で横目で見ているのだけれど、いつものように慰めてくれない。それが、ちょっとショックだった。 確かに、俺が捨てられたことを許せるかと言われると、わからない。でも、パートナーもいない経済的に苦しい状況だったとしたら、もっと何か事情があるのなら……俺は、棄てられたことを責めるべきなんだろうか?「……ねえ、朋拓。俺、ママを責めた方がいいのかな?」
帝王切開での出産を迎える俺の予定日は十月二十四日。偶然にもその日は俺と朋拓が初めてメタバースのSUGAR内で出会った日だった。 きちんと俺が憶えていたわけではなく、朋拓に予定日を告げたらそう教えてくれたのだ。「え、そうだったっけ?」「そうだよー。まあ、唯人はそういうのこだわらないのは知ってるけどさ。俺はすっげぇテンション上がったんだよ、運命だー! って」「でもそう言われると確かに運命的な気がしてくるね」 俺が大きく丸くなったお腹をさすりながら言うと、その手に朋拓も重ねてくる。お腹の中の子はこの八カ月ちょっとの間、大きなトラブルに見舞われることなく順調に育ってきているらしく、とても元気がいい。現にいまも俺らに存在を誇示するように胎動している。「っはは、元気だなぁ。自分が話題の中心だからかな」「主張が激しい子みたいだね」「いいじゃん、自己主張は大事だよ、唯人」 苦笑する俺に朋拓が嬉しそうに笑い、俺もそうだねとうなずく。 手術にあたっては、数日前から準備のために俺は入院して、朋拓は前日の今日から付き添いで明日の手術まで泊まり込んでくれることになっている。 大きな手術はコウノトリプロジェクトを含めて全くの初めてで、手術は万一に備えて全身麻酔で行われることになっているんだけれど、不安が全くないと言えば嘘になる。 いまこうして朋拓と笑い合っているけれど、あと一ヶ月ほどあともそうしていられるかわからなくて、ふとした時に考え込んで口をつぐんでしまう。「唯人?」「あ、ごめ……なんだっけ?」「疲れた? もう休もうか」 朋拓が心配そうに優しく顔を覗き込んでくる。それに微笑んで返そうとしたけれど、なんだかうまく笑えない。震えそうになる指先を、朋拓がそっと握りしめてくれる。「唯人、怖い?」
ボーナストラックのレコーディングの三日後に俺は病院からの連絡を受け、無事受精で来た卵子を腹腔に入れてもらった。 通常体外受精をしたあとは特に行動に規制なく日常生活を送れるというのだけれど、俺の場合は無事着床が確認できるまでは絶対安静を言い渡されているので、そのまま入院して様子見となる。 今回は絶対安静なので部屋の中であっても動き回ることは制限されていて、基本ベッドに寝ているしかない。勿論歌うなんてとんでもないので絶対禁止だ。「大声で笑うのも禁止だって言うからさぁ、お笑い番組も見るのためらっちゃうよ」『そっかぁ、それは退屈すぎるね』 ホログラム表示のおかげで寝ころんだままでも難なく対面しているように通話はできるけれど、着床が確認できるまでは家族であっても面会ができない。それくらいの安静なのだ。『起き上がるのってご飯の時くらい?』「うん、そう。あとはずーっと寝てる」『本とか読む?』「飽きちゃったよ。面白くても笑っていいかわかんないし」『少しくらいならいいんじゃない?』「そうかなぁ……なんかさ、物心ついてからずーっと唄ってたから、こうやって唄えない毎日ってすごく変な感じ。まるで自分の一部が使えなくなってるみたい」 唄うことは俺にとって生きていく|術《すべ》でありながら表現であり、意思表示でもあったから、それを制限されるとどうしていいのかわからなくなる。物足りないというよりも何かが欠けている気がしてしまう。 そして同時に、こんな日々が永遠に続いたらどうしようという不安も漠然とある。「俺、またディーヴァになれるのかな。唄い方とか忘れないかな」 自嘲するようにそう呟くと、朋拓が『忘れないよ、絶対』と強い口調で返してきた。 問うように見つめると、朋拓は真剣な顔をしてこう続ける。「唯人は
妊娠前最後になるだろうという事からかなりいつもより激しめにセックスをしたことで俺は意識を飛ばしてしまい、病院からの連絡に気付くのが遅れてしまった。 病院からの連絡とは昼間採取して提出した精子の状態の報告であり、更に先日先に作成していた俺の卵子と受精するかどうかという話だ。「病院、何だって?」 伝言メモの音声を聞き終えた俺に朋拓がそわそわした様子で訊ねてくる。コウノトリプロジェクトで妊娠を希望していても、相手の精子が弱かったりなかったりして、不妊であることが発覚するケースが少なくはないと病院で聞いているので、朋拓がそわそわして病院からの話を気にするのも当然だろう。「精子、良好だって。だからすぐにでも受精させるって」 俺がそう言って朋拓の方を見ると、朋拓は心底ほっとしたように息を吐いてくたっとしなだれかかるように俺の隣に寝ころんだ。「良かった~……ちゃんとした精子なんだ~」「精子の健康状態なんてこういう機会でもないと知ることもないだろうしねぇ。卵子も良好みたいだから、たぶん大丈夫だよ」「うん、そうだね……唯人、今度いつ病院行くの?」「んー、病院から連絡きてからなんだけど、たぶん一週間以内に来てくれって言われると思う」「そっか……そしたらいよいよ、なんだね」 卵子に精を受精させるのはその日のうちに行われるらしいけれど、胎内(俺の場合は腹腔だけど)に戻すまでには数日程を要するらしく、着床させるのは更にその後になるという。 着床して、さらに胎児の心音が確認できれば無事妊娠したと認められるのだけれど、そこまでの道のりは険しいし、そのあとも妊娠を維持させる努力をしなくてはいけない。「んまあ、そうだけど、それまでにあれをやっちゃわないと」 受精卵を入れ