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last update 최신 업데이트: 2025-06-10 17:00:55

 昔と違って男性同士でも結婚をこの国でも出来るようになってずいぶん経つけれど、俺と朋拓はいまのところ互いの家を行き来する恋人同士の関係に留めている。

 そろそろ同棲したいみたいなことを朋拓がよく言うこともあるし、そうするなら結婚してしまった方がいいんじゃないの? と周囲からは言われているし、実際結婚している同性愛者の知人は多い。

 でもせっかく家族になるのなら、俺は自分のたっての望みを叶えたいと思っている。それに賛同してくれるなら、朋拓と一緒に住んでもいいかなと考えてはいる。

 考えてはいるのだけれど、それを叶える為に協力して欲しい話を俺はもうかれこれ数か月切り出せないままでいる。

「そうは言っても、いつまでもいまのままじゃいけないんじゃない?」

 レコーディング前のリモートのミーティングで、俺のマネージャーであり、俺がディーヴァであることを朋拓以外で知っている数少ない存在のうちの一人である平川さんが呆れたように言う。

 平川さんは俺がネット上にひっそりと投稿していた俺の歌声を拾い上げてくれた恩人で、家族のいない俺の親代わりのようなところも担ってくれている。

「だってさぁ、“お前の子どもが欲しいから家族になってくれ!”なんて旧時代すぎて退かれちゃいそうな気がして。それじゃなくても、あいつに俺との子どもが欲しいかどうかって気持ちがあるかもわからないし」

「でも、ディーヴァであることは結構あっさり受け入れてくれたんでしょう?」

「声が似てると思ってたんだよね! って言ってるくらいに勘が良いからね……正直、ディーヴァであることを明かした時の方が気持ちが楽だった」

 付き合いだしてすぐ、朋拓が家に遊びに来た時にうっかり仕事部屋を覗かれてしまって、趣味で歌を唄っていると最初は誤魔化せていたのだけれど、俺があまりに頑なにディーヴァを避けるものだから、逆に怪しまれて質問攻めにされたのだ。

 その上、朋拓は俺の仕事の人ディーヴァのライブが重なっていることにも気付き、ついには「ここで唄って見せてくれたらもう何も言わないから!」とまで懇願され、渋々ワンフレーズを適当な誰かの曲で唄ったら……声でバレてしまった。

 一応ディーヴァの声は俺の声のままを使うのではなく、多少の加工はして男性とも女性ともつかない、もちろん俺の元の声と微妙に違う声色になっている。それなのに、朋拓は気付いたのだ。

 そんな妙に勘のいい彼のことだから、俺がヘタな言い訳で同棲を拒むのは意味がないんじゃないかと平川さんは言うのだ。

「俺の声と俺の考えは別物じゃん。そんなあからさまにまだ子どもの事とかは態度に出してないし」

 だけど、平川さんは俺が何もわかっていない子どものように首を横に振り、溜め息をついてこう言う。

「だって、唯人の望みっていうのは、自分の子どもを自分で産みたいってことでしょう? その同意は取れそうなの? 協力してもらえそうなの? 今後のこと考えたら、一緒に住んでいた方が何かと都合がいいんじゃない?」

「別々に住んでる家族だっていっぱいいるじゃん。あの話は、べつに同居家族が条件じゃないし」

「それはそうかもしれないけど……こう言ったらあれだけど、妊娠って、そうそう簡単にできるもんじゃないんだよ? いくら、いまは昔に比べて国が後押しして男性でも妊娠が以前よりできるようになってきたコウノトリプロジェクトが推奨されているからって」

 平川さんの正論に基づく質問攻めに、俺は口をつぐむしかない。画面の中で黙り込む俺を見つめながら、彼女は更にこう続ける。

「子どもを作るって、カップルの片方だけの意思決定だけじゃどうにもならないんだよ、基本。しかも唯人がしようとしていることはいくら国が後押ししている補償もつくプロジェクトの一環だと言っても、命を産んで育てることはCG画像じゃない、リアルなんだから」

 だからよく考えなよ、と言い終えたところで、今日のリモートでのレコーディングの時間になり、トークルームに参加アーティストが続々とログインしてくる。

 平川さんはそっとトークルーム上の画面から姿を消してミュートにし、俺はレコーディング用のディーヴァのアバターに切り替えた。限られた関係者以外にディーヴァの正体を探られないためだ。

「おはようございまーす」

 揃い始めたアーティストたちに挨拶をしながら、俺はいま考えなくてはいけないことを、朋拓との話し合いではなく目の前の仕事に向けることにした。

 コウノトリプロジェクトは、もともとは病気やケガなどで生殖機能を失った人や、俺らのような同性愛者など、様々な事情で自分の実子を望みつつも自然妊娠が難しいカップルを対象としている。

 前者は、このプロジェクト前から生殖医療の一環として行っている病院が元々多かったこの治療が、全額公費負担になるということらしいんだけれど、この前見かけたあのCMは、後者の治療に関する補助金や補償金を増額し、参加者を増やしていきたい、という目論見があるようだ。

 同性婚を法制化するのでさえ何十年もかかったこの国において、国内で年間まだ百数十例ほどしか成功例がないプロジェクトを奨励しようというのだから、どれほど人口減少問題が深刻かわかる。それだけ労働力に余力がないのだろう。

 しかし、そもそもコウノトリプロジェクトの治療法を不安視する人が多いのか、それで妊娠出産を希望する母体の全体数が少ないらしく、政府は必死の思いで補助金やら補償金やらをあげていく。猫の手も借りるではないけれど、人口が増えるなら性別も何も関係ないようだ。

「コウノトリプロジェクトってかなり危険らしいじゃない? だって男の人が身体作り変えてまで子ども産む、なんて。そこまでして子どもって欲しいものなの? いまは国籍も人種も関係ない養子縁組も珍しくないのに」

 レコーディングのあとの打ち合わせで、またもや話題が俺の子どもを望んでいる話になって平川さんがそう言ってきた。

 平川さんにはパートナーこそいまはいないけれど、一昨年養子として迎えた四歳の子どもがいる。だから余計に、俺が母体になる男性の身体に大きく負担がかかり、命の危険さえあるコウノトリプロジェクトに挑みたいという気持ちがわからないという。

「血の繋がりがなくても子どもってかわいいよ。似ている似ていないはあるかもしれないけど、そういうのは些細なもんだよ。家族でいられるなら形はこだわらなくていいんじゃないの?」

「そうかもしれないけど……家族ならなんでもいいって言うとはなんかちょっと、違うんだよ」

「なにが?」

「俺さ、自分の血縁者って見たことないんだ。それってさ、俺がこの世でただ一人ってことだし、俺が死んだら俺が築き上げてきたものが全部消えるってことじゃん。それって……なんか、虚しくて。なんで俺ここにいるんだろう、みたいに思えて」

「生きてきた証が欲しい、みたいな感じ?」

「うん、簡単に言えばそうだね」

「唯人はディーヴァなんだから、その名曲がいっぱい残ってるのは違うの?」

「曲は曲じゃん。しかも音源データに残るのは俺の生の声が永遠にそのままってわけじゃないし、新しい歌声じゃない。AIに唄わせるのもなんか違うし、俺はそうされるのはイヤなんだよ。そうなったらさ、俺が生きてやってきたことを引き継いでくれるのって誰なんだろう、って思って」

「それは、養子じゃダメなの?」

「うん……そう言うんじゃ、ないんだよなぁ……誰でもいいってわけじゃなくて、うーん……生きた誰かに引き継いで欲しいって言うのかな……」

 何と言えば適切なのかわからない。言えば言うほど本当に言いたいことから遠ざかっていく気がする。

 ディーヴァとしてやってきたことを引き継がせるなら、平川さんが言うように養子でもいいんだ。歌なんて誰がやろうと同じだから。

 そういうのとは、俺が望んでいるものはちょっと違うんだ。

 俺と言う人間がいて、ディーヴァをやって、そして朋拓と生きてきたという証しとなるものが欲しい。俺の血と、朋拓の血を確実にひいているこの世で確実に俺の子どもだと思える存在。

 そう望んでしまうのはきっと、俺の生い立ちにも関係している気がする。

「俺さ、すっごい監獄みたいな施設で育って言ったじゃん? 質の悪いアンドロイドがシッターやってるような。そこでさ、どうにか生きていくためにいつもこっそり歌を唄ってたんだ。子守唄なんだけど」

「その子守唄って初期の頃投稿していたやつ? あの、親御さんを捜す手掛かりに、って」

「そうそれ」

 ディーヴァとしてデビューするきっかけとなった、ネットへの歌もの動画の投稿をしていた初期の頃、俺は唯一自分のルーツの手掛かりになるであろう子守唄を唄った動画も投稿していた。理由は単純に、それを聞いた、いまはどこで生きているのか、死んでいるのかもわからない、俺の両親、もしくはその関係者が俺に何らかのアクセスをしてこないかなと思ったからだ。

 結局動画を投稿してから五年近くが経つけれど、有力と思えるリアクションはまだなに一つ得られていない。

 そう言う話をしていると、先程のミーティングで提示された資料を別枠に映し出しながら、「なるほどね、そういうことだったのね」と平川さんはうなずく。

 俺という命と、俺が愛した人間――朋拓との繋がりを確実に証明して次に繋いでくれる存在が欲しい。それが俺の望みであって、叶える為であれば前例のない物に挑むことも|躊躇《ちゅうちょ》しない。そのためであればなんだってする。そのつもりでいる。これは生き物としての本能なんだろうか。

「唯人の望みもその動機もわかったけれど、なんにしても相手の同意がない事には前に進まないんじゃない?」

 結局どんなに考えても、その結論に行き着いてしまう。調べられることは調べ尽くしてしまっているいま、俺がしなくてはならないのは治療より先に朋拓からの同意を得ることだ。

 そのための話し合いを考えながらも、もう何カ月も俺は彼に子どもが欲しいの「こ」の字も言えないでいる。それを知っているから、平川さんは心配しているのだろう。

 わかっている、このままじゃいけないことも。でも……俺には朋拓から同意を得られるような自信がなかった。

 俺も朋拓のことが好きだけれど、朋拓は俺にかなりベタ惚れしている。そのべたべたな甘さが恥ずかしくて、つい俺は素っ気ない態度を取ってしまうのだけれど、いままでの人生、ここまで全身全霊で愛されたことがないので嬉しくはあるのだ。

 だけど、どれだけ俺が朋拓を好きでも、朋拓が俺を好きでも、ふたり籍を入れて結婚をして家族になっていいかどうかがわからない。もう法的に|夫夫《ふうふ》になっていいとされていても、自分たちの子どもをコウノトリプロジェクトで作るカップルがいると言われていても、そもそもの話、朋拓に、俺と家族になったとしても、俺との子どもが欲しいとまで考えていなかったら、プロジェクトへの同意すらしてもらえないだろう。

 だから俺は……たとえ一人で請け負うことになったとしても、どうしても子どもだけは欲しいと思っている。つまり、最悪の場合精子だけでも朋拓から提供してもらえないかと考えているのだ。勿論、そんなことは誰にも言っていないけれど、そういうことだって考えて覚悟していなくてはいけない。

 そこまでして子どもが欲しいのか? と、朋拓にも平川さんにも言われるかもしれない。でも、それが俺の本音であり本当の願いであることに変わりはない。俺から先へ命を繋ぐためなら手段は選ばない。それだけが確かだった。

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최신 챕터

  • 覆面ディーヴァの俺は最愛の我が子に子守歌を唄いたい   *エピローグ

    “――おねむりよい子 あまいミルクに つつまれて    おねむりよい子 あったか毛布に くるまれて    よいゆめを よいあすを おねむり おねむり――” 陽だまりのにおいのするブランケットに包まれた小さなぬくもりが曇りのない瞳で唄う姿を見つめている。いつか見たかもしれない記憶のどこかに眠る景色に俺は目を細めて眺めてしまう。 やさしい歌声が繰り返し口ずさむ子守唄に、小さな瞳は無邪気な笑みを返してくる。「もーう、ご機嫌なのはわかるけど、お昼寝してくれよ、カナデぇ」 かれこれ一時間近く子守唄を唄ったり寝たふりで誘導したりしても、ちっとも眠る気配のない小さなカナデと呼びかけられた赤ん坊に、朋拓がとうとう|音《ね》を上げた。当のカナデはケタケタと機嫌よく笑っている。 すっかり我が子におちょくられている朋拓の姿がおかしくて思わず俺が笑うと、子どものように拗ねた顔をした朋拓か助けを求められた。「唯人ぉ、笑ってないで助けてよ~。カナデ、俺が唄うと笑って寝ないんだもん」「朋拓の声は寝かしつけるって言うより元気になる歌声だから」 俺がそう言いながらベビーベッドを覗き込むように立っている朋拓の隣に立って中を覗き込むと、カナデは嬉しそうに声をあげる。手を差し出すとしっかりと力強く小さな手で握りしめてくる。そのぬくもりと力強さに、俺はいつも胸がきゅっとしてしまう。 ほんの半年前、カナデは俺がこの世に産み出した正真正銘の血を分けた俺と朋拓の娘だ。目許は俺にそっくりで、口元は朋拓によく似ている。笑うとますます朋拓に似ていて、寝ている姿は俺にそっくりだと朋拓は言う。 長く決して平坦と言えなかったコウノトリプロジェクトの治療とそれによる妊娠期間を経て授かったカナデは、生誕時こそ小さめであったけれど、いまはすくすくとミルクを飲み、そろそろ離乳食を始めようかという頃だ。 朋拓に

  • 覆面ディーヴァの俺は最愛の我が子に子守歌を唄いたい   *32

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  • 覆面ディーヴァの俺は最愛の我が子に子守歌を唄いたい   *31

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  • 覆面ディーヴァの俺は最愛の我が子に子守歌を唄いたい   *30

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  • 覆面ディーヴァの俺は最愛の我が子に子守歌を唄いたい   *29

     ボーナストラックのレコーディングの三日後に俺は病院からの連絡を受け、無事受精で来た卵子を腹腔に入れてもらった。 通常体外受精をしたあとは特に行動に規制なく日常生活を送れるというのだけれど、俺の場合は無事着床が確認できるまでは絶対安静を言い渡されているので、そのまま入院して様子見となる。 今回は絶対安静なので部屋の中であっても動き回ることは制限されていて、基本ベッドに寝ているしかない。勿論歌うなんてとんでもないので絶対禁止だ。「大声で笑うのも禁止だって言うからさぁ、お笑い番組も見るのためらっちゃうよ」『そっかぁ、それは退屈すぎるね』 ホログラム表示のおかげで寝ころんだままでも難なく対面しているように通話はできるけれど、着床が確認できるまでは家族であっても面会ができない。それくらいの安静なのだ。『起き上がるのってご飯の時くらい?』「うん、そう。あとはずーっと寝てる」『本とか読む?』「飽きちゃったよ。面白くても笑っていいかわかんないし」『少しくらいならいいんじゃない?』「そうかなぁ……なんかさ、物心ついてからずーっと唄ってたから、こうやって唄えない毎日ってすごく変な感じ。まるで自分の一部が使えなくなってるみたい」 唄うことは俺にとって生きていく|術《すべ》でありながら表現であり、意思表示でもあったから、それを制限されるとどうしていいのかわからなくなる。物足りないというよりも何かが欠けている気がしてしまう。 そして同時に、こんな日々が永遠に続いたらどうしようという不安も漠然とある。「俺、またディーヴァになれるのかな。唄い方とか忘れないかな」 自嘲するようにそう呟くと、朋拓が『忘れないよ、絶対』と強い口調で返してきた。 問うように見つめると、朋拓は真剣な顔をしてこう続ける。「唯人は

  • 覆面ディーヴァの俺は最愛の我が子に子守歌を唄いたい   *28

     妊娠前最後になるだろうという事からかなりいつもより激しめにセックスをしたことで俺は意識を飛ばしてしまい、病院からの連絡に気付くのが遅れてしまった。 病院からの連絡とは昼間採取して提出した精子の状態の報告であり、更に先日先に作成していた俺の卵子と受精するかどうかという話だ。「病院、何だって?」 伝言メモの音声を聞き終えた俺に朋拓がそわそわした様子で訊ねてくる。コウノトリプロジェクトで妊娠を希望していても、相手の精子が弱かったりなかったりして、不妊であることが発覚するケースが少なくはないと病院で聞いているので、朋拓がそわそわして病院からの話を気にするのも当然だろう。「精子、良好だって。だからすぐにでも受精させるって」 俺がそう言って朋拓の方を見ると、朋拓は心底ほっとしたように息を吐いてくたっとしなだれかかるように俺の隣に寝ころんだ。「良かった~……ちゃんとした精子なんだ~」「精子の健康状態なんてこういう機会でもないと知ることもないだろうしねぇ。卵子も良好みたいだから、たぶん大丈夫だよ」「うん、そうだね……唯人、今度いつ病院行くの?」「んー、病院から連絡きてからなんだけど、たぶん一週間以内に来てくれって言われると思う」「そっか……そしたらいよいよ、なんだね」 卵子に精を受精させるのはその日のうちに行われるらしいけれど、胎内(俺の場合は腹腔だけど)に戻すまでには数日程を要するらしく、着床させるのは更にその後になるという。 着床して、さらに胎児の心音が確認できれば無事妊娠したと認められるのだけれど、そこまでの道のりは険しいし、そのあとも妊娠を維持させる努力をしなくてはいけない。「んまあ、そうだけど、それまでにあれをやっちゃわないと」 受精卵を入れ

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