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第2話

Auteur: 煌めく孤狼
「お前がその約束を口にするのは、これが初めてじゃないだろう」

俺は疲労しきった声で絞り出した。

彼女は俺の手をきつく握り、懇願するような瞳を向けてくる。

「今度こそ本当よ!

これまで死地を潜り抜けてきた時も、あなたはずっと私に背中を預けてくれたじゃない。孝之、最後にもう一度だけ、私を信じて」

かつて銃弾の雨が降り注ぐ戦場でも、この手は俺を強く握りしめていた。その確かなぬくもりを見つめながら、気づけば俺は首を縦に振っていた。

「……分かった。これが最後だ」

未月が安堵の吐息を漏らす。

「あなたは先に戻って休んでいて。明日の人員配置とルートは私が完璧に仕上げておくから。明日はきっと、何もかも上手くいくわ」

俺は背を向け、黙ってその場を後にした。一度も振り返ることはなかった。

部屋を出てすぐ、哲也の押し殺したような声が背中の向こうから聞こえた。

「みっちゃん、さっきの孝之さん、すごく怖かったよ……もしかしてもう……」

未月が甘やかすようになだめる。「大丈夫、怖がらないで。今はまだ平気だから」

隔離室へ戻った俺は、冷たい壁に背をもたれさせ、ずるずると床へ崩れ落ちた。

右腕を焦がす灼熱感は、時を追うごとにその猛威を増していく。

ゾンビウイルスに侵されてから、これで2日目。

通常の感染者であれば、そろそろ筋肉の硬直や感覚の麻痺といった末期の前兆が現れる頃合いだ。

だが、俺には一切それがない。

肉を焼かれるような熱と、時折走る鋭い激痛を除けば、意識は恐ろしいほどに冴え渡っていた。

何より奇妙なのは、血肉の奥底で何かが目を覚まそうとしている、未知の胎動だった。

遠く、廃墟の彼方から、ゾンビの飢えた咆哮が絶え間なく響いてくる。

決して小規模な群れが発する唸りではない。

拠点の外周防衛は、俺の異能による補強が途切れれば、そう長くは持ちこたえられないはずだ。

俺は拳を固く握りしめる。手のひらに爪が深く食い込んだ。

明日で、運命の3日目を迎える。

未月、これが俺からお前に与える、本当に最後のチャンスだ。

……

夜明け前、空が薄明かりに染まり始めた頃、俺は隔離室を飛び出した。

右腕の灰白色の死斑は、すでに肩の半分を無残に侵食しきっていた。

夜を越え、大気に澱む腐臭は一段と濃さを増しているように感じられる。

外周に蠢く無数の気配が、刻一刻と拠点に迫っていた。要である俺を失えば、この防衛線はいずれ瓦解する。

未月の私室の扉は、なぜか半開きになっていた。

俺は無造作にその扉を押し開けると、その場で凍りついた。

未月は簡易ベッドの上で身を縮め、そのすぐ隣に哲也が添い寝をしていた。ふたりは1枚の毛布に包まっている。

哲也の腕は未月の腰に回され、未月は彼に抱かれるようにして、安らかな寝息を立てていた。

3秒間、頭の中が真っ白になった。

直後、限界を超えた怒りが爆発した。

「未月ッ!」

獣のような咆哮を上げて部屋へ踏み込むと、俺は哲也の胸ぐらを掴み上げ、その顔面に渾身の拳を叩き込んだ。

悲鳴とともにベッドから転げ落ちた哲也の鼻から、鮮血が噴き出す。

騒ぎに目を覚ました未月は、眼前の惨状に顔を青ざめさせた。「ちょっと!何をしてるの!?」

俺は床を這う哲也を指さし、怒りで声を震わせた。

「俺が何をしてるだと?

それを問うのはこっちの台詞だろうが!未月、自分たちがどういう状況だったか理解してんのか!」

哲也は顔を血まみれにしながら這い起き、逃げるように未月の背後へ隠れた。

「僕はただ……昨夜急に感染の初期症状が出て、怖くなって、隊長に解毒剤の相談をしに来ただけで……」

怒りを通り越して、俺は思わず失笑を漏らした。

「相談するのに、同じベッドで身を寄せ合う必要があるのか?他人の彼女を抱きしめる必要まであるって言うのか!?」

未月は哲也を庇うように立ち塞がり、動揺、そしてそれ以上の激しい怒りを滲ませた瞳で俺を睨みつけた。

「もう、いい加減にして!哲也くんは昨夜、本当に初期の感染症状に苦しんでいたの。隊長として彼を一晩看病して、一体何が悪いっていうの?

私たち、やましいことなんて何もしてない!」

俺は、彼女のはだけたシャツの襟元をじっと見つめた。「未月、俺の目が節穴だとでも思っているのか」

未月がヒステリックに叫び声を上げた。

「何よ!自分の今の醜い姿を、鏡で見てみなさいよ!疑心暗鬼に囚われて、仲間に暴力を振るって!あなた、自分がこの小隊の副隊長だってこと、忘れてるんじゃないの!?」

あまりの理不尽に、俺は声すら出なかった。

世界が終末を迎える前。訓練校の医務室で、俺が過酷な訓練で古傷を悪化させ、39度の高熱にうなされた日があった。

あの日の未月は、午後の授業をすっぽかして俺のベッドの脇につきっきりになり、濡れタオルを替えたり、水を飲ませたりしながら懸命に看病してくれた。そして最後は疲れ果て、俺の枕元で静かに眠りに落ちていたのだ。

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