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4 電子タバコは見ていた

Penulis: 缶小豆
last update Tanggal publikasi: 2026-08-27 21:54:10

二人が帰った後――

はぁぁぁぁ!!

瞳は思いっきり息を吐き、ずるずると座り込んだ。

「ああ、せっかくのチャンス、交渉失敗だわ……どうしよう」

頭を抱えて、どう言えば18万払ってあげるからと言ってもらえたのかわからず途方に暮れる。

あの警察の男の子、同じくらいの歳かしら?

自分は学校に通えなかったので、同じ年齢の人たちと話をする機会がほとんどなかった。

こうやって、同年代を間近にすると、普通に学校に通い、就職した人たちはこんなふうに社会で活躍しているのかと感じる。

「いいなあ。真っ当に生きていたら、こんなふうに大家に突き上げられることも、瑕疵物件に住むこともないのよね」

天井を仰ぎながら、今もらった警察署の所属先の入った無機質な名刺に触れようとする。

しかし、その手は空を舞っただけで止めた。

「無闇に人の情報を覗かなくてもいいよね。もらった名刺から、男の名前は大川流星だと分かったわけだし……」

小さな段ボールに布をかけた机に、その名刺を投げ出した。

「ふふっ、真面目くんなんだろうな。警察が表立って私のところには来られないから、川村は手帳をなるべく見えないようにしていたのに……」

大川流星は、川村の努力も虚しく自分の名刺を差し出し、どこに所属しているかまでこちらに提示した。

大川がボーッと瞳の顔を見ている表情を思い出して、思わず笑いが漏れる。

「もう少し感じたことや思ったことを隠すものよ?あれで仕事になるのかしら……」

瞳は警察が嫌いだ。しかし、大川については不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

多分、最低限の礼儀を尽くす努力をしてくれたからだわ。

この能力を使う仕事は、川村のように嫌悪感を露わにする人や見下した態度で見る人が多い。

だから、ご丁寧に教える必要はなかったのだけど。

「川村には気をつけて……」

瞳は、川村の電子タバコを手にした時のことを思い出していた。

川村からそれを受け取った時、瞳が遡った過去は2日ほど。

頭の中に、この電子タバコが見た過去を遡っていく。

(このぐらいの日にちなら、私の体も負担が少なくて、遡りやすいのだけど……)

あの時、瞳は電子タバコが見た過去を見ていた。

電子タバコの位置は固定されていないので、タバコの視点もマメに変わる。

手で持ち歩くときもあるし、ズボンの尻ポケットに入れることもある。机の上に置かれていることもあった。

受け取った電子タバコは、国内で人気の加熱式で、男性の片手で収まるサイズ。

専用のスティックをはめて使用する川村の顔を、あのタバコは何度も見ている。

比較的整った顔立ちになるのだろうか?

体や腕は警察だけあって鍛えてある。

武道か何かをしているのかもしれない。

今朝、新幹線でC県にやってきて……ああ、確かに出発はA県だから、A県警勤務の可能性は高い。

レンタカーで、地図アプリを使って我が家までやってくる姿が見えてくる。

(もう少し前を見てみよう)

そして場面は変わり、昨夜の川村の自宅の映像。

川村が家で荷物を詰めている。

荷物を詰めてはため息をついたり、スマホで何かの事件のことを調べている。

タバコから川村の表情は見えない。背中だけだ。

「ただ、家族仲は良くない……」

電子タバコを持ってリビングに入る。

夫婦の会話は一切なく、妻に視線も合わせない。

子供はいるが川村の顔色を伺い、一切川村には近づかないし親子の会話はない。

「奥さんにも子供にも話しかけもしないのね」

家族みんなが同じ空間にいる時間は短かった。

動線に彼らがいたからタバコの記憶にあっただけ。

その後は電子タバコを部屋で吸いながら、瞳の家の周辺を地図アプリで調べている。

(更に前に遡ってみよう)

場面は変わって警察署の喫煙所だ。

警官の制服を着ている人と、背広を着ている人に分かれて雑談している。

まだ彼が警察と判断するのは早い。

この雑談ぶりなら警察官と親しいのは確かだが、川村は背広だ。

家の仏頂面と違って、彼らとは笑顔で穏やかに会話する。

「誰か大川くんに、女を紹介してやれよ……」

「あの顔ならいそうなものですけど、女性を前にするといつもみたいな会話にならないらしいですよ」

そんな会話が聞こえてくる。

(更に前の過去に行こう)

ここは警察署の廊下だ。

「川村係長、明日は駅に7時でいいですか?」

「ああ、大川か。頼まれたことだけサッサと済ませて、のんびり温泉に浸かろうや」

「楽しみは山川温泉の宿だけです。俺の安月給では華月旅館なんていいところへは泊まれません」

声をかけてきたのは、ここに一緒にやってきた大川だ。

川村は、宿泊予定の華月旅館が、地図アプリで瞳の家から車で20分と説明している。確かに華月旅館は、我が家から車で20分だ。

(ここが宿泊地か……この二人は大川と川村で決まり。もう少し過去を探ってみよう)

ここは、地下だ。

窓が一つもないし、電気を付けないと廊下も真っ暗。

川村は、廊下の周辺を伺って鍵を開けてスルッと中に入る。

その表情は、無表情に近い。

(階段……2回通過したから地下2階かな?)

そして中からも厳重に鍵をかけ、周囲に誰もいないことを確認する。

「全く、今更なんだっていうんだ……せっかく風化したのに」

川村がボソッと呟く。

(せっかく……風化したのに?風化することを望むような事件を私のところに依頼に来たのかしら?)

ポケットから揺れて見える川村の表情と、服が傾いた時に、ちらっと何をしているのかが見える。

残念ながら、タバコはポケットにあり細切れの過去だ。

引き出しは、【一家殺人事件】の文字が見える。

遺留品を出している。

しかも、血を含むものが多い。

一家というだけあって、複数人の物がある。

川村は一つ一つ袋に入れられたものを机に並べていく。

凶器をまず手に取る。

(包丁ね……)

でもそれは、すぐ無表情のまま、机に置かれる。

服は……そのまま横に。

(何を調べてるんだろう?)

被害者の髪の毛……も、川村の眉が少し動いたぐらいか……

川村の表情は少し強張ったように見えた。

それを再び袋に詰めて引き出しに戻す。

次は……バッグ、化粧品……ガラケー……

被害者の持っているものだけど、血がついてない物はない。

(しかし、大量に血がついたものばかりで、よっぽど現場は血の海だったんでしょうね。これが依頼内容かな)

瞳は、自分が頼まれる仕事を想像してげんなりする。

どの過去を読み取っても、出てくる場面は血の海から始まるだろう。

でも川村は、明確に、過去の現場を読み取りやすそうな物は避けていた。

別に、凶器とまでは言わなくても血がついている段階でその時の過去は見えるのに……

現場になさそうなものを探しているのかしら?

瞳はその動きをずっと追い続けた。

(血がついてないのは……鉛筆……)

川村は、何度も袋の上から、目を細めていろんな角度で確認をしている。

どこにでもある大手文具メーカーのグリーンに塗装された鉛筆。

それを見て、納得したように頷き、ポケットに忍ばせた。

そして残りは片付けて元に戻していく……

その後、タバコの見える範囲で警察手帳を使う場面があったり、捜査一課に出入りする姿が見えて、間違いなくここに所属している警察官だと知った。

更に、2日前の記憶からここに来た経緯を知る。

久保田課長と呼ばれる人がどうやら瞳の居場所を嗅ぎつけ、私と会うように二人に依頼している。

どうやら久保田はかつて私の能力を見た事があり、私が受けた被害も知っているようだ。

人の身の上を気の毒がっても、助けるでもない見ているだけの傍観者。

そして結局、人の平穏を破壊する。

こんな奴らばかりだわ。

ただ、川村の動きは何か怪しいわ。

私より、そっちを探った方がいいんじゃないかと思うけど、どうなのかしら?

「あーあ、明らかに巻き込まれている彼を、気の毒に思っちゃったかな?」

余計なことは言わないのが一番!

それなのに、つい川村に気をつけるように伝えてしまった。

多分、歳が近かったせいね。

大川流星という男だって同じ警察官なんだから、川村と似た人種だと思わなければならないのに。

そういえば、今から思えば喫煙所で話していた大川くんって彼のことじゃないのかしら?

「女性を前にすると、いつもみたいな会話にならない……女を紹介って……きっとそうよね」

それで私を前にした時、ぼーっとした反応になったんだわ。

私の母みたいに、子供に関心もなく男に貢ぎ、なんだったら、男が娘に手を出そうとして娘を責める人もいるのに……

世の中には、異性と全く付き合えない人もいるのね。

瞳は、先ほどの大川流星の顔が浮かび、笑ってしまった。

「でも……なんとなくだけど、久保田課長という男は諦めない気がする」

ああいうタイプは、目的を達成するまでは追い続けてくる。

何か、この件、もしくは私の能力のことで気になる事があるのかもしれない。

「もしそうなら、まだ家賃ゲットチャンスはあるかもしれないわ」

瞳は、頼むからもう一回来てくれと、同時に大家を思い出してぶるっと震える。

そして空腹に気づく。

「おなかすいたなぁ……水でも飲むか」

そういって、ふらりと立ち上がり蛇口を開けた。

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