Masuk瞳は、大家から渡された請求書を前に、朝から真剣に悩んでいた。
「どうしよう。多分振り込みのほうがいいよね。証拠をちゃんと残さないと、昨日みたいに現金を奪って、これは利息だって言いかねない」
でも……その前に18万だ。
昨日は欲張らず、その半額で交渉をすべきだったかしら?
でも川村の態度を見たら、タダで能力を使うのは当然って言いそう。 もし、次に来たとしても、最初にきちんと請求しないと踏み倒されそうだわ。「うん、絶対全額請求しよう」
瞳は手を握りしめて、固く決意する。
今日は外に稼ぎに行かず、あの二人を待たないといけない。
占いで稼げても、せいぜい1万稼げたら良いほうだ。 でも、彼らは18万に変わるかもしれない。「来るなら早く来てくれないかな……」
瞳は、ごろっとその場に横になった。
その目に映るのは、四畳半の部屋にある段ボールの机と小さな冷蔵庫……そして、小さな鍋。
テレビどころかタンスすらないし、服も下着もバッグ一つに収まる量だ。占い師でもないのに、演出に使うための占い道具の方が多かったが、それも昨日大家に壊されたまま置かれている。
贅沢をしているつもりはないけど……
結局、母と同じように占いと夜職をしないと支払いは出来ないのかもしれない。でも、夜職といっても、今の話題すら知らないのにお客さんと話せるだろうか?
彼氏すらいたこともないのに、色気が出せるだろうか? テレビに出たこともあったから、能力を見せろって言われたらどうしよう……その時、金属のカンカンという音が聞こえて、ガバッと起き上がる。
来たっ!
ドアを叩く音が聞こえて、昨日の大川流星の声がした。
「すいません。大川です」
気を遣っているのか?
周りに知られたくないのか? 警察とは言わず、少し小声で声を出す。瞳は慌てて髪を整えて、そっと玄関横の窓を開けた。
「あら?ひとり?」
川村がいない。
周辺に誰もいないことを確認する。
流星は背筋を伸ばし、引き攣った顔で窓を開けた瞳の方を見る。 そして、瞳と視線が交差すると軽く会釈した。瞳も思わず会釈を返し、自分の心臓がバクバクと音を立てるのを感じ取っていた。
(来た!ということは……家賃を返せるチャンス!)
心の中で、いやっほぉ!とガッツポーズをする。
いや、待って!まだ分からない。
無料で見ろという昨日の話の続きかもしれない。ここは、気合を入れて――
瞳は、グッと唇を引き締めて無表情を装う。
「やっぱり来ると思った。家賃……支払ってくれるの?」
私はあなたが来ることがわかっていたのよ。
そんなクールな対応をするフリをしながら、建て付けの悪いドアを開ける。「お邪魔します……」
そう言って、流星は室内に体を滑らせた。
そしてきっちり閉めようとするが、ここのドアは建て付けが悪い。ちゃんと閉まらない。えっ?と言う顔で、何度か流星はドアを頑張って閉める。
「それ、建て付けが悪いの。しっかり閉めなくてもいいから」
「そう……なの?女の子1人だと、ちゃんとロックしないと危ないよ……あ、俺は今日、客だから……でも、あまり知らない人は家に入れないことをお勧めしたい……です」
言っている自分も追い出される可能性があると考えたのだろう。
流星は、決まり悪そうに視線を逸らした。 だが、今度は室内を見て、困ったように目が泳いでいる。「何も物がないから驚いた?」
「は、はあ……まあ……」
流星は、言いにくそうにもじもじしている。
この人大丈夫かしら?警官なのよね?
あまりに考えていることが分かりすぎる。 これは、能力を使わなくても分かるわ。その反応を見て瞳は軽くため息をつきながら、話を続けた。
「川村は来なかったのね。1人だとは思わなかったわ」
「君が、川村係長に気をつけるようにと言っていたから……」
こちらが気を利かせて話を振っているのに、もじもじとしたまま流星は瞳と目を合わさない。
「そう。言っておくけど、私もいつもはこんなに無防備に人を入れたりしないから心配は無用よ。それより本題に入っていいかしら?」
瞳は、目の前に滞納した家賃18万円の請求書を取り出して、それを見せた。
「お茶も出さずに悪いけど、すぐ支払ってくれる?出来れば振り込みで、記録に残る形でお金を入れたいの」
「あの、申し訳ないんだけど……」
ただでさえ女性と話すことが得意ではない流星は、今度は目を伏せて、ボソボソと呟くように話す。
「先に依頼を調べてくれないかな?後払いは?」
瞳はその言葉に落胆して、首を横に振った。
「ごめんなさい。これが終わると、私はバタバタ暴れて苦しみ始める。だから、支払い請求ができない」
「なんで苦しむ予定なんだ?」
驚いたように、流星は顔を上げた。
「20年の記憶を遡るのは、とてつもなく精神が削られる。ましてや殺人ならその遺留品が見た歴史を、私はそのまま目の前で再現させられる。間違いなくダメージが大きいの」
「なぜ、20年前のものだと?」
流星は、驚いたように視線をあげて、あんぐりと口を開いた。
「川村の電子タバコの記憶をみたからよ。川村は、地下2階の奥から2番目の部屋の棚から、資料を取り出していた。その棚に、一家殺人事件の文字と遺留品の書類の日付が見えたわ」
それを聞いた流星は、思いっきり眉をひそめて、気持ち悪いものを見たような顔つきになる。
その反応に、この人もそう言う目で自分を見るのかと少し落胆する。
「あの電子タバコからそんなものが読めるのか?」
「あら?まだ続きがあるわ。あなた達は、上司の久保田課長という人からその事件の依頼に来たんでしょ。タバコの見た過去が切れ切れになっていたけど、その会話からも20年前の事件とか、同僚の事件とかそんな会話が聞こえていた。新幹線と旅館も久保田課長のポケットマネー……あっているでしょう?」
「……合って……いる」
流星は、実際に自分たちの身の上にあったことを、話されたからだろう。目を見開き、呆然としたように瞳を見返した。
「家賃滞納さえなければ、そんな仕事受けない。今回は、緊急事態よ。あと……私は後払いで何度も痛い目に遭っているから先に払って欲しい」
「でたらめを言ったわけではないと確認してから、払おうとした奴が今までにもいたの?」
「そのつもりの人が大半だけど、ほら……その後言った通り遺体が発見されちゃったりすると、そちらの方で気持ちが……」
どこかに生きているのではないかと最後の望みをかけた人がやってくる。でも、その結果が求めるものではなかった時、それを受け入れることに精一杯。
受け入れたとしても、その不幸を言い当てたことで逆恨みする人だっている。どちらにしても後日、落ち着いてお金を払った人などいなかった。
「占いなら当たらなくても払ってもらえるけど、私は見たままを答えるだけだもの。お客様の求めるような返答ばかりは出来ないわ」
「で、でも、川村係長からのタバコは?あの時は、別に苦しがってなかったよね?」
流星は、なおも食い下がって反論を試みた。
だが、それも瞳にとっては単純なことだった。「川村の電子タバコから探ったのは、数日前の記憶に過ぎないし、あなた達はここ2日で誰かを殺してきたわけじゃないもの。その程度なら負担はないの。でも20年ぐらい前で、しかも壮絶な現場なら、のたうち回るぐらいの苦しさはある。ああ、必要な情報を得たら、私のことは放置して姿を消してくれたらいいから」
瞳は、決して大事にしないように念押しした。
時々、病院に運ぶ人がいるが、治療費が払えない。
少ししたら治るのだから、目的を達成したら姿を消して欲しいのだ。 そこまで伝えると、流星は少し目を閉じて迷っているようだった。「見て欲しいのは……鉛筆だよね?ここまで言っても、私の力が信用できない?」
最後のダメ押しで、瞳が流星にそう告げるとビクッと肩を振るわせる。
だが、それが決定打になったようだ。
請求書に書かれている大家の銀行の振込先に、流星は目の前でインターネットバンキングで振り込んだ。
「ほら、全部入金したぞ」
入金完了画面を流星は瞳に見せる。
瞳はそれを見て、ほっと胸を撫で下ろした。「川村はね、血がついた物品が大量にある中から、かなり時間をかけて、あえて何もついていない鉛筆を選んだの。そして、事件の風化を望む発言をしていた。何か隠したいことがあるのよ」
「そんなことまでわかるのかよ……」
流星は、少しショックを受けたようにカバンから袋に入った鉛筆を取り出した。
瞳が、過去に遡って見た鉛筆だ。「では、事件のあったところに置かれていたものに私は触れさせてもらうわ。ああ、袋の上からでいいわ。指紋がついたら困るし、十分読み取れるから」
瞳は、袋から鉛筆を取り出そうとする流星の手を止め、ビニール袋の上から、遺留品の鉛筆に触れ始めた。
その頃の流星は、まさか瞳がそんな修羅場の渦中に巻き込まれていることなど、想像もしていない。そして、自分自身の身にもとんでもないことが起きていた。「川村が……死んだ?」流星は、久保田を助手席に乗せて幕田警察署に急ぐ。本当は、奈央のことが終わったら、帰りに瞳を乗せて下心ありの夜のドライブデートに連れ出そうと思っていた。まさかこんな事になるとは……ハンドルを握る手に力が入る。久保田も、もう退職まであと2週間ほどだ。何も、こんな土壇場で川村が出てこなくても……という気持ちになる。「先ほど渋谷主任から連絡が入った。自殺だろうと……」「自殺……まあ、逃げ場がありませんよね」流星の脳裏に、最後に温泉で会話をした記憶や、見たこともない形相で自分に刃を向けてきた最後の姿が蘇り、ぞわっと震えた。逃亡すると言っても、職はない。持っている金を使い果たして終わりになる。日雇いやホームレスにも限界があるだろう。署に着くと、室内はすでに騒然としていた。川村が元係長というポストにいたこともあり、全員が彼を知る関係者だ。過去の事件も関係していることから、現場に向かう者と、情報整理や報道向けのプレス準備をする者に別れる。「現場に行って、川村の顔を見たらすぐ戻ってくるよ」久保田の言葉に、周りの人間もその複雑な心境を慮って頷く。「俺も……行かせてもらっていいですか。その……川村と最後に会ったのは俺だから……」流星も、先輩刑事たちに頼み込む。「まあ……お前も複雑だよな。だけど、マスコミが来るからここで情報の整理をしてもらえないか」「いや……でもさ、署内で息子から事情を聞いてるんですよ。流星は被
どうしよう!奈央さんっ!待ってください!瞳は、タクシー代を立て替えたあと、ピンクのネオンが光るホテルの中に飛び込んだ奈央を必死に追った。当たり前だが、瞳の人生においてラブホテルに入るのは初めてだ。 こんなことなら、富山さんがラブホテルの潜入調査の話をした時に、早めに入っておけば良かった!一瞬、怖くなり足がすくみそうになるが、もう入るしかない。だが、ピラピラとカーテンがはためく中に入った後は、静かに並ぶ車が見え、人の影はない。更には、奈央の姿も夫の姿も、誰の姿も見えず不安になる。うそっ!もうホテルの中に入ってしまったの?瞳は、急いでホテルの入口と思われるところを探した。小さな自動扉が目立たない様に見える。「あれかしら?」瞳は、急いでその入り口の柱に触れようとした。そこを奈央とその夫たちが通ったかどうか確認するためにだ。だが、そんなことをする必要はなかった。何やら、自動扉の先で、すでに修羅場が始まったと思われる凄まじい怒鳴り声が聞こえていた。「奈央さん!待って!」証拠を取るんじゃなかったの?当初の予定と全く変わっている。瞳は、慌てて止めに入るために、声の方向に向かって走り出した。入ってすぐそこには、薄暗いホールに多くの部屋の一覧とそのボタンの明かりが光っている。そして奈央とその夫と愛人と思われる3人が揉めていた。「奈央さん!」瞳は、急いで側に駆けつけると、奈央が涙交じりに夫を罵っていた。「彼女が体調が悪いというから、とりあえずここに連れてきただけだよ」奈央の夫と思われる男が、ブスッと不貞腐れた顔で言い放つ。「よく言うわ。この人が元気よく歩いてる時から、私たちはつけていたわよ、しかも今まで手まで仲良くつないで!ねぇ!」そう同意を求められて「は、はい!」と瞳も思わず返事する。「お前は誰だ?」奈央に新たな加勢が加わったことで、殺してやると言わんばかりの勢
流星さん……すいません。接点を持たないように気をつけているのに、あんなに他人のふりをしたのに……どうやら私は、筋金入りの巻き込まれ体質のようです。瞳は奈央に腕を掴まれたまま、早足でバス停から離れ、奈央の夫を追っていた。「あっ!あいつ、車に乗ってどこかに行くわ。ちょっと私たちもタクシーに乗るわよ!」「へっ!」いや、きっと奈央だって怖くて不安なのだろう。瞳の腕を握るその手は、明らかに震えていた。だからこそ、ここで「さようなら」と瞳は言えなかった。(巻き込まれだけでも十分なのに、私は運が悪すぎるわ!)ただハンカチを届けるだけなら、事務所への帰りが遅ければ富山もおかしいと気づいてくれただろう。流星だって、こんな日に呼び出しがなければ、家に帰ってこない瞳を心配してくれたのかもしれない。つまり、誰からもこの状況に気づいてもらえない。どうすればいいの!瞳は、言われるがまま、奈央の夫をつけるためタクシーに乗っていた。「前の車をつけて!」「ええっ?」タクシーの運転手もあまりない指示に怪訝な顔つきになる。「夫と愛人が乗っているの。お願い……」「はあ、わかりました。やってみますけど……頭を引っ込めといてくださいね」タクシーの運転手も、動揺しつつ後ろを追いかける。奈央の夫は、よくある白のコンパクトカーに乗っていた。車のナンバーは「・410」だ。「4月10日は私たちの入籍日なの。その車を使って不倫なんてどんな神経してるんだろう」奈央の顔が般若の様につり上がり、車内の雰囲気がピリピリし始める。「……あの女の人は知り合いですか?」「直接の面識はないけど、私や夫のSNSにいいねをしてきてたの。今から思えばマウントを取りに来てたのね」「いいね…&he
川村……って言ったよね?久保田さんと流星さんが慌てて席を外さなければならないことが、起きたんだ瞳は、川村から襲われそうになった日のことや、その息子の浩介から石を投げられた憎悪の表情を思い出し、思わず目をつぶった。だが、室内にシクシク泣く声がする。奈央だ。「あ……あの……コーヒーにしましょうか」瞳は、こんな時にどう声をかけていいか迷って、知らんふりを決め込んでいる富山に視線を送った。じーーーっ!瞳のなんとかしてくださいという視線のおかげか?富山の困っている人は放っておけない性格がやっと発動したのか?富山は、渋々、奈央に声をかける。だが――「お前もあのヘタレが好きなのか?」やれやれという顔つきで、富山は渋い顔をして奈央に声をかけた。富山さんっ!「お前も」の「も」はおかしいでしょう!!瞳は思わず目に力を込めて富山に抗議するが、富山は素知らぬ顔だ。「へたれ……ホントそうですよね。あの頃、明らかな素振りで絶対私のこと好きだろうなって分かっていたのに……」奈央は呟くように笑いながら答えた。「も」についてはスルーされたようだ。瞳は、ぐったり脱力した。「好きなのかどうか……夫がいうように忘れてなかったのかもしれませんし、思い出が美化されているからかも……もしくは、夫に不倫相手がいるから対抗したいのかもしれません。オープンマリッジっていうのかな……」「オープンマリッジ?」瞳と富山は何それ?という顔で見合わせる。「結婚生活を続けながらそれぞれに相手がいる形です……別れずこのまま結婚生活を続けている、お互いそれで……私も相手がいるからって言いたいだけかも&h
奈央は、瞳が手袋の過去からみた姿とは少し違っていた。今日は胸元まである髪を下ろしている。綺麗に化粧も施されていて、百貨店に勤めているだけありおしゃれな可愛らしい大人の女性だった。これで、私と同じ歳!初めて安い化粧品で化粧を始めたばかりの自分とは、全く違う。更に、瞳は衝撃を受けた。奈央が、自分と同じショコラブラウンの髪色で同じ髪型だったからだ。流星が美容師に指示したわけではなく、流行のカットにしただけだ。それでも動揺は隠せず、瞳は奈央を案内した後は、お茶を入れるふりをしてその場から離れた。深く息を整える。とにかく、動揺を気取られないようにしなければならない。ほぼ同じ時刻に、久保田と流星もやってきて、瞳は机に全員の茶を置き、気配を消すように応接セットから素早く離れた。瞼がパンパンに腫れている瞳を見て、久保田はハッとしたように息を呑んだが、奈央の手前他人のふりをするしかない。声をかけずに知らないふりをしながら、久保田は雑談を続けた。同様に、流星からも少し視線を感じたが、奈央が流星に声をかけたので、そのまま瞳から奈央に視線が移動していった。「夫と結婚したのは、この4月で……でも交際期間は高校からだから8年付き合いました……」奈央が、みんなに経過を説明している声が聞こえる。流星が、高校で告白しそびれた話をしていたし、長い付き合いだったのねと感じながら、瞳は離れた事務机で溜まった仕事をしようと手を伸ばした。だが、離れていても気になる。能力を使って、この溜まった依頼の証拠を探さないといけないのに集中できない。結局、一件も着手出来ないまま、聞き耳を立て続けた。「結婚式でも仲良かったし、誰が別の女性がいるようには感じなかったけどな……」流星の相手を気遣うような優しい声が聞こえてくる。それが自分にかけてくれる温かい声と重なり、瞳の胸をチクっと刺した。「それが&
寝たか……一人で病院まで行くだけでも緊張したのだろうに、その後スマホで知った過去の仕事のその後を受け止めるだけでもう精神的にも限界だったのだろう。流星が抱きしめて5分もしないうちに瞳は寝息を立て始めた。 暗闇の中で顔が見えないのが悔しい。 きっと可愛い寝顔に違いない。流星は、さりげなく抱きしめる腕に力を入れる。 だが、同時に瞳を言いくるめるようにして、こんな関係になっていることに後悔もしていた。どう考えても友人の域を超えた。 どさくさに紛れて一緒に寝る提案をしてしまったが、やっぱりこの距離感は恋人から夫婦の距離だ。理由をつけて好きな子を抱きしめたいという自分の欲に負けたのもあるし、本当に誰かが瞳を抱きしめてやらないと、壊れる気がしたし……ここまで許してくれたなら告白しては? いや、告白しない方が不誠実なんじゃないか? もっと、いやらしい考え方をして仕舞えば、ここまでの関係になれば、瞳は告白されたら断られない気がしていた。だが……瞳さんの性格を考えると……流星の不安な部分は、瞳は、信じると決めた人への心のハードルが低すぎるのが問題だった点だ。 自己肯定感の低さから、どんどん悪化している。普通の女性なら、こんなふうに誘導されたら拒否するか、私のことをどう思っているの?と聞くだろう。 ところが、ここまでされても断らず、身を委ねる瞳の性格を考えると、告白はやはりないと思いとどまった。どんなに断ってもいいと伝えても、言われたから付き合わなければならないと思いかねない。 信じた人から嫌われるのが怖いのか、信じている人に言われたら仕方ないと考えてしまうのか。ああ……流星は、これから瞳が自立して家を出るようになる頃まで告白ができないことを考えて、自分が保てるのか不安になってくる。 今だって、どさくさに紛れてキスしたい衝動に駆られているのに。厄介なのは、多分、自分も瞳以上の女性ともう出会えない気がしていて、片想いなのに誰かと両思いになるより上の存在になっていることだ。







