MasukコーポA201号室――
お世辞にも綺麗とは言えない家だけど、こんなところに本当に自分と同じ年齢の女性が住んでいるのだろうか?
今、男は人生を大きく変える女性と運命の出会いを果たそうとしている。
◇ A県警 幕田警察署 捜査一課 大川流星は25歳である。彼女いない歴は25年。
交番勤務を経て、次はどこに異動だろうと喜んで行った職場は、大半が男性ばかりの出会いがない捜査一課だ。これは、彼女いない歴も更新されていく一方じゃないのか?
(自分でいうのもなんだが、見た目がそこまで悪いと思ったことはないんだけど……縁がないのかなあ)
身長も176センチと高すぎることも低すぎることもない。
顔も、一般的なところだろう。 警察官らしく、清潔感は意識している。剣道だって有段者だ。 なよっとしていないし、頼り甲斐のある男性を目指している。それなのに!
いよいよ、マッチングアプリで出会いを探さないとダメか?
流星は頭を抱えて、マッチングアプリに登録すべきか真剣に悩み始めていた。
「早い奴は、もう結婚し始めている。先日も学生時代の友人の結婚式に行ったしな。でも、縁は無くても上司や先輩はかわいがってくれるから、誰かが紹介してくれないかな」
いいことを思いついたと流星の表情は明るくなる。
しかし、可愛がられるは、頼みやすいであり、押し付けやすいである。
今日も、定年間際の課長、久保田敏治から「流星、ちょっと頼みたいことがある……」そう声をかけられた。自分の他には、係長の川村優希も呼ばれている。
上司二人に呼ばれたら、ほぼ新人の自分は何かやらかしたか?と最初に疑うのは当然。 一気に緊張し、背中に汗が伝う。(とりあえず、良いことではないだろうな)
捜査一課は、事件を担当することが多く、やらかしの内容によってはマスコミに発表しなくてはならないものから、裁判に発展しかねないものまである。
しかし、頼みたいって言ってなかったか?
よく考えると、そんな重要案件を担当したことはない。「ああ、固くならないでくれ。君にしかお願いできないことがあって声をかけたんだよ」
久保田は、間違いなくお願い事だとにこやかに笑って、手招きをする。
君にしかできない?
自信を持って断言できる。俺にしか出来ない仕事なんてない。
絶対、こいつ今暇だ。 何だったら、休みの日だって暇だろう? そう思われている自信がある。俺に彼女がいないのは、みんなが知っていることだ。
有給休暇を使うことがなく、休みの日は、寝るか動画を見るか、家で料理を作っているかのどれかだ。 そんな休日の過ごし方を、同僚たちにはよくからかわれていた。絶対に君にしか頼めない頼み事は、絶対に碌なことではないと心の中で大きくため息をつく。
◆
流星は、久保田から依頼したい内容に関連した女性の情報をもらい、眉をひそめる。
「倉坂瞳 25歳。住んでいるのはC県だけど、住民票はH県。住民票も住んでいるところに置いていない。戸籍も東京都庁に置いているなんてふざけてますよ」
「C県はいいぞ。温泉もいいし、観光も人気だそうだ」
ニコニコする久保田とその隣にむすっと座る川村は対照的だった。
「仕事ですよね?」
表情を見ても、久保田と川村の考えは違う様子で、どう反応したらいいか迷う。
「仕事の内容ではあるけど、完全にプライベートで頼みたい話だ」
その話にどういうことか分からない流星は、川村に視線を投げかける。
だが、もう諦めたように、ため息をついているだけだった。「宿は温泉、新幹線のチケットも俺のポケットマネーで準備する。その代わり有給休暇を使ってくれ。いいだろう?どうせ余ってるんだし……」
結局、自身の有給休暇を使い、久保田の要望通り倉坂瞳の元に急ぐこととなった。
久保田の依頼は、20年前に起きた一家殺人事件に関するものだった。
事件の被害者一家は、久保田や川村の同僚一家。
時効こそ撤廃されたが20年も前の事件だ。新たなタレコミもないし、新証拠もない。
テレビで『情報を求めています』といった番組が作られると、「私は見た!」と数日はタレコミが入る。 しかし、見当はずれな情報ばかりで未解決のままだった。「昔、話題になった千里眼の少女を見つけたんだ。頼むのはダメ元だ。こんな未解決事件なら、第三者を多少頼っても問題ないだろう。もう遺族もいないんだ」
夫婦の双方共に両親は亡くなったらしく、20年という時の重みを感じる。
「遺留品に触れるだけで、その場にいない犯人もその行動も、なんだったら行方不明になった人の場所も見抜く……本当なんですかね?」
事件の担当課長が直々に会いに行けないのは分かるが、川村も立場的には大して変わらないはずだ。
渋い顔をするのも分かる気がした。流星は、ああいう輩はみんな詐欺師だと疑っている。
だが、彼女の書類にある古い顔写真をみて「あれ?」と行動が止まった。「これ、昔、テレビの生放送で、殺害現場に触れただけで犯人を見つけたり、遺体を見つけて、一時話題になった子ですよね。あれ、仕込みじゃなかったんですか?」
「それが仕込みじゃないんだよ。当時は15歳だ。和風美人の綺麗な顔立ちの子だよ。芸能事務所からも声がかかったそうだが……」
「俺と同い年なんですよ。でも、なにか事情があって姿を消したんじゃなかったかな?」
「親が世に言う毒親で、子供を金稼ぎに使おうとしてトラブルに巻き込まれたんだ。そのうち、人の不幸を商売にすると彼女が責められて学校にも通えなくなったそうだ」
「ああそうそう。金銭トラブルだ」
話を聞いて納得する流星とは対照的に、久保田は気の毒そうな声を出した。
「あまりにも色々当ててしまうから、警察にも事情聴取されることが多かったらしい。私も関わった事件がその番組で取り上げられたが、凄い子だと今でも覚えている」
「警察から色々事情聴取って……我々に良い思いを持っていない子が、行ったところで手伝ってくれるとは思えませんけど」
川村はやめた方がいいと何度も訴えた。
「そうなんだがね……でも、なにがきっかけになるかわからないだろう。それに、あいつを知っている奴はどんどん退職していく。思い入れのある者が減ってしまうのが怖いんだ」
寂しそうな久保田の横顔をみて、複雑な気持ちになる。
もしかして自分を呼んだのは、この事件に思い入れのある人を少しでも増やしたいという課長なりの風化への抵抗かも。流星は、彼女に会いに行く気になっていた。
「被害者の無念を晴らすためなら、俺、占いだろうと、非科学的なものだろうと何かヒントがないか聞いてきます」
任せてくださいと微笑む。
川村も同じように感じたのだろうか?
「久保田課長が係長になられた年ですね。私も、ここに配属されたばかりで奴は同期でしたが……もう20年ですか。かつてなら時効でしたね」
時が経つのは早いと呟いて、久保田の話に同調している。
「私も、今年度で退職だ。逮捕とまではいわないが、少しでも進展が欲しい。そして次につなげたい」
そう言って、久保田はため息をついた。
◇ 流星と川村の二人は、久保田にうまくのせられ、瞳の住むアパート前に立っていた。その建物の古めかしさに顔を顰め、本当にそんな女性はいるのかと呟くと、川村から制止された。
なるほど……ここの声も筒抜けになりそうなボロアパートだもんな。
対応は川村に任せて、流星は足音の響く錆びた金属の共用廊下を進んで行き、触れただけで木屑が落ちそうなドアの前に立った。
「ごめんください。倉坂さんいらっしゃいますか?」
川村は、ドアをノックして、さっさとやることをして帰ろうと流星に目で促す。
中には、人がいる気配があった。
「あの……どちらさま……」
女性の警戒心にあふれた小さな声が聞こえる。
「ええと、私たちは幕田警察署の者です。少し伺いたいことがあって来させてもらいました」
少し沈黙の後、玄関横の窓を少しだけ開けて、「ご用件はなんでしょう」と流星たちを訝しげな顔で見る女性がいる。
流星は、その瞬間目が合い、雷が落ちたような衝撃を受けた。
瞳は、そっと袋ごしに鉛筆をつまむと静かに目を閉じた。ここからは、お金に見合っただけの苦しみを味わわなくてはいけない。この事件の真相に触れて、ちゃんと結果を伝える。そう自分に言い聞かせて大きく息を吐くと、全身にとんでもない重力が押し寄せて来た。苦しい……重い……それは、この鉛筆を持っていた者の苦しみか?それとも、過去に遡る自分への負荷なのか?その境界線が分からなくなっていく。最初に景色が広がって見えたものは、真っ赤な血の海だ。覚悟はしていたが、その光景は目を背けたくなる惨状だった。瞳は、自分に見えたものを、流星に事細かに伝えるように努力する。「この鉛筆は……男の子が持っている。でも、この子はすでに死んでるわ」男の子が力なくだらりとしている。すでに胸が動いていない。衣服が血まみれだ。(もう少し遡ろう。鉛筆はこの過去を知っている)鉛筆に血はついていないが、間違いなくこの現場の景色を見ていた。そのため、その少し前の時間に遡るように意識する。だが、瞳は少し息苦しい感覚に襲われ始めた。「男の子の手にこの鉛筆は固く握られているわ。そして……男の子は刺されたのね。包丁もこの鉛筆の周りも血まみれ……鉛筆は……男の子が握っていて、血溜まりと手は距離があるから血はついていない」「見えるのか?でも、これは被害者は握ってないぞ。現場には落ちていたが……」流星の声は、瞳にはぼんやりとしか届いていない。遠くの世界でその声が聞こえる感じだ。返答をしすぎると、今の時間に戻ってしまうが、この声があるから戻りやすいとも言える。瞳は、そのぼんやりとした声に答えていった。「うん、そうね。死んで手の力が抜けて……今、コロコロ転がった。そばでは、男の人と女の人がすでに刺されているわ。最後に殺されたのが子供だったのね……母親が殺された後、どうして?おじさん!そう叫んでいた」瞳の見ている前で刺された男の子は、恐怖と刺された痛みで目を見開き、短時間で生気を失い血溜まりの中に沈み込む。その男の子が死に至る経過が示され、瞳はうっと吐きそうになる。すでに目の前には子供も含めて三人が死んでいる。(鉛筆は、犯人の顔を見ているかしら?)「目の前では、男の子を守ろうとしたのかしら?子供より先に女の人が死んでる……もう少し前にもどるわ」(顔を見ることが出来たら、容疑者の候補の写
瞳は、大家から渡された請求書を前に、朝から真剣に悩んでいた。「どうしよう。多分振り込みのほうがいいよね。証拠をちゃんと残さないと、昨日みたいに現金を奪って、これは利息だって言いかねない」でも……その前に18万だ。昨日は欲張らず、その半額で交渉をすべきだったかしら?でも川村の態度を見たら、タダで能力を使うのは当然って言いそう。もし、次に来たとしても、最初にきちんと請求しないと踏み倒されそうだわ。「うん、絶対全額請求しよう」瞳は手を握りしめて、固く決意する。今日は外に稼ぎに行かず、あの二人を待たないといけない。占いで稼げても、せいぜい1万稼げたら良いほうだ。でも、彼らは18万に変わるかもしれない。「来るなら早く来てくれないかな……」瞳は、ごろっとその場に横になった。その目に映るのは、四畳半の部屋にある段ボールの机と小さな冷蔵庫……そして、小さな鍋。テレビどころかタンスすらないし、服も下着もバッグ一つに収まる量だ。占い師でもないのに、演出に使うための占い道具の方が多かったが、それも昨日大家に壊されたまま置かれている。贅沢をしているつもりはないけど……結局、母と同じように占いと夜職をしないと支払いは出来ないのかもしれない。でも、夜職といっても、今の話題すら知らないのにお客さんと話せるだろうか?彼氏すらいたこともないのに、色気が出せるだろうか?テレビに出たこともあったから、能力を見せろって言われたらどうしよう……その時、金属のカンカンという音が聞こえて、ガバッと起き上がる。来たっ!ドアを叩く音が聞こえて、昨日の大川流星の声がした。「すいません。大川です」気を遣っているのか?周りに知られたくないのか?警察とは言わず、少し小声で声を出す。瞳は慌てて髪を整えて、そっと玄関横の窓を開けた。「あら?ひとり?」川村がいない。周辺に誰もいないことを確認する。流星は背筋を伸ばし、引き攣った顔で窓を開けた瞳の方を見る。そして、瞳と視線が交差すると軽く会釈した。瞳も思わず会釈を返し、自分の心臓がバクバクと音を立てるのを感じ取っていた。(来た!ということは……家賃を返せるチャンス!)心の中で、いやっほぉ!とガッツポーズをする。いや、待って!まだ分からない。無料で見ろという昨日の話の続きかもしれない。ここは、気合を入れて
その後流星は、川村と共に山川温泉の華月旅館でのんびりと温泉に浸かっていた。平日ということもあり、温泉の露天風呂は自分たち二人しかいない。川のせせらぎが聞こえて来て、少しひんやりとした風が頬をすり抜けていくのが気持ち良い。「いいお湯ですね」流星は、はーっと一息吐いた。先ほどの、瞳の最後の言葉が気になってしまって、ずっとモヤモヤしている。せっかく、滅多に体験できない高級温泉旅館に宿泊出来るというのに……ああ!忘れろ!忘れてしまえ!流星は自分の頭にそう言い聞かせていた。川村はそんな流星の様子に気づかず、流れる汗を拭い外の風景に目を移している。「本当にいいお湯だな。有名な温泉でもないのに、さすが久保田課長だよ。よく、知っている」だが、しばらく温泉を楽しんだ後は、少し緊張が取れたのだろう。先ほどの倉坂瞳についてつぶやいた。「18万はぼったくりだよ。1万でも考えるね」突然、川村から前触れもなく言われた言葉に、流星は忘れることを諦めた。「18万なんて、俺の初任給の手取り1か月分ですよ」そう批判めいた口調で、流星も川村に合わせようとした。川村もその反応に満足そうな顔をして、話を続ける。「ああいう人の足元を見る商売をする奴らが、俺は一番嫌いなんだ。遺族にああいうのが、たかるんだよ。占いとか、宗教とか」その気持ちはとてもよく分かったので、流星も頷く。被害者や遺族に、わざと誹謗中傷をしてくる人や、先祖の供養が悪いからこうなったのだと言ってくる人、霊に呪われているのだという霊媒師や、警察以上に調査できるという言葉で商売する探偵など……人の不幸を商売や思想に使う人間を、流星も軽蔑していた。そして、そんな家族の苦しみを知っているくせに、18万をふっかけたあの女性に、川村が嫌悪を持つのも当然……ただ、彼女が売り込みに来たわけじゃなくて、今回は俺たちが押しかけたのだ。そうなると、自分たちも同じことをしていることにならないか?そして、あの能力……嘘だと言い切っていいのか?電子タバコのトリックはどうなっていたのだろう?瞳が川村係長の名前を言い当て、俺たちがここに泊まることがなぜわかったのか?そう考えると、再びドツボのループにはまっていく。だめだ!彼女のことが頭から離れない!「先に上がらせてもらいます」ザバッ!流星は、勢いよく立ち上がり、温泉か
二人が帰った後――はぁぁぁぁ!!瞳は思いっきり息を吐き、ずるずると座り込んだ。「ああ、せっかくのチャンス、交渉失敗だわ……どうしよう」頭を抱えて、どう言えば18万払ってあげるからと言ってもらえたのかわからず途方に暮れる。あの警察の男の子、同じくらいの歳かしら?自分は学校に通えなかったので、同じ年齢の人たちと話をする機会がほとんどなかった。こうやって、同年代を間近にすると、普通に学校に通い、就職した人たちはこんなふうに社会で活躍しているのかと感じる。「いいなあ。真っ当に生きていたら、こんなふうに大家に突き上げられることも、瑕疵物件に住むこともないのよね」天井を仰ぎながら、今もらった警察署の所属先の入った無機質な名刺に触れようとする。しかし、その手は空を舞っただけで止めた。「無闇に人の情報を覗かなくてもいいよね。もらった名刺から、男の名前は大川流星だと分かったわけだし……」小さな段ボールに布をかけた机に、その名刺を投げ出した。「ふふっ、真面目くんなんだろうな。警察が表立って私のところには来られないから、川村は手帳をなるべく見えないようにしていたのに……」大川流星は、川村の努力も虚しく自分の名刺を差し出し、どこに所属しているかまでこちらに提示した。大川がボーッと瞳の顔を見ている表情を思い出して、思わず笑いが漏れる。「もう少し感じたことや思ったことを隠すものよ?あれで仕事になるのかしら……」瞳は警察が嫌いだ。しかし、大川については不思議と嫌な気持ちにはならなかった。多分、最低限の礼儀を尽くす努力をしてくれたからだわ。この能力を使う仕事は、川村のように嫌悪感を露わにする人や見下した態度で見る人が多い。だから、ご丁寧に教える必要はなかったのだけど。「川村には気をつけて……」◆瞳は、川村の電子タバコを手にした時のことを思い出していた。川村からそれを受け取った時、瞳が遡った過去は2日ほど。頭の中に、この電子タバコが見た過去を遡っていく。(このぐらいの日にちなら、私の体も負担が少なくて、遡りやすいのだけど……)あの時、瞳は電子タバコが見た過去を見ていた。電子タバコの位置は固定されていないので、タバコの視点もマメに変わる。手で持ち歩くときもあるし、ズボンの尻ポケットに入れることもある。机の上に置かれていることもあった。受け取
こんな可愛い子、自分の周辺にいない。顔小さいなあ、人形みたいだ。流星に雷が落ちた理由はこれだ。初めて芸能人に会ったような、同じ人間ですか?と思うぐらい、顔が小さいのにパーツが大きくて体は華奢だ。写真よりは大人になっていたが、可愛らしさが美しさに変わっただけだった。まっすぐな肩を過ぎたところまで伸びたストレートの黒髪。真っ黒なぱっちりした目に長いまつ毛。日焼けしていない白い肌。これは、芸能事務所も動くわ……そう納得する顔立ちだ。その反面、人形のように表情がなく、まるで陶器の肌かと思わせる血色のなさ、痩せ細った首筋に、人ではないような薄気味悪さも感じていた。生きた日本人形のような雰囲気だ。「突然伺って申し訳ありません。私はA県の幕田警察署の者です。実は、あなたがかつて未解決事件を解決されたことがあると思うのですが、その時の事をお伺いしたかったのです」流星が、瞳に思わず見惚れている横で、川村は淡々として表情を出さない。まるで事件の聞き取りのためにやってきたかのようなふりをして、警察手帳の表紙をちらっと見せる。(へぇ、さすが川村係長!そう言われたら、当時の自分の能力の話をせざるを得ないもんな)流星も、真面目そうな顔をして、同じようなふりをする。それを見て、瞳は流星をじっと見た。「あなたタバコ吸ってる?」「え!俺はタバコは吸わないよ」突然の瞳からの問いかけに、流星は慌てて手を振って吸っていないと答え、川村を見る。「私は、電子タバコだけど……」川村も、情報屋からタバコを要求されることもあるが、まさかこの子が?と目を丸くさせながら、驚きの顔を隠せない。「それでいい。貸して」川村に、瞳は怯む事なく要求する。「え?いや、電子だよ。新しいカートリッジをセットしようか?」電子タバコは、本体とは別にカートリッジがなければ吸う事ができない。川村が提案したにも関わらず、瞳は首を横に振って、不要だと断った。「大丈夫、吸うわけじゃないから。あなた達が本当に警察なのか確認がしたいの。その手帳を貸してとは言えないでしょう?」瞳は、流星と川村から視線を外さない。「これで……私たちが警察だと分かるのか?」そこまで言うなら仕方あるまいという顔で、手帳を入れていた場所と同じ胸ポケットから川村はしぶしぶ電子タバコを出す。瞳は、川村の動きの一つ一つか
コーポA201号室――お世辞にも綺麗とは言えない家だけど、こんなところに本当に自分と同じ年齢の女性が住んでいるのだろうか?今、男は人生を大きく変える女性と運命の出会いを果たそうとしている。◇A県警 幕田警察署 捜査一課 大川流星は25歳である。彼女いない歴は25年。交番勤務を経て、次はどこに異動だろうと喜んで行った職場は、大半が男性ばかりの出会いがない捜査一課だ。これは、彼女いない歴も更新されていく一方じゃないのか?(自分でいうのもなんだが、見た目がそこまで悪いと思ったことはないんだけど……縁がないのかなあ)身長も176センチと高すぎることも低すぎることもない。顔も、一般的なところだろう。警察官らしく、清潔感は意識している。剣道だって有段者だ。なよっとしていないし、頼り甲斐のある男性を目指している。それなのに!いよいよ、マッチングアプリで出会いを探さないとダメか?流星は頭を抱えて、マッチングアプリに登録すべきか真剣に悩み始めていた。「早い奴は、もう結婚し始めている。先日も学生時代の友人の結婚式に行ったしな。でも、縁は無くても上司や先輩はかわいがってくれるから、誰かが紹介してくれないかな」いいことを思いついたと流星の表情は明るくなる。しかし、可愛がられるは、頼みやすいであり、押し付けやすいである。今日も、定年間際の課長、久保田敏治から「流星、ちょっと頼みたいことがある……」そう声をかけられた。自分の他には、係長の川村優希も呼ばれている。上司二人に呼ばれたら、ほぼ新人の自分は何かやらかしたか?と最初に疑うのは当然。一気に緊張し、背中に汗が伝う。(とりあえず、良いことではないだろうな)捜査一課は、事件を担当することが多く、やらかしの内容によってはマスコミに発表しなくてはならないものから、裁判に発展しかねないものまである。しかし、頼みたいって言ってなかったか?よく考えると、そんな重要案件を担当したことはない。「ああ、固くならないでくれ。君にしかお願いできないことがあって声をかけたんだよ」久保田は、間違いなくお願い事だとにこやかに笑って、手招きをする。君にしかできない?自信を持って断言できる。俺にしか出来ない仕事なんてない。絶対、こいつ今暇だ。何だったら、休みの日だって暇だろう?そう思われている自信がある。







