Share

2-1

Author: 琉斗六
last update publish date: 2026-03-20 21:00:00

 領主館は、こぢんまりとした石造りの建物だった。

 だが、手足に不自由を抱えたジュリアンが、一人で管理できる広さではない。

「屋敷を管理するため、村人に交代で来てもらえないだろうか? 働いた分の日給は出す」

 ジュリアンは、村長にそう持ちかけた。

「領主様のお館に勤められるような、教養のある者はいませんが……?」

「いや、教養は必要ない。屋敷の掃除と朝夕の食事の支度を頼みたい」

 くどいほど〝粗相があってもお許しください〟と念を押されはしたが、約束を取り付けることはできた。

 村人の手伝い程度ならば、使用人を雇うほどの給料を出す必要は無い。

 とはいえ、蓄えがないことに変わりはない。

 ジュリアンは、領主として土地を管理し、なんとか立ち行けるようにしなければならなかった。

 しかし、その〝なんとか〟するための知識もない。

 執務室はがらんとしていて、領内の大まかな地図と、ところどころに抜けのある税収の帳簿があるきりだ。

 ここでもやはり、人を雇うだけの余裕のないジュリアンに、選択肢はない。

 自分の足で歩き、目で見て調べるだけだ。

 領主館は、山裾にある。

 来る時に見かけた集落が一番大きな村で、離れた場所には小さな集落がぽつぽつと点在している。

 雑な帳簿を見ると、領民は全部で七百人ほどだが、実際にはもっと少ないように思える。

「村人の数が、書面と違うようなんだが……?」

「十五年ほど前から、麦がよう取れなくなりまして。男衆は、出稼ぎに行って留守なのです」

 ジュリアンの問いに返された答えは、この領地の切羽詰まった現状を表していた。

 以前の土地は豊かで、麦の質が良く高く買い取られていたが、いつの頃からか土地に瘴気がたまり、麦は実らなくなった。

 収益を取り戻そうと開墾をしたが、人の住む場所から離れると魔獣の被害が出るようになり、今やほとんどが放置されている。

 だが帳簿には、開墾した土地は全て農地として記録されていた。

「ここには、何を植えているのか、教えてくれまいか?」

 問うたジュリアンに、村人は緊張と不安の入り混じった顔を向ける。

「家の者が食べる芋でございます」

 開墾地にまで税金が課せられているのだから、領主に好意的であるわけもない。

──領主の交代に期待をしたが、現れたのがこんな痩せ衰えた半端者ではなぁ……。

 収入の目処を立てようと始めた検地は、農地と開墾地の区別をして、税収を下げる結果になった。

 とにかく、瘴気の所為で作物はことごとく育たない。

 おのれより先に、領民の糊口をしのがねば、結果として自分の首も絞まるのだ。

 ジュリアンは、自身の持てる知識を絞り、打てる手立てと方法を考えた。

 昼間は検地をし、夜は試行錯誤に当て、ようやく考案したのが五寸釘に浄化の魔法を付与した〝結界杭〟だ。

 杭とは名ばかりの小さな物だが、今のジュリアンには〝杭〟と呼べるようなサイズの物を持ち運ぶすべも体力もない。

 それを革袋にいっぱい詰めて、検地のついでに地面に差していく。

 地図に書き込む際、片手と片足が不自由なため地に伏して作業するしかない。

 その際に、地面に結界杭も打ち込んで回った。

「具合でも、悪いのですか?」

 最初のうちは、そんな声を掛けてくる者もいたが。

 ジュリアンが紙面に向かって何かを書き込んでいることに気づくと、そっと離れていく。

 いつしか、領内には「領主は寸分違わず土地を計測している」と噂がたった。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 触れるたびに溺れる浅ましさ   2-1

     領主館は、こぢんまりとした石造りの建物だった。  だが、手足に不自由を抱えたジュリアンが、一人で管理できる広さではない。「屋敷を管理するため、村人に交代で来てもらえないだろうか? 働いた分の日給は出す」 ジュリアンは、村長にそう持ちかけた。「領主様のお館に勤められるような、教養のある者はいませんが……?」 「いや、教養は必要ない。屋敷の掃除と朝夕の食事の支度を頼みたい」 くどいほど〝粗相があってもお許しください〟と念を押されはしたが、約束を取り付けることはできた。  村人の手伝い程度ならば、使用人を雇うほどの給料を出す必要は無い。  とはいえ、蓄えがないことに変わりはない。  ジュリアンは、領主として土地を管理し、なんとか立ち行けるようにしなければならなかった。 しかし、その〝なんとか〟するための知識もない。  執務室はがらんとしていて、領内の大まかな地図と、ところどころに抜けのある税収の帳簿があるきりだ。  ここでもやはり、人を雇うだけの余裕のないジュリアンに、選択肢はない。  自分の足で歩き、目で見て調べるだけだ。 領主館は、山裾にある。  来る時に見かけた集落が一番大きな村で、離れた場所には小さな集落がぽつぽつと点在している。  雑な帳簿を見ると、領民は全部で七百人ほどだが、実際にはもっと少ないように思える。「村人の数が、書面と違うようなんだが……?」 「十五年ほど前から、麦がよう取れなくなりまして。男衆は、出稼ぎに行って留守なのです」 ジュリアンの問いに返された答えは、この領地の切羽詰まった現状を表していた。  以前の土地は豊かで、麦の質が良く高く買い取られていたが、いつの頃からか土地に瘴気がたまり、麦は実らなくなった。  収益を取り戻そうと開墾をしたが、人の住む場所から離れると魔獣の被害が出るようになり、今やほとんどが放置されている。  だが帳簿には、開墾した土地は全て農地として記録されていた。「ここには、何を植えているのか、教えてくれまいか?」 問うた

  • 触れるたびに溺れる浅ましさ   1-4

    「そうだ。マークならイアン様のこと、分かるんじゃないか?」 マークは第三騎士団に所属している、騎士である。 ヴァレンティン伯爵家が主催する騎士養成所でジュリアンの指導を受け、入団後もジュリアンの指揮する第七分隊に籍を置いていた。「ジュリアン様は、マンティコアを退治した功績を認められ、準男爵を叙されました」「あ、じゃあやっぱ叙爵なんだ」「はい。それに伴い、ヴァレンティン伯爵からローデンフェルの地を譲られました」「それで、警邏隊を辞めたのか」 なるほどと、アルが頷く。 そこに至って、クリスはふと違和感に気付いた。「なあ、マーク。なんで騎士服じゃないんだ?」「そういえば、勤務もどうした?」 二人の問いに、マークはふるふると首を振る。「退団いたしましたので、騎士服は団に返却しました」「はあっ?!」「なんでっ!」 驚く二人に、マークは改まった態度で頭を下げる。「馬をお譲りください。私は、ローデンフェルへ向かい、微力ながらジュリアン様をお助けしたいのです」「待て、待て、待て! なにがどうして、そうなった!」 クリスの問いに、マークは眉根を寄せる。「ご存じないかも知れませんが、ローデンフェルは呪われた地なのです」「えっ? だってあそこって、ヴァレンティンに入り婿前のヴィクトル騎士団長が、特別良い所だからって陛下にねだって、わざわざ褒章でもらったトコでしょ?」「その当時は、高級麦の産地として名高く、豊かで実入りの良い場所と言われておりました。ですがローデンフェル出身の騎士曰く、数年前から土地枯れが激しく、今や日常的に瘴気が漂い、空気が濁った場所だと」「なんだと! そんな場所にイアン様が!」 マークの説明に、アルも腰を浮かせた。「おい、待て。どこに行く!」「決まってるだろう! 俺もローデンフェルへ行く」「あほう! そのまま行ったら出奔を疑われて指名手配されるぞ。いいから落ち着け」 宥められ、アルは不満そうな顔をしつつも腰を降ろした。「マークも、それで騎士を辞めてスッ飛んで行こうとするなんて、軽率だぞ?」「しかし、使用人の一人も付けられず、貸し馬車で王都を追い払われるように向かわされたんですよ?」「イアン様の性格考えろ。いきなり押しかけたって、迷惑になるんじゃねぇの?」 クリスは、すっかり温くなったエールを口に含み、顔をし

  • 触れるたびに溺れる浅ましさ   1-3

     踊るグリフォン亭の扉が開き、思い詰めた顔のアルが入ってくる。 既に席に座っていたクリスを見つけ、アルは駆け寄った。「遅かったな」「イアン様が……見つからなくて……」 シャツは汗で濡れ、詰め所で履き替えたはずの靴も泥だらけだ。「そうだろうな」 テーブルの上のエールは、未だ中身がたっぷり残っていたが、カップの外側に水滴すら付いていない。「なんだ、思わせぶりだな」「王都にマンティコアが出たって話、聞いたか?」「はぁっ? 知らん!」 アルの返しに、クリスはつくづくとした様子で、ため息を吐く。「……おまえ……噂に疎すぎるだろ?」「いや、王都に魔獣? ありえんだろう!」「ちなみに、俺らが遠征に行って間もなくだ」「半年も前の話じゃないか! てか、マンティコア? 中ランクの大型種だろ? なぜそんなものが王都に?」「研究素材として、移送中だったそうだ。緊急出動で第一騎士団が出張ったが、取り逃がして大門の一部が壊れたってさ」「ひどいな。……しかし、それがイアン様とどう関係がある?」「警邏中のイアン様が、マンティコアを退治しちゃったって話だぞ」「はあっ?」 アルは、席から腰を浮かせた。「イアン様は、左腕がほとんど動かないんだぞっ! マンティコアなんて、俺らだって数人がかりでようやく倒せる魔獣じゃないかっ!」「俺だって信じられなかったさ。だけど噂はそうなんだから、そうしか言いようがないだろう」「それで、イアン様はっ?」「叙勲だか、叙爵だか? 話が錯綜していて、その辺がはっきりしないんだが……。とにかく警邏隊は辞めたらしいぞ」「警邏の詰め所のジイさんたち、なんにも言ってなかったぞっ!」「そりゃおまえがジイさんたちに、いつも挨拶もしないから無視されただけだろ」 アルがむぅと黙り込んだ時。 再び、踊るグリフォン亭の扉が開いた。「アルフォンス様、クリストファー様、こちらでしたか」 扉を抜けて中に入った男は、真っ直ぐ二人のもとに歩み寄る。「マーク?」「今日、お戻りになると聞いて、探していました。大変不躾なお願いなのですが、私に馬を一頭、お恵みくださいませんか?」「馬?」「どうした、借金か?」「クリスじゃあるまいし、マークが借金なぞするか」 ここぞとばかりに突き放すアルに、クリスは呆れた顔を返しただけだった

  • 触れるたびに溺れる浅ましさ   1-2

     遠征部隊の帰還に、王都の大門が広く開かれ、その向こうに市民の熱気と歓声が待っていた。「マンネリにならず、毎回出迎えてくれるのはありがたいな」 魔獣と盗賊が跋扈する地方都市への、騎士団の派遣は年中行事の一つである。 とはいえ、騎士団の働きがあってこその安全と、市民は良く理解していた。「そんな飾ったこと言わなくても、おまえがキョロキョロしてること、突っ込むような野暮は言わないって」 馬上で、二人は市民に笑みを崩さない。「どういう意味だよ?」「イアン様を探してるんだろ? もっとも、勤勉なあの人が、仕事抜けて出迎えに来るとも思えないけど」「うるさい。笑って手ェ振っとけ」 騎士団の詰め所に戻るまでは、その信頼に応える〝騎士様〟のポーズを崩すわけにはいかない。 だが騎士のマントを外せば、それぞれが個人へと早変わりする。「アル! 先に〝踊るグリフォン亭〟行ってるぞ!」 早々に着替えを済ませ、詰め所を飛び出していくアルの背中に、クリスがひと声かけた。「わかった!」 振り向きもせずに走り去るアルの背中を見送って、クリスはふうっと一つ息を吐く。「拗らせてんなぁ……」 アルの想い人〝イアン様〟ことジュリアンは、元は第三騎士団の分隊長をしていた男だ。 十年前に、ほぼ言い掛かりのような理由で罷免され、今は王都の警邏隊に所属している。 クリスと出会った時から既に、アルはジュリアンに夢中だった。──妙に色気があることは、認めるけども……。 確かにジュリアンは、佇まいの美しい男だ。 金糸の髪に、深い青の瞳。 儚げな雰囲気と、柔和な態度。──つっても、十二も年上の……しかも男だぞ? 正直に言って、未だにアルの恋心に関しては、全く理解できない。──まぁ、かなりの人誑しなことは認めるけどな。 最も、アルがジュリアンを慕っている理由は、そこではない。 根底にあるのは、幼少期に刷り込まれた鮮烈な憧れ。 そして、ジュリアンの置かれている不遇な環境を払いのけるだけの力がない、己に対する無力感。 そうした歯痒さと想いが絡み合って複雑化した結果の、執着なのだろう。──つっても、イアン様を爪弾きにしてるのが伯爵家じゃあ、どうにもならないのは仕方ないんだけどな。 自分も着替えて、クリスは詰め所を出た。

  • 触れるたびに溺れる浅ましさ   1-1

     アルフォンス・フェルトンは、帰還の途にあった。 照りつける日差しは、未だ残暑の輝きを色濃く残し、進む部隊の足取りも重い。「王都はまだ見えねぇなぁ……」 横並びで騎馬を進めているクリスが言った。「この森を抜ければ王都の見張り塔が見えるはずだ」「お早く帰りたいでしょ〜? アルさんや」「だからって、一人だけ抜け駆けるわけにもいかないだろう?」 クリスに言われるまでもなく、アルの心は想い人のいる王都へと向かっている。 最後にその姿を見たのは半年前、遠征のパレードの時だった。 無理だろうと思っていたのに、警邏の巡回ルートを調整して、見送ってくれた姿は鮮明に思い出せる。「なに思い出にふけってんだよ」「そんなんじゃねぇよっ! ……後方の歩兵隊に遅れがないか、確かめてくる」「なんですか、テレ隠しですか?」「うるせぇ」 馬の首を巡らせ、アルは後方へと走る。「おう、ケツ叩いて、さっさと王都で冷えたエールをやろうぜ」 その背中に、クリスが言った。 アルとの付き合いも、既に十二年。 第二騎士団は、子爵家や男爵家の次男や三男といった、家督が継げない立場にある貴族の子息で編成されるため、生まれや育ちが似ている者が多いが。 その中でも、とりわけ気があって意気投合した仲である。 さすがにアルが、入団当時から想いを寄せている相手がいることも、それが誰であるかも、クリスは知っていた。 自分たちの仕事は、年の半分以上を遠征で潰される。 王都に想い人を残していれば、郷愁が募るのも当然だろう。 蹄の音が戻ってきて、アルが言った。「クリス! 後ろに少し遅れが出ている、休憩を入れよう」「じゃあ、俺は前に伝えてくるぜ」 戻ったアルの言葉に、クリスは馬の腹を蹴った。

  • 触れるたびに溺れる浅ましさ   プロローグ

    「ジュリアン・ヴァレンティン。此度の功績をもって、そちを準男爵に任ずる」 重々しい王の声が、広間に響き渡った。 ぽつぽつと上がった拍手が、やがて集まった貴族たち全ての喝采に変わる。 王から爵位章を受け取った側近が、ジュリアンの元へと降りてきた。 力の入らない右足を杖で支え、よろめきながら立ち上がり、メダルを受けるためにジュリアンは頭を下げる。 同時に、役に立たない左腕がぶらりとだらしなく揺れた。「拝領仕ります」 首のメダルに触れるふりをして、垂れ下がった左腕を右手でそっと整える。 響き渡る拍手の中、ジュリアンは内心で嘆息した。──まるで、道化だな……。 式典が終わると、そこにヴァレンティン伯爵家の使いと称する者が待っている。「こちらで馬車を手配いたしました」 父・ヴァレンティン伯爵が手配したというそれは、街で雇える貸し馬車だった。 今更ヴァレンティンの姓を名乗れと言っておきながら、家紋の入った車すら寄越さない。 ジュリアンは小さな鞄一つの荷物を御者に預けた。──せめて、アルに伝言の一つも残せばよかったかな……。 ジュリアンが騎士団に入る前から、慕ってくれていた栗色の髪の少年。 今や第二騎士団の有望株として称えられるアルフォンスは、遠征に行って王都を留守にしている。 走り出した馬車は王都の華やかな街並みを抜け、大門を出る。 森を抜け、丘を抜け、馬車は走った。 拝領された領地までは、七日の道のりだ。 粗野だが親切な御者と二人、途中の町で宿を取り、疲れが抜けぬままひた走る。 辛うじて装備されている魔物避けの灯りのおかげで、途中、襲撃されるようなこともなく、ジュリアンはローデンフェルまで無事に運ばれた。 領境を越えた辺りから、急激に気温が下がる。 夏とも思えぬ冷気が、魔獣に傷つけられた背中の傷を思い出させ、折れた右足をずうんと重く感じさせた。 一帯を包む薄紫色の濃い霧が、閉じた扉の隙間から客車の中に忍び込んでくるようだ。 窓の向こうを流れていく景色は、モノクロームのように色を失っている。 草木は枯れ、葉は黒ずみ、霧の中に沈んでいた。 進む馬の蹄の音が、重く湿った土をかき混ぜるように聞こえた。「旦那、見えてきましたぜ」 口数の少ない御者が告げる。 窓の外を見やると、黒く雨を吸った節だらけの壁に、厚手の布が垂らされ

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status