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試す彼女、99回目で御曹司に捨てられる
試す彼女、99回目で御曹司に捨てられる
Author: はなまる日和

第1話

Author: はなまる日和
一ノ瀬澄佳(いちのせ すみか)は、仕立てのいいスーツに身を包んだ藤森雅彦(ふじもり まさひこ)と腕を組み、得意げな笑みを浮かべて会場ロビーへ入ってきた。

会場脇のラウンジの前を通りかかったとき、澄佳は隅のソファに座っている俺をすぐに見つけた。

俺の名は遠野謹也(とおの きんや)。

今日は、ようやく仕事を空けて息子と過ごすはずだった一日だ。

それなのに親父から、富豪ランキングサミットに顔だけ出してこいと押しつけられた。

妻はまだ出張先から戻っていない。仕方なく、俺は息子の遠野勇太(とおの ゆうた)を連れて会場に寄り、開会後に少し顔を出したらすぐ帰るつもりで、ラウンジで時間をつぶしていた。

息子を抱いていても負担にならないよう、今日は柔らかい生地の服を選んだ。

俺はカイエンのキーを指先で転がしながら、腕の中の勇太をあやしていた。

けれど澄佳の目には、俺がただの使用人にでも見えたらしい。

地味な服を着た運転手が、雇い主の子どもまで押しつけられている――そんなふうに決めつけたのだろう。

澄佳は足早にこちらへ来ると、俺を上から下まで眺め、鼻で笑った。

「謹也。まさか今は、運転手をやっているの?そのうえ子守まで押しつけられて……ずいぶん落ちたものね。

私と別れたら、あなたって本当に何も残らない人だったのね」

彼女はわざとらしくため息をついた。

「あの時、私が与えたチャンスを無駄にしなければ、今ごろ私の隣にいたのは、あなただったかもしれないのに」

澄佳は隣に立つ雅彦の手を、これ見よがしに握りしめた。

「でも、おかげで分かったわ。私をちゃんと大事にしてくれる人は、あなたじゃなかったんだって」

雅彦は澄佳をかばうように肩を抱き、余裕ぶった笑みを浮かべた。

「今の彼を見れば、後悔しているのは明らかだろう。せっかく澄佳の隣に立てる機会を、自分から捨てたんだ。

まあ、自分で選んだ結果だ。今さら同情する気にもならないな」

雅彦は通りかかった会場スタッフを呼び止めた。

「今日は名のある方々ばかりが招かれているんだ。なぜ、こんな素性の知れない男を中に入れた?

万が一のことがあったら、君たちで責任を取れるのか。運転手か何か知らないが、早く外へ出してくれ」

俺の服は一見すると地味だが、どれもイタリアの一流職人が俺のためだけに仕立てたものだった。

この二年で親父の会社をすべて引き継いだばかりで、忙しさのあまり表に出る機会はほとんどなかった。

そのせいで、会場のスタッフも俺の顔を知らない。

彼らは服の派手さだけで判断し、雅彦の言葉を信じたのだろう。

スタッフは俺を見下ろすようにして、冷ややかに告げた。

「申し訳ございませんが、関係者以外の方はご退場ください」

俺は腰を上げず、落ち着いて口を開いた。

「俺は遠野家の代理で来ている。ここにいる資格はあるはずだ」

スタッフたちも、見た目だけでは判断できない相手がいることくらいは知っているのだろう。

一瞬だけ顔を見合わせたが、無理に俺を連れ出そうとはしなかった。

すると澄佳が、こらえきれないといった様子で笑い出した。

「何を言い出すかと思えば……あなたが富豪ランキングサミットに?

奨学金がなければ大学にも通えなかった人が、よくそんなことを言えるわね。

そこまで言うなら、招待者名簿を確認してもらえば?あなたの名前、載っているのかしら」

招待者名簿に、たしかに俺の名前はなかった。

遠野家の欄に載っているのは、まだ親父の名前だ。

今年、親父が正式に引退すれば、そこは俺の名前に変わることになっている。

俺がすぐに答えなかったのを、澄佳は言い返せないのだと受け取ったらしい。

彼女は勝ち誇ったように目を細め、スタッフたちに聞こえる声で言った。

「皆さん、ご存じないでしょう。この人、昔からこうなのよ。私が少し現実を見せただけで、すぐに逃げ出した人だから。

そのせいで、私の夫になれるかもしれなかったチャンスまで、自分で台無しにしたの。

結局、貧しい人って目先のお金しか見えないのね。どれだけ大きな機会を与えられても、その価値に気づけない。だから一生、そこから抜け出せないの」

会場入りした時間が早かったこともあり、本当に顔を出すべき大物たちは、まだほとんど到着していなかった。

先に来ていたのは、富豪ランキングで百位前後に名を連ねる者たちばかりだ。

その中に澄佳と顔見知りの者がいたらしく、彼女に調子を合わせるように笑い出した。

「それは惜しいことをしたね。一ノ瀬さんみたいに綺麗で仕事もできる女性を逃したんだ。今ごろ悔やんでいるだろうな」

「大学時代に一ノ瀬さんと四年も付き合っていたんだろう?そこまでいって逃すなんて、もったいないな」

だが澄佳は、何かを思い出したのか、ふっと笑みを消した。

大学時代、澄佳は周囲が噂するほど、俺に積極的にアプローチしてきた。

当時の俺たちは互いに、親が資産家であることを隠していた。

どこにでもいる普通の恋人同士のように、四年間を過ごした。

その四年の間に、俺は何度も彼女に試された。

彼女の試しに応えるために、俺はアルバイトで金を稼ぎ、献血をし、彼女が嫌う友人たちと縁を切り、怪我を負い、大学院への推薦枠を諦めたこともある。

あとから数えれば、それは九十八回にもなっていた。

けれど後になって、澄佳が貧乏なふりをしていただけだと知った。

俺の前に現れた困難も、追い詰められるような状況も、すべて彼女が仕組んだものだった。

その一方で、学内一の人気者だった雅彦には惜しげもなく金を使い、車もマンションも与えていた。

その瞬間、俺の中に残っていた想いは、きれいに消えた。

九十九回目の試練を突きつけられた時、俺はそれを拒み、澄佳と別れて、そのまま海外へ出た。

周囲の者たちは澄佳の変化に気づかず、なおも俺を笑い者にし続けた。

その時、澄佳が感情を押し殺した声で言った。

「もういいわ。早く追い出して。目障りなの」

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