LOGIN「王都内で闇魔力の反応が拡大──?」
局員の震える声が会議室に響いた瞬間、空気は凍りついた。
まるで部屋の温度が急に数度下がったような錯覚さえ覚える。レオンは反応パネルを覗き込み、わずかに目を細めた。
「……複数箇所。同時発生。これは偶然ではありません」
「黒幕が動いたか……!」
「副長、すぐに封鎖を──!」
怒号が飛び交う中、レオンは静かにヒスイの肩へ手を添えた。
「ヒスイ。こちらへ」
その声は低く、落ち着いているのに、どこか焦りの影がある。
「レオン……?」
「ここは安全ではありません。すぐに、局内の隔離区画へ移動します」
レオンの手が熱い。
それだけで、ヒスイの足は自然と動き出した。けれど──。
「レオン殿、彼女を単独で連れていくのは……!」
ライオネルが制止しかける。レオンは振り返り、きっぱりと言い切った。
「ヒスイを最も安全に導けるのは私です。
誰にも任せられません」部屋が静まり返った。
言葉の端々に滲む“決意の強さ”が、誰の耳にもはっきり届いたからだ。ライオネルは短く頷いた。
「……わかった。責任は私が持つ。
彼女を頼む、レオン殿」「はい。命に代えても」
その言葉は重く、鋼のように強かった。
レオンはヒスイの手を握ったまま、局の奥へと続く廊下を素早く進んでいく。
外の騒がしさとは別に、ここはひどく静まり返っていた。「レオン……そんなに強く握ったら……」
「申し訳ありません。ですが……少しでも離れてしまったら、あなたを見失いかねない」
紳士的な口調でありながら
視界に揺らめいていた翡翠色の光が、徐々に薄れていく。暴れ狂っていた魔力は嘘のように静まり、私の体の奥に吸い込まれるように収まった。「……はぁ……っ……はぁ……っ」息が荒い。膝が震える。でも、倒れはしなかった。支えてくれる腕があったから。レオンが、私の背に手を添えたまま、真剣に覗き込む。「ヒスイ、大丈夫ですか……? 痛みは……?」「だい……じょうぶ……少し、力を使いすぎただけ……」「嘘はだめですよ。顔色が、いつもよりずっと白い」指先がそっと頬に触れた。くすぐったいのに、胸の奥がじんと熱くなる。「本当に……無茶をするんですから。でも……そのおかげで、大きな手がかりが得られましたね」レオンの言葉に、私は震える息を整えながら頷いた。「さっき……見えたの。結界の奥に、黒い魔力の塊があった。あれ、多分……人為的に隠されてた痕跡よ」「その“痕”を見れるのは……ヒスイだけでしょうね。 あなたの魔力特性は、隠匿術式と相性が良すぎるくらいですから」レオンさんの声は興奮と緊張が混ざっていた。いつもの紳士的な雰囲気の中にも、どこか熱がこもる。「黒幕は、おそらく……上層部の中でも“最上位”。 この結界層に細工できる権限を持っているのは、一名だけです」「じゃあ……名前は……?」「まだ確証はありません。 でも、次の層を調べれば決定的な証拠が得られるはずです」レオンさ
ヒスイの胸の奥に、ずっと微かに疼いていた違和感が確信に変わった。局内の封印庫に漂う、灰色に濁った魔力。それは彼女の“生まれつきの魔力体質”と危険なほど相性が悪いものだった。(……この濁り……ただの封印残滓じゃない。人為的に“歪ませてある”。)レオンがヒスイの顔色を見て、小声で囁く。「ヒスイ……無理をしていないか?」「違うわ、レオン。ここ……私の魔力を刺激する“何か”がある。」レオンの表情が鋭くなる。「……黒幕の仕込みか。」部屋の隅──封印器具の影に、小さな“魔力の粒”が震えていた。それは、黒幕が残した未解除の“封印魔術の破片”。ヒスイが一歩近づいた瞬間、破片がまるで彼女を“狙っていた”かのように震え、急激に魔力を放ち始めた。「っ……!」熱が胸に押し寄せる。視界が揺れ、身体の奥に眠っていた潜在魔力が逆流を始める。(……まずい……抑えられない……!)レオンが咄嗟に彼女の腕を掴んだ。「ヒスイ、下がれ! 君の魔力体質が反応している──!」だがヒスイは動けなかった。“封印破片”が、ヒスイの魔力を引き金にして暴発を始めている。荒れ狂う魔力がヒスイを飲み込もうとしたその瞬間、レオンの魔力が風のように伸び、彼女の魔力へ触れた。「落ち着け。俺が抑える──ヒスイ、聞こえるか?」(……レオン……?)彼の魔力は穏やかで、深く、体内の嵐を吸い込むように安定させていく
重い扉が開くと、厚い魔力結界が張り巡らされた無機質な部屋が現れた。 空気がぴんと張り詰めている。「ここなら、闇魔力の侵入は防げます」レオンは慎重に扉を閉め、複数の鍵をかけた。 ヒスイのためと分かっていても、閉ざされる音は胸に響いた。「……レオン、怖いよ」思わず漏れた声に、レオンはすぐそばに来た。「怖がらなくて大丈夫です、ヒスイ」レオンはヒスイの肩に手を置き、ゆっくりと抱き寄せた。「あなたが震えるなら、私はその理由をすべて断ち切ります。どうか……信じてください」 低い声が耳に直接触れ、体が震える。 彼の胸板は温かく、呼吸は落ち着いていて、まるでその温度だけがこの世界で唯一の安心のように感じられた。「レオン……私は……」「大丈夫。ここでは、あなたを傷つけるものは何ひとつ入れません」「……離れたくない」「離しません。どれほど危険が迫ろうと、決して」 腕の力が少し強まる。 その時──。 部屋の結界が微かに軋んだ。 ヒスイは息を飲み、レオンが即座に反応する。「……来ましたか」 冷たく鋭い声。 彼が完全に“監察局魔術官”としての顔に戻った。「ヒスイ、私の後ろへ」 ヒスイをかばうように前へ出て、魔力を展開するレオン。 結界の外側で、何かが蠢いている。 黒い靄のような、闇の塊のような──。「黒幕が、ヒスイの居場所を特定した可能性があります」 その言葉に、ヒスイの心臓が大きく跳ねた。 しかしレオンは微笑む。 強く、美しく、絶対に折れない意志の微笑み。「大丈夫です。あなたが恐れる必要はひとつもない。全部、私が──」 結
「王都内で闇魔力の反応が拡大──?」 局員の震える声が会議室に響いた瞬間、空気は凍りついた。 まるで部屋の温度が急に数度下がったような錯覚さえ覚える。 レオンは反応パネルを覗き込み、わずかに目を細めた。「……複数箇所。同時発生。これは偶然ではありません」「黒幕が動いたか……!」「副長、すぐに封鎖を──!」 怒号が飛び交う中、レオンは静かにヒスイの肩へ手を添えた。「ヒスイ。こちらへ」 その声は低く、落ち着いているのに、どこか焦りの影がある。「レオン……?」「ここは安全ではありません。すぐに、局内の隔離区画へ移動します」 レオンの手が熱い。 それだけで、ヒスイの足は自然と動き出した。 けれど──。「レオン殿、彼女を単独で連れていくのは……!」ライオネルが制止しかける。 レオンは振り返り、きっぱりと言い切った。「ヒスイを最も安全に導けるのは私です。 誰にも任せられません」 部屋が静まり返った。 言葉の端々に滲む“決意の強さ”が、誰の耳にもはっきり届いたからだ。 ライオネルは短く頷いた。「……わかった。責任は私が持つ。 彼女を頼む、レオン殿」「はい。命に代えても」 その言葉は重く、鋼のように強かった。 レオンはヒスイの手を握ったまま、局の奥へと続く廊下を素早く進んでいく。 外の騒がしさとは別に、ここはひどく静まり返っていた。「レオン……そんなに強く握ったら……」「申し訳ありません。ですが……少しでも離れてしまったら、あなたを見失いかねない」 紳士的な口調でありながら
ライオネルは次の資料を掲げた。「魔術官の部屋に残された“もう一つの痕跡”だ。こちらは組織的な関与を示す可能性が高い」「……組織?」 ヒスイが小さく呟くと、レオンがそっと手を握って返す。 ライオネルが重く頷く。「魔族の介入は単独ではない。そして、その協力者たちの目的は──“ヒスイ=リシャール嬢”。」 ヒスイの全身が、冷たいものに包まれた。「黒幕の組織は“純粋な魔力”の存在を知っている可能性がある。彼女を利用しようと、監査に紛れ込んだ……そう考えるべきだ」 ヒスイは震えた。 レオンはすぐに気づいて、手を包み込んだ。「ヒスイ、深呼吸を。大丈夫です。あなたはひとりではない」「……うん」 レオンが隣にいる、ただそれだけで呼吸が戻ってくる。 しかし恐怖は完全には消えない。 自分が狙われている理由が“力”そのもの──存在の根幹なのだと思い知ったから。 そして。「副長、少し気になることが」レオンが静かに言う。「今回使われた闇魔力の痕跡……魔族の中でも“かなり格の高い者”のものです。こちら側の事情に精通しており、人間側の監査制度をも把握している」「確かに、その可能性は高い」 ライオネルは新しい資料を差し出した。「そしてレオン殿──これはあなたにしか聞けない」「……何でしょう」「昨日、ヒスイ嬢と共鳴した際に感じた“光の質”。あれに似た魔力を、あなたは以前に覚えがありませんか?」 レオンの指が、ぴたりと止まった。 そして、ゆっくりとヒスイを見た。「……確かに、思い当たることがひ
緊急会議室に通された瞬間、ヒスイは息をのみそうになった。 広い円卓の周囲には各部署の責任者が並び、全員が張りつめた表情で資料を睨めつけている。 空気は重く、冷たい鉄のようにひやりと肌にまとわりつく。 レオンは当然のようにヒスイの隣へ座り、さりげなく椅子の距離を詰めた。 誰からも守れるように、壁を背にし、視界の死角を作らない完璧な位置取りだった。「皆様。今回の闇魔法痕跡について、解析結果がまとまりました」 副長ライオネルが席に立ち、資料の束を広げる。 その瞳には普段以上の鋭さが宿り、周囲の空気が一層緊張する。「第一報でお伝えした通り、魔術官の寮室に侵入し、記録を消去しようとした形跡があります。そして──」 ページがめくられた。「検出された魔力は“闇”と判定されました」 どよめきが部屋を走る。 ヒスイも思わずレオンの袖をつかんでしまった。「闇魔法は魔族の専売だろう? 王都にどうやって……」「侵入したのかという証拠も、目撃もない……」「だが痕跡は確かに残っている」「まさか本当に、内部に魔族の協力者が──」 ざわめきが広がり、小さな会議室は一気に騒然とした空間になる。 そんな中、レオンだけは冷ややかな静けさをまとっていた。「副長、解析の続きがありますね?」「……ああ。最も重要な点だ」 ライオネルは深く息を吸い、言葉を慎重に選ぶように口を開いた。「痕跡の魔力は、複数名のものが混ざっています。その内のひとつは……“人間の魔力”と一致する」 部屋が静まり返った。「つまり」低く、誰ともなく漏れた声。「人間が……魔族と協力している……?」 レオンの目が鋭く光り







