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41:対決

last update Last Updated: 2025-07-08 17:40:16

 冥府の神は、長い黒髪の美しい青年の姿をしていた。

 ゼノンが二十代の大人になったら、こんな見た目になるかもしれない。

 ただ、目の色が漆黒だった。彼の双眸はまるで真っ暗な闇のようで、何も映してはいない。

 虚ろな瞳に穏やかな微笑み。何とも不釣り合いで恐ろしかった。

「愛し子よ」

 彼は言った。低く耳に心地よい、聞く者の魂を揺さぶるような声で。

「闇と氷の申し子よ。死と眠りの使い手よ。よくぞここまで育ち、我が呪いに打ち勝った」

「何を……!」

 私は唸った。必死に心を奮い立たせなければ、この強大な存在の前に折れてしまいそうだった。

「勝手に罠を仕掛けておいて、よく言う! ゼノンは絶対に渡さないんだから!」

「黙れ、小娘。私はゼノンと話をしている」

 その言葉だけで重圧がかかり、口が閉じてしまった。

「お前こそ我がしもべにふさわしい。窮屈な生命と肉体を捨て、今こそ我が冥府へ来るがいい。永遠で完璧な幸福がお前を待っている」

「…………」

 ゼノンは顔を上げた。ひどく憔悴しきった目に、奇妙な熱が浮いている。

「永遠に、完璧に。そんな幸福が本当に、あるのですか」

「ゼノン!?」

 私は悲鳴を上げる。

「もちろん、あるとも。我が冥府の神の名にかけて、お前に与えると約束しよう」

「僕の幸せは、永遠にエリーさんと共にあること。互いの死で引き裂かれないこと。もしそれが可能であるならば……」

 そんな。そんな、待ってと声を上げたいのに、喉はひゅうひゅうと息を吐き出すだけ。

「その小娘か。お前の幸福にソレが必要であるならば、受け入れよう。共に死者の国の住人となり、永遠の存在となる――」

 冥府の神の声音は優しげで、本当にゼノンを思い遣っているかのようだった。

 あの人の言う通りにすれば幸せになれる。苦しみから解き放たれる。

 そんな気持ちが私の
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     ゼノンはあれからずっと、朦朧とした状態でいた。 呼びかけにろくに答えず、それでいて魔力は強く私を拒む。 私が思いついた治療法を試すには、もう一度彼の魔力世界に入らなければならない。「……麻酔薬を使おう」 肉体が深く眠れば、精神――魔力も影響を受ける。 頑固な拒絶の壁をゆるめるには、これしかない。 三年前に作り始めた麻酔薬は既に完成していて、戦場の兵士たちに何度も使われている。大きな怪我の治療に役立っていると報告を受けていた。「ゼノン、聞いて。私、あなたを助けたいの。でも魔力を拒まれたままじゃ治療ができない。だから麻酔薬を飲んでもらうね」 医療室のベッドに横たわるゼノンは、私の言葉にほとんど反応を示さない。 だから強引に口を開けさせて、麻酔薬を飲ませた。若干の抵抗を感じたけれど、ここで負けるわけにはいかない。しっかりと飲みくださせた。 やがてゼノンが深く眠ったのを確認して、私も準備を整えた。「エリー」 女神様とアレクが医務室に入ってくる。「無茶をしすぎてはいけませんよ。あなたにもしものことがあれば、ゼノンがどれほど悲しむか」「分かっています。女神様、このたびはお力添えをありがとうございます」 今回の治療は女神様の力がなければ成り立たない。私は深く頭を下げた。「いいのですよ。愛し子である聖騎士、アレクの親友であるゼノン。女神としてサーシャとして、両方の心で助けたいと思っています」「エリーさん。ゼノンを頼む」「ええ。任せて」 眠るゼノンの手を握った。指輪を嵌めた左手に力を込める。 思った通り、魔力の拒絶は弱まっている。これならもう一度、彼の世界に入っていける。 目を閉じて集中。 私と彼の共通属性、地属性を介して、再び彼の魔力世界へと入り込んだ。 ゼノンの魔力世界は、以前よりも荒廃が進んでいた。 大地は

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    【ゼノン視点】 今回の長期任務は、困難と危険が予想された。 北の山間の村々で、不審死が相次いでいる。前日まではごく普通に暮らしていた人々が、あくる朝、冷たくなっているのだ。 奇妙なことに、亡くなった人々はみな安らかな顔をしていた。老人、子ども、若者、壮年。男女問わず。家族や友人の嘆き悲しむ声に反するような、穏やかな死に顔だった。 これはただごとではない。おそらく冥府の神の手先の闇騎士、それも上位の者が関与している。 しかし闇騎士は村のどこかに潜伏しているようで、尻尾を出さない。 大勢の聖騎士が討伐に出向けば逃げられてしまうだろう。 だから僕と準聖騎士の二人が身分を隠して潜入することとなった。 冬の雪山に抱かれるような村々は、貧しい人が多い。食料が足りずに餓死することさえあるという。 そのせいか、奇妙な安らかな死はじょじょに村人たちの心を侵食して、いつしか自ら死を望む者さえ出始めていた。 僕は慎重に闇騎士の気配を探った。 犠牲者は特に関連性がないように見えて、既婚の女性と幼い子どもがやや多いと気づいた。 犠牲者が出る頻度と移動する者の関係性を割り出す。 そうして目星をつけた容疑者が、とうとう正体を表す時がやって来た。「……そこまでだ、闇騎士よ」 踏み込んだ家屋の一室では、幼い兄妹が眠っていた。 寝台の傍らに立つ男は、村で見知った顔。ごく平凡な村人だったはずの壮年の男だった。「聖騎士が紛れ込んでいたとは。長くこの場に留まりすぎたか」 闇騎士は自嘲的に笑う。 僕は油断なく剣の柄に手をかけて、彼に外に出るよう促した。 寝台の子どもたちは寝息を立てている。まだ生きている。これ以上の犠牲を出すわけにはいかない。 何とか子どもたちを傷つけずに外に出ようと思っていたが、闇騎士はあっさりと僕の言に従った。 意外の念が顔に出ていたのだろう、闇騎士が暗く笑った。「俺は彼らに苦痛を与えたくはない。戦いに巻き込みたくないんだ」 

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    「ゼノン!!」 彼の魔力世界から追い出された私は、ベッドに寝かされたゼノンの手を取った。 呼びかければぼんやりと瞳を開ける。かすかに返事もしてくれる。 けれどもすぐにまぶたは下り、薄く開いたままの唇は言葉を紡がなくなってしまった。 もう一度魔力を通そうと思っても、強固な拒絶を突破できない。「何事ですか?」 医師に問われて、私は事情を説明した。 魔力に詳しくない彼では手が出せないと思ったが、藁にもすがる思いで対処法を問うた。「申し訳ありませんが、わたしの力では……」 医師の答えに落胆する。 けれど諦められるはずがない。ゼノンの命がかかっているのだ。 何としてでも治療法を調べて、冥府の神の呪いを解かなければ。「神……」 ゼノンは『人間の力では太刀打ちできない』と言った。 では神ならどうだ。女神様なら? 私は祈るような気持ちで、医務室を飛び出した。 女神様は私の話を聞いてくれた。 焦るあまり息が上がる私をなだめて、侍女がお茶を持ってきてくれた。「冥府の神の呪いですか……」「女神様は、ご存知でしたか」「ええ。過去の大戦で、何人もの聖騎士がこの呪いで命を落としました」「そんな! 女神様のお力を持ってしても、解呪ができないのですか!?」 ぎゅっと手を握りしめる。左手の婚約指輪が手に食い込むようだ。「本来であれば、あの呪いは即死、もしくはもってせいぜい数日のはず」 女神様は言う。「けれどもゼノンは長く持ちこたえています。そこに、解呪のヒントがあるかもしれません。エリー」 彼女の視線を受けて、私は背筋を正した。「ゼノンの魔力世界で、彼の人格に会ったと言いましたね。彼は明確に意識を保っていたと」「はい」

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     周囲の手を借りて、ゼノンを医務室へと運び込む。 すぐに医師が呼ばれて診察が始まった。「医術の診察の範囲内では、大きな異常はないようです」 診察を終えて医師が言う。「あとは魔術士殿の見立て次第ですが、十分な休養を取ればいずれ治るかと思います」 私は黙って首を振った。そうであってほしいが、そうだとはとても思えない。「魔力を介しての診察を行います。身体に異常がないのであれば、魔力や精神に損傷があるのかもしれません」「お願いします」 少し迷って、指に婚約指輪を嵌めた。これがあればゼノンをより感じられると思ったのだ。「ゼノン、これから魔力を触るからね。違和感があったら教えて」「……はい」 ゼノンは意識があるが、どこかぼんやりしている。女神様に報告した際は、きっと気力を振り絞っていたんだろう。「あ……その指輪。僕のこと、忘れていなかったんですね……」「忘れるわけないでしょう。……ゼノン?」 彼はふとまぶたを閉じて、それっきり答えなくなってしまった。「…………」 眠っているだけだと信じたい。緊張の糸が緩んで寝てしまっただけだと。 彼の手を握る。ひやりと冷たい。 私はゆるく目を閉じて、彼の魔力に同調を始めた。 ゼノンの魔力はよく知っている。この三年、訓練の時間を通して何度も読み取ってきた。 地属性は広大な大地に。 氷属性は降り積もる雪と霜に。 そして闇属性は夕暮れに降りる夜のとばりとして、彼の世界を形作っている。 十五歳で彼の訓練を始めた時、この世界は寒々しい光景だった。 けれどそれから時間をかけて、ゼノンは変わった。 大地は豊かな緑の野に。 降り積もる雪は雪下に生

  • 転生モブは推しの闇落ちを阻止したい   36:帰らぬ帰還

     ゼノンの出発はひっそりと行われた。 随伴するのは準聖騎士が一人だけで、たった二人の旅である。 当日、私は聖騎士の宿舎まで行ったが、ゼノンはすぐに出発してしまった。遠目に視線を合わせただけで、言葉を交わす暇もなかった。 代わりにアレクがやって来て、落ち込む私を励ましてくれた。「エリーさん、心配はいらないよ。あいつは誰よりも優秀な聖騎士だから。今回の任務はやっかいだが、ゼノンなら必ずやり遂げる。信じて待っていてくれ」「うん、そうよね。私が元気をなくしていたら、ゼノンに心配かけちゃいそう」 心細いのはどうしようもなかったが、彼の気遣いが嬉しかった。 それからの私は日常に戻って、仕事に励んだ。 もらった婚約指輪は薬草園の仕事に向かない。仕事中は外して、それ以外の時間は身につけていた。 私とゼノンは今まで噂になっていたし、婚約指輪の宝石は彼の色。 事情を察した人たちがそれとなくお祝いを言ってくれたが、ゼノンが不在の今は素直に喜べなかった。 やがて秋が終わり、冬になる。 三ヶ月は過ぎたが、ゼノンはまだ戻ってこない。 四ヶ月、五ヶ月。そろそろ冬も終わるというのに、ゼノンはまだ戻らなかった。 アレクも最近は不在がちで、準聖騎士の兄もよく家をあけている。 兵士たちは連日駆り出されて、薬草の供出命令は毎日のよう。 戦いが始まったのだと、実感できた。 そうして半年。 冬が終わり、春が訪れる季節。 とうとうゼノンが帰ってきた。 疲れ果て、消耗しきった姿で……。 ゼノンは準聖騎士に抱えられるようにして、皇都に戻ってきた。 女神様への報告の場に、婚約者の私も呼ばれた。「――以上の経過により、闇騎士を討ち取りました。奴が操っていた魔獣の討滅も完了し、帰投した次第です」 神殿の女神の間に、ゼノンの乾いた声が響く。 闇騎士は冥府の神のしもべだ。 女神様

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