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第2話

Author: 無き物
華やかな通りを歩く一夏の足元で、ヒールがわずかに靴擦れを起こしていた。

これは凜が金を稼げるようになってから贈ってくれたものだ。

高価で精巧だが、彼女には最後まで馴染まなかった。

二人の関係と同じだ。

天と地ほどの差がつき、彼女にはもう、手が届かない場所へ行ってしまった。

一夏は靴を脱ぎ、それを手に提げて裸足で歩き出した。

凜の屋敷には戻らず、昔からの古びた賃貸アパートへ向かった。

凜が起業に成功した際、大きな家をプレゼントすると言った。

けれど、当時の彼女はこの部屋を指差してこう言ったのだ。

「ここがいいの。ここには、私たちの思い出がたくさん詰まっているから」

凜は彼女を「バカだな」と言って笑ったが、結局は折れて、この古くて狭い部屋を買い取り、彼女の名義にした。

バッグの中でスマホが振動し、一夏は電話に出た。

母親の、急かすような甲高い声が響く。

「一夏、叔母がお見合い相手を見つけてくれたわよ。海外帰りのエリートエンジニアだって!来週帰国するから、さっさと準備して戻ってきなさい!

いつも彼氏がいるって言ってるけど、3年間一度も見せたことがないじゃない。

あんたの弟の結婚式も来月なんだから、200万円を準備しないと」

母親の声がふと途切れる。

「まともな彼氏を連れてくるか、さっさと帰ってお見合いするか、どっちかにしなさい」

一夏は誰もいないガランとした部屋を見渡し、静かに答えた。

「わかった。お見合いに行くよ」

電話が切れた。

彼女はもう一度、部屋を見渡した。

リビングのテーブルには、いびつな形をした二つの陶器のカップが並んでいる。

付き合って一周年の記念に、陶芸教室で作ったものだ。

ソファは随分古びている。

冬には二人で一つの毛布にくるまってホラー映画を観て、彼女が怖がって彼の腕の中に潜り込んだものだ。

あの頃は、本当に貧しかった。

けれど、あの頃の彼の瞳は輝いていた。

彼女を見つめる瞳には、世界中の星が詰まっているようだった。

一夏は寝室へ行き、スーツケースを引き出すと、自分の古い服を数着だけ詰め込んだ。

それからスマホを取り出し、この部屋を不動産アプリに出した。

相場を遥かに下回る価格。

唯一の条件は「七日以内に全額一括払い」だ。

一睡もできぬまま夜が明けた。

翌日の午後、スマホが震えた。

都木からの誕生日パーティーの招待状だった。

一夏は立ち上がり、クローゼットの中から最もシンプルな黒のワンピースを選んだ。

鏡の中の女は顔色が悪いが、その眼差しはひどく静かだった。

夜7時、屋敷。

一夏が到着した時、プールサイドはすでに人で溢れかえっていた。

彼女はすぐに凜を見つけた。

淡いグレーのオーダーメイドスーツを纏い、御曹司たちの間に立つ彼は、やはり誰よりも際立っている。

その傍らには、完璧なメイクを施した夢乃が寄り添っていた。

二人が並ぶ姿は、ファッション雑誌の表紙のようだ。

周囲の何人かが一夏に気づき、微妙な視線を送っては、すぐに逸らした。

ひそひそ話が聞こえてくる。

「なんで彼女が来てるの?」

「庄野さんがリストを精査せずに一斉送信したんじゃない?」

「気まずすぎ......」

凜も彼女に気づいた。

目が合った瞬間、彼の表情から笑みが消え、瞳の奥にわずかな決まり悪さがよぎった。

一夏は先に視線を外し、会場の隅に腰を下ろした。

誰かが囃し立てる。

「子ども時代の二人はどんな感じだった?」

夢乃は口元を押さえて小さく笑い、愛らしく凜を盗み見た。

「それはね......4歳の時、私がキャンディを奪われたら、相手に飛びかかって喧嘩しちゃって。前歯が半分欠けちゃったんだ。

5歳で私が小学校に上がった時は、幼稚園の柵のそばで午後ずっと泣いてたっけ。『お姉ちゃんと離れたくない』って。先生がいくらなだめてもダメだったの」

皆が笑い、凜は首を振りつつも、その顔には終始、甘やかすような笑みが浮かんでいた。

「小さい頃から甘えん坊だったんだな!」

「幼馴染カップルなんて、素敵~!」

一夏は目を伏せ、一人の観客として彼らの過去に耳を傾けた。

ふと思った。

凜は、一度もこんな話を自分にしたことがない。

彼が語った幼少期は、両親が仕事で忙しく、孤独なものだった。

孤独だったわけではないのだ。

ただ、その温もりの中に、彼女の居場所がなかっただけだ。

「そういえば」

あまり面識のない女性が笑顔で尋ねた。

「お二人とも、おめでたい話が近いんじゃない?」

空気が一瞬、静まり返った。

夢乃は頬を赤らめ、幸せそうに言った。

「来月です。皆様、ぜひ来てくださいね」

直後、祝福の声が波のように押し寄せた。

グラスを握る一夏の手に力が入り、指先が冷たく凍えていく。

彼女はグラスを置き、立ち上がって離れた場所にあるバルコニーへ向かった。

夜風が強く、彼女の髪を乱した。

背後から足音が聞こえる。

「一夏」

凜の声が聞こえた。

そこには迷いのような響きがあった。

「少し話そうか」

一夏は振り向き、無表情で彼を見つめた。

彼が一歩近づく。

高級サロンの香水の香りが漂ってきた。

気高く、そして疎遠な香り。

彼女が親しみ、愛したあの石鹸の香りは、もうどこにもない。

凜が口を開いた。

声はひどく低く抑えられている。

「夢乃は先天性の心疾患なんだ。結婚というのは形だけで、伊礼家のリソースを使って彼女を治療するための手段に過ぎない。

彼女は俺にとって妹のような存在なんだ。だから俺は、彼女を見殺しにはできない」

一夏は黙ってそれを聞いていた。

凜はさらにもう一歩踏み出し、彼女の手を握ろうとした。

「彼女の病気が治ったら、ちゃんと別れるよ。俺が愛しているのは、最初から最後まで一夏だけだ。わかってくれ」

一夏は身をかわしてその手を避け、冷徹な視線を向けた。

「つまり私に、愛人になれって言いたいのね?」

凜はその場に凍りついた。

口を突き出したものの、喉からは何の音も出なかった。

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