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追憶の霧、届かぬ約束
追憶の霧、届かぬ約束
ผู้แต่ง: 無き物

第1話

ผู้เขียน: 無き物
鐘ヶ江一夏(かねがえ いちか)は、伊礼凜(いれい りん)と共に北部の鉱山地帯から南の果ての熱帯地帯までを歩んできた。

二人は互いの人生において、最も強く、揺るぎない支えだった。

凜が家族に見捨てられた時、彼女はすべてを賭けて彼に寄り添った。

彼が必ず勝つと信じて。

一週間前、凜はついに勝利を掴んだ。

伊礼家の当主が自ら彼を帝都へと迎え入れ、実権を握った彼の勢いは今や飛ぶ鳥を落とすほどだ。

誰もが、泥沼から這い上がった二人の絆が、ようやく円満な結末を迎えるのだと考えていた。

「一夏、おめでとう!」

親友の小林千暁(こばやし ちあき)から届いたLINEのボイスメッセージは、震えるほど興奮していた。

「一日も早く一夏を嫁にするために、伊礼さんは寝る間も惜しんで仕事を進めてたって、伊礼さんの友達が言ってたんだよ!」

スマホを握る一夏の心に、温かな感情が広がっていく。

彼女はふと、絆創膏が巻かれた自分の指先に目を落とした。

それはここ数日、フラワーショップでラッピングの修行をしていた時にできた傷だった。

今夜の祝勝会で、彼に手作りの花束を贈ろうと、一生懸命練習していたのだ。

その時、半開きになった店のドアの向こうから、聞き慣れた愛しい声がした。

凜だ。

「一番新鮮なシャンパンローズをひと束」

隙間から彼の声が聞こえてくる。

「この指輪も、一緒に包んでくれ」

一夏の鼓動が跳ね上がった。

大きな幸福感と感動が彼女を包み込む。

やはり彼も自分と同じように、今夜、相手を驚かせようと考えていたのだ。

しかし次の瞬間、別の聞き覚えのある声が響いた。

凜の幼馴染、庄野都木(しょうの とき)だった。

「何年経っても、夢乃がシャンパンローズを好きだって覚えてるんだな」

都木の声には感慨がこもっていた。

「彼女もお前のために、わざわざ海外から駆けつけてくれたんだっけ。でも、今夜の祝勝会には鐘ヶ江も来るんだろ。夢乃にプロポーズして、あいつが騒ぎ出したらどうする?」

外の空気が一瞬、凍りついたように静まった。

やがて、一夏は凜の言葉を耳にする。

それは彼女が一度も聞いたことのない、残酷なほど冷静なトーンだった。

「知らせなければいい。適当な理由をつけて、来ないように言っておく」

都木は数秒沈黙し、ため息をついた。

「お前と3年間苦労を共にして、子どもの頃からのお守りまで売ってお前の軍資金にしたっけ......お前が高熱を出した時も、20時間も列車に揺られて看病に来てやったのに......それらも結局、夢乃には敵わないってこと、か。

まあ、俺を騙そうとしても無駄だ。お前が一度も彼女を忘れたことがないのは知ってる」

冷たい花棚を支えに立つ一夏は、指先が震え、自分の耳を疑った。

弁明も、反論もない。

凜は沈黙をもって、最も残酷な回答を示した。

その時、唐突にスマホが振動した。

凜から届いたメッセージは、一文字一文字が優しいようでいて、その実、毒に浸されていた。

【一夏、今夜の祝勝会はみんなお酒を飲むだろう。君はアルコールアレルギーだから、来ないほうがいい。家で待ってて。用事が済んだら、すぐに帰るから】

一夏はそのメッセージを見つめ、強張った指をゆっくりと動かした。

【うん。わかった】

外では凜が注文を終えたようで、店員に指示を出していた。

「夜、スカイホテルの最上階にある宴会場に届けてくれ」

足音が遠のいていく。

一夏は花棚の陰から這い出すように現れた。

その顔は血の気が引き、真っ白だった。

「ちょうど私もあちらへ行く用事があるので、ついでに届けておきましょう」

一夏はシャンパンローズの花束を抱え、スカイホテルへと足を踏み入れた。

深く息を吸い、マスクをつける。

宴会場の扉が開くと、すぐに凜の姿が目に飛び込んできた。

スポットライトの下、彼は見たこともない仕立ての良い黒のスーツを纏い、背筋を伸ばしたその佇まいは気品に溢れていた。

一ヶ月前まで、彼が自分と一緒に賃貸アパートの狭いキッチンでカップ麺を啜り、最後の一切れのハムを「食べなよ」と笑って彼女の器に入れていたなど、誰も想像できないだろう。

傍らでは、誰かが小声で噂をしていた。

「凜もついに返り咲いたな」

「ああ、当主自ら迎えに来たんだからな。北部やアフリカのあのお荷物事業を、全部立て直したんだ」

「来月には取締役会入りだそうだ......」

一夏は隅の暗がりに立ち、伊礼家の当主が杖をついて登壇するのを見守った。

「凜のこの3年の働きは、皆の知るところだ。今日付けで、彼は正式に伊礼家へ復帰し、グループの副社長に就任する」

割れんばかりの拍手が起こる。

凜はマイクを受け取り、余裕のある態度で謝辞を述べた。

そして彼は微笑んだ。

一夏の心臓が締め付けられるほど、優しい笑みだった。

「今日のこの機会を借りて、報告を一つさせてください」

凜の視線が会場の一点に注がれ、スピーカーを通じてその声が隅々まで響き渡る。

「この3年、決して平坦な道ではありませんでした。しかしそんな中、私の傍にいてくれた人がいます。

夢乃は、起業の道における最も重要な助け手であるだけでなく、私の3年来の恋人でもあります」

凜の声は情熱的で、確信に満ちていた。

下川夢乃(しもかわ ゆめの)が立ち上がるのが見えた。

白いロングドレスに完璧なメイク。

少し目を潤ませながら、衆人環視の中を優雅に登壇していく。

凜は夢乃の手を取り、皆に向き直った。

「私が落ちぶれていた時、彼女は見捨てることなく寄り添ってくれた。この恩を、私は一生忘れません」

彼がアシスタントに合図を送る。

一冊の古いアルバムが運ばれてきた。

一夏の呼吸が止まった。

それは、彼女のアルバムだった。

クラフト紙の表紙は端が擦り切れ、中にはこの3年間、彼らが共に過ごした日々の断片がびっしりと貼られていた。

北部の鉱山でヘルメットを被り、顔を煤だらけにしながらカメラに笑いかける凜。

最初の注文を祝って、ビールで乾杯した時に泡がテーブルに飛び散った瞬間。

疲れ果ててキーボードの上で眠る彼の横顔を、彼女がこっそり撮った写真......

今、凜はそのアルバムを開き、一ページずつ全員に見せびらかしている。

「これらの写真は、夢乃が私と共に乗り越えてきた、あらゆる困難の記録です」

彼の指が写真の一枚一枚を、慈しむように撫でていく。

夢乃はタイミングよくうつむき、恥じらいと感動の入り混じった微笑を浮かべた。

会場には再び拍手が巻き起こり、感嘆の声が漏れる。

「なんて情に厚い方なんだ!」

「一途な伊礼さんと、影で支えた彼女。素晴らしい話だ!」

「美男美女だな......」

凜の視線が、突如として一夏のいる方向へ向けられた。

彼は微笑みながら手招きをする。

「花を届けてくれた方、こちらへ」

一夏の心臓が、一拍止まった。

彼女は強張った足取りで歩き出し、凜の前で立ち止まって、花束を差し出した。

凜は花束の中からベルベットのリングケースを取り出し、片膝をついた。

「夢乃、私と結婚してくれますか?」

全場が沸き立ったが、一夏にはもう何も聞こえなかった。

3年前、凜が初めてプロジェクトのボーナスを受け取った時、嬉しそうに彼女をショッピングモールへ連れて行ったことを不意に思い出した。

「一夏、何が欲しい?何でも買ってあげるよ!」

「いいよ、次段階の資金にとっておいて」

「それはダメだ」

彼は強引に彼女の手を引き、ジュエリーカウンターの前まで行くと、ガラスケースの中の小さなダイヤモンドリングを指差した。

「まずはこれを予約しよう。もっと稼いだら、大きいのに替えてやろう!」

カウンターの照明はとても明るかったが、彼の瞳はそれ以上に輝いていた。

今、彼は本当に大きなダイヤモンドの指輪に替えたのだ。

それを、別の人の指にはめるために。

一夏はよろけながら後退し、祝福の声に包まれる中、背を向けて立ち去った。

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