「今夜は、“星降りの夜”なんですって!」
エリシアがワクワクした声で言うと、家族と仲間たちは一斉に顔を上げた。
「年に一度の流星群か……。」
カイラムが空を見上げながら呟く。
「願い事、考えておかなきゃね!」
「お嬢様、その手の願掛けは“恋人と並んで星を見る”のが正式な作法だそうですよ。」
「なんですって!?そんなロマン行事、聞いてないわよ!」
◆◆◆
丘の上では、祭りの準備が進んでいた。
屋台が立ち並び、子どもたちが星形のランタンを持ってはしゃぎ回る。
エリシアはふと、静かな一角に佇むカイラムを見つける。
「どうしたの?お祭り嫌い?」
「いや……昔、この夜に、祖父……つまり前魔王が、何かを呟いていたのを思い出した。」
「何を?」
「“星が降る夜には、魔王の願いが空に返る”って。」
その言葉が、なぜか胸に引っかかった。
「……ねぇ、カイラム。もしかして、“魔王の願い”って、まだこの国のどこかに残ってるのかな。」
「わからない。でも、残ってるなら――。」
彼は空を見上げた。
「“継ぐ者”に届いてほしいって、そう思ってたんじゃないか。」
◆◆◆
夜が深まり、星が降り始めた。
そのとき、ひときわ大きな流星が、空を切り裂くように駆け抜けた。
「っ、あれは……!」
地平の彼方、旧魔王領の奥深く――かつて誰も足を踏み入れたことのない、黒の谷に、光の柱が立った。
「……あれは、“魔王の遺産”かもしれない。」
カイラムの言葉に、空気が凍る。
「私たちの旅、“国づくり”じゃなくて、“魔王の想い継ぎ”でもあったのかもしれないね。」
エリシアは静かに微笑んだ。
「……行こう。“願いを継ぐ”って、私たちの国にふさわしいことだと思うから。」
夜明け前の空は、まるで深海のように静かだった。
グランフォードを発ったエリシア一行は、“黒の谷”と呼ばれる場所に到着していた。
そこは、地形的にも地図的にもぽっかりと穴が空いたような地帯で、なぜか長年、誰の記録にも残らなかった場所だった。
「ここ、本当に空気が違う……。」
ネフィラが眉をひそめる。風は止み、音もない。ただ、空と大地の狭間に静かに光る“星の柱”が彼らを導いていた。
「この反応……間違いない。前魔王の魔力だ。」
カイラムが呟き、足を進める。
谷の中央には、まるで夜空から落ちてきたかのような黒曜の石碑がひとつ――その表面には魔力で封じられた古代文字が刻まれていた。
「これが、“魔王の願い”の場所……?」
エリシアが石碑に手をかざすと、彼女の魔力と共鳴するように、淡い青白い光が走った。
「行くわよ、みんな。」
封印が解かれ、石碑が静かに開かれた。
◆◆◆
現れたのは、透明な水晶板と、ぼろぼろの革表紙に包まれた魔導書。
そこに、たった一行だけ、誰の名も記されない祈りのような文が浮かんでいた。
『この国が、争いではなく、選び合うことで未来を築きますように』
「……選び合う?」
ユスティアがつぶやいた。
「戦うのでも、命令でもなく、“選び合う”。誰かと誰かが、お互いを信じて選ぶこと……。」
ネフィラが、少し目を細める。
「つまり、“感情”を肯定する政治思想……ってことかしら。理性の暴走ではなく、心の揺らぎに価値を置く……。」
「それって……まるでグランフォードじゃない?」
エリシアはぽつりと呟いた。
「最初に“魔王の孫”として選ばれたのは、カイラム君。なのに、国を作って“選び合う国”を実現しちゃったのは、私。」
「……皮肉だな。」
カイラムが小さく笑う。
「でも、俺は……お前のやり方、嫌いじゃない。」
そして、彼は視線をまっすぐに向けた。
「エリシア。もし、俺たちがこれからも“選び合って”いけるなら……。」
「ん?」
「俺は、お前と一緒に、この国を継ぎたい。“魔王の血”じゃなく、“魔王の願い”を、だ。」
一瞬、空気が止まったような感覚があった。
それは、言葉よりも確かに胸に届いた。
エリシアは微笑んだ。
「……選ぶわ。あんたと、この国と、これからを。」
ふたりの間に、確かに“継承”が結ばれた瞬間だった。
◆◆◆
帰還後、エリシアは記録官に命じた。
「今日のことは、記録して。でも“未来の記録”として分類しておいて。」
「未来の……ですか?」
「うん。まだ誰にも伝えなくていい。“選ぶ”っていうのは、他人に言われるもんじゃないから。いつか、自分たちで言葉にできたときが、記録すべき時だから。」
その言葉に、記録官は静かに頭を下げた。
◆◆◆
夜――
グランフォードの丘から見上げた空に、一筋の星が流れた。
それはまるで、誰かの願いが空へと昇っていくようでもあり、誰かの想いが地上に降りてきたようでもあった。
カイラムは窓辺でそれを見ながら、小さく呟いた。
「……ありがとう、じいさん。お前の願いは、ちゃんと届いたよ。」
そして、その隣で眠るエリシアに目をやり、彼はまた、そっと目を閉じた。
――この国は、選び合うことで育つ。
その未来を、星が見守っていた。
——〈次話〉“豊穣の市場と、未来の主役たち”
どうも、エリシアです。王都広場で「黒い王の影法師」を倒してから数日。でも私たちは全然安心できなかった。むしろ逆。「黒い囁きの本体は、まだ眠っている」リビアの言葉が、胸にずっと引っかかってる。——その夜。「王宮の地下に、封じられた“旋律の間”がある」そう言ったのはレオニスだった。「古くからの伝承で……王族さえ詳しくは知らない。ただ“音を封じた石室”と呼ばれている」「怪しいに決まってるじゃん!」私は即答。「そうだな」カイラムが渋い顔で腕を組む。「囁きの源泉があるならそこだ」ユスティアは地図を開きながら首をかしげる。「しかし記録には“旋律の間”の位置が抜け落ちている……意図的に消されたのかもしれません」「消された記録と囁きの契約……どっちも怪しさ満点」私はパンをかじりながら言った。——翌朝。私たちは王宮の一角、古い礼拝堂に足を踏み入れた。壁はひび割れ、長年使われていないせいで埃まみれ。「ここに地下への入口が……」セリオが壁を押すと、石板がずれて階段が現れた。「やっぱり隠してたんじゃん!」「うむ、腰に悪い階段だ」父が腰をさすりながらぼやく。地下に降りると、空気がひんやりしていて、かすかに音が響いていた。——いや、音じゃない。“耳の奥に届く気配”。「従え……差し出せ……」また来た!囁き!私は思わず叫ぶ。「パン食べろーっ!!」全員が慣れた様子でパンをかじる。……もうこれ儀式みたいになってきたな。奥へ進むと、大きな石の扉が立ちはだかった
どうも、エリシアです。王都の「仮面会議」で裏切り者を暴いたのはいいけど……全然終わってなかった。「黒い契約の“本体”が潜んでいる限り、囁きは広がり続ける」ユスティアの言葉に、みんな黙り込む。「……本体って、どこにいるの?」私の問いに、リビアが羽をばさり。「記録を追えば、囁きは王の近衛に紛れ込んでいると見て間違いない」「つまり……王のすぐそば?」「そうだ」カイラムが頷いた。 「だからこそ危険だ。王都中枢そのものが乗っ取られかねん」——その夜。城下の広場に妙な人だかりができていた。見れば、派手な衣装の道化師が舞台の上で踊っている。ピエロみたいな格好で、笛と鈴を鳴らしながら。「さあ、皆の者!耳を澄ませ!王の声を聞け! “従え……差し出せ……”」うわ、出た。道化師の演舞に混じって、囁きが観客に染み込んでいく。人々がふらふらと舞台に近寄り、懐から金や装飾品を差し出し始めた。「待って!それは囁きよ!」私の声はかき消される。「暴君、どうする!」カイラムが構える。「とりあえずパン投げる!」「またか」道化師は不気味に笑った。「ははは!パンで影を止めるか!だが私を止められるものか!」そう言うと、舞台の背後に黒い幕が開き、巨大な影の人形が現れた。王の冠を模した仮面をかぶった、影法師——。リビアが顔をしかめた。「……まさか。王を模した影を操り、囁きの王を作るつもりか!」ユスティアは記録帳を震える手で開く。「これが“王都の心臓”を乗っ取るための仕組み……!」
どうも、エリシアです。王都の玉座で黒い影を撃退してから数日。表向きは落ち着いたように見えるけど、裏ではかなりピリピリしてる。「仮面会議を開く」そう告げたのはレオニスだった。「仮面……?」と首をかしげたら、ユスティアが補足してくれた。「王都では、身分や立場に囚われず意見を出す“秘密会議”があるんです。仮面を被って互いの素性を隠すので、公平に話せると」「へぇ~面白そう! でも顔隠したらパン食べにくいじゃん!」「そこか」カイラムが呆れ声。——夜。仮面会議の会場に案内される。高い天井にランプが吊るされ、円卓の椅子には仮面の男や女がずらり。王都の有力者、貴族、騎士、学者……でも誰が誰なのかはわからない。「議題は黒い契約と王都の安全保障」進行役の仮面が告げると、ざわざわと声があがった。「囁きは恐ろしい。グランフォードのやり方に頼るのは危険だ」「しかし、あの国のパンには確かに効果があった」「いや、あれは一時的なものに過ぎない。本体を見つけなければ!」私は立ち上がって声を張った。「だからこそ一緒に探そうって言ってるの! 王都もグランフォードも、パンは分け合えば美味しいでしょ?」場が一瞬静まり……次の瞬間、どっと笑いが広がる。「妙な理屈だが、悪くない」「パンを分け合う……確かに心は和む」——しかし。会議の隅で、ひとりだけ動かない影がいた。仮面の奥から冷たい視線が突き刺さる。「……王都を導くのは血筋のみ。外の者が口を出すな」場が凍りついた。リビアが羽を広げる。「こやつ、囁きに染まっているぞ」仮面の下から、黒い煙が漏れ出した。「しまった…&hell
どうも、エリシアです。いよいよ——王都に向かうことになりました!「暴君、ついに王都潜入か」カイラムが腕を組んで険しい顔。「潜入って……観光みたいに言わないでよ」私は苦笑い。馬車に揺られ、王都の城壁が見えてきた時、胸が少しざわざわした。幼い頃に婚約を結ばされ、そして破棄された街。記憶は苦いけど、それでもどこか懐かしい。「王都の空気は重いな……」リビアが羽をすぼめる。「囁きが満ちてるんだ。民衆の不安がそのまま響いてる」ヴァルターが低く言った。——城門前。セリオが兵士に証文を見せると、すんなり通された。「王都は表向き平穏を装っています。しかし中では……」案内されたのは宮廷の一角。かつて私が一度だけ足を踏み入れた、豪奢な回廊だった。煌びやかなシャンデリア、広い赤絨毯。けれど空気はどこかひんやりしていて、壁に映る影が妙に長い。「……やだなぁ」私は小声でつぶやいた。「気を抜くな」カイラムが隣で囁く。そこへ、見慣れた姿が現れた。金髪碧眼、堂々とした微笑み——レオニス。「エリシア……よく来てくれた」一瞬だけ、胸がきゅっとなった。でもすぐに思い出す。私はもう、前に進んでる。「王都の現状、説明するわ」レオニスは真剣な顔に変わった。——玉座の間。王と貴族たちの前で、囁きが議論を乱していた。「誰かが裏切っている!」「いや、契約に従えば救われるのだ!」重厚な空間に、不安と恐怖の声が渦を巻く。私は深呼吸して叫んだ。「パンを食べろーっ!」貴族たちが一斉に振り返る。……シーン。「…&
どうも、エリシアです。黒い契約の笛吹きを倒した数日後。町はすっかり落ち着いて、帰還祭の余韻でまだ浮かれてる……はずだったんだけど。「エリシア様、急報です!」ユスティアが走ってきた。息を切らして手にしていたのは王都の封蝋で閉じられた書簡。「王都……?」「はい。今朝、王都で“黒い囁き”による混乱が発生しました」私は思わずパンを落としそうになった。「ちょっと!王都でも聞こえるの!?」「ええ。被害は小規模ですが、民衆が一時的に我を失い、広場で暴動寸前に……」カイラムが険しい表情で腕を組む。「やはり……あれは囁きの“試し撃ち”に過ぎなかったか」「本体が動き始めたということだな」リビアが羽を広げる。父は腰台に腰を下ろしながら、「腰は船底。沈む前に補強せねばならん」と真顔。母は「はいはい、まずは食べてから」とパンを配り始めた。……うちの家族は変わらない。——午後。王都から来た使者の話を聞くことになった。馬車から降り立ったのは、淡い紫の外套を纏った騎士だった。「お初にお目にかかります。私は王都直属の調査隊、セリオと申します」彼は礼儀正しく頭を下げ、真剣な眼差しで告げた。「王都は“影の契約者”に狙われています。あの笛吹きは前哨にすぎません。本体は……王都の中枢に潜んでいる可能性が高いのです」ざわつく一同。「つまり、内部に裏切り者が?」「はい。王族、あるいは高位貴族の中に……」エリシア=私の心臓がどきりと跳ねた。「……レオニスは大丈夫なの?」「第一王子殿下は健在です。むしろ“囁き”の被害を防ぐため、民の前に立たれました」
どうも、エリシアです。帰還祭はなんとか最後まで無事に終わったけど……胸の奥にずっと残ってるのよね、あの「囁き」の気配。パン食べても完全には消えない“ざわっ”とする感じ。嫌な予感は大体当たるんだよなぁ……。——翌朝。広場の隅にいた少年は、すっかり元気を取り戻していた。「ありがとう、エリシア様!本当に助けられました!」両手にパンを抱えてぺこぺこ。……元気すぎる。ユスティアはその少年から詳しい話を聞き取り中。「囁きが最初に聞こえたのは、王都から来た旅芸人を見た時……?」「はい。黒い外套をまとった笛吹きでした。曲に合わせて“従え”って声が頭に……」「音楽媒介型の契約か……」リビアが羽をばさり。「普通なら強い魔力が必要だが、笛の旋律で弱い心を捕まえる……厄介な手だ」カイラムは腕を組み、「ならば囁きは、すでに各地で広がっているかもしれない」と唸る。「……もしかして王都も?」と私。「その可能性が高い」ヴァルターが即答する。「だからこそ俺はここに来た。王都の中枢に巣食っている影を直接暴くことはできない。だが、君たちなら……」「またうちに丸投げ?」私は眉をひそめる。「いや……力を借りたいんだ」ヴァルターの声は真剣だった。父が横から登場。「腰は船底。抜いたら沈む。つまり、祭りの腰を守るのは家の役目だ」……要するに協力するってことね。分かりにくいなぁ。母はパン籠を差し出して、「まずは朝ご飯食べてから話しましょう」と笑顔。あいかわらず、この国の合言葉は“パンから”だ。