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第17話:星降る丘と、願いを継ぐ者

Author: fuu
last update Last Updated: 2025-07-16 12:00:24

「今夜は、“星降りの夜”なんですって!」

エリシアがワクワクした声で言うと、家族と仲間たちは一斉に顔を上げた。

「年に一度の流星群か……。」

カイラムが空を見上げながら呟く。

「願い事、考えておかなきゃね!」

「お嬢様、その手の願掛けは“恋人と並んで星を見る”のが正式な作法だそうですよ。」

「なんですって!?そんなロマン行事、聞いてないわよ!」

◆◆◆

丘の上では、祭りの準備が進んでいた。

屋台が立ち並び、子どもたちが星形のランタンを持ってはしゃぎ回る。

エリシアはふと、静かな一角に佇むカイラムを見つける。

「どうしたの?お祭り嫌い?」

「いや……昔、この夜に、祖父……つまり前魔王が、何かを呟いていたのを思い出した。」

「何を?」

「“星が降る夜には、魔王の願いが空に返る”って。」

その言葉が、なぜか胸に引っかかった。

「……ねぇ、カイラム。もしかして、“魔王の願い”って、まだこの国のどこかに残ってるのかな。」

「わからない。でも、残ってるなら――。」

彼は空を見上げた。

「“継ぐ者”に届いてほしいって、そう思ってたんじゃないか。」

◆◆◆

夜が深まり、星が降り始めた。

そのとき、ひときわ大きな流星が、空を切り裂くように駆け抜けた。

「っ、あれは……!」

地平の彼方、旧魔王領の奥深く――かつて誰も足を踏み入れたことのない、黒の谷に、光の柱が立った。

「……あれは、“魔王の遺産”かもしれない。」

カイラムの言葉に、空気が凍る。

「私たちの旅、“国づくり”じゃなくて、“魔王の想い継ぎ”でもあったのかもしれないね。」

エリシアは静かに微笑んだ。

「……行こう。“願いを継ぐ”って、私たちの国にふさわしいことだと思うから。」

夜明け前の空は、まるで深海のように静かだった。

グランフォードを発ったエリシア一行は、“黒の谷”と呼ばれる場所に到着していた。

そこは、地形的にも地図的にもぽっかりと穴が空いたような地帯で、なぜか長年、誰の記録にも残らなかった場所だった。

「ここ、本当に空気が違う……。」

ネフィラが眉をひそめる。風は止み、音もない。ただ、空と大地の狭間に静かに光る“星の柱”が彼らを導いていた。

「この反応……間違いない。前魔王の魔力だ。」

カイラムが呟き、足を進める。

谷の中央には、まるで夜空から落ちてきたかのような黒曜の石碑がひとつ――その表面には魔力で封じられた古代文字が刻まれていた。

「これが、“魔王の願い”の場所……?」

エリシアが石碑に手をかざすと、彼女の魔力と共鳴するように、淡い青白い光が走った。

「行くわよ、みんな。」

封印が解かれ、石碑が静かに開かれた。

◆◆◆

現れたのは、透明な水晶板と、ぼろぼろの革表紙に包まれた魔導書。

そこに、たった一行だけ、誰の名も記されない祈りのような文が浮かんでいた。

『この国が、争いではなく、選び合うことで未来を築きますように』

「……選び合う?」

ユスティアがつぶやいた。

「戦うのでも、命令でもなく、“選び合う”。誰かと誰かが、お互いを信じて選ぶこと……。」

ネフィラが、少し目を細める。

「つまり、“感情”を肯定する政治思想……ってことかしら。理性の暴走ではなく、心の揺らぎに価値を置く……。」

「それって……まるでグランフォードじゃない?」

エリシアはぽつりと呟いた。

「最初に“魔王の孫”として選ばれたのは、カイラム君。なのに、国を作って“選び合う国”を実現しちゃったのは、私。」

「……皮肉だな。」

カイラムが小さく笑う。

「でも、俺は……お前のやり方、嫌いじゃない。」

そして、彼は視線をまっすぐに向けた。

「エリシア。もし、俺たちがこれからも“選び合って”いけるなら……。」

「ん?」

「俺は、お前と一緒に、この国を継ぎたい。“魔王の血”じゃなく、“魔王の願い”を、だ。」

一瞬、空気が止まったような感覚があった。

それは、言葉よりも確かに胸に届いた。

エリシアは微笑んだ。

「……選ぶわ。あんたと、この国と、これからを。」

ふたりの間に、確かに“継承”が結ばれた瞬間だった。

◆◆◆

帰還後、エリシアは記録官に命じた。

「今日のことは、記録して。でも“未来の記録”として分類しておいて。」

「未来の……ですか?」

「うん。まだ誰にも伝えなくていい。“選ぶ”っていうのは、他人に言われるもんじゃないから。いつか、自分たちで言葉にできたときが、記録すべき時だから。」

その言葉に、記録官は静かに頭を下げた。

◆◆◆

夜――

グランフォードの丘から見上げた空に、一筋の星が流れた。

それはまるで、誰かの願いが空へと昇っていくようでもあり、誰かの想いが地上に降りてきたようでもあった。

カイラムは窓辺でそれを見ながら、小さく呟いた。

「……ありがとう、じいさん。お前の願いは、ちゃんと届いたよ。」

そして、その隣で眠るエリシアに目をやり、彼はまた、そっと目を閉じた。

――この国は、選び合うことで育つ。

その未来を、星が見守っていた。

——〈次話〉“豊穣の市場と、未来の主役たち”

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