「……どうしてこの部分だけ、記録が“空白”なんだろう。」
ネフィラは記録管理室の古文書を前に、眉をひそめていた。
「魔王領にまつわる記録の中でも、特に“魔力の起源”に近い文献がごっそり抜け落ちてるのよ。」
「また記憶操作……?それとも、意図的な封印?」
ユスティアが地図と照合しながら唸る。
「でも、興味あるわ。“記録から消えた魔力”……って、なんだかロマンあるじゃない?」
エリシアは軽い口調で言いながらも、心の奥に小さなざわめきを覚えていた。
(このところの記憶や恋に関わる現象、すべてが“何か”に繋がってる気がする……。)
「場所の特定はできるの?」
「はい。ここです。“グランフォード地下第三層、未調査領域”。」
「未調査?でもそこ、建国初期に調べたはずじゃ――。」
「“記録上は”ね。でも、実際には“立入禁止”の印だけが残されてて、中の調査記録は一切残ってないの。」
「うちの国家、ほんと記録に穴ありすぎじゃない!?」
◆◆◆
グランフォード地下第三層。
岩肌がむき出しの空間を進むと、古びた扉が現れた。
そこには、今では使われていない古代文字が刻まれていた。
「“ここに遺せしは、過去にして未来。記されずとも、力は残る”……?」
「……記されずとも……。」
セーネの言葉が蘇る。“記録に残さなくても、想いと魔力は宿る”――
「行こう。この扉の向こうに、“遺された魔力”があるなら、今こそ向き合う時だわ。」
◆◆◆
扉の向こうに広がっていたのは、かつての“魔王の居館”だった。
しかし、そこにあったのは玉座でも財宝でもない。
「……花?」
無数の、魔力を帯びた“光の花”が、地下に咲き乱れていた。
「これが……“魔力の記憶”?」
その中心に、ひとりの影が立っていた。
白髪、琥珀の瞳――だが、確かに“カイラム”とは違う。
「お前は……?」
影はゆっくりと口を開いた。
「我が名はカイル=ゼファル。前代魔王の、双子の兄にして、影に遺された存在。」
「カイラム君に兄がいたってこと!?」
「そして、君たちの国が動き出したことで、我は“記録の底”から目覚めた。」
彼の瞳に宿るのは、深い哀しみと――何かを託す意志だった。
「今こそ、“記録されなかった魔力”の継承者を、選ばねばならない。」
「……前代魔王の、双子の兄……?」
エリシアの声は震えていた。目の前に立つカイル=ゼファルの気配は、確かに“王のそれ”だった。
「私たちは、生まれた時から“片方は記録され、もう片方は記録されない”定めだった。」
カイルの声は低く静かで、どこか諦めを含んでいた。
「ゼファル家の魔力は強大で、双子の存在は“均衡を乱す”と恐れられていた。だから、私は記録から消された。」
「そんな……!」
「だが、消された存在にも“役割”は残る。私はここに、“記録されなかった魔力”を封じるため残された。」
「魔力を、封じるために……?」
「そう。“記録に残すべきでない魔力”が存在する。この花々のように、美しくも危険な力が。」
彼が示す光の花たちは、まるで心の感情に反応するように、揺れて光る。
「でも、私たちは、“記録されなかった者たち”で国を作ったの。なら、あなたの魔力だって……!」
「……それを決めるのは、我ではない。」
カイルは後方に目をやる。
そこに、静かに立つカイラムの姿があった。
「……俺は、双子の弟。記録に残された側……だが、何も知らなかった。」
カイラムは前へ進み出る。
「兄貴……お前が、俺の代わりにすべてを背負ってたなんて……。」
「記録されなかった者の痛みを、君たちはもう知っている。その上で、問おう。」
「この魔力を――“未来に遺す価値がある”と思うか?」
◆◆◆
答えは、エリシアの声だった。
「あるわよ!」
全員がエリシアに注目する。
「だって、その力には“想い”がある。“記録から消されても、誰かを守ろうとした”想いが!」
「私たちの国は、“恋と記憶”でできてるのよ!過去の痛みも、消えた記録も、全部まとめて受け止める国家なんだから!」
しばしの沈黙の後、カイルの顔に静かな笑みが浮かんだ。
「……ならば、託そう。記録されなかった魔力の継承権を、君たちの国に。」
彼が手を掲げると、花々がひとつに収束し、青白い魔力の核が現れる。
「そして、我が魔力は“記録される”ことで、ようやく終わりを迎える。」
「兄貴……。」
カイラムが駆け寄り、カイルの手を握った。
「記録に、残すよ。お前がいたこと、何をしたか、誰を守ろうとしたか。全部、俺の言葉で記すから。」
「……ああ。それが一番の贈り物だ。」
光がカイルを包み、彼の姿は静かに霧の中へと消えていった。
◆◆◆
その夜、グランフォードの記録庫に、ひとつの新しい頁が加えられた。
“魔力の継承、ゼファルの双子の記憶、そして――影に咲いた光の花”。
カイラムはそれを見届けながら、そっと呟いた。
「……次は、俺が“本気”になる番かもな。」
その言葉に、エリシアは気づかぬふりをしながら、窓の外の夜空を見上げていた。
——〈次話〉“国家間交流と、恋する政略”
「今夜は、“星降りの夜”なんですって!」エリシアがワクワクした声で言うと、家族と仲間たちは一斉に顔を上げた。「年に一度の流星群か……。」カイラムが空を見上げながら呟く。「願い事、考えておかなきゃね!」「お嬢様、その手の願掛けは“恋人と並んで星を見る”のが正式な作法だそうですよ。」「なんですって!?そんなロマン行事、聞いてないわよ!」◆◆◆丘の上では、祭りの準備が進んでいた。屋台が立ち並び、子どもたちが星形のランタンを持ってはしゃぎ回る。エリシアはふと、静かな一角に佇むカイラムを見つける。「どうしたの?お祭り嫌い?」「いや……昔、この夜に、祖父……つまり前魔王が、何かを呟いていたのを思い出した。」「何を?」「“星が降る夜には、魔王の願いが空に返る”って。」その言葉が、なぜか胸に引っかかった。「……ねぇ、カイラム。もしかして、“魔王の願い”って、まだこの国のどこかに残ってるのかな。」「わからない。でも、残ってるなら――。」彼は空を見上げた。「“継ぐ者”に届いてほしいって、そう思ってたんじゃないか。」◆◆◆夜が深まり、星が降り始めた。そのとき、ひときわ大きな流星が、空を切り裂くように駆け抜けた。「っ、あれは……!」地平の彼方、旧魔王領の奥深く――かつて誰も足を踏み入れたことのない、黒の谷に、光の柱が立った。「……あれは、“魔王の遺産”かもしれない。」カイラムの言葉に、空気が凍る。「私たちの旅、“国づくり”じゃなく
ルヴァーニュ共和国――それは“感情を統制する国家”として知られている。表情、語調、服装に至るまで“合理性”と“統一性”が求められ、感情の発露は“社会的なノイズ”とされる文化だった。「……なんて退屈そうな国なの。」エリシアはクロードに連れられ、共和国の中心・サンクト議政庁に足を踏み入れた。「形式美と管理こそが、我々の誇りです。」そう語るクロードの背はまっすぐで、感情の揺れなど微塵も感じさせなかった。けれど――「……ほんとに、そう思ってるの?」彼の瞳の奥には、かすかに“ためらい”があった。◆◆◆「クーデター未遂事件に関し、証言が必要です。」応接室に通されたエリシアは、共和国の官僚たちから次々と質問を受けた。「あなたの国家では、恋愛が政務に影響を与えるのですね?」「ええ、バリバリに。恋がなきゃ税制改革もできないわよ?」「……理解不能です。」「そうでしょうとも!」堂々と笑うエリシアに、誰もが困惑の表情を浮かべる。だが、ただ一人――クロードだけが、視線を伏せていた。◆◆◆その夜。「この国、本当に全部が“仮面”ね。人の顔も、言葉も、街も……みんな均一で、誰も泣かない、誰も笑わない。」エリシアは屋上で夜風に吹かれながら呟いた。「……それが、我が国の安定の源です。」クロードの声が背後から響く。「けれどその安定が、“恋すら許さない”なら、それはただの――。」「欺瞞、ですね。」エリシアの言葉を、クロードが遮った。「……私は、知
「外交、ですって?」エリシアが口をあんぐりと開けたのも無理はない。「うん。ついに来たよ、国交樹立のお誘いが!」ネフィラが書状を振って誇らしげに報告する。「え、え、どこの国から?」「三つ来てるわ。“氷雪の王国グレイスフロスト”、“砂の自由商都エリゼール”、そして……“新王制を掲げたルヴァーニュ共和国”」「多いな!?建国から何ヶ月だと思ってるのよ!?恋する暇ないじゃない!!」「逆ハーレム国家、外交もハーレム構造なのか……?」ユスティアが若干引きつった表情で呟く。◆◆◆「というわけで!」エリシアは気合を入れて、各国の使者を迎えるための“大歓迎セレモニー”の準備に取りかかっていた。「国家間の友好関係は、“第一印象”が大事よ!ここで『この国イケてる!恋もできそう!』って思わせなきゃ!」「その基準で外交してるの、世界広しといえどグランフォードくらいですよ……。」クレインがため息をつきつつ、宴会のメニュー表に目を通す。「でも正直、心配なのはルヴァーニュ共和国ね。」ネフィラが神妙な顔で続ける。「彼らは、“感情”より“実利”を重んじる国家。うちの『恋する国政』に、どう反応するか……。」「ってことは、逆に“感情面”を刺激すれば、突破口があるってことね!」「……エリシア様、それ、まさか――。」「決まってるじゃない。政略恋愛よ!!」「また爆弾投下したぁ!!」◆◆◆三国の使者が一堂に会したグランフォード迎賓館。冷ややかな視線のグレイスフロスト王子リューディル、陽気で策略家のエリゼール
「……どうしてこの部分だけ、記録が“空白”なんだろう。」ネフィラは記録管理室の古文書を前に、眉をひそめていた。「魔王領にまつわる記録の中でも、特に“魔力の起源”に近い文献がごっそり抜け落ちてるのよ。」「また記憶操作……?それとも、意図的な封印?」ユスティアが地図と照合しながら唸る。「でも、興味あるわ。“記録から消えた魔力”……って、なんだかロマンあるじゃない?」エリシアは軽い口調で言いながらも、心の奥に小さなざわめきを覚えていた。(このところの記憶や恋に関わる現象、すべてが“何か”に繋がってる気がする……。)「場所の特定はできるの?」「はい。ここです。“グランフォード地下第三層、未調査領域”。」「未調査?でもそこ、建国初期に調べたはずじゃ――。」「“記録上は”ね。でも、実際には“立入禁止”の印だけが残されてて、中の調査記録は一切残ってないの。」「うちの国家、ほんと記録に穴ありすぎじゃない!?」◆◆◆グランフォード地下第三層。岩肌がむき出しの空間を進むと、古びた扉が現れた。そこには、今では使われていない古代文字が刻まれていた。「“ここに遺せしは、過去にして未来。記されずとも、力は残る”……?」「……記されずとも……。」セーネの言葉が蘇る。“記録に残さなくても、想いと魔力は宿る”――「行こう。この扉の向こうに、“遺された魔力”があるなら、今こそ向き合う時だわ。」◆◆◆扉の向こうに広がっていた
「……この地図、変よ。」ネフィラの一言に、会議室の空気がピリリと張り詰めた。「どうした?見慣れた地図じゃ――。」「そう、“見慣れてる”はずなのに……この区域、前は“湖”だったのよ。」ネフィラの指先が指す先――そこには、現在“乾いた草原”と記されている。「湖が……干上がったの?」「違うわ。記録上は最初から“草原”になってる。でも、私の記憶では確かにここは“蒼の水鏡湖”だった。」「記録と記憶が、またズレてる……?」ユスティアが眉をひそめる。「誰かが、“土地の記憶”を操作した可能性がある。」「土地の記憶……それって、“存在そのもの”を塗り替えるってこと?」「うん。そして、その中心部で“謎の揺れ”が観測されたの。」「行くしかないわね!エリシア探検隊、出動よ!」「そんなノリで国家の調査隊を出すなぁ!」◆◆◆数日後、調査隊一行は“元・湖”だったとされる草原地帯へ到着する。「……ここが、あの蒼の水鏡湖……のはず、なんだけど。」エリシアが歩を進めると、突然、空気がひんやりと冷たくなる。「魔力濃度、異常に高い……。この空間、“魔力の傷跡”だわ。」「何かが、ここで“封じられた”……あるいは“消された”。」そのとき、風に乗って、誰かの歌声が聞こえた。『……忘れられた風を追い、影は静かに舞い降りる
「……エリシアは最近、“誰か”のことばかりだな。」魔王領の旧兵舎跡。カイラムは一人、壊れた石柱に腰掛け、スープをすすっていた。「料理?ユスティア。記録?リュシア。なんか忘れてないか……?俺のこと……。」彼の背後で、リビアが気まずそうに翼をぱたつかせた。「まぁ、その……閣下は“宰相”としても大忙しですし……。」「俺だって宰相だし、魔王だったし、初期メンバーだし!ていうか、最初に木刀で吹っ飛ばされた被害者だし!」「それは確かに……いや、ちょっと誇れる内容ではないのでは?」「くそっ……!エリシアの奴、今頃“継承式”の準備とかで浮かれてるんだろうな……!」そう、現在グランフォードでは“王家による正式な国家承認”の是非をかけて、“最初の継承式”を開催する準備が進められていた。王都からの使者も到着し、“新たな王位継承者”としてエリシアの名前が取り沙汰されている。◆◆◆その頃、グランフォード本城・会議室。「ねぇこれ、“王位”って言っても形式上だけよね?」「今さら何を言うか。もう継承式の招待状、王都に送っちゃったぞ。」「え、あの金ピカのやつ!?冗談のつもりだったのに!」「……エリシア様、それ冗談で国政動かしてたんですね……。」ユスティアがこめかみを押さえ、クレインが真顔でメモを取る中、ネフィラは厳しい声を上げた。「でも気になるのは、王都の“沈黙”よ。」「使者は来たのに、本家からの返事がないってこと?」「うん。しかも