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第55話:海の祠—潮の記帳と、波の秤

Author: fuu
last update Last Updated: 2025-08-22 12:00:15

潮路院の講堂に、臨時の“公開机”が並んだ。

板の上には貝殻の印章、海藻で綴じた帳面、そして小さな風鈴。

机の中央には、海獣皮に書かれた一行が置かれている——『潮の記帳を始めよ。』

ユスティアが短く説明する。

「“潮の記帳(マリン・レジャー)”は、風と海の公共を記録する公簿だ。灯・鳴り・救難・供饌・航路・風配分——六項目。原則はこれまで通り『公開・撤回自由・合意明示』。」

リビアが続ける。

「記載者は三名以上の立会いで承認。虚偽は罰ではなく“公開訂正”だ。恥は共同で拭う。」

「帳面はこう……。」

コルナが胸を張って見本を掲げた。

海藻紙の左に『借潮(かりしお)』右に『貸潮(かしお)』。

収支の線は青い糸で、端に小さく『ホイップ/パセリ』の丸が印刷されている。

「数字は歌にもなる。歌える帳簿じゃないと、海は覚えてくれない……。」

ミナトは貝殻の口に息を吹き、港の拍と合わせて鼻歌を響かせる。

「記帳の旋律、作る。港が歌えば、祠もわかる……。」

セリオは結び札を机に並べた。

「改竄防止は“結節印(ノット・シール)”。綴じ紐の結びが“同意”の形になる。解く時は『パセリ』の手旗が必要……。」

ライハルトが古語の法形を付記し、アゼルとシハールが“記帳の基音”を調律する。

ネフィラは公開机の導線を踊るように整え、クレインは「脳が糖を欲しがる」時間を見計らって小さな貝クッキーを配りはじめた。

「では、海の祠へ。」

エリシアが立ち上がる。

手首の風綬が、朝の光で細く光った。

◆◆◆

海の祠は、干満の奥、黒い鏡のような海面に口を開いていた。

前回は“潮の階”で門が短く開いたが、今日は最初から薄青の扉
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