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遊莉
遊莉
Auteur: 空蝉ゆあん

1話 三つの視線

last update Date de publication: 2025-10-01 23:28:59

私は彼女の背中を見ている。近くにいるはずなのに、一番遠い存在ーーそれが遊莉《ゆうり》だった。

表立って意見を出す事はない。何かしらの変化を求めて改革をする訳でもない。彼女はその空間の中で存在している。ただそれだけで、周囲の視線を攫っていく。

彼女と出会ったのは高校二年生の頃だった。一年の時とは違う、学校と言う環境に慣れて、当たり前になっていた。

ここに生きているはずなのに、生きている感覚がしない。全ての色が鮮明さを失い、からっぽになった私の心のように色褪《いろあ》せていく。

ただ彼女の存在を感じている瞬間は違った。心臓の奥からドクドクと知らない音が解き放たれ、幸福感と快楽を感じている。

それはまるで依存薬のようで、一度知ってしまうと抜け出せなくなる。

「美穂、どうして私を避けるの?」

「避けてなんかないよ、気のせいだから」

「本当に?」

数日前まで普通に話す事が出来ていたのに、変に意識し始めたせいか、無意識に避けるようになってしまった。

本当は彼女……遊莉と笑い合いたいのに、それが出来ない。

同性の相手に特別な感情を抱くのは、人生の中で初めての経験だった。私の当たり前が歪になり、日常が非日常へとすり変わる。

自分から縮《ちじ》めたのに、自分から離れていく。彼女からしたら、私の行動が不思議で仕方ないのかもしれない。嫌われていると勘違いしている可能性もある。

その反対なのに、目の前に彼女が現れると何も出来ずに固まってしまう。

初めての感覚の中で行き場を失った私は、窓辺に寄り添いながら、外の景色に視線を注いでいく。昼ごはんを食べ終わった男子生徒達は、残りの昼休みを満喫しようと、楽しそうにサッカーをしていた。

あんなに走ってボールを追いかけるの、どうして楽しいと感じるのだろう。心と体は繋がっている。精神的に脆くなっている今の私は、彼らのように出来ない。

「はぁ……何やってんだろ、私」

昼休みは遊莉と過ごしていた。彼女の魅力にあてられた私は、一人で過ごすようになっていく。

黄昏《たそがれ》ている私を見つめている遊莉の視線に気づく事なく、時間を持て余していた。

私の高校は進学校でもあり、スポーツで有名な高校でもある。特進クラス、アスリート、進学クラス、その他諸々《もろもろ》。

特に行きたいと思う高校がなかった私は、なんとなくこの高校を受け、特進クラスで二年まで上がっていった。

朝は六時に起きて、半には出ないと間に合わない。電車通学をしていた私は、わざと実家から距離のあるこのルートを選んでいる。

憂鬱な気持ちを少しでも忘れたい、ただその感情だけで今の生活を繰り返していた。

遊莉は帰宅部だ。私とは違って、自分の考えている通りに動ける彼女が眩しくて仕方ない。

周囲の人達が部活に入っているから、これ以上浮かないように適当に部活に入っている。最初は全く興味のないジャンルだった。それでも、いざやってみると面白くて、楽しい。

私は吹奏楽部に入っている。

本当は遊莉と一緒に帰りたいけど、そこは我儘《わがまま》言えない。

「どーした美穂。ぼんやりして練習に身が入ってないぞう」

「ひゃぁ」

「ふふふ。これで目が覚めたかなぁ~?」

三年の実崎《さんざき》先輩がいつものように後ろから抱きついてきた。耳元で息を吹きかけると全身の力が抜けてしまいそうになる。

「美穂の弱点は耳でーす」

「ちょっと先輩!」

部活が始まって一時間くらい経過すると、こんなふうに遊びに来る。先輩も練習があるはずなのに、どうしてだか抜け出しちゃうみたい。

嫌われているよりはいいけど……

「はぁ~、癒される。美穂って癒し系だよね。小動物みたい」

「へっ?」

「傍から見てるとさ、リアクションとか面白いんだよね、観察対象って感じ。皆に声かけて美穂の観察日記でも書こうかしら?」

実崎先輩に言われて初めて、自分が浮いている事実に気づく。なるべく目立たないように気配を消して生活しているはずなのに、どうやら周りにはバレバレらしい。

急に恥ずかしくなってきた私は、時間が経過すると、顔を真っ赤にさせていった。自分がどんな表情をしているかも知らずに、無防備な姿を先輩に見せつけていたの。

実崎先輩の瞳が揺れた気がした。いつものようにムードメーカーな雰囲気は消え、大人の女性の表情へと変化していく。

その事実に気付かずに、一人パニックになっている私がいる。

彼女は私を見つめる

私は遊莉を追う

遊莉は二人の姿を観察している

一日の疲れがドッと溢れ出ている。自室で寛いでいると、三時間が経過していた。自分の中では一瞬なのに、時計を確認すると思った以上に時が経っていた。

実家と言っても、一人で過ごす事が多い。家族が全員揃う事は、中々ない。あったとしてもしょうもない事で喧嘩になってしまうから、各々が距離を開けて生活をしている。

これが私にとっての家族の形。

濡れていた髪を乾かすと、ほったらかしにしていたせいか、少し絡まっている箇所がある。化粧台に置かれている櫛を取ると、ゆっくりとかしていく。

髪が長いとこれ以上に絡まってしまう。きちんとケアをすれば問題ないだろうが、面倒臭がりな私にとっては難しいだろう。

肩に付くか付かないかの長さでキープしている。ショートの方が楽だけど、やっぱりおしゃれは楽しみたい。

高校卒業までまだ先は長いようで短い。だからこそ学校生活を思い切り楽しめたらと思っている。

後は遊莉との関係性が以前のようになればいいけど、簡単じゃない。一度意識してしまったからこそ、この気持ちを無かった事にはしたくない。

グルグルと複数の思考がぶつかりながら私の頭をパンクさせていく。

そんな時に、スマホが小さく鳴った。いつもなら音を切っているのに。

「実崎先輩の仕業だ」

スマホを貸してと言われ、素直に貸した私は設定を弄られている事に今更気づく。深いため息をつきながら、メッセージの内容を確認していった。

「今から会えない?」

簡易的に要件だけを綴《つづ》っている。誰からのメッセージだろうかと首を傾げながら確認してみると、遊莉からだった。

急な事に心拍数が増殖していく。私は高鳴る胸を抑えながら、無意識に微笑んでいた。

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