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第4話

Auteur: 夏川 建
明の声は、わずかに震えているようにも聞こえたが、それは恵の錯覚だったかもしれない。

彼女は冷たい顔で、鬱陶しげに救急箱を押しつける。

「泣いてなんかないわ。

くだらない連中に呆れただけ。

持っていって、さっさと消えて」

そう言って明を部屋から押し出し、ドアを乱暴に閉めた。

視線も、偽りの心配も、それで遮断する。

強烈な頭痛と感情の揺さぶりで、体が鉛のように重くなっていく。

壁にすがりつきながらベッドへ戻り、携帯を取り出して真也に電話をかけた。

「恵、どうした?

また具合が悪いのか?」

心配する声に、恵の目尻が熱を帯びる。

こみ上げる涙を必死に押し殺し、平静を装った。

「違うの、真也。

当日、たぶん夜中の三時に到着するから。

空港まで迎えに来てくれる?」

「もちろんだ!

君が一言言えば、今すぐにでも飛行機に乗って迎えに行く」

その言葉に、胸の奥が温かく満たされる。

恵は微笑みながら首を振った。

「それじゃ大げさよ。

そこまでさせられない」

「恵、病院にはもう骨髄の適合者を探すよう依頼した。

すぐ見つかるはずだ。

移植を受ければ体はきっと良くなる。

君は若くて優秀なんだから、病気さえ治れば未来はいくらでも広がる。

明なんか、君には全然釣り合わない!」

あまりに真っ直ぐな慰めに、恵は一瞬黙り、やがて小さく笑った。

「ふふ......その未来に出会う誰かの中に、真也も入ってる?」

受話器の向こうで、一瞬だけ呼吸が止まった気配がする。

掠れた声が答えた。

「......入ってるさ」

恵は確信を得て、柔らかく笑い、話題を変えて昔話を少しだけした。

やがて通話を切る。

階下から、明と華が「病院へ行こう」と話す声が聞こえた。

二人が出かけたのを確認し、恵はサッと麺を茹でて食べ、部屋に戻るとすぐに眠りに落ちた。

――次に目を覚ましたのは深夜。

鼻先を刺す生臭い血の匂い。

頬にまとわりつく湿った感覚。

灯りをつけると、枕に大きな血の染みが広がっていた。

また鼻血だ。

慣れた手つきで洗面所へ行き、顔を洗い、ティッシュを詰める。

止血剤を取ろうと下へ降りると――

ソファには明と華。

二人は抱き合いながらホラー映画を見て、華が甘ったるい悲鳴をあげるたび、明は優しく抱き寄せた。

恵は視線を逸らし、二人を空気のように無視して、冷蔵庫から薬を取り出した。

階段を上がろうとしたそのとき、嘔吐するような音が響いた。

――またいちゃつきすぎて気持ち悪くなったのかしら?

そう思った瞬間、華の甲高い声がわざとらしく響く。

「明、先生が言ってたでしょ。

これ、正常なつわりなんだって。

赤ちゃんが元気な証拠よ」

恵は息を呑み、振り返る。

「......赤ちゃん?」

目が鋭く光る。

「一か月前から関係を持ってたの?」

――まさか。

裏切りは最近始まったことだと思っていた。

けれど一か月前、明はまだ「愛してるのは君だけ」と囁き、彼女の手を握り、甘い未来を語っていたはずだ。

吐き気が込み上げる。

顔色は真っ青になり、胃の奥から胃酸が逆流してくる。

鼻血とめまいに構う余裕もなく、恵は駆け足で階段を上り、主寝室のバスルームへ駆け込んだ。

「おえっ......ごほ、ごほ、ごほっ!」

便器にしがみつき、吐き続ける。

食べたばかりの麺を吐き出し、それでも収まらず、緑色の胆汁までこみ上げた。

喉を焼くような刺激に咳が止まらず、顔は真っ赤に充血し、目からは勝手に涙があふれ出た。

流れる鼻血は吐瀉物に混ざり、さらに嗅覚を刺激する。

どれほど吐いたかわからない。

ようやく水を流し、膝を震わせながら洗面台にしがみつく。

止血剤を打ち、床に座り込む。

耳の奥に、華の言葉が何度も木霊する。

――お腹に赤ちゃんがいる。

意識が朦朧とする中、恵は両親の幻を見た。

「恵、どうして床に座ってるの。

冷たいわ、早く立ちなさい」

「お母さん......力が入らないの。

手を貸して」

「さあ、恵、今日はお前の大好きな酢豚を作った。

食べにおいで」

「お父さん......今行くから」

温かな幻に包まれながら、彼女は――もしここで両親に会えるのなら、それも悪くないとさえ思った。

再び目を開けたとき、彼女はまだ洗面所の床にいた。

二時間以上も気を失っていたらしい。

立ち上がると、洗面台に赤い痕が点々と散っている。

生来きれい好きな恵は、無性に掃除をしたくなる衝動に駆られた。

だが熱のこもる額が、それを許さなかった。

明らかな発熱――

冷たい床で長く倒れていたせいだ。

「......まずは体を大事にしないと」

そう呟き、解熱剤を飲み、なんとかベッドに潜り込む。

眠りにつく直前まで、華の言葉が耳から離れなかった。

ようやく浅い眠りに落ちたとき、空は白み始めていた。

しかし安息は束の間――

「恵!

起きなさい、お腹が減ったわ。

さっさと朝ごはん作りなさい!」

激しいドアの蹴り音とともに、華の怒声が響いた。
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