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第3話

作者: 星野南
「透真は、ずっと私と一緒になりたかったんでしょ?あの頃だって、澪さんさえ……」

「彼女は関係ない」

透真は美雪の言葉を遮った。その場にしゃがみ込み、優しく微笑みながら彼女を見つめる。

「俺たちのことに、彼女は関係ない。あの頃は俺が悪かった。今日はもう遅いから、ゆっくり休め」

そう言い残し、彼は立ち上がって部屋を出ようとした。

「透真……あっ!」

私はぎょっとした。

透真を引き止めようとした美雪が、なんと車椅子から身を投げ出すように床へ倒れ込んだのだ。

――相変わらず、自分には容赦のない女だ。

そう思った瞬間、私はハッとした。

……どうして、こんなふうに思ったのだろう。

「美雪!大丈夫か?」

透真は慌てて引き返し、美雪を抱き上げると、ソファまで運んだ。

美雪は涙をぽろぽろこぼし、か弱い声で訴えた。

「今日は誕生日だから、一人で過ごしたくないの……お願い、行かないで。もう少しだけ、そばにいてくれない?」

透真は一瞬黙り込んだが、やがて答えた。

「……わかった」

寝室に入ってからも、美雪は透真の手をつかんで離そうとしなかった。彼はその手を優しく撫で、安心させるように言った。

「どこにも行かない。だから安心して眠れ」

ようやく美雪は目を閉じた。

私は透真の様子をうかがったが、彼が何を考えているのか、さっぱりわからなかった。

彼は決して、女に手を出さない堅物ではない。

これまで私と夜を共にするときは、私がくたくたになるまで求めてきた。それなのに、ずっと想い続けてきた美雪が目の前にいるというのに、どうして彼女を拒むのだろう。

いくら考えても、答えは出なかった。

夜が更けるにつれ、ベッドの美雪から規則正しい寝息が聞こえてきた。透真はそっと彼女の手を外すと、寝室を出てバルコニーへ向かった。

カチッ。

ライターの火が灯り、一瞬、彼の顔を照らす。揺らめく光の中で、その表情は明るくなったり、暗くなったりした。

煙草に火をつけ、深く吸い込んでから、ゆっくりと煙を吐き出す。

やがて彼の視線は、再びスマホの画面へと落ちた。眉間に深い皺が寄り、どこか苛立っているように見えた。

……連絡してくるなと私に言ったのは透真自身なのに、今さら何を気にしているのだろう。

翌朝、透真の妹・氷室楓(ひむろ かえで)がやって来た。

彼女が部屋に入るとき、ちょうど美雪が身支度をしていた。襟元はまだ整っていない。

楓は美雪を冷ややかに一瞥してから、透真に向き直った。

「お兄ちゃん、まだ離婚もしてないのに、彼女を家に連れてきたの?澪さんに申し訳ないって思わないの?」

「楓さん、誤解よ。私たちは……」

美雪は目を潤ませ、慌てて服を整えながら弁解しようとした。

だが、透真が彼女の言葉を遮った。

「朝っぱらから何の用だ?用があるならさっさと言え。ないなら帰れ」

楓は幼い頃から私と仲がよく、透真と私が揉めるたび、いつも私の味方をしてくれた。そのせいもあって、透真は彼女のことを少々疎ましく思っていた。

「澪さんを探しに行ってほしいの。昨日から何度電話してもつながらないし、家にもいないから」

「はっ。お前の電話にも出ないのに、俺がかけたら出るとでも?あいつが姿を消すのは初めてじゃないし、どこにいるかなんて知るわけないだろ」

その返事を聞いた楓は、怒りで顔を真っ赤にした。

「澪さんはお兄ちゃんの奥さんでしょ?お兄ちゃんが電話したら、出ないはずないじゃない!」

「あいつが出るかどうかは関係ない。とにかく、電話はしない」

透真は相変わらず冷淡だった。

「お兄ちゃん、本当にひどい!結婚してもう5年も経つのに、澪さんのことは少しも愛してないっていうの?」

「愛してない」透真はきっぱりと言い切った。「それより楓、実の兄に向かって、その口の聞き方はなんだ?」

「別にいいでしょ?お兄ちゃんだって大したことないんだから!」

楓は美雪を睨みつけ、吐き捨てた。

「奥さんが音信不通なのに、よその女の面倒ばかり見てるなんて。こんなことをしてたら、悲惨な老後を迎えるよ!」

「楓!お前、ずいぶん生意気になったな?」

透真が本気で怒っていると察したのか、ちょうどお茶を運んできた美雪が、楓を宥めた。

「楓さん、落ち着いて。何があったのか、座ってゆっくり話しましょ?」

澪のことが心配でたまらない楓は、美雪の言葉にますます腹を立てた。

「あなたには関係ないから、口挟まないでくれる?だいたい、何年も海外にいたくせに、どうして急に帰ってきたの?お兄ちゃんと澪さんの結婚生活に割り込んで、2人を離婚寸前まで追い込むなんて、いったい何がしたいの?」

楓は苛立ちのままに腕を振り払った。その拍子に、美雪が持っていたトレーが大きく傾いた。

ガシャン!

グラスがひっくり返り、熱々のお茶が美雪の手にまともにかかった。

「美雪!」

透真はとっさに楓を押しのけ、美雪を支えた。

私は反射的に、倒れそうになった楓を助けようと手を伸ばした。

けれど――

私の手は、彼女の体をすり抜けてしまった。

楓はそのまま床に倒れ、頭をテーブルの角にぶつけた。

額から、血が流れ出した……

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