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遺骨になった私を夫は愛してやまなかった

遺骨になった私を夫は愛してやまなかった

작가:  星野南완결
언어: Japanese
goodnovel4goodnovel
44챕터
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보고서
개요
장르
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私の名前は、氷室澪(ひむろ みお)。 私が殺され、遺体を遺棄されたその夜。夫の氷室透真(ひむろ とうま)は、大学時代から想いを寄せていた月島美雪(つきしま みゆき)と肩を並べ、夜空を彩る花火に見入っていた。 透真とは幼馴染だった。十年以上もの歳月をかけて、私は彼を骨の髄まで愛してきた。それなのに、彼にとって私は、いつ蹴飛ばしても構わない道端の石ころにすぎなかった。 やがて、警察が私の遺体を発見した。 それからというもの、透真は毎晩、私の遺骨が納められた骨壺を抱きしめて眠るようになった。

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1화

第1話

私は死んだ。

なのに、どういうわけか魂だけが透真のそばに戻ってきてしまった。

夜空いっぱいに広がる花火の下、彼は車椅子を優しく押していた。光と影に彩られた横顔は、息を呑むほど端正で美しい。

「誕生日おめでとう」

車椅子に座った美雪が顔を上げ、幸せそうに微笑んだ。

「ありがとう、透真。こんなに楽しい誕生日は初めて」

「喜んでもらえたならよかった」

美男美女の2人は、通りすがりの人々がカメラを向ける中、まるで絵本から抜け出してきた王子様とお姫様のように見えた。

私は自嘲気味に笑った。

現世に魂が戻されたのは、仲睦まじい2人の姿を見せつけるためなのだろうか。

生きていた頃なら、立ち去ることができたし、腹を立てて騒ぎを起こすことだってできた。けれど、死んでしまった今、私は透真のそばから離れられない。5メートル以上離れようとすると、見えない力に引き戻されてしまうのだ。

なんという絶望的な状況なのだろう。

轟音とともに花火が夜空に弾け、無数の光の花を咲かせる。美雪はうっとりと見入っていたが、透真はスマホを取り出した。

画面に表示されていたのは、私とのメッセージのやり取り。

大半は、彼の体調を気遣ったり、何をしているのかと尋ねたりするメッセージ。けれど、最後の数通は、私が助けを求めたものだった。

【透真、誰かにつけられてる気がする】

【透真、今どこにいるの?怖い……迎えに来てくれない?】

【透真、私、悪い人たちにさらわれたの。犯人たちに4億を要求されてる。お願い、助けて……助けてくれるなら、離婚でも何でもする。あなたが月島さんと一緒にいたいって言っても、もう何も言わないから……】

そして、その下には、長い沈黙のあと、ようやく返ってきた透真からのメッセージがあった。

【金なんてない。本当にさらわれたっていうなら、それはそれでいい。少しは痛い目を見て、身勝手な性格を叩き直してこい】

そのメッセージを読んだ瞬間、私の心は死んだ。犯人たちに服を引き裂かれたときでさえ、もう恐怖も屈辱も感じなかった。

犯人たちは容赦なく私をいたぶり、好き放題に弄んだ。抵抗するたびに手足を折られ、全身を突き抜ける激痛に、やがて指一本動かすことさえできなくなった。

私から返事がないことに気づいたのか、透真は眉をひそめ、さらにメッセージを送りつけてきた。

【自分の過ちを反省するまで、二度と俺に連絡してくるな】

彼がそのメッセージを送信するのを見て、私はまた笑った。

もし私がもう死んでいると知ったら、彼はどんな顔をするのだろう。

せいせいしたと思うのだろうか。それとも、これまで彼に尽くしていたことを思い出して、ほんの少しでも悲しんでくれるのだろうか。

夜が更け、透真はしばらく待っていたが、トーク画面は一向に動かなかった。既読すらつかない。

彼の表情がみるみる暗くなっていった。

帰り道、美雪はSNSのトレンドに載った、花火を背景にした2人の写真を見て、嬉しそうに笑い声を上げた。

そして、少し照れたように透真の顔を覗く。すると、彼の表情がどこか険しいことに気づいた。

「どうしたの、透真?浮かない顔してるけど」

「別に、なんでもない」

美雪は彼の顔色をうかがいながら、恐る恐る尋ねた。

「もしかして……澪さんから、まだ返事がないの?」

「返事が来ようが来まいが、俺には関係ない」

ハンドルを握る透真の手に、わずかに力がこもった。

「昔からわがままで、自分のことしか考えていない女だ。いちいち相手にする必要はない」

「……そう」

美雪は小さく返事をしたが、膝の上に置いた手は、誰にも気づかれないようにぎゅっと握りしめられていた。

「フラワーズ賞の授賞式で、お前に謝罪させると約束したんだ。だから、何が何でもあいつを引きずり出す。約束は必ず果たすよ」

透真の言葉ににじむ冷酷さを感じ取ったのか、美雪は少しためらってから口を開いた。

「でも、透真がそばにいてくれるだけで、私はそれで十分……」

「いや、それじゃ駄目だ。あいつが反省しないなら、家に閉じ込めてでも分からせてやる。二度とお前を傷つけられないようにな」

美雪の言葉を遮り、透真は有無を言わせぬ口調で言い切った。

しばらくして、美雪はようやく納得したように頷いた。

「分かった。いろいろありがとう、透真」

私は後部座席から、2人のやり取りを黙って聞いていた。

……いったい、透真はどうやって、死んだ私を引きずり出すつもりなのだろう。

まさか、フラワーズ賞の授賞式にまで私の遺体を運んできて、美雪に謝罪させるつもりなのだろうか。

もし本当にそんなことができたら――

きっと、とんでもない騒ぎになるだろう。

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第1話
私は死んだ。なのに、どういうわけか魂だけが透真のそばに戻ってきてしまった。夜空いっぱいに広がる花火の下、彼は車椅子を優しく押していた。光と影に彩られた横顔は、息を呑むほど端正で美しい。「誕生日おめでとう」車椅子に座った美雪が顔を上げ、幸せそうに微笑んだ。「ありがとう、透真。こんなに楽しい誕生日は初めて」「喜んでもらえたならよかった」美男美女の2人は、通りすがりの人々がカメラを向ける中、まるで絵本から抜け出してきた王子様とお姫様のように見えた。私は自嘲気味に笑った。現世に魂が戻されたのは、仲睦まじい2人の姿を見せつけるためなのだろうか。生きていた頃なら、立ち去ることができたし、腹を立てて騒ぎを起こすことだってできた。けれど、死んでしまった今、私は透真のそばから離れられない。5メートル以上離れようとすると、見えない力に引き戻されてしまうのだ。なんという絶望的な状況なのだろう。轟音とともに花火が夜空に弾け、無数の光の花を咲かせる。美雪はうっとりと見入っていたが、透真はスマホを取り出した。画面に表示されていたのは、私とのメッセージのやり取り。大半は、彼の体調を気遣ったり、何をしているのかと尋ねたりするメッセージ。けれど、最後の数通は、私が助けを求めたものだった。【透真、誰かにつけられてる気がする】【透真、今どこにいるの?怖い……迎えに来てくれない?】【透真、私、悪い人たちにさらわれたの。犯人たちに4億を要求されてる。お願い、助けて……助けてくれるなら、離婚でも何でもする。あなたが月島さんと一緒にいたいって言っても、もう何も言わないから……】そして、その下には、長い沈黙のあと、ようやく返ってきた透真からのメッセージがあった。【金なんてない。本当にさらわれたっていうなら、それはそれでいい。少しは痛い目を見て、身勝手な性格を叩き直してこい】そのメッセージを読んだ瞬間、私の心は死んだ。犯人たちに服を引き裂かれたときでさえ、もう恐怖も屈辱も感じなかった。犯人たちは容赦なく私をいたぶり、好き放題に弄んだ。抵抗するたびに手足を折られ、全身を突き抜ける激痛に、やがて指一本動かすことさえできなくなった。私から返事がないことに気づいたのか、透真は眉をひそめ、さらにメッセージを送りつけてきた。【自分の過ち
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第2話
私の実家である夏目(なつめ)家と氷室家は、代々親交が深かった。その縁もあって、私と透真は幼なじみとして育った。私はいつしか彼に恋をし、いつもその背中を追いかけていた。透真が授業をサボれば、先生に見つからないようにかばってあげた。喧嘩をすれば隣で声援を送り、怪我をすれば、すぐに手当てをしてあげた。彼のためなら、何だってした。ただ一つだけ、どうしても我慢できないことがあった。誰かが透真にラブレターを渡すと、私はこっそりそれを破り捨てたのだ。たとえ透真本人に知られても、彼は気にするどころか、軽く笑って済ませるだけだった。私たちは、ずっと仲のいい幼なじみだった。両家の親たちも、口をそろえてこう言っていた。私たちはいつか、きっと夫婦になるのだと。けれど、大学に進学した頃、私の家に突然不幸が降りかかった。父の事業が破綻し、母は自殺を図って植物状態になった。そして、私は氷室家に引き取られた。ちょうどその頃、透真は美雪と出会った。まるで月光が地上に舞い降りたかのように、清らかで眩しい女性だった。2人は恋人同士になった。あの頃の私は、次々と降りかかる不幸に打ちのめされ、精神が極めて不安定な状態にあった。美雪に嫉妬し、腹を立て、何度も彼女を脅したり、警告したりした。人づてに聞いた話では、私は美雪をステージから突き落とし、海外公演の機会をふいにさせたこともあったという。顔に傷をつけ、危うく取り返しのつかないことになるところだったとも聞いた。……私って、そんなにひどい人間だったのだろうか。いろいろあったはずなのに、細かいことはもう思い出せなかった。ただ、透真が私を疎ましく思うようになり、ついには容赦のない言葉を浴びせてきたことだけは、はっきりと覚えている。「澪、これ以上美雪に嫌がらせをするなら、俺だって容赦しない。氷室家に置いてもらっている身で、いつまでもお嬢様気分でいるな。誰もお前を甘やかす義理なんてないんだからな」透真は、私のものではない。私たちは家族でもなければ、恋人でもない。幼い頃からずっと彼のそばにいて、いつか結ばれるのだと信じていた私に、透真は初めてその現実を突きつけた。どうしていいかわからず、私は焦った。透真まで失ってしまったら、私には本当に何も残らなくなる。大学の卒業式の日、私は浴びるほど酒
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第3話
「透真は、ずっと私と一緒になりたかったんでしょ?あの頃だって、澪さんさえ……」「彼女は関係ない」透真は美雪の言葉を遮った。その場にしゃがみ込み、優しく微笑みながら彼女を見つめる。「俺たちのことに、彼女は関係ない。あの頃は俺が悪かった。今日はもう遅いから、ゆっくり休め」そう言い残し、彼は立ち上がって部屋を出ようとした。「透真……あっ!」私はぎょっとした。透真を引き止めようとした美雪が、なんと車椅子から身を投げ出すように床へ倒れ込んだのだ。――相変わらず、自分には容赦のない女だ。そう思った瞬間、私はハッとした。……どうして、こんなふうに思ったのだろう。「美雪!大丈夫か?」透真は慌てて引き返し、美雪を抱き上げると、ソファまで運んだ。美雪は涙をぽろぽろこぼし、か弱い声で訴えた。「今日は誕生日だから、一人で過ごしたくないの……お願い、行かないで。もう少しだけ、そばにいてくれない?」透真は一瞬黙り込んだが、やがて答えた。「……わかった」寝室に入ってからも、美雪は透真の手をつかんで離そうとしなかった。彼はその手を優しく撫で、安心させるように言った。「どこにも行かない。だから安心して眠れ」ようやく美雪は目を閉じた。私は透真の様子をうかがったが、彼が何を考えているのか、さっぱりわからなかった。彼は決して、女に手を出さない堅物ではない。これまで私と夜を共にするときは、私がくたくたになるまで求めてきた。それなのに、ずっと想い続けてきた美雪が目の前にいるというのに、どうして彼女を拒むのだろう。いくら考えても、答えは出なかった。夜が更けるにつれ、ベッドの美雪から規則正しい寝息が聞こえてきた。透真はそっと彼女の手を外すと、寝室を出てバルコニーへ向かった。カチッ。ライターの火が灯り、一瞬、彼の顔を照らす。揺らめく光の中で、その表情は明るくなったり、暗くなったりした。煙草に火をつけ、深く吸い込んでから、ゆっくりと煙を吐き出す。やがて彼の視線は、再びスマホの画面へと落ちた。眉間に深い皺が寄り、どこか苛立っているように見えた。……連絡してくるなと私に言ったのは透真自身なのに、今さら何を気にしているのだろう。翌朝、透真の妹・氷室楓(ひむろ かえで)がやって来た。彼女が部屋に入るとき
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第4話
透真は美雪を宥めると、楓に視線を向け、怒鳴ろうとした。だが、涙で顔を濡らし、額から血を流している楓の姿を目にすると、言いかけた言葉を飲み込んだ。「透真、楓さんの様子を見てあげて。私は大丈夫だから」美雪がそっと彼の服の裾を引いた。彼女の手は赤くなっていた。それなのに、まだ楓の心配をしている。透真はたちまち顔をしかめ、美雪を抱きかかえると、すぐにキッチンへ向かって手を冷やしてあげた。「放っておけ、自業自得だ」楓は怒りを抑えきれず、2人の背中に向かって叫んだ。「お兄ちゃんのバカ!あの人を庇ってたら、いつか絶対後悔するから!そうなったとき、泣いたって知らないからね!」私は、痛みに耐えながら立ち上がろうとする楓を見つめた。胸が痛くて、焦りばかりが募る。それでも、私には何もできなかった。(楓、痛くない?大丈夫?)楓は傷ついた額に手を当てた。もちろん、私の声など聞こえるはずもない。それでも私は、語りかけずにはいられなかった。(ここまで怒ってくれなくてもよかったのに……透真は、私が生きていようが死んでいようが、気にも留めない。あの人にとって、私はどうでもいい存在なんだよ)私をさらった犯人に、助けを求める機会を与えられたとき、私は真っ先に透真へ連絡した。けれど、彼からの返信を見た瞬間、私は完全に諦めたのだ。あんな男が、今さら私を探しに行くはずがない。ふらつきながら家を出ていく楓を見て、私も後を追いたくなった。せめて、彼女が無事に帰れるかどうかだけでも見届けたかった。ところが、玄関までたどり着いた途端、あの見えない力に引き戻されてしまった。そうだった。私は透真から遠く離れることができない。こんな力を、初めて心の底から憎んだ。生きていた頃の私は、愚かにも現実を見ようとせず、透真にしがみついていた。死んだ今は、もう彼から離れたいのに、なぜかそばに縛りつけられてしまった。これが、運命だとでもいうのだろうか。透真が美雪を病院へ連れていく間も、私は車の後部座席に座っていた。すると、美雪が心配そうに口を開いた。「透真、楓さんの言うことも一理あると思うの。澪さんとは夫婦だし、もし本当に行方不明になっているなら、探してあげたほうがいいよ。無事だとわかれば、私たちだって安心できるでしょう?」「……美雪」透真は
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第5話
透真は眉をひそめた。避ける間もなく美雪にキスされ、彼女がいたずらっぽく笑うのを見ると、低い声でたしなめた。「……やめてくれ、危ないだろ」美雪はぺろりと舌を出した。「はーい。もうしません」彼女の無邪気な仕草が可笑しかったのか、それとも何かを思い出したのか。透真はふっと笑い、首を横に振った。私は思わず口を尖らせた。――なるほど。透真はこういうタイプが好きなのか。2人のいちゃつきっぷりは、見ているだけで呆れてしまう。……透真は仕事の虫だった。美雪の検査に付き添ったあとは、そのまま会社へ向かった。その日は朝から晩まで会議続き。長い会議が終われば短い打ち合わせが入り、目の回るような忙しさだった。それでも彼は、あくびひとつこぼさなかった。夜になると、透真は飲み会へ向かった。そこで、友人の久我裕介(くが ゆうすけ)がふと思い出したように口を開いた。「なあ、ここ数日、なんか変だと思わないか?」「変って?」もう一人の友人、篠崎遼(しのざき りょう)が聞き返したが、すぐに何かに気づいたように声を上げた。「ああ、俺もそんな気がしてた。妙に静かなんだよな。静かすぎて落ち着かないっていうか……でも、何が変なのかはわからないんだよね」遼は考え込むように首をひねり、それから透真に目を向けた。「そうだ。澪はどうした?しばらく見かけてないけど」「澪」という名前が出た瞬間、透真の手がわずかに震えた。グラスを持つ指先がほんの一瞬揺れたものの、彼はすぐに酒を一気に飲み干した。裕介は続けた。「そうだな。今までなら、透真が別の女とちょっと親しくなるだけで、澪がすぐ怒り出すんだろ?今回は、月島さんのために街中で花火まで打ち上げたっていうのに、全然姿を見せないなんて、さすがに変じゃない?」透真は鼻で笑った。「何が変なんだ。あいつが騒がないなら、こっちは静かに過ごせて好都合だろ」遼が透真の肩を軽く小突いた。「いやいや、そんな言い方はないだろ。澪は5年もお前に一筋で、何でも言うことを聞いてきたんだぞ。あれだけ大人しくて優しい奥さんなんて、なかなか見つからないんじゃないか?」「考えの浅い、見た目だけの女だろ。あいつの頭の中にあるのは、俺をどうやって出し抜くか、そればかりだ」その言葉を聞いて、私は自嘲気味に笑った。
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第6話
「いや、俺は何も……」遼が言い訳しようとした、その瞬間だった。透真の拳が、容赦なく遼の顔面に飛んだ。「っ……透真!いきなり何しやがる!」遼は口元の血を拭い、目つきを一変させた。だが、透真は反撃の隙すら与えなかった。すぐさま遼につかみかかり、2人はそのまま激しい殴り合いになった。私は裕介と一緒に、その場で呆然と立ち尽くした。あまりのことに、すぐには反応できなかった。透真は武術を身につけている。繰り出す拳は鋭く、狙いを違えることなく遼の顔面に叩き込まれていった。遼は避ける間もなく殴られ、反撃しようと腕を伸ばしても、その前にまた拳が飛んでくる。個室には酒瓶の割れる音が響き渡った。遼の顔はみるみる腫れ上がり、とうとう立っているのもやっとという状態になった。そこでようやく、裕介が透真を引き離そうと駆け寄った。「透真、もうやめろ!これ以上殴ったら、本当に死んじまうぞ!」(やめて!もうやめてよ!)私も必死に叫んだ。透真がどうしてこんなに怒り狂ったのか、まるでわからない。彼がここまで我を忘れる姿を見たのも初めてだった。彼を止めなければ、遼は本当に殴り殺されてしまう。それなのに、透真はすっかり頭に血が上っていた。全身から荒々しい怒気を放ち、止めに入る裕介の声にも耳を貸そうとしない。そのとき、裕介はとっさに叫んだ。「澪?来てくれたのか」透真の拳がぴたりと止まった。彼は弾かれたように振り返る。その隙を逃さず、遼が酒瓶をつかみ、透真の頭に叩きつけた。……病院。車椅子に乗った美雪が慌てて駆けつけたときには、ちょうど医師が透真の頭の傷に包帯を巻き終えたところだった。酒瓶で頭を殴られた際、砕けたガラス片が皮膚に食い込み、それを治療するために5針も縫ったという。「どうして、こんなことに……?」頭を包帯で覆われた透真を見た途端、美雪の目に涙があふれた。彼にしがみつき、しばらく声を上げて泣き続ける。透真は彼女の背中を軽く撫でてから、その手をそっと外した。「俺は大丈夫だ。もう泣くな」「痛くない?傷は深いの?頭がくらくらしたり、気分が悪くなったりしてない?」透真がまるで他人事のように平然としているのを見て、美雪はまた涙をこぼした。私はその様子を横目で見ながら、心の底から感心していた。
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第7話
男性の中には、相手に好意がなくても、ほかの男に狙われるのは面白くないという人がいる。透真も、そういう心理なのだろう。彼は海辺で一晩を過ごした。私も彼から離れられず、否応なく一晩中、海を眺める羽目になった。こんなにも長い時間、彼と静かに過ごすことなどなかったから、どうにも落ち着かなかった。……「どうして見つからないんだ?」翌朝、透真が出社すると、裕介がとんでもない報告を持ってきた。「女一人、身を隠すったって限度があるだろ。食事も、泊まる場所も必要だ。移動だってするはずだ。神隠しにあったわけじゃあるまいし」裕介は引きつった笑みを浮かべた。「……そんな目で見るなよ。もう少し頑張って探してみるからさ」私はソファに腰掛け、2人を嘲るように眺めていた。私の遺体はとっくに処分されている。見つかるはずがない。潮見台の屋敷。透真は玄関に足を踏み入れた途端、懐かしい料理の匂いに気づいた。一瞬、足を止める。すぐに足取りを速めて家へ向かった透真の口元には、知らず知らずのうちに笑みが浮かんでいた。「月島さん、あとは私がやりますから。旦那様に見られたら、私が叱られてしまいます」「大丈夫よ。透真は外の料理が好きじゃないでしょう?ちょうど今日は暇だし、私が作ってあげようと思って。きっと喜んでくれるわ」「しかし……」美雪を止めようとしていた使用人・幸子(さちこ)は、透真の姿を目にした途端、気まずそうに口をつぐんだ。「透真、おかえりなさい!」車椅子に座り、腰にエプロンを巻いた美雪は、鍋を手にしていた。その姿はまるで、夫のために甲斐甲斐しく食事を用意する妻そのものだった。私は美雪を見て、それから透真へと視線を移した。思わず、鼻で笑ってしまう。私たちは別居しているだけで、離婚したわけではない。それなのに、美雪は堂々と家に入り込み、女主人のように振る舞っている。「美雪?どうしてお前が……」透真の口元から笑みが消えた。彼は鋭い目を幸子に向ける。「美雪は客人だ。足も不自由なのに、どうして料理なんかを作らせた?」「申し訳ございません、旦那様。月島さんがどうしてもお料理を作りたいとおっしゃって、私が止めても聞いてくださらなくて……」「次に同じことがあったら、お前はクビだ」透真の言葉に、美雪の笑顔がこわばった。
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第8話
時間が経つにつれ、透真と美雪が連れ立って行動する姿は、ますます人目につくようになった。透真は美雪に細やかな気遣いを見せ、2人きりで過ごすところを何度もメディアに撮られていた。ネット上には、2人が近々結婚するのではないかという噂が溢れ返った。もはや、透真に私という妻がいることさえ、誰も覚えていないようだった。世間が騒ぎ立てる一方で、私からの連絡は一向に途絶えたまま。メッセージにも返信せず、電話にも出ない私に、透真の表情は日に日に険しくなっていった。そして、再び私を探すよう裕介に依頼した。「澪はまだ見つかってないのか?」裕介は困ったように眉を下げる。「まだだ。まさか、跡形もなく消えるとは思わなくて……」透真はやり場のない苛立ちを噛み殺し、歯を食いしばった。「引き続き探してくれ。地面を掘り返してでも、必ず見つけ出せ」「……わかった」裕介はそう答えるしかなかった。その様子を見ていた遼が、嫌味たっぷりに口を挟んだ。「澪もずいぶん偉くなったもんだな。お前からの連絡まで無視するとは。まさか、どこぞの金持ちを見つけて、お前を捨てたんじゃないだろうな?」透真は冷ややかな目を遼に向けた。「そんな度胸があるなら、好きなだけ隠れていればいい。なんなら、二度と顔を見せるんじゃない!」言い終えるや、手にしていたグラスを投げ捨てた。床に叩きつけられたグラスは、激しい音を立てて粉々に砕け散った。透真がここまで激昂する姿を、裕介は見たことがなかった。思わず遼に目をやったが、2人ともそれ以上、口を開くことはできなかった。その後の数日間、透真と美雪は堂々と連れ立って出歩くようになった。さまざまなパーティーに2人で出席し、メディアはこぞって「美男美女のカップル、ついに結婚か」と大々的に報じた。一方で、私が思いを募らせて2人の仲を邪魔していたのだと、皮肉交じりに書き立てるメディアもあった。これで透真と美雪がようやく結ばれるのだと、安堵する声さえ上がった。さらには、私と透真、美雪の過去を掘り起こし、あれこれ詮索する記事まで出始めた。あるオークション会場でのこと。透真は16億のダイヤモンドネックレスを落札した。「氷室様、落札おめでとうございます。後ほどスタッフがご自宅までお届けいたします」「いや、結構です」透真は立ち
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第9話
その会話を聞いた私も、胸がぎゅっと締めつけられた。あの女性の遺体は、本当に私なのだろうか?電話を切った透真は、数秒ほど迷うように黙り込んだ。次の瞬間、アクセルを踏み込み、美雪の脇を矢のような勢いで走り去っていった。私は美雪に目を向けると、彼女の悔しさと憤りの入り混じった視線を捉えた。しかし、彼女の反応より、私は透真の考えが気になった。もし透真が本当に私の遺体と対面したら、どんな顔をするのだろう?しつこく追いかけてくる私がいなくなったんだから、せいせいするのだろうか。それとも、ようやく胸のつかえが下りたとでも思うのだろうか。警察署。透真は車の中で長いこと眉をひそめたまま、降りようとしなかった。指先では煙草の煙がゆらゆらと立ち上っている。やがて、赤く小さな火が指先に触れてようやく我に返ったのか、彼は煙草の火を消した。「氷室さん、お待ちしていました。ご案内します」警察官の桐谷健吾(きりたに けんご)が彼の車を見つけ、声をかけた。透真はようやく車を降り、健吾の後について遺体安置室へ向かった。歩いている間も、その表情は普段と変わらない。固く結ばれた唇からは、喜んでいるのか、落胆しているのかさえ読み取れなかった。遺体安置室には、どこか背筋が寒くなるような空気が漂っていた。私も後を追って中へ入る。もし、あの遺体が本当に私だったら……いったい、どんな顔をすればいいのだろう。ここへ来るのは初めてだった。しかも、自分自身の遺体を確認するために来ることになるなんて、落ち着かない気持ちで、私はふわふわと宙を浮いていた。「違う。彼女は澪じゃない」透真が深く息を吐き、そう告げた。張り詰めていた表情から、ふっと力が抜けていく。「間違いないでしょうか?体格は澪さんによく似ているので、もう少しよくご確認いただいたほうが……」「いや、結構だ。間違いない」白い布はまだ取り払われていない。それなのに、どうして透真はそこまで断言できたのだろう。「澪は以前、手首を切ったことがある。左手首に、長い傷痕が残っているはずだ。だが、この遺体の左手首には傷ひとつない。だから、澪じゃない」彼は、私が手首を切ったことを覚えていた。あのとき、私は美雪への謝罪を拒み、頭に血が上った勢いで手首を切って透真を脅した。傷自体は深く
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第10話
天気が少しずつ涼しくなり、美雪の足もすっかり回復した。そして、フラワーズ賞の授賞式が予定どおり開催された。誰もが予想していたように、美雪は最優秀主演女優賞を受賞した。彼女は関係者への感謝を述べ、涙で顔を濡らしながら笑うと、会場は盛大な拍手に包まれた。一方、私は最後まで姿を現さなかった。司会者が私の名前を最優秀助演女優賞の受賞者として読み上げても、私が壇上に上がることはなかった。会場には、どよめきが広がった。授賞式の後、美雪は記者たちの取材に応じた。もともと愛らしい顔立ちの彼女は、床まで届くロングドレスをまとい、いっそう華やかに見えた。美しいその姿は、無数のフラッシュを浴びてまばゆく輝いている。少し離れたところで、透真が彼女をじっと見つめていた。傍目には、愛する女性を見守る、一途な男性に映っただろう。けれど、私は彼の表情を注意深く観察した。黒曜石のような瞳の奥には、どうしても読み取れない、底知れないものが潜んでいた。最近の透真は、本当に何を考えているのかわからない。「月島さん、最近、氷室さんとのご結婚が近いという噂が出ていますが、事実なのでしょうか?」美雪はちらりと透真を見て、意味ありげに微笑んだ。「それは……まだお答えできません」「月島さんと氷室さんは初恋同士だと伺いました。お二人がどのように出会い、恋に落ちたのか、簡単にお聞かせいただけますか?」美雪は柔らかく微笑んだ。「彼は一つ上の先輩だったんです。私がいじめられて、危うく乱暴されそうになったとき、偶然、彼が助けてくれたんです。それがきっかけで、私たちは恋人になりました」彼女の話を聞いた瞬間、私は無意識に手を握り締めていた。脳裏に、忌まわしい光景がぼんやりと浮かび上がる。心の奥底から、冷たいものが這い上がってきた。違う。美雪は嘘をついている。「まさにヒーローがヒロインを救う展開ですね!学生時代の恋が結婚につながるなんて、すごくロマンチックなお話です!」「月島さんをそんな目に遭わせた人がいるなんて、信じられません。その人はもう、罰を受けているのでしょうか?」美雪は小さく首を横に振った。「その人は、透真の身内なんです。私は透真を愛していますから、その人のことも許しました。あの頃はまだ若かったですし、本当に悪意があったわけではな
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