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第2話

作者: 星野南
私の実家である夏目(なつめ)家と氷室家は、代々親交が深かった。その縁もあって、私と透真は幼なじみとして育った。

私はいつしか彼に恋をし、いつもその背中を追いかけていた。

透真が授業をサボれば、先生に見つからないようにかばってあげた。喧嘩をすれば隣で声援を送り、怪我をすれば、すぐに手当てをしてあげた。

彼のためなら、何だってした。

ただ一つだけ、どうしても我慢できないことがあった。

誰かが透真にラブレターを渡すと、私はこっそりそれを破り捨てたのだ。たとえ透真本人に知られても、彼は気にするどころか、軽く笑って済ませるだけだった。

私たちは、ずっと仲のいい幼なじみだった。両家の親たちも、口をそろえてこう言っていた。

私たちはいつか、きっと夫婦になるのだと。

けれど、大学に進学した頃、私の家に突然不幸が降りかかった。父の事業が破綻し、母は自殺を図って植物状態になった。そして、私は氷室家に引き取られた。

ちょうどその頃、透真は美雪と出会った。

まるで月光が地上に舞い降りたかのように、清らかで眩しい女性だった。

2人は恋人同士になった。

あの頃の私は、次々と降りかかる不幸に打ちのめされ、精神が極めて不安定な状態にあった。美雪に嫉妬し、腹を立て、何度も彼女を脅したり、警告したりした。

人づてに聞いた話では、私は美雪をステージから突き落とし、海外公演の機会をふいにさせたこともあったという。顔に傷をつけ、危うく取り返しのつかないことになるところだったとも聞いた。

……私って、そんなにひどい人間だったのだろうか。

いろいろあったはずなのに、細かいことはもう思い出せなかった。

ただ、透真が私を疎ましく思うようになり、ついには容赦のない言葉を浴びせてきたことだけは、はっきりと覚えている。

「澪、これ以上美雪に嫌がらせをするなら、俺だって容赦しない。氷室家に置いてもらっている身で、いつまでもお嬢様気分でいるな。誰もお前を甘やかす義理なんてないんだからな」

透真は、私のものではない。私たちは家族でもなければ、恋人でもない。

幼い頃からずっと彼のそばにいて、いつか結ばれるのだと信じていた私に、透真は初めてその現実を突きつけた。

どうしていいかわからず、私は焦った。透真まで失ってしまったら、私には本当に何も残らなくなる。

大学の卒業式の日、私は浴びるほど酒を飲んだ。酒の勢いを借りて、大胆になったのかもしれない。

私は透真と一夜を共にし、妊娠した。そして、その事実を盾に、彼に結婚を迫った。

そうして、どうにか彼を夫にしたのだった。

結婚して5年。

透真が外食を好まないことを知っていた私は、仕事を辞め、彼のためだけに料理を作り、家事をする生活を選んだ。

そんな私に、透真もまた、理想的な夫のように振る舞ってくれた。何をするにも私の望みを優先し、いつも優しく接してくれた。

夜、2人で寄り添うたび、彼は私を抱き寄せ、お腹をそっと撫でてくれた。

私はその優しさにすっかり溺れていた。彼が子どもを望んでいることもわかっていた。

けれど、一度流産してからというもの、いくら望んでも妊娠できなかった。

焦りばかりが募る中、美雪が海外から帰国した。

車を運転していた私は、ホテルの前で2人が熱烈に抱き合う姿を目にした瞬間、透真を失う恐怖に飲み込まれた。衝動を抑えきれず、アクセルを踏み込んだ。

けれど、すぐに我に返り、慌ててブレーキを踏もうとした。

どういうわけか、ブレーキが利かなかった。

ハンドルを切った車はガードレールに激突したが、それでも美雪の脚をかすめ、怪我を負わせてしまった。

その後、透真はそれまでとは打って変わり、私に謝罪を迫った。

私はどうしても謝りたくなかった。とうとう手首を切って脅したが、彼は私を家に閉じ込めた……

生きていた頃には理解できなかったことも、今になって振り返れば、少しはわかる気がする。

透真にとって、美雪がいなければ相手は誰でもよかったのだろう。けれど、美雪がいる限り、彼女はあの綺麗な月のような存在で、ほかの誰も敵わない。

今の透真は、望みさえすれば美雪と結ばれるはずだ。なのにどうして、まだ私とのトーク画面を気にしているのだろう。

もしかして、初めて私に無視され、腹を立てているのだろうか。

そんなことを考えていると、車椅子を漕いで部屋に入ってきた美雪が、透真の腰に腕を回した。

「透真、今夜はそばにいてくれない?私……その……」

美雪は恥ずかしそうに唇を噛み、潤んだ目で彼を見上げた。

幸い、今の私はもう胸を痛めることはない。

私はただ、透真の体がぴたりと固まるのを冷めた目で見つめていた。

そして、ふと思った。

透真と美雪が2人きりになったとき、いったいどんなふうに過ごすのだろう。

それを見てみたかった。

ところが、透真は美雪の腕をそっと腰から外した。

「明日は検査があるだろ。今夜は早く休め。俺はまだ片づけなきゃならない用事がある。明日の朝、迎えに来る」

その口調には、有無を言わせない響きがあった。

「……透真」

美雪の頬がかっと赤くなった。

彼女は手をぎゅっと握りしめ、爪が手のひらに食い込むほど力を込めた。目には涙まで浮かんでいる。

自分から誘ったのに、まさか透真に断られるなんて。

美雪も、思いもしなかったのだろう。

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