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新生活

last update Last Updated: 2025-01-27 03:22:57

「それでですねー、新しい世界ではレベルとステータスという概念が存在します」

 女神がさも当然のように言う。

 なに、ステータスだと!?

 ゲームとかでよく見る、あの!?

 もしかしてこれ、ちょっと面白いんじゃね!?

 俺、ラッキーか!?

 ワクワクしながら、勢いよく叫ぶ。

「ステータス!!」

 その瞬間、脳内に数値が浮かび上がるような不思議な感覚が広がっていく。

 黒川 夜

 レベル:1

 属性:闇

 HP:10

 MP:10

 攻撃力:5

 防御力:5

 敏捷性:5

 魔力:5

 装備

 ・村人の服

 ・村人のズボン

 ・麻紐のベルト

 ・スーパーの肌着

 ・クマ模様の靴下(水色)

 ・スーパーのボクサーパンツ

 ・薄汚れたシューズ(学校指定)

 ・麻の袋(大銀貨30枚)

 スキル

 ・シャドークロー レベル1

「おぉ……」

 目の前に広がる数値の羅列。

 これは現実世界では味わえない感覚だ。

 装備の下のほうは見なかったことにしよう。

 クマ模様の靴下とか、異世界に持ち込むアイテムじゃないだろ俺……。

 興奮を抑えきれず、ガッツポーズをしていると──

「あら、話は最後まで聞いてほしかったのですが」

 女神が微笑んでいた。

「ステータスを確認するときは、声に出さずに念じるだけで大丈夫ですよ?」

「……あっ」

「だって、そんな大声で『ステータス!!』なんて叫んでいたら恥ずかしいじゃないですか? みっともないですよ、黒川さん」

 言い方よ……。完全にバカにしてるだろ。

「ちなみに、人族の成人男性の平均的なレベル1のステータスは、HPとMPが100、その他の能力値は25程度でしょうか」

「……え?」

「黒川さんは転移者ですから、少し優遇されているはずなのですが……どうでした?」

 ちょっと待て。何か、聞き捨てならないことを言われた気がする。

「あの、俺のステータス……かなり低いような気がするんですが……?」

 まさか、何かの間違いか?

 おかしいだろ。女神の言う通りなら、もっと凄い数値が出るはずだ。

「どれどれ、見てみましょうか……」

 女神が俺のステータスを覗き込む。

「あらら、あらー。あぁーらららら。……ぷぷっ」

「今笑ったよな?」

 あらあらっておい……。

 異世界転生とか転移ってアニメとかでたまに見るけど、大丈夫なのか俺は。

「さて、黒川さん。ステータスを覗いてみたんですが、あなたの数値は、大体人族でいうと5歳くらいかもしれませんねー」

「え、えぇ……?」

 ごごご5歳!?

 信じられない。いや、信じたくない。女神はにっこりと笑いながら、トドメを刺してきた。

 しかも普通に話し続けてるぞこいつ。

「あら、でも闇属性なんて珍しいですよ? おそらく、グリードフィルではあなた一人ですねー」

「それってすごいんですか?」

「じゃ、頑張ってくださ~い」

「ちょ、待っ──」

 次の瞬間、俺の体は光に包まれ、意識が吹き飛ぶ。

 ──気がつくと、俺は木々に囲まれた緑豊かな大地に立っていた。

「もっと色々質問させてくれよ……」

 唖然としながら、異世界の風を感じる。

 頭が真っ白になった俺の新世界での新生活がスタートした。

「転移しちゃったからには、しょうがないか……。まずはスキルの確認をしてみようかな?」

 女神──いや、あの悪魔に聞きたかったことは山ほどある。

 見知らぬ世界で、頼れる人もいない。とてつもない不安があるのも事実。

 しかし……だ。

 この魔法とかスキルとかいう言葉、ワクワクするじゃないか!

 いくら俺のステータスが5歳児並みだろうが、あの悪魔の言葉を信じるなら、俺は唯一の闇属性持ちらしい。

 唯一っていい響きだよなぁ。

「さて、俺のスキルは何だったかなーっと……」

 頭の中でステータスと念じる。

 決して女神に馬鹿にされたからではない。

 郷に入れば郷に従え。そういうことよ。

 スキル

 ・シャドークロー レベル1

「シャドークロー、レベル1か……」

 レベル1ってことは、成長するスキルなのかな。

 育てるのって、結構好きなんだよね。

 俺、昔ハムスターとサボテンを育ててたし。……まあ、サボテンは水のやりすぎで枯らしたけど。

 ゲームの醍醐味って、主人公が少しずつ強くなっていくことだと思う。この敵がもう通常攻撃一発で倒せるようになったんだ……みたいな感慨深さとかも好き。 

「よし、さっそく試してみるか」

 目の前に立つ、手頃な太さの木。

 シャドークロウっていうくらいだからな。両手に黒い爪みたいなもんが生えてくるんだろう。そいつでズバーンと大木を切ってやろうじゃないかってわけ。

「シャドークロー!!」

 ……。

「あれ?」

(シャドークロー!!!)

 誰かさんに言われた通り、頭の中でも叫んでみる。……が、反応なし。

「何これ? なんでー?」

 おいおい、せっかくの俺の固有スキル。まさかの初手発動不可とか……。

 ──ってか、説明が足りなすぎるだろ!!!

 最近のゲームもさ、説明書が省略されてチュートリアル頼りになってるけど、これ俺の人生だからな?

 死んだら終わりなんだが。

 5歳児並みのステータスで、3万円の現金しかなくて、一人で生きろって……詰んでね?

 ありったけの愚痴が脳内を駆け巡る。

「最近は説明書もネットで見ろってのが多いしな。ステータスをよく見てみるか。」

 今度は、頭の中に浮かび上がったスキル欄をじっっっくり見る。

 眉間に皺を寄せ、視力検査の時みたいに集中して……。

「むむむむむ!」

 すると、脳内に詳細情報が浮かび上がる。

(シャドークロー レベル1:右手か左手を指定し、闇属性の魔力をまとわせる)

「あぶねー!!!!!」

 思わず叫んでしまう。俺のクソデカボイスが森の中をこだまする。

 この世界、グリードフィルに降り立ってまだ数分しか経っていない。

 にも関わらず、俺の口調はすでに荒み始めていた。

「さて、気をとりなおしてっと……。右手にシャドークロー!!」

 スキル名を叫ぶと、右手に約30cmほどの漆黒の爪のようなものが現れた。

 その爪を、目の前にあったごく普通の木にゆっくりと当ててみる。

 ジジジジジジ……

 煙などはでないが、シャドークローに触れた樹皮が僅かに削られているようだ。

 ほぼ木の見た目に変化は無い。すごく細かい目にやすりで優しく撫でたくらい。

「これでモンスターと戦えってのか? 前の世界なら、石とかで削ればもっと彫れたんだけどな」

 思い切って、近くにあった鋭角な石を手に取り、木をゴリゴリ削ってみると、

「名前が彫れるくらい削れてるやんけ……」

 スキルよりも、むしろ物理的なダメージの方がはるかに大きい事実に、俺は膝から崩れ落ちた。

 しばらく放心状態で天を仰ぎ、動けずにいると――

 ガサガサガサッ!

 近くの茂みが揺れる音にハッとする。

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    「あらあら、皆さんお揃いのようですね。それでは始めましょうか」 光に包まれた世界で3人の男女の前で話し始めたのは、煌めく金髪に心の中まで見通すような爛々と輝く銀色の瞳に、彫刻のような端正な顔立ちの一目見たら誰しもが心を奪われてしまうような美女。そう、黒川 夜を人族の国ヒューマニアへと送った女神である。「早いのうオネイローサ。今回で5回目じゃが楽しみで仕方がないわい」 肩まであるウェーブがかった長い白髪に感情の読み取れない白い瞳、所々にシワの刻まれた顔には整った長い口髭と顎髭を蓄えている老人の姿をした神が続いて口を開いた。その口元はニヤリと口角がいやらしく上がっている。武藤 零ニを獣人族の国ビーストリアに送ったジジイと呼ばれていた神だ。「イドモンじいちゃんは毎回悪い顔をしますねぇ。アイギナちゃんの駒はとんでもなく強いのですっ! 今回こそは負けませんからねっ!」 自らをアイギナと名乗るこのほっぺたを朱色に染めた緑色のおかっぱ頭の幼女は、健崎 加無子を巨人族の国アトラストリアへと送った女神である。手をパタパタと動かし、目尻を下げてニコニコと話している。「おいチビ助、まさかまたズルしてねえよな? 前回は属性なしに2つも属性つけて負けてんだぞ?」 高圧的な態度で話すブルーのダブルスーツを着こなす、黒髪をオールバックに纏め上げた英国のモデルのような見た目の男性は、八王子 麻里恵を魔人族の国デモネシアに送ったシドという名の神だ。「ぐっ……。う、うるさいですよっ! シドは相変わらず裏表が激しいですねぇ」「ふぉふぉふぉ、その様子じゃとまた何かやったみたいじゃのぉ。それで負けたら罰ゲーム2倍じゃぞー?」「あらあら、前回お咎め無しにしてあげたのですから、今回は3倍ではないのですか?」「ははは、そりゃいいぜ! 覚悟しとけよクソガキ!」 地球からグリードフィルという異世界へと4人の高校生を強制的に送り出した神たちは、何やら集まって楽しそうに会話をしているようだ。 神達がそれぞれ空中に手をかざすと、テレビのモニターの様に、それぞれが異世界に送った者たちが停

  • 闇属性は変態だった?転移した世界でのほほんと生きたい   強者 side健崎 加無子

     岩と岩を打ち合わせたようなガチンという大きな音がなり、冷や汗が流れる。尻尾をいれると7メートル以上はありそうだが、口よりも盾の方が大きいので、噛みつきは盾で防げるだろう。 位置の有利を取られているのはまずいと判断し、盾を構えてトカゲを中心に大きく時計回りにカニ歩きで移動すると、再び危機感知の感覚に襲われた。 岩を纏ったトカゲは反時計回りにトグロを巻くように体を丸め、渦を巻いた体を元に戻す力を使って鞭のようにしなりを効かせた尻尾を横薙ぎにふるってきた。 咄嗟に踏ん張るように足をガニ股に開き、盾の持ち手に腕を通し、内側に肩と肘を固定するように前のめりに構えて尻尾の一撃を受けると、梵鐘を打ち鳴らしたような音と共に強烈な衝撃を受け、後方に吹き飛ばされてしまう。ステータスを確認するが、ダメージは受けていなかった。「尻尾はだめ。狙うなら頭」 自分に言い聞かせるように呟くと、上下の有利不利が無くなったので、盾を前に構えながらゆっくりとトカゲに近づく。 トカゲは頭をこちらに向け、尻尾をビタンビタンと地面に叩きつけて威嚇している。こちらの戦斧の射程まで近づいたその時、トカゲは大きく口を開けて前進した。「今!」 噛みつきを盾で防ぎ、口を閉じたばかりの頭に振り上げた戦斧を垂直に叩きつけると、金属を岩に叩きつけたような高音が響き渡り、戦斧を持つ手はビリビリと痺れている。 トカゲの様子を伺うと、額からは赤い鮮血が流れ落ち、衝撃を受けている様子からはかなりのダメージを与えられた事が伝わった。 再び接近しようとすると危機感知が発動する。バックステップをして距離をとると、トカゲは時計回りにトグロを巻き、こちらの様子を伺っているようだ。「チャンス」 斜面を駆け上がり、振るわれても尻尾の届かない位置まで行くと、今度は斜面を駆け下り助走をつけ、右足で力強く大地を踏み込み、トカゲ目指して斜面と平行に鋭く飛び上がった。 尻尾の先端側から攻められ、遠心力をのせたムチのような攻撃が意味をなさないことを悟ったトカゲは、トグロを解いて迎え撃つように前進してきたがもう遅い。 トカゲが口を開

  • 闇属性は変態だった?転移した世界でのほほんと生きたい   巨人 side健崎 加無子

    「無理、できない。」 異世界を統一しろと無理な要求をされたので断ると、僕の目の前では小学4年生くらいの見た目の幼い女の子がプリプリと怒っている。 緑色のおかっぱ頭に潤んだクリクリとした大きな目、吸い込まれるような緑の瞳をした、ほっぺたを真っ赤に膨らませて僕を叱りつけているこの幼女は自分の事を神様だと言っている。 肩甲骨まである真っ直ぐな暗めの栗毛と、クールな見た目で170センチある高身長の自分が一緒にいると、親子と間違われてもおかしくない。「だからぁ、これは絶対なんですぅ……。無理矢理送っちゃいますからねっ!」 夏休み初日の英語の補習で、オリバー先生に手を引かれてやってきたこの幼女、僕を光に包まれた空間に無理矢理連れてきた。「嫌……。僕行きたくない」「もーっ! 勝手に説明しちゃいますからねっ!」「聞きたくない」「健崎 加無子(けんざき かなこ)さんには巨人族になってもらいますからっ!」 目の前を眩しい光が覆い隠す。視界が戻ると、さっきまで腰くらいの位置にあった神様の頭が僕の膝より下にあった。どうやら身長が元の2倍くらいになっているみたいだ。 目の粗い麻の服は、肌が透けて見えるようで恥ずかしいし、胸が大きいので首周りがゆるいのは気に入らない。「ねぇ、1つだけ聞いていいかな? 僕は統一なんて興味無いから何もせず死んでもいいんだけど、それじゃ困るんでしょ?」「はいっ! 非常に困りますっ!」「じゃあ僕の着ていた下着を10セット、服は制服でいいからそれを10セットと靴を5足、サイズを合わせて。後はそれを入れる丈夫なリュックと頑丈な武器と盾を頂戴。そしたら頑張れる。それくらいできるよね?」「ぐっ……。ちょっとステータスって念じて貰えますぅ?」(ステータス) 健崎 加無子 レベル:1 属性:なし HP:2000 MP:0 攻撃力:1000 防御力:1

  • 闇属性は変態だった?転移した世界でのほほんと生きたい   魔王 side八王子 麻里恵

    「ちょっとぉ……。まだ色々聞きたいことがあったのにぃ!」 もっとこの世界について色々聞きたいことがあったのに、強制的に転移させられてしまった。とりあえずスキルを調べてみる。(テイム レベル1:自分より弱いモンスターを従えることができる。弱らせることで格上のモンスターにも発動する。テイムしたモンスターは討伐扱いとなり経験値を取得できる。上限100体)「へぇ、わたしはこの魔法で仲間をどんどん増やしていけばいいわけね」 周囲を見渡すと、遠くに城壁のようなものが見える。おそらく街だろう。ひとまずテイムを試すために、街の方に向かいながらモンスターを探すことにした。 広葉樹や針葉樹など多様な木が生えているが、毒々しい見た目をしているので気味が悪い。おどろおどろしい木々の紫色の葉が風で揺れてガサガサと音をたてるたびにビクンと心臓が跳ね上がる。 怯えるように両手を胸に当て、周囲を警戒しながら森の中を進んでいく。「きゃっ!」 樹上から目の前に何かが落下してきた。「あー! ゲームで見たことある、スライムだー!」(テイム) 早速スキルを使ってみると、スライムのいる地面に魔法陣のようなものが出現し、そこから伸びる円筒状に薄い緑色の光がスライムを包み込んだ。「仲間になったってことかな?」 光が消えると、今までに感じたことのない親近感に似た感覚がスライムから伝わってくる。「おいでおいでー!」 手招きすると、スライムが一生懸命な様子でズリズリと体を前後に伸び縮みさせながら近づいてきた。「よく見たら可愛いね。わたしの言うこと聞いてくれるの?」 質問してみると、スライムはぴょこんと飛び跳ね肯定してくれているようだ。可愛らしい姿に思わず頬が緩む。「いい子ねぇ。他のモンスターからわたしを守ってくれる?」 お願いしてみると、スライムは再び小さくその場でぴょんと飛び、体で肯定の意思を表した。 愛らしい様子に楽しくなって、しばらくスライムに話しかけてみた。こちら

  • 闇属性は変態だった?転移した世界でのほほんと生きたい   魔人 side八王子 麻里恵

     わたしは今光の中にいる。足が地についた感覚はないけれど、どういう原理か立っている。歩こうと思えば歩けるし、座れもする。 今日は夏休み初日で、古文の補習があった。教室で先生を待っていたら、菊ジイこと菊田先生と、スーツ姿のイケメンが入ってきた。 そのイケメンは、ぱっと見ただけで分かるほど高そうなブルーのダブルスーツを着ていて、艶やかな黒髪のオールバックに、金縁の丸メガネをかけ、燃えるような赤い瞳をしていた。彫りの深い欧米人のような顔立ちで、顔のパーツの一つ一つが大きく、作り物のように整った顔立ちはどこか浮世離れしていた。おそらく外国の方だと思う。 菊ジイは虚な目でずっと下を向いたまま何も喋らず、ただ教壇の後ろに立ち尽くしていた。「こんにちは、お嬢さん。お名前を教えて頂いても?」 まさか外国人だと思ってたイケメンから流暢な日本語が発せられると思わなくて、びっくりして噛んでしまった。「は、八王子 麻里恵(はちおうじ まりえ)でひゅ……す」「麻里恵さん、よろしくお願いしますね」 イケメンが優しく微笑みかけてくる。なんて尊さ。(教育実習生なのかな? だとしたら全力で推していきたいところね! 後で一緒に写真を撮ってもらってカナコちゃんに教えてあげよっと!) 色々と妄想をしていると、ドサッという音がした。菊ジイが倒れたようだ。定年近いと聞いていたし、夏の暑さにやられてしまったのかもしれない。「菊ジイ、大丈夫!?」 慌てて駆け寄り肩を叩くが反応はない。かろうじて呼吸はしているようだ。 イケメンが菊ジイを抱き上げ、日陰に移動して横にさせる。「大丈夫ですよ、安心して下さい。麻里恵さん一緒に来ていただけますか?」 なんだろう、保健室だろうか。「はい、大丈夫です!」 わたしは光に包まれた。 で、今ってわけなんだけと……。「麻里恵さん、気づいたみたいだね」 振り返ると爽やかな笑顔のイケメンがいた。歯がキランと光るエフ

  • 闇属性は変態だった?転移した世界でのほほんと生きたい   鑑定 side武藤 零ニ

    (人か……?) 道を挟んで反対側の森から、身長1メール程の二足歩行の犬といった見た目で、右手に木の棍棒を持った生き物がキョロキョロと辺りを見回しながら出てきた。子供の犬獣人かもしれない。「おいガキ! ここはどこだ?」 茂みから出て眼光鋭く睨みを効かし、近づいていく。「ワン!」 威嚇するように吠えると、二足歩行の小型の犬は棍棒を振り上げこちらに走ってきた。「おい止まれ!」 注意を促すが、止まる様子はない。こちらの左脇腹を狙い棍棒を横薙ぎに振るってきた。子供なのになかなかの身体能力なのは獣人だからであろうか。 2回バックステップをして距離を取る。「おいガキ! 次はねえぞ、止まれ!」 再度注意を促すが、再び棍棒を振り上げ襲いかかってきた。 乱暴に振り下ろされた棍棒を左にサイドステップでかわし、棍棒を持つ手の手首を右足で蹴り上げ、棍棒が手から離れたのを確認してから、右のストレートで顔面を殴りつけた。「キャイン!」 二足歩行の犬は、金切声のような悲鳴をあげて地面に倒れると、脳が揺れているのか立とうとするが膝が笑っており力が入らずなかなか立てないようだ。 右手で棍棒を拾い上げ、トントンと右の肩を叩く。「アホが、痛い目見て分かったか? ここがどこか教えろ!」 話しかけるが返事はない。 ようやく軽い脳震盪から回復したのか、ゆっくりと立ち上がり噛みつこうと大口を空けてこちらに向かってきた。 右手の棍棒て下顎を打つと、顎が外れて大きく頭を傾け、走っていた勢いのまま地面に受け身をとれずに頭から倒れた。「お、おい! 大丈夫か?」 慌ててかけよると、白目を剥いて舌を出し、泡を吹いてガクガクと体を震わせていた。体を揺するが反応は無い。まだ息はあるので死んではいないようだ。目を覚ますまでしばらく待つとするか。 時々肩を叩いて呼びかけるが反応はない。15分くらい経っただろうか、近くの茂みがガサガサと音をたてると、中から透明な水風船を地

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