Share

第十四話

last update Last Updated: 2025-07-08 20:50:30

「俺が悪かったな……」

「え?」

握られた手が熱くて、私は訳がわからない。

「まさか、ずっと弥生が俺が佐和子を好きだなんて思ってるなんて、気づかなかった」

その言葉に、私は恐る恐る尋人に尋ねる。

「違うの?」

「違うよ」

力強く否定されて、私はパニックだ。

「俺はずっと弥生を見てたつもりだよ。それを伝えてたつもりだったけど、全く伝わってなかったってことか」

「うそ……」

そんなことがあるわけがないと、私はそう呟くも、頭の中はパニック寸前だ。

「うそなんて言わない」

「じゃあ、なんで? どうして言ってくれなかったの?」

「それは……」

そこで尋人は言葉を止めた。その後、ゆっくりと口を開く。

「俺がヘタレだからだよ。ずっと俺の隣で笑ってくれる弥生との関係を壊すのが嫌だった。宗次郎と佐和子の結婚が決まって、あの日酔ってた俺は順番を間違えた」

「順番?」

「ああ」

握られたままの手をほどくタイミングがわからない。

「酔いに任せて結婚を迫ったこと。告白もせずに。まさか、弥生がOKするなんて思ってもみなかった」

確かに私が冗談でしょ? そう言えば済んだ話だ。尋人だって本気ではなかったのだ。

「だから、酔ってそのまま籍を入れてしまって、俺は後悔した。こんなずるいやり方で弥生を手に入れたことを。だから手も出さずに、ひたすら約束の一年を待った」

嘘でしょ……。そのために離婚を待ったというのか。尋人の誠実さというのだろうか。手も出されない自分に自信をなくしていたなんて、尋人はこれっぽっちも思っていないのだろう。

私だって宗次郎を思ってなどいない。どこでどう間違えたらそうなってしまったのだろう。

そうは思うが、どうやって誤解をとくべきか、何を話すかまとまらない。

でも、社内の人が勘違いするくらいだから、当人である私たちも誤解してもおかしくないのかもしれない。

一年前にきちんと話しておけば――そう思うも、今さらだ。

「弥生、俺は宗次郎に渡したくないから」

臆面もなく言う彼に、私はキャパオーバーだ。そこへメイン料理が運ばれてくる。

「食べよう」

蕩けそうな笑顔を浮かべられて、私の顔は真っ赤だろう。

「その顔を見れば、この間のキスは間違ってなかったな。ようやく男として意識してもらったってところかな」

あくまでも誤解している尋人に、私はこれだけはと口を開いた。

「私、宗次郎のこと好きじゃない
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 離婚しましょう、はじめましょう   第十四話

    「俺が悪かったな……」「え?」握られた手が熱くて、私は訳がわからない。「まさか、ずっと弥生が俺が佐和子を好きだなんて思ってるなんて、気づかなかった」その言葉に、私は恐る恐る尋人に尋ねる。「違うの?」「違うよ」力強く否定されて、私はパニックだ。「俺はずっと弥生を見てたつもりだよ。それを伝えてたつもりだったけど、全く伝わってなかったってことか」「うそ……」そんなことがあるわけがないと、私はそう呟くも、頭の中はパニック寸前だ。「うそなんて言わない」「じゃあ、なんで? どうして言ってくれなかったの?」「それは……」そこで尋人は言葉を止めた。その後、ゆっくりと口を開く。「俺がヘタレだからだよ。ずっと俺の隣で笑ってくれる弥生との関係を壊すのが嫌だった。宗次郎と佐和子の結婚が決まって、あの日酔ってた俺は順番を間違えた」 「順番?」「ああ」握られたままの手をほどくタイミングがわからない。「酔いに任せて結婚を迫ったこと。告白もせずに。まさか、弥生がOKするなんて思ってもみなかった」確かに私が冗談でしょ? そう言えば済んだ話だ。尋人だって本気ではなかったのだ。「だから、酔ってそのまま籍を入れてしまって、俺は後悔した。こんなずるいやり方で弥生を手に入れたことを。だから手も出さずに、ひたすら約束の一年を待った」嘘でしょ……。そのために離婚を待ったというのか。尋人の誠実さというのだろうか。手も出されない自分に自信をなくしていたなんて、尋人はこれっぽっちも思っていないのだろう。私だって宗次郎を思ってなどいない。どこでどう間違えたらそうなってしまったのだろう。そうは思うが、どうやって誤解をとくべきか、何を話すかまとまらない。でも、社内の人が勘違いするくらいだから、当人である私たちも誤解してもおかしくないのかもしれない。一年前にきちんと話しておけば――そう思うも、今さらだ。「弥生、俺は宗次郎に渡したくないから」臆面もなく言う彼に、私はキャパオーバーだ。そこへメイン料理が運ばれてくる。「食べよう」蕩けそうな笑顔を浮かべられて、私の顔は真っ赤だろう。「その顔を見れば、この間のキスは間違ってなかったな。ようやく男として意識してもらったってところかな」あくまでも誤解している尋人に、私はこれだけはと口を開いた。「私、宗次郎のこと好きじゃない

  • 離婚しましょう、はじめましょう   第十三話

    「え? ここ?」4人で何度も行った居酒屋にでも行く、そう思っていた私だったが、連れてこられた隠れ家のような高級な店構えに、かなり驚いてしまう。 「俺も本気で行くから」 さらりと言った尋人に、私は訳がわからない。 「ねえ、尋人。どうしたの? 急に変だよ?」 私なんかをどうしてこんな素敵な場所に連れてきたのかわからない。そんな気持ちのまま伝えれば、尋人は私をじっと見下ろす。「変にもなるよ。お前、また宗次郎に傾くの?」 「え?」 宗次郎君? 何を言っているのだろう。そう思っていた時、目の前の扉が開けられ、落ち着いたブラックの制服に身を包んだ男性が私たちに微笑む。「いらっしゃいませ」 その声に尋人は小さく息を吐くと、私に語りかけるように言う。 「とりあえず食事にしよう」落ち着いた店内はほとんど個室のようで、通された部屋はモダンな部屋だった。落ち着いた照明に、おしゃれなインテリア。 いかにもカップルのデートに使われそうな店だった。「俺が頼んでいい?」 私の好みは熟知している尋人に、コクコクと頷く。尋人は接待などで慣れているかもしれないが、私はあまり高級店に今まで縁がない。ワイン一つ選ぶにもわからないので、おとなしく注文する尋人を見ていた。 慣れた様子で頼み終えると、私の方を向き直る。「さっきの話。佐和子たちの結婚が延期になって、宗次郎に何か言われた?」 その問いの意味がわからなくて、私は首を振りながら口を開く。「私は特に何も聞いてない」「じゃあ、どうして今日宗次郎と食事の約束をしたんだ?」 冷静な冷たい口調に、私はなぜこんなふうに言われているのかわからない。「それは……」 キスをされてから、尋人が何を考えているのかわからず、悩んでいた私を励まそうとしてくれた。そんな理由はもちろん言えず、口ごもる。「さっきのを見てわかっただろ? 宗次郎は佐和子のことをまだ思ってるぞ」 自分に言い聞かせたいのだろうか。冷たく言われて、私も言い返したくなってしまう。 「そんなことわかってるよ。どうしたの、急に。尋人こそ、佐和子と宗次郎君がうまくいかない方がいいと思ってるんじゃないの?」 つい本音がこぼれてしまい、私はしまったと口を押える。「なんだよ、それ」 かなり驚いた表情の尋人に、私は覚悟を決めた。離婚

  • 離婚しましょう、はじめましょう   第十二話

    こうして一緒に会社を出ることなんて、今まで何度もあった。佐和子たちと一緒のときもあるし、ふたりだけのときもあった。尋人は会社でもムードメーカーで、いつも明るく、社交的で人付き合いがうまい人だ。この一年、一緒に過ごしてきた日々も、あくまで“友人”としてだったからか、すごく楽しくて、穏やかだったと思う。初めの頃と変わらず、からかうようなことを言うことも多かったけど――そういう尋人だったからこそ、私もあまり気を張らずに、思ったことを口にできたのかもしれない。無言で並んで歩きながら、ふと、少し前の記憶が頭をよぎった。※※※時は少しさかのぼる。勢いで結婚してから半年ほど経った、日曜日の昼下がり。2LDKのこのマンションは、お互いの部屋と、共用スペースのリビング、キッチン、浴室に洗面所がある、シンプルな造りだ。私は昼まで自分の部屋で仕事をしていて、お腹がすいてリビングへ向かった。そこにいたのは、しぶしぶ購入したはずのソファに、堂々と座る尋人。文句を言いながらも、その姿はどこか絵になっていた。ブラックのスウェット上下すら、自然に着こなしている。私はというと、一緒に住み始めてからというもの、朝いちばんでメイクをして、きちんと服も着替えている。なのに――この差。ため息がこぼれそうになる。「おい、弥生。今日の昼飯の当番、お前だよ」「知ってる。でも、まだ12時前だよ」時計を見ながら返すと、尋人はニヤリと笑った。「起きるのが遅かったから、朝飯食ってない。だから腹減った」悪びれる様子もない彼に、私は軽く睨みつける。「私は食べたよ」「弥生ちゃん、お願い~」甘えるように言われて、私は思わず大きくため息をついた。「……オムライスかパスタ、どっち?」「さすが弥生。オムライス」外では、おしゃれなイタリアンでも食べていそうなタイプなのに、尋人は意外と庶民的。というか、ちょっと子どもっぽいメニューが好き。そんなことを思いながら、今日も結局甘やかしてしまう自分がバカみたいだ。甘めのケチャップライスを作り、卵を三つ使ってふわふわに仕上げる。料理が好きでよかったと、こういうときには思う。「そっちで食べる?」ダイニングテーブルもあるけど、休日はソファで食べることも多い。私が尋ねると、尋人は「んー」と曖昧にうなずいた。「弥生も食べるだろ?」「まだ

  • 離婚しましょう、はじめましょう   第十一話

    その後も、心のもやもやを押し隠しながら、私は仕事に集中していた。「三条、もう上がろうか?」宗次郎くんの声にハッとすると、いつの間にか就業時間は過ぎていて、すでに直帰したメンバーも多い。残っているのは私たちだけだった。「もう、こんな時間……」私の言葉に、宗次郎くんはクスリと笑う。「弥生って本当に集中力がすごいな」そう言うと、兄が妹にするようにポンと私の頭に手を置いた。「そう?」二人きりということもあり、宗次郎くんはプライベートの話し方に戻っていた。私も笑顔で首をかしげながら、帰り支度を始める。「そうだよ。それに――いろいろ分かりやすいし」「えー? それって褒めてないよね?」“顔に出やすい”という意味だろうか。他の人からそんなことを言われた記憶はなく、なんとなく腑に落ちない。「佐和子の方が、わかりやすくない?」このタイミングで名前を出していいのか迷ったが、こじれてしまっている二人のことが気になって、つい探るように聞いてしまった。「そんなことないよ。何考えてるのか、まったくわからない」ため息まじりにそう言った彼に、私も心配になってしまう。「……今回の、結婚のこと?」「俺はうまくいってると思ってたんだけどな……」そう言って、いつもきっちり固めている髪をクシャッと崩し、宗次郎くんは表情を曇らせた。「私も、そう思ってた」「俺みたいなつまらない男、飽きたのかもな。もともと、尋人との方が仲がいいし」――初めて聞く宗次郎くんの弱音。どう答えていいか分からなかった。実際、私だって佐和子と尋人がお似合いだと思ったことは、一度や二度じゃない。「……悪い。お前の旦那に、なんてこと言って」ハッとしたように言い直す彼に、私は苦笑する。「元……ね」「それだよ。どうして離婚する必要があったんだ?」真顔でそう問われ、私は言葉に詰まってしまった。その時、遠くから低い声が聞こえてくる。「お前には関係ない」その声にハッと反応してそちらを見れば、尋人が鋭い視線を向けて壁にもたれかかっていた。「尋人……」つい漏れた私の声に、尋人はゆっくりと一歩ずつ歩いてくる。「宗次郎。お前に、俺たちの離婚理由が関係あるのか?」「いや、ないよ。でも――俺の大切な部下が、浮かない顔してるのは気になるだろ?」さらりとそう返した宗次郎くんに、尋人は不敵な笑み

  • 離婚しましょう、はじめましょう   第十話

    昨日までとは違う組み合わせで、今歩いていることが違和感でしかない。初めは一緒にいて楽しかっただけの関係で、真っ直ぐな佐和子の気持ちで動いてきた私たち。しかし、その佐和子の気持ちが崩れた時、私たちはどうなるのだろう。とりあえずは、仕事に支障が出ないようにしなければ。そう思いながら事業部のフロアに足を踏み入れたのに、尋人の姿を見た私は、思わず回れ右をしてしまった。その様子に、隣にいた宗次郎くんが驚いたように私に声をかける。「三条、どうした?」その声に反応するように、デスクに座っていた尋人がこちらを見る。「宗次郎」静かに尋人が宗次郎くんを呼べば、彼は笑顔を浮かべた。「おはよう、尋人」そんな会話をしている二人をよそに、私はそっとフロアを離れ、廊下へと出た。目の前で尋人を見てしまうと、あの日のことが記憶に蘇ってしまう。結婚までしていたのに、こんなふうに動揺するなんてお笑いだ。自嘲気味な気持ちで、休憩室の自販機にお金を入れてコーヒーを買おうとしたとき、後ろから手が伸びてきて、オレンジジュースのボタンが押された。「なっ!」飲むつもりもなかったオレンジジュース。誰がこんないたずらを――と振り返る。「お前、今日朝食べてないだろ。コーヒーはやめとけ」会社用の少し威圧的な声。それが尋人だと分かって、私はグッと唇を噛んだ。「食べたよ」「嘘つけ」俯いたまま答えた私に、尋人はオレンジジュースを取り出し、私の手の上にそっと乗せた。そしてもう一つ、私の好きなチョコレートバーまで。その行動に私は思わず尋人を見上げた。心配そうな瞳がそこにあった。「これも、きちんと食べておけ。顔色が悪いぞ」――その原因は誰のせい。そう思っても、もちろん言えるわけがない。キスひとつで意識しているなんて思われたくもなかった。「ありがとう」極力、意識しないように笑顔を向ければ、尋人は何も言わなかった。この空気に耐えられなくなり、心臓の音がバクバクと煩い。「今日は、宗次郎くんと食事に行くから。……あっ、もう一緒に住んでないし関係ないか」なぜこんなことを言ってしまったのか、自分でもわからない。たぶん朝、佐和子との楽しそうな様子を見て、私も気にかけられたいという気持ちがあったのかもしれない。「そう、よかったな」それだけを言い残して、尋人は戻っていった。もちろ

  • 離婚しましょう、はじめましょう   第九話

    「なんだよ……」尋人はそう呟いたあと黙り込む。狭い部屋、無言の時間がいたたまれなくなり、私は残っていたビールを飲み干した。「どうせ私なんて、佐和子みたいにかわいくないし、女にすら見られてないし……」いやだ。こんな嫌なことを言いたいわけじゃない。佐和子に対しても、こんな心の奥に汚い部分があるなんて――。自己嫌悪で、今なら軽く死ねる気がした。「ごめん、酔った。こんなこと言いたいわけじゃ……」そのとき、いきなり後頭部に尋人の手が回ったと思うと、引き寄せられた。初めて、こんなに近くで彼の瞳を見た。そう思った瞬間、激しく唇がふさがれる。なぜか苛立ちをぶつけるような、そんなキスだった。私の頭はパニックだ。どうして? どうして今?その感情が渦巻き、とっさに尋人の胸を押す。「尋人! いきなりなに?」あまりの激しさに、息絶え絶えにそう聞くと、その表情から尋人が何を考えているのか分からなかった。「女だと思ってない奴に、こんなことするかよ」クシャッと髪をかき乱すと、尋人は大きく息を吐いた。そしてその後、「悪かった……」と呟いた。「帰る……。ちゃんと鍵、かけろよ」それだけを言って、尋人は何も言わず家を出て行ってしまった。私は、今起きたことの意味が分からず、ただ呆然とその場で固まっていた。意味が――全く分からない。どうして今さら……。少しはこの一年で、佐和子から私に気持ちが傾いた?……そんな期待と、「尋人も酔っていたからだ」という現実的な思いが交差する。一人取り残され、眠れない週末を過ごしたのは言うまでもない。週が明け、会社に行くのがこれほど嫌だと思ったのは初めてかもしれない。長年慣れた仕事だし、職場環境だって何の問題もない。その原因はただ一つ――どういう顔で尋人に会えばいいのか分からない。引っ越したことで会社まで少し遠くなったこともあり、いつもより早く家を出て、足取り重く会社へと向かう。最寄駅を降りれば、すぐ前に会社が入っている複合ビルが現れ、たくさんの出社する人にため息が漏れた。しかし、行かないわけにもいかない。そう思いながら歩き出せば、前に見たくない人をすぐに見つけてしまった。後ろ姿だけで、尋人だと分かってしまう自分が嫌になる。そこまで思って、私は足を止めた。隣には、寄り添うように言い合っている佐和子の姿。友人なんだから

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status